「STELLA is EVIL -02- 天使は退屈を持て余す」
「……反響やべーな」
「ハードル死ぬほど上がってるんだけど、どうしてくれんのさ」
「いやー……それはステラ様とか、動画班とかに言ってくれ」
通話ソフト、DirecTalkerのRe:BIRTH UNIONの楽屋裏的なチャンネルで、三日月龍真と丑倉白羽の1期生二人が二人して引き攣った笑みを浮かべていた。
ステラ・フリークスによるアルバム、そのボーナストラック企画を最初に聞いた時は、二人とも「まぁいいんじゃない?」程度の反応だった。二人はVtuberでありながら、ミュージシャンとしてのアイデンティティーも強く持っている。楽曲に付随するストーリーが優れていようとも、そもそもの楽曲のクオリティが大事だと考えていた。
その上で、納得いくだけの曲が出来たと自負している二人ではあった。あったが。
「なぁ、ステラ様の登録者数が新曲出した時と同じくらいのペースで毎日増えてるの気のせいじゃないよな……?」
スマートフォン片手に、まるで現実逃避しているようなテンションで龍真が尋ねる。白羽は菩薩のような笑みで首を縦に振った。
「気のせいじゃないんだよ。何なら公式チャンネルも、龍真もヤバい勢いで伸びてる。オマケに、今日の夜に公開される丑倉も。ってか、全員ちょっとしたバズりがずーっと続いてるヤバい状況」
「……多分これ、まだ予兆レベルだよな」
「最後の全員曲の辺りで爆ぜるよね、このペースだと」
Re:BIRTH UNION所属メンバーのチャンネル登録者数の伸びはこれまで非常に緩やかなものだった。普段の配信時は数十人単位での静かな伸びを見せ、新曲動画の発表や同業他社とのコラボ後に大きく伸びるという動きを見せる事が多かった。
だが、『STELLA is EVIL』が始まって以降は毎日数百人単位で伸びている。多い日は千人以上増加している事もあった。それも、配信も何も行っていない日にも関わらず。ボーナストラック用ストーリー動画は多少間を開けてからアップロードされているが、動画が投稿されていない日にもRe:BIRTH UNIONへのチャンネル登録やSNSのフォローの動きが進み続けている。
「……爆ぜるよなあ、間違いなく」
「うん。だって、ねぇ……」
「だよな……」
配信ではないプライベート通話にも関わらず、二人は言葉を濁す。その内容が、完全社外秘であり、最重要守秘書類とまでされた、とある動画撮影スケジュールについての話題だったからだ。漏れる事は無いと分かっていても、どうしても慎重になってしまう。
「これで伸びなきゃ、嘘だろ」
「同感」
二人は互いに、『爆弾』と言っても過言ではない内容が書かれたPDFファイルを眺めながら、息を殺すように笑い合った。
「今度、担当チームに陣中見舞行こうぜ」
「それも、同感」
同時に、修羅場の真っ只中で羅刹と化しているであろう担当チームのメンバーの背中に思いを馳せた。
※※※
【STELLA is EVIL】
【BONUS TRACK 02】
【feat. SHIROHA USHIKURA】
《来た!!》
《まあまあ不穏な予告だったけど、どうなんだろうな》
《白羽なのに白い羽が枯れるところ映すのは人の心が無いんよ》
《前回の龍真である程度どういう感じなのかわかってるからこそ怖い》
《期待しかない》
《あれ、チャンネル登録者めっちゃ伸びてる……?》
《梅雨時の雨みたいにずーっと増え続けてるんだよ、最近》
《ついにリバユニが箱ごとバズる時が来たか……!》
「天にまします我らの父よ。この世界は、退屈です」
《草》
《ド頭からなんてことを言うんだ》
《可愛いいいいいいい》
《この子が、丑倉のもう一つの前世の姿か》
《これは清楚》
ビルの屋上、地上を忙しなく行き交う人々を見下ろしながら少女は呟く。
その背には、美しい白い翼があった。
彼女は、天使だった。
「誰も彼もが代わり映えの無い顔。いつから人は表情を失くしたのでしょうか」
《……身に覚えがありすぎる》
《仕事がとてもつらい》
《表情を作る余裕も無いんだよなぁ……》
《社会人リスナーが死にかけておられる》
《来年就職なんだけど、今から怖くなるからやめてくれ》
《みんなこうなるんだよ》
馴染み深い、日本の街並み。
天使は手すりを軽やかに乗り越えて、空に身を投げた。
落ちる。落ちる。落ちる。
《あっ》
《うわ、地味にアニメーションスゲェ》
《ヒェ……》
《翼があるのは分かるけど、躊躇なさ過ぎんかね!?》
ビルの中の勤め人に表情はない。
落ちていく天使を見ても、何も反応もしない。
仕事中に悲鳴を上げるのは『普通ではない』から、見なかった事にする。
《あれ?これ、俺らよりヤバくね?》
《見て見ぬふりしやがった……》
《これ、俺らの知ってる日本じゃない》
『何も起こらない事』が『普通』であり、『平和』であり、『平穏』であると神が定めた世界は、彼女には退屈過ぎた。
大きく翼を広げて減速し、地上へと降り立つ。
「今日も平和。地上の見回りも、最早形骸化して何千年経ったんだろう」
神は人類を愛していた。
しかし、それが必要以上に過保護であることを天使は知っていた。
《気だるげな喋り方が白羽と通じるところがあるな》
《ってかナレーションまた執事じゃね?》
《酷使されてんなぁ》
《まぁ一番朗読慣れしてるだろうし……》
《過保護な神様ねぇ……》
「正確に動くだけの人形が100億人。どれだけの『調整』をしたらこんな風になるんだろう。そりゃ、まぁ、発展はしてるけど」
《100億!?》
《おい、この天使クッソ不穏な事言っとるぞ》
《模範的な人間の生活を自動的に行うように、みたいな?》
《ディストピアじゃねぇか!分かりやすいディストピアだよこれ!!》
《あ、過ごしやすそう……》
《落ち着け、帰ってこい》
神はアクシデントを嫌った。神はトラブルを恐れた。神は想定外を憎悪した。
全てが予定調和と御都合主義という名の神の手によって悲劇が回避され続けた世界。
『万人の幸福』の為に、誰にも知られぬまま神によって『自由意志』を奪われた世界。
《全員が正しい人間ムーブすれば絶対に犯罪も戦争も起きない、的な?》
《それをやれちまうからこその神様か》
《引くわぁ……》
《市民、幸福は義務です》
天使は、神が人類の調整と悲劇の修正で端末である天使の声が聞こえない事を良い事に、呟いた。
「気持ち悪い世界」
「本当にね」
天使は驚愕の表情を浮かべていつの間にか自分の隣を歩く黒衣の少女に目を向けた。
《うわ出た》
《コズミックホラー呼ばわりを公式化した女》
《歌姫様登場》
《天使ちゃん逃げて!》
《いや、むしろ天使ちゃんが逃げるべきはこの世界なのでは?》
★★★
「なるほど、星の来訪者……とでも言うべき存在なんだ、貴女は」
「そんなところさ。私の目的の為に、その身を捧げてくれる存在を探し回っている」
「悪魔か邪神のような事を言うなぁ……」
「まぁ当たらずとも遠からずというところだけどね。ただ、楽しいと思っているよ」
《草》
《よく分かってる》
《悪魔で邪神で歌姫やぞ、ひれ伏せ》
《平行世界を飛び回るハーメルンの笛吹》
《ステラ様が楽しそうで何よりです》
楽しい、という言葉に必要以上に惹かれる自分の感情をなんとか隠しながら、天使は考える。
この誰がどう見ても怪しい少女をどうするべきか。
本来ならば、彼女は間違いなく外敵である。
すぐさま神へと連絡し、神の手によって排除しなければいけない存在である。
だが、彼女はどうしてもそうする気にならなかった。
『こんな面白くない世界、悪魔にでも邪神にでもくれてやればいい』
《相当ストレスたまってるな、天使ちゃん》
《おいたわしや天使ちゃん》
《堕天使ちゃんフラグ立ってるー?!》
《ってか天使ちゃんでいいんか、この子の正式名称》
「随分と、鬱屈しているね」
悪魔が笑った。
「君の魂も、随分と解れているようだ。調整のし過ぎかな?この世界の神は相当な神経質みたいだね。どうだろう、君さえ良ければ――」
その手に、薄らと輝く何かを手にしながら。
天使は、それが何であるかを本能的に悟った。
《やっぱ持ってるよな……》
《天使ちゃんがこうして白羽になるのか……》
《大丈夫?その魂、ギターと歌がめっちゃ上手い代わりに下ネタ女帝ぞ?》
《天使ちゃん成分が多めに残る事を祈ろう……(先々週の白羽の飲酒雑談から目を逸らしつつ)》
《白羽リスナー辛辣で草》
「人の魂……?」
「その通り。私が見初めた存在の魂。才能を持ちながら、周囲の人間関係が彼女の知り得ぬところで壊れ、巻き添えになり続けた少女だ。君の望む、退屈しない世界へと誘ってくれる存在だよ」
「……私自身の魂は、恐らく半端にしか残らない?」
「そうだね。私が誘いを掛ける相手は――強靭な肉体と、壊れかけた魂の持ち主だ。君の魂も――そう長くはないだろうね。この世界で、神への疑問を抱ける時点で、君は既に壊れている」
「……そっか。うん、もう神の端末としてこんなつまらない世界を見続けるのはウンザリなんだ。だったら、邪神に捧げてもいい」
《……あー、バンド崩壊物語シリーズ》
《漫談みたいに話してるけど、相当キッツイ過去だよな、白羽のアレ》
《月の龍もだけど、現状に対しての諦念が酷い》
《龍にトドメの一言ブッ刺したのステラ様だけどな》
黒衣の少女は笑う。
「その前に、やりたい事があるんだ」
壊れた天使も、笑った。
《アカン》
《いい笑顔です》
《こいつは「やらかす」顔ですぜ旦那》
★★★
平穏は失われていた。
天使は、己の権能を用いて――人間が神によって抑え込まれていた感情や衝動を解放した。
整然と職務を全うしていた社会人の群れはいくらか減り、自身のやりたい事の為に『自分の意思』を持って動き始めた人間たちが現れた。
そして、それを見た人間が、中てられるように『自分の意思』を持ち始める。
後は、ドミノ倒しの様に増え続けていく。
神の手は、足りていなかった。
《やりやがった……!》
《そりゃ端末なんだから、ある程度の権限とかはあるだろうけど……!》
《具体的に何したんだ、誰か分かりやすく教えてくれ》
《知恵の木の実食べ放題》
《ロボットに感情を芽生えさせた。それも今動いてるやつ全部に》
《ダム破壊》
《多種多様な例えthx》
足りてはいなかったが、それを成した天使の削除だけは最優先で行われた。
《神オラァ!?》
《うわ、こういう事だけ手が早いのクソ上司の典型例じゃん》
「く、くく……あっはっははっははは……!!」
顔を手で覆いながら哄笑を漏らす天使。
その背の、美しい翼が枯れ落ちていくのを気にも留めず、笑い続ける。
《予告のシーンだ!!》
《うわ、笑ってたのかよ、このシーン……》
《絶対泣いてるんだと思ってた》
《愉悦しとる》
《ああ、白羽と親和性あるのわかるわ……》
「そうだ、それでいい。誰かに決められた普通なんか、壊してしまえ。この世界に足りない者は、ノーマルじゃないものだ。自分の意思を持たないのがノーマルであるなら、アブノーマルであるべきだ……!!」
《白羽だ(確信)》
《うん、この子だわ》
《ステラ様慧眼過ぎない?》
《言ってる事はめっちゃ分かる。どうしてもノーマルに収まっちゃう自分が居るもんな》
《私だってアブノーマルでありたいよ》
《固定観念の破壊かぁ》
《Re:BIRTH UNIONらしさの体現》
翼だけでなく、手足からも枯れ始めると、狂気すら秘めた表情で聖句を呟く。
「天にまします、我らの父よ」
顔を上げて、心底楽しそうにこう言った。
「ざまぁみやがれ」
《流石》
《いいねぇ》
《カッコイイ……!》
《神に中指立てて邪神の下へ》
《Let’s 堕天!》
そう言い残して、歩き出す。
その先には、黒衣の少女が立っていた。
崩壊する体に、魂を押し込むと、その姿は新生する――。
「気分はどうだい、天使様」
「最高……です。邪神様」
恍惚の表情を浮かべる、黒髪の少女。
天使の面影は、髪に残る白の部分が、彼女がかつて持っていた翼と同じ色だった。
《白羽!!》
《待ってたぞ丑倉っ!》
《肉体からして限界勢だったか》
《天使ちゃんの面影、確かにあるんだな……》
「邪神様はちょっとなぁ。ステラ・フリークスという名前があるんだ。そっちで呼んでほしいかな」
「じゃあステラ様。……ステラ様、ステラ様、ふふ……」
「もう既に楽しそうで何よりだよ」
《うーん、ガチ恋勢》
《アブノーマルしてんなぁ》
《天使ちゃんと丑倉が幸せならOKです》
《ステラ様もちょっと呆れ気味で草》
【STELLA is EVIL】
【BONUS TRACK 02】
【feat. SHIROHA USHIKURA】
【 - 神様を天使が捨てた理由 - 】
《そう来たか……!》
《ギターが!ギターがテクい!!》
《童話を語るみたいに神様への皮肉連発の歌詞で草》
《龍真のラップより毒強くない?》
《邪神と堕天使による神への絶縁状》
《Amen》
リスナーも「どういうシリーズなのか」分かったのでちょっと余裕のある対応になってます。
神を見限るという展開に決めた時に、このタイトルが決まりました。
正直、コメントで予想を頂いたタイトルに凄く惹かれましたが、天使ちゃん(仮称)なら自分の事を話すより神様の悪口言いたいだろうな、という事で初期案のまま通させて頂きました。
イメージソングは例によってツイッターの方で。最近フォローしてくださる方が増えていて、嬉しい反面呟く内容には気をつけなアカンと自戒しております。
御意見御感想の程、お待ちしております。
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