表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/232

「STELLA is EVIL -03- 時計と心音」

 SNSのRe:BIRTH UNION関連ハッシュタグを眺める正時廻叉の表情は真剣そのものだった。自身の収録は、楽曲・企画動画共に終わっている。翌日に公開を控え、どこか剣呑な緊張感を漂わせていた。更に翌週以降に控える魚住キンメ、小泉四谷、石楠花ユリアのナレーション撮りもあり、彼の仕事量はステラ・フリークスに次ぐ程だった。


 故に、半端な仕事は出来ない。自身の出来次第で、全体の出来にも関わってくる――思い上がりではなく、当たり前の事だ。ナレーションである以上、自分の言葉が不明瞭であったり、意図が伝わらない話し方をすれば台無しになる。今までの二本の動画の感想から、自分が改善できる部分を探す。決して、自分の表現が百点満点に達する事はない。だからこそ、賛辞も、非難も、全て己の血肉に――と考えているタイミングで、スマホと廻叉の目を遮るようにペットボトルが差し込まれた。


「廻叉くん、また酷い顔してるよ。スマホ睨んでどうするのさ」


 同期であり、Re:BIRTH UNION内で唯一の既婚者である女性Vtuber、魚住キンメだった。


「……すいません。ただ、本当にこれでいいのか、完成形の動画を見れば見るほどわからなくなって」

「それで、私の収録時間の直前までリテイクを重ねてた、と。結果は?」

「…………」

「うん。まぁ、そうだろね」


 視線を背ける廻叉の姿が、珍しく年相応の若者らしかったのか、キンメは苦笑いを浮かべる。Vtuberの実年齢は極めて若いと言われている。十代にして数千の視聴者を向こうに回して配信を行う者も少なくない。そんな中で、ユリアを除き全員が二十代であり、おまけに子持ちの既婚者も居るRe:BIRTH UNIONは『大人』とファンから言われる事も多い。


 特に正時廻叉は男性Vtuberで落ち着きのある存在として名が挙がる事も増えて来た。チャンネル登録者数も、廻叉はデビュー時から今まで緩やかな右肩上がりを続けている。1万人突破時に行った配信劇や、龍真とほぼ月二回ペースで行っているラジオ番組こそ『尖っている』と称されるも、それ以外の配信や朗読などでは安定感があり初心者にもおすすめ出来るという評価を得ていた。


「もしかすると、デビュー時よりも……怖い、と思っています」

「おや」

「私とMEMEさんのアイディアが、より大きな作品の一部となった事は光栄です。光栄ですが、プレッシャーをここまで感じるとは、思っていませんでした。パブリックサーチをすると、より明確に見えてきますから。私への、期待が」


 かつての自分は、サカイマサトキは、そこそこ上手い脇役俳優だった。周囲の評価も、それ相応であり、自分だけを熱心に応援してくれるファンも居なかった。褒められはすれど、推されはしない。そういう俳優だった。


 だが、今は、まるで主演俳優のようだ。


 Vtuberにも、自分のファンだと公言してくれている人が少なからず居る。


 大切な後輩は、私に憧れ、救われたと言ってくれた。



 ……ほんとうに、おまえは、それにふさわしいのか?



「廻叉くん、歯ぁ食いしばれ?」

「っ!?」



 その声に反応する間もなく、背後に回り込んで襟を掴んだキンメが背中にデオドラントスプレー(冷感タイプ)を噴射した。椅子から跳ね上るように廻叉が立ち上がり声にならない悲鳴を上げる。


「どう?冷静になった?」

「そこは平手打ちとかでは……?歯を食いしばる意味とは……」

「変なとこに入って脳震盪とか起こしたら怖いからね。まぁ、同期がシャキッとしてないと私も気になる訳だから」

「……返す言葉もございません」

「こういうのはユリアちゃんに見せて……いや、見せたくないかー。大好きな後輩には、まだカッコつけてたいお年頃かー」

「……返す言葉がわかりません」

「おう、目ぇ逸らすなや」


 説教とも揶揄いともつかないキンメとの会話の中で、ようやく廻叉の表情から堅さと剣呑さが消えていく。


「でも、同期の私の前だからこそね。そういうとこ見せてくれてるって自惚れてるよ、私は」

「それは、そうですね。なんだかんだでキンメさんなら、親身になってくれると思ってます」

「ふっふっふ、人の親の包容力舐めんなよ。最近ママじゃなくてカーチャンってファンから呼ばれてんだぞ」

「……何が違うんです?」

「ニュアンスが!ニュアンスが違うんだよ!!」


 べしべしと台本で廻叉の肩口辺りを叩きながらキンメが必死にアピールする。口元に苦笑いが浮かんでいる自分に気付き、背中に圧し掛かっていた重圧が少し軽くなっている事を自覚した。


「ここまで来たら、もう腹括って待つしかありませんか」

「そうそう。むしろ私や四谷くんやユリアちゃんのが大分プレッシャーなんだからね。君の後なんだから」

「それは……そうですね。はい。ナレーションで全力サポートさせて頂きます」

「うむ、良きに計らえ」


 わざとらしく尊大な態度を見せるキンメの姿に、ため息交じりの苦笑いを溢す。

 ボーナストラックも折り返し地点。廻叉は祈るような思いで、公開時間を待った。

 とはいえ、先程までの重圧を毛ほども感じてはいなかった。




★★★




【STELLA is EVIL】



【BONUS TRACK 03】



【feat. KAISA SHOUJI】


《さあ執事だ!!》

《絶対ヤバいのが来る、分かる》

《楽しみだ》

《時計の音だ……》

《1万人超えたあたりから、時計のSE多用してるよな》



 鏡に映る若い青年。真新しい執事服に身を包み、真剣な表情ながら僅かに笑みを浮かべている。


 それが、私である事は、他ならぬ私自身がよく分かっている。


 彼の姿を背中越しに見ている私もまた、私自身である。


 さて、私はどちらだったのだろうか。


《え?》

《どういう事だ?》

《いつもの無感情執事の声ではあるんだが》

《記念動画と同じ構図だ……》


――――――――――――――――――――――――――――


 私は、とある屋敷に仕える執事の息子として生まれた。


 両親は、私に学校で学ぶ以上の教養と、人に対する心配りを教えてくれた。


 旦那様も奥様も、私を孫の様に可愛がってくださった。


 いずれは私も、父と同じように――そう願い、そしてその願いは叶った。


《一枚絵の数よ……MEMEママ本気出し過ぎでは?》

《良質なアニメの回想シーンって感じだ》

《愛されていたんだな》

《執事の声に感情が乗ってる……!》

《年相応の若者って感じで好き……》

《なんか新鮮だな》


 しかし、私の願いが叶えられた期間は、酷く短い期間だった。


《は?》

《おい、やめろ》

《知ってた……(絶望)》

《予告がベッドで横たわる青年だったもんな……》


 大病を患ったのは、私が執事として父の下に付いた数年後だった。


 まるで、人生を早回しにされるかの様に、病状は悪化の一途を辿った。


 きっと私は助からないだろう。


 せめて、末期は、私が過ごしたあの家で。


 旦那様が、奥様が、父が、母が居る、あの屋敷で。


 私の心音が、時を止めてしまう前に。


《あああああああ……》

《声がどんどん弱くなるのやめてくれ》

《時計のチクタク音がカウントダウンみたいで怖すぎる》

《最期の時を自宅でって気持ちはちょっと分かるかもしれない……》


――――――――――――――――――――――――――――


 私は、ずっと見ていた。


 私は、ずっと見続けていた。


《!?》

《誰ぇ……?》

《通常営業執事やんけ》


 御主人様が、私を迎え入れてくれた日から、ずっと見続けていた。


 平穏が、そこにはあった。


 理想の幸福が、そこにはあった。


 私は、それを見ている事が幸せだった。


《もう一人の執事……廻叉の父親?》

《誰なんだマジで》

《見続けていたってどういう意味なんだろ》


 その幸せに亀裂が走ったのは、彼が倒れてからだった。


 御主人様も、奥様も、憔悴しきっていた。


 そして、彼が帰って来てからは、彼に聞こえないように泣いているのを私は見ていた。


《ああ、辛い……》

《よくある悲劇だけど、だからこそ普遍的にブッ刺さるんだよ》

《ある程度、年食うと必ず一度は直面するからな……》


 それでも、私は、見続けた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『元々、彼には目を付けていたが……まさか、こうして招待を受ける日が来るとは思わなかったかな』


 ある日、屋敷に黒衣の女が招かれた。


《うわ出た》

《招待て》

《ステラ様……!!廻叉を助けてくれ……!!》


『確かに、私は彼の病を体から消す事は出来る。彼の命を救う事が出来る』


 女が、淡々と言葉を吐いた。


《出来るんだよな、出来ちゃうんだよなぁ……》

《瀕死の龍すらどうにかした女》


『ただし、彼が今までの彼とは別の存在になり替わる事になる。それでもいいのかな?』


 それでも、と御主人様が、深く深く頭を下げていた。


 奥様は、ずっと泣いていた。


 執事長は泣き崩れる自分の奥方をしっかりと支えながら、耐える様に口を噤んでいた。


《ああ……》

《とてもつらい》

《それでも生きていて欲しいんだな……》


『私の手を借りるという事は、そういう事だからね。引き返すなら、今の内だよ』


 御主人様が、胸元から手紙を渡す。女はそれを読んで、目を伏せる。


《うわ、ステラ様が難しい表情を……》

《何が書かれているか分からないのが逆に怖い》


『……君達の意思であり、彼の意思である、と。解った、それならば私の手で、彼を生まれ変わらせる事にしよう。彼の失われかけた肉体を、別の物で補填する。彼の失われかけている魂を、別の者の魂で補填する。そういう形になるが、構わないね?……そうか、彼は愛されているんだね』


《魂だけでなく肉体の修復も必要なのか》

《龍真の時は肉体はいらなかったのにな》

《考察班曰く『体がデカいから使える部分だけ使って再構築した』説が》

《そっか、執事は龍じゃなくて普通の人間だから……》


 黒衣の女がこちらに近寄る。何かを確信しているかのように。


《うわ来た》 

《なんでこっちに来るんだ?》

《ただの第三者視点じゃねぇの!?》


 私の驚きと恐怖心とは裏腹に、私の心音は正確に時を刻む。


『彼を救うために、君の体を捧げて貰う。構わないかい?』


《この視点の持ち主、誰だよ……》

《時計のSEが大きくなってるんだが》

《うそ、まさか》


 御主人様達が驚くような顔をしている。だが、私の代替は、いくらでもいる。


 彼の代替は居ない。


 ならば――私の、古びた柱時計の体で彼が救われるのならば、この身を捧げることに躊躇いはない。


《うわああああああ!?》

《時計?!》

《柱時計だ……》

《ずっと見てたって、そこにあった時計が見てたってことなのか?》

《時計のSEの意味、そういう事だったのか……単なる名字合わせとかじゃなかった……》




★★★




「…………」


 鏡に映っているのは、間違いなく私だった。


《胸元だけ映ってる……》

《この顔を見せない構図怖いからやめてくれねぇか?》


 まだ未完成ながらも、それは間違いなく新生した私だった。


 私であって、彼でもある、そんな存在だった。


 僅かに、売れない役者だった男の存在も感じるが、その自我は殆ど私に取り込まれている様だった。


《三つ、混ざってるのか、執事は……》


 彼と、もう一人の誰かの魂は、補填してもなお――私のかつての体に芽生えた魂を塗り潰すほどの、強度は残っていないようだった。


「……私は、正時廻叉」


『そう、君は正時廻叉。まさか、君が主人格になるとは私としても予想外だが――気分はどうだい?』


「私はただ見守り、時を刻むだけだった存在。故に、彼と、もう一人の彼の思いが、私のやるべき事なのでしょう。執事として生きる事。そして、役者として生きる事が」


『そうか、では最後にその顔を仕上げるとしようか』


「いえ、このままで結構です。もう一人の彼の記憶にあった、『オペラ座の怪人』という作品に登場したファントム――それと、同じ仮面を頂けますか?」


『……理由を聞いても?』


「顔が完全に彼と同じになってしまうと、私という存在がさも人間であるかのように錯覚してしまう。私が何者であったかを、決して忘れないようにする為です」


《ファントムマスク……!》

《さぁ答え合わせのお時間です》

《ステラとの会話劇やべぇな……ずっと聴いていられる》

《執事に限らず、リバユニ全員がこの過去隠して初絡みとかやってたと思うとちょっと面白い》


『……そうか。君の意思を尊重しよう。だが、君の様な存在は――人に混じっては生きられないよ』


「……ありがとうございます。御主人様方には、御暇を頂戴するつもりです」


『それなら、私と共に来るかい?』


「……貴女は恩人ではあるが、主ではありません。それでもよろしければ」


《様付けはしても、御主人様とは言わなかったもんな……》

《バッドエンドではないけど、ハッピーエンドでは決してないよな、これ……》


『構わないさ。私が欲しいのは、部下ではなく、同志だ。私はステラ・フリークス。これから、よろしく』


 黒衣の女が、ステラ様がそう言って笑った。鏡に、ぎこちなく笑う自分が映っていた。



「私は、正時廻叉――」



 心音が、聞こえる。チク、タク、チク、タク。



「私は執事であり、役者であり、永劫の時を刻む者」


《あ、あああ……》

《うわああああああああ》

《執事、マジか……》


 鏡には私の()()()()()()が映っている。


《ステラが無貌だった時に嫌な予感はしてた、当たって欲しくなかった》

《シンプルにカッケェ……!》

《ロマンに溢れてるけど、背景知るとハシャげねぇなぁ……》



「そう、この姿こそが、私の本質である」



 鏡には、


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 私のかつての姿は、この屋敷を見守り続けた、古い柱時計であった。


 そして、今の私は正時廻叉――。



 執事にして、役者である。




【STELLA is EVIL】



【BONUS TRACK 03】



【feat. KAISA SHOUJI】





【 - TICK TOCK MAN - 】



《チクタクマンはダメだって!!!》

《はいSAN値チェック》

《時計の音とネジの巻かれる音がずーっとバックになってるの怖すぎるんだけど》

《ロックなのにダークメルヘンだ……》

《楽しそうなステラ様と無感情な執事、どっちも人形っぽいのが怖すぎるんですが》

《背景を知って聞くと、「本当にこれで良かったのか」感が凄い……》

《今後、どんな顔して廻叉と龍真の無軌道ラジオを聞けばいいんだ》

《笑えばいいと思うよ》

《笑うしかないな》

《どうした、笑えよ》

《お前ら怖ぇよ!!》

《キンメー!!助けてくれカーチャン!!!》

《執事の凄さと怖さを存分に味わえた……》

正時廻叉の正体は『時計人間』でした。これは、構想段階から決まっていました。

ようやく、お披露目出来ました。


御意見御感想の程、お待ちしております。

拙作を気に入って頂けましたらブックマーク、並びに下記星印(☆☆☆☆☆部分)から評価を頂けますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
想像以上のものを読ませて頂いて、最高の気分です。素敵な作品をありがとうございます。まだ一周目ですが、最新話まで行ったらまた読み返すのが確定しました……
[良い点] ヤバい… 今ようやくステラ様がイビルって言われる理由が分かったよ。 他人の情を使って納得させた上で魂を奪い、しかも自分の目的を達する。 こりゃあよく聞く悪魔のやり方だ。 今まで現状から解…
2021/09/29 01:18 ご主人候補21
[一言] なるほど時計かぁ・・・ そう言えば執事の配信って必ず最初と最後に時刻言うし、最初なんて基本ゼロ分ピッタリに始まるもんなぁ。 ・・・あぁ、これが”エモさ”か
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ