「STELLA is EVIL -05- 虚実の狭間」
「先輩達が言ってた意味がようやく分かった……初配信の何倍も緊張する……!」
「う、うん。気持ちはわかるよ」
『STELLA is EVIL』シリーズがVtuber界隈で話題になればなる程に、まだ投稿が残っている小泉四谷の不安は大きくなる一方だった。四谷が担当する第五段が投稿される前日、彼が不安を吐露する相手に選んだのは同じ事務所の先輩や、自分の後に動画がアップロードされる同期でもなく、ファンのあいだでは相棒扱いされている他事務所の親友、オーバーズ所属の男性Vtuberクロム・クリュサオルだった。
「なんかこう、事務所背負ったイベントだったり企画だったりすると、ね」
「しかも先輩達がここまで好評に次ぐ好評だからさ……俺がスベったらどうしようって」
「だよねぇ……先輩の偉大さに未だに勝てない気分なのに、僕らの場合割と四半期に一組ペースで新人が……」
「分かる、分かるよ……俺らのとこも今の所新人は来てないけど、来るとしたら相当な逸材か、相当なキワモノだろうって予想が付くから先輩としてやっていけるか……」
Vtuber界きっての苦労人組として一部ではコンビとしての人気の高い二人だが、裏ではこうした『絶対に表には出せない愚痴や弱音』を無遠慮に叩き付け合う仲になっていた。外見上は全く違う二人だが、その中身は似通っている部分が多い。ツッコミ気質である事や、周囲が暴れた際に収拾を付ける方向で動く性格、いざとなれば圧を掛ける事も辞さない思い切りの良さなど、精神的双子とまで言われている。個人勢にして魔窟の主・技の一号こと瀬羅腐が二人に許可を取った上で『背中合わせで恋人繋ぎ』のイラストを投稿して大バズりしたのもつい最近の出来事であった。曰く、
「西洋風の英雄と東洋風の怪人、なんなら敵同士でもおかしくない風貌の二人が親友だなんて、Vtuberの世界が私にご褒美をくれたとしか思えない」
との事である。
閑話休題、話題は相変わらず『STELLA is EVIL』の四谷パートの話である。
「で、四っちゃんとしては実際の所どうなの?やりたい事は、やれた?」
「お陰様で。とりあえず自分がやりたい事は全部入れられたとは、思う」
「なら大丈夫だよ。小泉四谷が凄い奴だってのは、僕を含めた同期全員がよく分かってるから」
「クロムは良い奴だなぁ……素で俺とか言っちゃうくらい心許しちゃってるもん……本当にありがとうな、色々、無茶聴いてくれて。皆にも伝えておいてくれ」
「うん、伝えておくよ。それと、聞くだけ無駄だと思ってはいるけど、一応聞くね。四っちゃん、オーバーズ来てくれない?いい加減、僕一人じゃ奴らをサバき切れない気がしてきて」
「悪いけど、それは無理だね。あと俺じゃなくて先輩達が許さないんじゃないかな……」
自分が楽をしたいという本音を隠すことなく四谷を勧誘するクロムだったが、それに対して嫌な気分にならないのは、それくらい四谷がクロムに対して心を許しているというのが一つ。
L.O.Pと呼ばれるユニットのリーダーとしてのクロムの気苦労もよく知っているというのがもう一つの理由だった。
★★★
【STELLA is EVIL】
【BONUS TRACK 05】
【feat. Yotsuya Koizumi】
《来た来た!!》
《いよいよ三期生かぁ》
《絶対ホラー》
《マジで怖い系が苦手な人は避けた方がいい》
『ねぇ、知ってる?あの駅、終電が終わった後に幽霊が電車を待ってるらしいよ』
『あのマンションの402号室は、住人が悉く死んでいく呪いの部屋だそうだ』
『裏通りの神社で煙草のポイ捨てすると、祟られるんだってよ』
《ボイチェン加工声がもう怖い》
《容疑者ボイスやんけ》
《怪談としては割とありがちな内容だけどな》
怪談話なんてのは、いつの時代も大枠は変わらない。
《!?》
《ステラ様ナレーション!》
《全体曲じゃなくて四谷との曲でステラのナレとか相当力入れてんな》
《相変わらず下手な男性Vよりイケボで困る》
『そのアカウントにフォローされたら、二週間以内にブロックしないと死ぬんだって』
『こないだの通販サイトのサーバーが落ちたのって、運営企業のサーバー室で自殺者が出たせいだってマジ?』
『スマートフォンに裏操作があって、それを行うと電話番号とメールアドレス、FaceNOTEのアカウントが表示されるらしい。なんでも、開発企業でパワハラしてた上司の個人情報だとか』
《呪いのアカウントとかB級邦画ホラーでありそうだよな》
《サーバー室で自殺の生々しさたるや》
《裏コードで個人情報仕込むの恨み骨髄にも程があるだろw》
《昔のゲームでもスタッフの恨みつらみが隠し画面で見れたなんて話も》
都市伝説と名前を変えても、根本の部分は変わらない。
『……死因が……』『呪い…………』『……恨みを持っていて……』『…………祟りなんだ』
人の負の感情が、不確かな恐ろしさへと変わっていく。
《あー……確かに》
《基本的にネガティブな物がベースだよな》
《人間が絶対に持ち合わせてるから、誰もが怖いと思うみたいな》
★★★
フォークロア、という言葉がある。
大元は、民間伝承であったり、古くから伝わる風習・慣習。ひいては民族衣装を取り入れたファッションの事だ。
そこにもう一つ、人伝に語られる都市伝説という意味も含んでいる。
《知らんかった》
《ファッション誌でチラっと見た気がする》
《迷信とかもフォークロアの一種だよな》
《都市伝説ねぇ……》
都市伝説の内容は様々だ。
世界を引っ繰り返す様な陰謀論から、奇妙な偶然の一致から見出される運命論、或いは単に知られていなかっただけの、著名人のエピソード。あるいは常軌を逸した店や人物を揶揄するつもりが、話が広がり過ぎて都市伝説と化したものもある。
結局のところ、都市伝説なんていうものは、信じても信じなくても変わらない。
《確かにあからさまにネタというか仕込みっぽいのもあるし》
《信じるか信じないかはあなた次第、ってやつか》
《ぶっちゃけ話のネタにしかならんよな》
「本当のことなんか、誰も分からない。嘘かもしれない、本当かもしれない。そんなあやふやで、不確かな存在に、ある人は心を躍らせる。ある人は本気で危惧し、恐怖する。まるで、その都市伝説そのものが生き物であり、僕達をいつか喰い散らかさんとするかのようだ」
《四谷楽しそうだなおい》
《本当にこういう話してる時、活き活きしてるよな》
《僕達……?》
形の無い何かが、薄ら笑いを浮かべているかのような声で呟く。
「さぁ、飛び回れ。耳から耳へ、記憶から記憶へ。人の頭に残る限り、僕達は永遠だ」
無数の笑い声が、それに同意するかのように響く――――。
《ひいい?!》
《うわあああああ!?》
《ちょっとマジでホラーじゃねぇか!》
《いや、でも四谷の本気にしてはまだまだだろ》
《四谷有識者のハードルが高いだけでは?》
★★★
黒衣の女は、その場の空気の異様さが心地よいと考えていた。
淀んでいる。深く、暗く。
呼んでいる。
《ステラ様出てきたけど、薄気味悪いなぁ……》
《ほぼ実写映像なのが余計にリアリティ増してる気がする》
「誰だ」「誰でもいい」「誰だっけ」「あはははは」
「何しに来たの?」「何でもいいよ」「何をしようか」
「何を話すべきか」「何だっけ」「何だろうな」
《うわ……》
《これ、別人だよな?声の加工こそしてるけど、イントネーションとかが全然違う》
《四谷のやつ、一言台詞の為に何人動員したんだ……》
その境界内に足を踏み入れたと同時に、無数の声が響く。
『呪詛とも、違うか。真偽どころか、存在の有無すらあやふやな何かの群れ――そんなところか』
黒衣の女はおおよその検討を付けたかのように呟けば、指を鳴らす。
狐面を付けた、和装の少年がそこに現れた。
「ん?あれ?僕達、人の姿になってる」
『色々と愉快ではあるけど、そのままじゃどうにも話し辛いからね。君らの存在を一時的に一纏めにして、人の形に組み上げた』
「いいね。これは便利だ。僕達……いや、僕としておこう。うん。僕に何の用件かな、怪しいお姉さん」
『こんなところで封じられている君達が、とても不憫でね。私と一緒にもっと広い世界に行かないか?』
「どう思う?どうだろう、ちょっと待ってね。相談するよ」
《無数の亡霊の集合体……》
《亡霊とも違うよな、なんかもっと怖くて、分からない何かっぽい》
《露骨にコメント減ってるな》
《でも同接は増えてるな。プレミア公開だからこそよく分かる》
《見入ってるのか》
「どうする?」「どうしようか?」「悪くない」
「良くもない」「欲は無い」「不確かだ」
「ぼくらも不確かだ」「一つの形が欲しい?」
「一つの形になろう」
一人にも、何十人、何百人にも聞こえる声。その声が、一つとなり、一つになる事を望んだ。
噂は、怪談は、都市伝説は形になる――
《都市伝説や噂の集合体……》
《ある意味四谷っぽくはあるけど》
《ただ、思ったよりアッサリ終わっちゃったな》
【STELLA is EVIL】
【BONUS TRACK 05】
【feat. Yotsuyakesdfajrijgwda;ladsked;kqsfakejrgjirifakefakefakefakefakefakefake】
《え》
《あ》
《うわああああああああ!?》
《ウッソだろ、お前、ここで仕掛けてくるのかよ!?》
テロップが、音もなく乱れた。不規則な文字列が表示される中、一つの単語に収束されていく。
【fakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefake】
《偽物……あるいは、嘘、か……?》
《ゴメン、マジで涙出てきた。こんなビビったの初めてだ》
《これクレームとかでないよな?》
《やりやがったな、四谷……!》
【これが、本当の話である保証など、どこにもない】
《今までのテロップと同じフォントやめーや》
《これ演出考えてんの四谷だとしたらすげぇな……》
《何故これにGOサイン出したリバユニ運営》
【fakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefake】
学校の屋上、一人の少年が、柵を乗り越えて飛び降りる――――
【fakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefake】
洞窟の奥深く、大量の御札に囲まれた狐耳の男の下へと黒衣の女がやってくる――――
【fakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefake】
暗転と砂嵐、断片的な映像、そして『fake』のテロップ。何通りも繰り返される映像。
あらゆる人の声で、『fake』と告げられる。その中には、人ではない合成音声すら混ざっていた。
《どういうことだ……》
《最初の話も含めて、全部嘘、って事なのか》
《逆に本物が混ざってても分からないぞ》
【fakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefake】
子供を助けて、代わりにトラックに轢かれる青年――――
【fakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefake】
スラム街のゴミ箱で、銃撃を受けて倒れている男と、それに近寄る黒衣の女――――
【fakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefake】
玉座の裏から、腹心であったはずの男に剣で貫かれる愚かな王――――
【fakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefake】
【fakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefake】
【fakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefake】
【fakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefake】
【fakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefakefake】
《なんか、もうマジでヤバいとしか言えない》
《思いつかないし、やろうって思わないわ、これ》
《バーチャルがfakeを使う意味も考えると物凄い攻め具合だと思う》
画面が全てテロップで埋め尽くされ、ガラスが割れる様に砕け散った。そして、そこから小泉四谷が現れる。普段通りの2Dアバター、顔には狐面を模したメイクが施されていた。
《既視感が》
《俺も》
《初配信じゃねぇか!!》
《それだ!!》
「ようこそ、虚構と現実の狭間へ」
「僕の名前は小泉四谷。何処にでも居て、何処にも居ない普通の男……かつて、こう言って僕は君達の前に現れた」
「果たして、僕が俺が私が、普通の男かどうか――君達の目で、見極めて欲しい」
《ここで初配信オマージュとは》
《なんか、声おかしくね?》
《エモいより怖いわ……》
男の姿が捻じ曲がる。そして、その場には黒衣の女――ステラ・フリークスが現れた。
《ステラ様!?》
《ここまで真正面から現れるのは初めてかも》
「「さて、僕は真実だろうか?それとも嘘だろうか?」」
声が、重なった。
《え》
《今回の本命、四谷だったのか?》
《すげえ》
「「僕は電脳の都市伝説――」」
「「さぁ、遊ぼう?虚実の狭間で、好き勝手に!!」」
【STELLA is EVIL】
【BONUS TRACK 05】
【feat. Yotsuya Koizumi】
【FAKE LORE】
《88888888888》
《すっげーもん見た……》
《曲調はなんだ、こう、意外と騒々しい感じ》
《オルガンとか使ってるのか。でも所々不協和音っぽいのが四谷だなあって感じ》
《いよいよ次回はお嬢か……》
《一番救われてほしいのに、一番救いのなさそうな話になりそうなんだよな、お嬢》
《おいやめろ》
《もう待つしかできねぇわ。今のうちに覚悟だけはしておく》
正直、投稿の延期を考える程の難産でした。
四谷初配信回を読み直して、この構成に行き着きました。
困ったら、初心に戻るべきとはこの事かと思いました。
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