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「STELLA is EVIL -06- 面影」

 石楠花ユリアこと、三摺木弓奈の自宅にはアップライトピアノが置かれている。かつて、幼いころからずっと弾き続けていたが、彼女が部屋に引きこもって以来、そして配信用にキーボードを購入して以来、殆ど弾く機会が無かったピアノだ。

 数年ぶり、体感では十年ぶりにも思えるような感覚を覚えながら、弓奈は鍵盤を叩く。事務所の先輩であり、憧れであり、どこか放っておけない可愛らしい姉のような存在である、ステラ・フリークスとの楽曲。その中にあるピアノのフレーズを叩く。明るいのに寂しい――そんな楽曲だった。


 久々に引く本物のピアノは、思った以上に手に馴染んでいた。休日の昼間とはいえ、あまり長い事弾いていると近所から苦情が来る可能性にも気付いては居たが、本物の鍵盤の感覚が、どうにも心地よかった。


「そのピアノ弾くの、久しぶりね」


 母親からそう呼びかけられたのは、ちょうど一曲分弾き終えたタイミングだった。演奏に没頭していると、声を掛けても返事をしなくなってしまう悪癖をよく知っているからこそ、楽曲が終わるまで待っていたのだろう、と弓奈は予想して、思わず苦笑いが零れた。


「次の曲がね、ピアノが大事な要素になってるの。メインじゃないけど、絶対に必要な要素って感じで」

「そう……私は、TryTubeとか、Vtuberとか、よく分からないけど……お兄ちゃんや貴女が話してくれる内容聞けば、楽しくやれてるみたいでホッとするのよね……」

「うん……楽しい。前までは、本当に、自分でもどうしようもない感じになってたから」


 家族の理解という、配信者として有利な要素を得ている弓奈からすれば、家族には感謝しかない。高校の中退にも、引きこもり生活にも、過干渉はせずに気長に、辛抱強く待ち続けてくれた恩は、一生かけても返しきれるかどうかわからない程だった。


「うん、でも今はVtuber……だっけ?それでちゃんとお給料も頂いて頑張ってるんだから、気にしなくていいの」

「ありがとう……」

「それに恋もしてるみたいだし」

「うん……うん?!」


 何気なく頷いた直後にそっと爆弾を置かれた事に一瞬反応が遅れた弓奈が振り返ると、母親がここ数年見た事が無い程のニヤニヤ顔でこちらを見ていた。


「な、なにをこ、根拠に……」

「弓奈の配信であからさまに狼狽えてる相手がいるじゃないの」

「わ、私はだ、誰にでも狼狽えてるし……」

「それはそれでどうなのって思うけど」


 分かりやすく目を泳がせる我が子の姿に呆れた声を上げるも、同時に自分の勘が的中している事も確信できた。


「まぁ、お兄ちゃん曰く相手方も凄くちゃんとした方みたいだしね」

「…………」

「お母さんからはとやかく言う気はないけど、弓奈もある意味芸能人みたいな立場なんだからね。その辺だけは気を付けなさいね」

「…………」

「分かったから、無言で『怒りの日』を弾くのはやめなさい。ご近所から何事かと思われるから」


 言うだけ言って母親がその場を去るのを見ると、今度は自身が初配信で弾いた楽曲を奏でる。


『個人としては最後でも、全体曲がありますから。そこまで気負わなくても大丈夫ですよ』


 ドラマパートの収録時に廻叉がそれとなく伝えてくれた言葉を思い出す。


『いつも通りのユリアさんで居る事が一番大事です』


 本当に大丈夫だろうか、という弱気はある。だが、ナレーションと演技指導を担当してくれた廻叉が大丈夫だと言ってくれたのだから、大丈夫なのだろう。


 石楠花ユリアは、初配信の時とは真逆の、心静かな状態で自身とステラ・フリークスによる作品の投稿を待つことが出来ていた。




★★★




【STELLA is EVIL】



【BONUS TRACK 06】



【feat. Yuria Shakunage】


《待ってた》

《ついにお嬢》

《今月の生き甲斐》

《同期が大ネタブッ込んできたけど、ユリアのお嬢はどうすんのやろか》


【亡き令嬢の為の鎮魂歌】


《え?》

《タイトル先出し?!》

《SNSで予想されてた曲名だな》

《敢えての捻りなし》

《亡き令嬢……》


 その屋敷は、随分前から無人であった。住人を失った屋敷は、少しずつ風化していくはずだった。


 だが、その屋敷はまるで時間が止まったかのように、その姿を変える事は無かった。


 そして、時折――無人の屋敷から、ピアノの演奏が聴こえてくるという噂話があった。


《またホラー路線……》

《ピアノソロのBGMが美しくて鬱くしい》


 曰く、音楽家の幽霊が取り付いた。


 曰く、無数の霊達が自分達の屋敷として管理している。


 曰く、最後の住人であった令嬢が亡くなった時に、屋敷がその姿を留める為に時を止めた。



 根も葉も無い噂ばかりが、広がる中で、唯一信憑性のある情報が一つだけ。



 その屋敷には、時折――見知らぬ黒衣の女が現れるという。


《見入ってしまった》

《執事のナレも気合が入ってるな……》

《なんか、もう泣きそう》

《エンディングまで泣くんじゃない》




★★★




《別れの曲だ》

《初配信の時の曲か》

《この娘、ユリアじゃないな。似てるけど》

《……透けてない?》

《半透明……幽霊……?》


「……君はいつも、その曲を弾いているね」

「みんな、離れて行ってしまうから」


 一台のグランドピアノが置かれた、広い部屋。黒衣の女は、ピアノを弾く令嬢へと語り掛ける。


「やっぱり、私と共に来てはくれないのかな」

「とても嬉しいお誘いだけど、私はピアノだけあればいいんです」

「……数十年経っても、君は変わらないね」

「変われないだけです。私の時間は、ずっと止まったままだから」



 令嬢の姿は薄らと透けている。



 彼女は亡霊だった。


《そう来たかぁ……》

《ホラーじゃなくてトラジティじゃん……》

《ステラがずっと誘っているのに頷かないんだな》

《うーん、頑固さん》


「……また、来るよ」

「待っています。貴女は、私にとってたった一人のオーディエンスだから」


《これも一種のてぇてぇ?》

《今度有識者に聞いておくか》

《メンバーコラボシリーズでは最後なのに、いい意味で落ち着いてる気がする》




★★★




 黒衣の女は何度となく、亡霊の令嬢の下へと通った。


 その都度、彼女を勧誘しては断られて。


 黒衣の女の呼びかけに応えた者達の話を、亡霊の令嬢へと語り聞かせた。



 太陽を墜とそうとした龍の事を。


 画一化された世界に背き、地に堕ちた天使の事を。


 病に倒れた青年を救うために、その身を捧げた柱時計の話を。


 悲劇の足音を振り切って、幸福な生涯を終えた人魚の事を。


 何者でもあって、何物でもない、人の形をした正体不明の誰かの事を。


《うわぁ……》

《たぶん、この合間合間に亡霊のお嬢さんの所に来てるんだろうな……》

《めっちゃ執着しとるやんけ……》


 令嬢はそれを楽しそうに聞いていたが、黒衣の女の誘いに頷く事は決してなかった。


《それでも、駄目》

《ステラも何故諦めないんだろう》

《なんか心が痛くなってきた》




★★★




「君は消えてしまうんだね」

「……そうですね、もう充分、留まれました」

「君が私を呼んでくれた時は、もしかしたら、私と一緒に来てくれるのかと思ったのだけど」

「がっかりさせてしまって、申し訳ないと思っています」

「……いいさ。薄々気付いては居た。君は、私と共に来ることはないのだろう、と」


 黒衣の女が寂しそうに笑う。亡霊の令嬢も、同じように微笑んだ。


《ああ……》

《そんな》

《二人ともそれでええんか?》

《涙》


「一つ、お願いがあります」

「うん、いいよ」

「……私のピアノを継いでくれる人が現れるまで、このピアノを守っていただけますか?」

「むしろ、君に言われるまでもなくそうするつもりだったよ」

「…………」


 令嬢は驚いたように、黒衣の女を見た。黒衣の女は、若干不服そうな表情を浮かべながら鍵盤に指を落とす。


《そりゃ亡霊お嬢からすりゃ一番重要なお願いだろうな》

《意外!それは快諾!》

《やっぱり、ピアノだったか》

《ステラ様、やっぱこの子の事は特別なのか》


「友達が生きた証だ。何も知らない奴らに、渡してやるものか」

「……私の事を、友達だと思ってくれていたんですね」

「基本的に私は友達になりたいと思った人にしか、近付かないよ」


 令嬢は、涙を流しながら微笑んだ。


《友達……》

《それなら通う理由もわかる。友達に会いに来てたんだな》

《ねぇ、ここにきてステラ様の人間らしいところ見せるのズルない?》

《同じ三期生とのコラボなのに真逆の顔見せてくるやん》

《あー、駄目だ、泣いちゃう泣いちゃう》


「ありがとう、私のお友達。……そうだ、名前を聞かせてくれないかな?ずっと、聞きそびれてしまっていて」

「ステラ・フリークスだよ。星の変種……私に相応しい名前だろう?」

「そうでしょうか?気まぐれな星、という意味の方が……貴女らしいと思います」

「……ああ、本当に君が一緒に来てくれないのが惜しいよ」


 小柄な黒衣の女が、令嬢の隣に腰を下ろす。


「最後くらいは、一緒に弾いてもいいかい?私も、君ほどではないけれどピアノは弾けるんだ」

「もちろん。友達との連弾が、最後の思い出になるなんて、素敵」


《連弾だ……》

《あかんて、これはあかんて》


 二人は長い時間を、共に過ごし。


 長い時間、共にピアノを弾いた。



 そして、演奏が終わるころには。



 黒衣の女だけが、残された。



《ああああああああ》

《その座り位置だけで泣ける》

《ここでステラの表情を写さないの英断》

《あの娘はユリアではなかったんだな……》




★★★





 その屋敷は、随分前から無人であった。住人を失った屋敷は、少しずつ風化していくはずだった。


 だが、その屋敷はまるで時間が止まったかのように、その姿を変える事は無かった。


 そして、時折――無人の屋敷から、ピアノの演奏が聴こえてくるという噂話があった。


《やめろぉ!!》

《リフレインすな》

《しんどい》

《とてもつらい》

《ステラ、約束守ってる……》


 そんな屋敷に、一人の少女が向かう。


 かつて祖先が住んでいたという屋敷だが、今は誰も住んでいないという。



 彼女は、学校に馴染めず――ついに今日、逃げ出してしまった。


 家に帰る事も出来ず、行き場の無い彼女は自然とその屋敷へと向かっていた。


 どこにあるかは知っている。近くまで来た事はある。


 ただ、鬱蒼とした雑木林に囲まれた寂れた洋館と、不意に聞こえて来たピアノの音に怖じ気付いて引き返してしまった。



 今の彼女は、その屋敷よりも学校の方が怖い所だったからこそ、躊躇なくその屋敷へと足を踏み入れた。


《これ》

《制服カワイイ》

《お嬢だ》

《お嬢!?》


 屋敷の中は不自然なほど、綺麗だった。


 人の気配はしないのに、今も誰かが丁寧に管理しているような状態だった。


 玄関は何故か開いていたのに、他の部屋の扉は鍵が掛かり閉ざされていた。


 唯一開いていた部屋の扉を開けると――大きな、グランドピアノが少女を出迎えた。




★★★




「わぁ……」


 音楽室にあるものよりも、ずっと大きくて立派なグランドピアノを目にした少女は、先程までの憂鬱な気分を忘れてピアノへと腰を下ろした。


 そして、無我夢中で何曲も弾いた。


 嫌な事も、辛い事も、全てをピアノの音色に変えて消化するように。


《お嬢のピアノだ、間違いない》

《これも、初配信で弾いた曲ばっかりだ》

《エモい……》


 数曲を弾き終えると、背後から拍手の音がした。


「上手いね」

「ひゃわああ……!?ご、ごめんなさい……!か、勝手に入ってしまって、その上勝手にピアノまで……!」

「大丈夫だよ。ここに来れる人は、限られている。私がそうしたから」

「え……?」


《お嬢(確信)》

《奇声で本人確認するんじゃねぇよw》

《親の顔より聞いた奇声》

《もっと親の奇声聞け》

《そもそも親の顔は聞くな。見ろ》


 黒衣の女は必死に謝る少女を宥めながら、近寄る。そして、彼女の名を訪ねた。



「えと、その……石楠花ユリア、っていいます。昔、このお屋敷に住んでいたご先祖様の名前を付けた、って」



 次の瞬間、少女は黒衣の女に抱き寄せられていた。突然の事に声も出せずに、目を白黒させる事しか出来なかった。



《お嬢だ……!》

《さっきの亡霊のお嬢さんとそっくりなんだな、本当に》

《うおおおおおお》

《ステラが感極まってる!》



「ねぇ、ユリア。お願いがあるんだ」


「な、なんでしょうか……!?」


「私と、友達になってくれないかな……」


「……私でよければ」



 黒衣の女の涙声の願いに、少女はそれが当たり前であるかのように、自然とそう答えていた。



《ああああああああ》

《ここで、友達はズルいよステラ様》

《自然と受け入れてしまってるお嬢》

《何か感じ入るものがあったんだろうな》



『そういえば、君の名前は何て言うんだい?私だって、君の名前はちゃんと覚えておきたいんだ』

『そうですね……私は、』




 私の名前は、ユリア・アザレアです。




《転生だ……!?》

《ラストシーンでこの子の笑顔はズルやって……!》

《マジで涙止まらない、なんかブッ刺さった》

《爽やかでお洒落な曲なのに涙腺壊しにかかってる》

《ピアノが敢えてアクセント程度の使い方なのが逆にヤバい……》

《このフレーズ、一生好きな奴やん》



【NEXT】



【LAST EPISODE】



【feat. Re:BIRTH UNION】




【Coming Soon】




《真のトリが来たな……》

《絶対ヤバいやつ》

《覚悟の準備は出来たか?俺はまだ》

《しろや》

《草》

《コメント欄も情緒ぐっちゃぐっちゃなんだな》

《ついにRe:BIRTH UNIONがハネる時がきたのか》

《後はもう、待つだけだ》

石楠花ユリアは何も知りません。ただ、不思議な友人と出会っただけです。


こんな締め方をしておいてアレなのですが、次回15日はワクチン接種(2回目)が直近にある為、お休みさせていただきます。

次回更新は20日となります。よろしくお願い足します。


御意見御感想の程、お待ちしております。

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[良い点] そうだった。 なろうだと憑依転生とか肉体再構成とかが主流だけど、王道の転生ってこんな感じなんだ。 意思の強さってきれいですよね。 [気になる点] ワクチン打っても、元気でいますように。 […
2021/10/10 19:59 ご主人候補22
[一言] あああああ!ここにきてSTAYですか!待てなんですか!それはキツい( ´›ω‹`) ワクチン二回目副反応とかでて、結構キツかったりするので頑張ってくだしあ。
[良い点] 手に入れようとして何度も足しげく通ったというのに、それでも手に入らず「あなたは友達」と言われたものだから、お嬢相手にも「友達になってくれ」って言うステラ様~! 関係性~!!! [気になる点…
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