「STELLA is EVIL -04- 水槽の楽園」
「伸びたねぇ」
「バズりましたね……」
正時廻叉のゲーム配信を眺めつつ、時折チャット上に現れるスパムアカウントをブロックしながら、魚住キンメと小泉四谷は呟いた。キンメは手が空いている時に、四谷は廻叉から一回の配信につきランチ一回の奢りという報酬契約でモデレーター業務を行っている。コメント欄の速度は、普段の廻叉の配信と比べると間違いなく速さが増していた。
それもそのはずであり、普段のRPG台詞全朗読配信の平均同接者数が200~500人程度なのに対し、この日の配信では1,000人を超えていた。特に記念配信でもなければ、最新の注目タイトルをプレイしている訳でもない。古いハードの実機をなんとか繋いでリメイクもダウンロードソフト化もされていないタイトルだ。そして、名作というには知名度に若干欠けている。一方でその美麗なドット絵と、王道のファンタジー&ジュブナイルストーリーが初見のファンの心も掴んでいた。
だが、これだけの人数が集まっている本当の理由は、前日に公開された「STELLA is EVIL」シリーズの第三弾、正時廻叉編が関係各所で大評判になった事だった。
ハッキリと言ってしまえば、視聴者からの反応は賛否両論、というよりも戸惑っていたり作品の内容を消化しきれていない、という者が大半だった。一方で、同業者たるVtuberや動画系配信者、TRPG関係者などからは大半が絶賛していた。彼と、Re:BIRTH UNIONがやった事の難しさが理解できてしまった者ほど大きく評価し、一般的な視聴者からは「なんかよくわからんけどすごかった」というシンプルな感想が多くなっていた。
そして、その動画が公開された翌日、特に勿体ぶる事もなく普通にゲーム配信を始めたのだから、ファンも同業者も戸惑った。とりあえず話題になっているVtuberを見てやろうじゃないか、という完全初見が増えた結果が同接1,000人超えの真相である。
「そして最高のツカミでしたね……」
「お笑いの大会だったら、あの時点で拍手笑い起きてたよね、たぶん」
『どうも時計人間です』
特に間も置かず、配信開始直後に言い放たれたワンフレーズでコメント欄が『草』一文字で埋め尽くされる様は、中々壮観だったとキンメは思う。
「シリアスなシリーズだからこそ、こういう普段の一言で笑いが取れるんだよね」
「緊張と緩和、ですか」
「まぁ廻叉くんの場合は緩め方が極端なんだけど」
「全くです。僕達はおろか、視聴者さんだってどうリアクションすべきか決めかねているタイミングで当の本人が盛大に雑イジリしたらそりゃ笑いますよ、誰だって」
「まぁでもあくまでエンターテインメントだよ。なんだかんだで、一番嬉しいコメントだよね、『草』って。ちゃんとタイピングやフリックできるギリギリの理性残しつつも笑い過ぎてそれ以上書けない雰囲気が出てて」
「いや、そこまで考えた事ないです」
「梯子外されたっ!……まぁ、ここまで三者三様で重かったわけだし、いい意味で私のがアクセントになればいいなぁと思ってるよ」
マイペースに配信を続ける、一番重い動画を出した廻叉の姿を眺めてキンメは笑う。
愉しいのも悪くないけど、楽しいのだっていいじゃないか、と。
★★★
【STELLA is EVIL】
【BONUS TRACK 04】
【feat. KINME UOZUMI】
《待ってました!》
《どういう方向性で来るんだろう》
《カーチャンが暗い話なのはちょっとキツい》
《毎回ホラー動画開く気分で公開待ってるわ、俺》
昔々の未来、文明の発展の末――人類はドーム型都市に引きこもり、自然は自然のまま手付かずになり、文明の進歩から逆行するかのように古代の姿を取り戻し、人知の及ばぬ別種の進化を進んでいました。
《!?》
《キンメのナレーション!?》
《昔話の読み聞かせ風とは予想外》
《切り絵っぽいシルエット風のイラストいいなぁ》
《昔々の未来ってのがまた軽く不穏》
ドームの中の人類は、外へと調査に出る度に現れる亜人達に戸惑いながらも、『会話は出来るが、生活文化が違い過ぎて共生できない遠い隣人』として、必要以上に関わる事をしていませんでした。
ある日の事です。外洋調査船から一人の研究員が足を滑らせて海へと落ちました。他の船員たちや研究員たちは慌てて救助用小型潜水艇の準備をしましたが、重装備だった研究員は恐ろしい速さで深い深い海へと沈んでいきます。
《ふむふむ》
《人魚が居る世界観なのにポストアポカリプスっぽいのか……》
《ファンタジーなのかSFなのか》
《王子様じゃなくて研究員が落ちるんだ》
異常な進化を遂げた外界の海は危険極まりない場所です。話が出来るのは人魚や、イルカ人類くらいで、残りは古代の秩序――即ち、弱肉強食が支配する場所だからです。海に落ちた研究員など、良いエサです。すぐに超大型ウミヘビや海生ピラニア、ドリルヘッドシャーク、チェーンソーヘッドシャーク、パイルバンカーヘッドシャークといった危険生物に喰われてしまう事でしょう。
《草》
《おい!!!w》
《急に世界観がトンチキに》
《これは流石に草》
《ウミヘビ=わかる、ピラニア=分かる、工具系のサメ三連=分からない》
《ハンマーヘッドシャークが異常な進化を遂げてて草》
《なんでこんなに胡乱なサメのバリエーションが豊かなんだよ!》
サメが多いのは気のせいです。いいね?
《アッハイ》
《お、おう》
《反応読まれてて草》
《せ、せやな》
《せやろか?》
しかし、幸運な事が起こりました。人魚の娘が、たまたま沈んでいく研究員の進路上に居たのです。
娘は大層驚きました。
《来たー!!》
《後のマママーメイドメイドである》
《自分の過去を物語として聞かせているのか……?》
人魚の娘は慌てて抱きかかえ、真上に見える大きな影――外洋調査船へと向かいます。
人魚の娘は、人間を詳しく知りません。話の出来る、泳げない人魚という程度の認識です。
ですが、眠っているかのように気絶している研究員の顔に、人魚の娘は目を奪われてしまっていました。
《あら~^^》
《イラストから表情が伺えないから想像してしまうのが上手いな》
《ママが雌の顔してるのを幻視》
《言い方ァ!!!》
研究員の顔をじっと見つめながら、そのまま水面に向かって泳いでいた為、人魚の娘は外洋調査艇の底面で頭をぶつけました。
《草》
《草》
《何やってんだwww》
《タライが頭直撃したみたいなSEで草》
《ギャグ回じゃねぇか(確信)》
どちらにとっても痛ましい事故ではありましたが、研究員は無事船へと戻り、全身ずぶ濡れのままよろよろと船縁へと立って顔だけを出している人魚の娘に何度も何度も礼を言いました。
人魚の娘は、顔を真っ赤にしてすぐに海へと帰っていきました。
《痛ましい事故(物理)》
《ここまでは人魚姫の話をなぞっては居るが……》
《俺らの知ってる悲劇に繋がりそうな感じではあるのに、所々でおかしな描写があるから予想がつかない》
★★★
「私、あの人と懇ろになるわ!という訳で人間になる薬をよこしなさい魔女ババア!」
「脳と口が直結してんのかい、あんたは」
《草》
《口悪ぃなオイ!!!》
《懇ろて》
《もしかしてババアの声執事じゃね?》
《魔女の声、執事じゃねぇか!》
《チクタクマン執事がババア声だしてるの想像するの腹筋に悪いわw》
助けた研究員に惚れてしまった人魚の娘は、かつて人魚族の姫に人間になる薬を与えたという噂のある魔女を訪ねました。勢い余って失礼な発言をした人魚の娘でしたが、魔女は戸棚をゴソゴソと漁り、見るからに古ぼけた瓶を取り出しました。
「まだ残っているが……これが人魚を人間にする薬だよ。尤も、代わりにその美しい声を失う事になるがね……」
「欠陥製品の在庫処分しようとしてんじゃねぇぞ魔女ババア!見るからにデッドストックでしょうが、それ!」
《草》
《ここからは俺らの知らない人魚姫だな(遠い眼)》
《ツッコミが鋭すぎるわw》
人魚の娘はノーと言える人魚でした。思わず人に向けてはいけない指の形を見せてしまいましたが、魔女が戸棚から水中銃を取り出すと人魚の娘は両手を上げて降伏しました。
《ノーと言える人魚 #とは》
《なんで中指立ててる手だけ実写なんだよ!しかもご丁寧にモザイク掛けてあるし!》
《どっかのクソアニメで見た表現で草》
《ババアも大概で草》
《判断が早い》
「まぁ色々と研究はしてみたんじゃが、人魚を完全な人間にする事は難しいんじゃよ。我々は魚から人の形になったのではなく、外界に取り残された人間が海に適応してこうなった、と言われておるからな。進化を促す事……人間を人魚にするならわしには割と簡単じゃが、逆はちと難しい」
「……それなら仕方ないわね。直で会いに行ってくるわ!」
「お前さんさてはアホじゃな?」
即断即決をモットーとする人魚の娘は、とんでもない速さで出て行ってしまいました。
《なるほど、この世界の人魚はそういう扱いなのか》
《リバースエンジニアリングは出来ません、と》
《草》
《勢いで生きてるなぁ、この人魚》
★★★
その研究員は『お前を助けた人魚が調査船に乗り込んできてお前に会わせろって騒いでる』という知らせを聞き驚きました。とりあえず彼女は保護され、ドーム内の水生生物研究施設の、現在は何も入っていない水槽に一時的に入ってもらう事になったそうです。
《ダメじゃねぇか!!》
《実質シージャックで草》
《本来は心無い研究者に捕まって入れられるとこやぞ》
《拘置所かな?》
経緯については深く考える事はせず、研究員は彼女との再会をひとまず喜ぶ事にしました。彼も彼で、彼女に一目惚れしていたのです。
ガラス張りの水槽の中は、思った以上に快適でした。なんならここで研究対象になってた方が、人生楽なのでは?あの人もたぶん様子見に来てくれるだろうし、というふざけた事を考えていると、研究員が現れました。
《まぁ研究員さんが惚れるのは分かる》
《このダメ人魚め》
《草》
《ニートマーメイドとは新ジャンルだな……》
二人は、長い時間話し続けました。
二人は、互いに思いを伝えあいました。
ですが、二人は別の種族。相互不干渉が世界のルールでした。
数週間後、検査の結果、人魚の娘に異常が無かったという事で、海に帰される事になりました。
《うーむ、そうなってしまったか……》
《原作の人魚姫よりは、穏当な別れ方ではあるが》
かつて乗り込んだ外洋調査船から飛び込むようにして海へと帰って来た人魚の娘は、海の中から名残惜しそうに船を見上げると、何かが落ちて来ました。例の研究員でした。
彼は彼女と離れる事に耐えられず、衝動的に海へと飛び込んでしまったのです。
《!?》
《あかん、人魚のパッションが感染しとる》
《気合入ってんなぁ》
こうなると慌てたのは人魚の娘でした。慌てて彼を抱きかかえ、肺呼吸も可能な人魚の生息域へと急いで泳ぎました。なんとか彼が溺死する前に、間に合いました。
《人魚の世界も意外と発展してるな》
《設定が無駄に凝ってるよなぁ》
そして、人魚の娘はもう一度魔女に頼み込み、今度は彼を人魚に進化させる薬を貰いに行きました。魔女はニヤニヤ笑いを浮かべながらも、人魚の娘……即ち、自分の孫のその婿殿に、薬を与えました。
そして二人は末永く仲良く暮らしましたとさ。めでたしめでたし―――
《サンキューバッバ》
《孫に水中銃向けるババアだったのか》
《愉快な家族に婿殿が!って書くとコメディーではあるが》
《あれ?ステラ様は?》
★★★
『それが、君の思い出話、という事か。中々興味深い話だったよ』
「ね、随分と前の話なのに、まだハッキリと思い出せるわ。あの人が天寿を全うしたのが、つい昨日の事みたい」
未だに、彼と出会った頃と変わらない姿の自分が鏡に映るのを見て、人魚の娘は溜息をつきました。
彼女の話を聞いているのは、人魚ではない、黒衣の女でした。
《!?》
《時間大分飛んだぞ》
《思わず身構えたわ……》
『まるで、燃え尽きてしまったかのように思えるね。思い出話の中の君は、もっとこうエネルギーに溢れてたように思えたけど』
「イカレてたってハッキリ言っていいと思うけどな。……うん、一番の幸せを味わってしまったからね。今の私はもう、何も残っていない。……そうだね、君の話も楽しかったし、興味深かった」
《自覚はあったんだな……w》
《旦那とのなれそめを語っただけでイカレたエピソードがまあまあ出てきたもんな》
《ステラ様も何かを話したのか》
人魚の娘は、黒衣の女の話す理想に共感していました。
己のワガママで、世界を塗り替える事すら厭わない黒衣の女に、過去の自分を重ねていました。
人魚の娘は、黒衣の女を抱き寄せて、その背を軽く撫でました。
《世界を塗り替える……?》
《おおう、大胆》
《でもなんか、俺らの知ってるキンメに近い感じになってきた》
《包容力……!!》
「頑張ってる君にご褒美だ。私の体を使っていいよ」
黒衣の女は、人魚の娘の胸元に顔をうずめて、小さく頷きました。
《ステラ様、どんな顔してんだろうな……》
《母は強し》
「ああ、そうだ……よければ、次の私の体の持ち主に、私の幸せだったころの話を聞かせてあげて欲しいんだ。そうだね、物語にするならば、タイトルは―――」
【STELLA is EVIL】
【BONUS TRACK 04】
【feat. KINME UOZUMI】
【人魚姫】
《8888888888》
《面白かったし、こういう毛色の話も悪くないなって思った》
《最終的に凄くキンメらしい話だった》
《全体曲まで含めると折り返し地点で、こういう割と明るい話だったの助かる》
《で、次は四谷な訳だが》
《ストーリーとかが思い浮かばないからこそ、一番不穏まである》
《デビュー配信から不穏だったもんな》
《そんなアイツもすっかり実質オーバーズだもんな……》
《頑張れ四谷、お前の失われたミステリアスを取り戻してくれ》
《失われてる扱いで草》
かなり胡乱な話になりましたが、いかがでしょうか。筆者は書いてて超楽しかったです。
人魚の昔語り、という事で今回は執事は脇役でした。前回アレをお見せしてからの魔女役という落差。
御意見御感想の程、お待ちしております。
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