「STELLA is EVIL -01- ある竜の記憶」
ステラ・フリークスによるデジタルアルバム、最初のティザームービーとしてRe:BIRTH UNIONの公式チャンネルに投稿された動画は、界隈に大きな衝撃を齎した。
ここまでの反響があったのはいくつか理由があった。
アルバム全体に漂う雰囲気が、今までのVtuberによるオリジナル楽曲、オリジナルアルバムの中でも特に重く、暗いものだったこと。
動画編集班による新規ミュージックビデオのクオリティが高かったこと。
そして何より、Re:BIRTH UNION所属のメンバーとの合作であるボーナストラックと、その予告編の映像がリスナーだけでなく、同業者たるVtuber達にすら、大きな衝撃を与えていた。
かつての後輩とのコラボや、ハロウィン企画で凝った内容を提示してきたステラ・フリークス、そしてRe:BIRTH UNIONが本気を出してきた。そう受け止める者も多数居た。更には、伏せられた楽曲名や、映像の意味を考察・予想する者も少なからず存在していた。
その大半はSNSでの投稿だったが、ごく一部の熱心なリスナーやVtuberは配信上で考察を披露する者も居た。
「いやー……良いとこ突いてくるよなー、みんな。そりゃ、俺の参加してる曲なら『dragon』はあるだろうってのは良い読みしてるわ」
「半ば大喜利みたいなってるフシもあるけどね」
「白羽の曲の穴埋めで『いつも天津飯を頼む理由』はまぁまぁの天才具合だったな……」
「それは単に天津飯が好きなだけだよね」
「アイツの場合、それで一曲作りそうなんだよなぁ」
「いや、あの子確か麻婆飯派閥だから」
「そうなのか……」
スタジオでのアルバム楽曲収録中。ブース外では、ステラ・フリークスと三日月龍真が休憩の合間にスマートフォンでティザームービーのパブリックサーチを行っていた。この数時間後には第二弾ムービーが公開される事もあり、ファンやVtuber達の反応を楽しんでいた。
ブース内では石楠花ユリア、小泉四谷の三期生が自分の曲の仮録音を行っていた。この提案をしたのは他ならぬステラであり、元々二人は『ステラの収録風景を勉強の為に見学したい』と申し出ていた。ハロウィン企画でグループ全体曲を録音した経験はあるが、今回は事務所の大看板であるステラ・フリークスと初のデュエットである。いきなり本番を迎えるよりも、実際にステラの収録風景を見て雰囲気だけでも掴もうと四谷が提案し、ユリアが同調する形で今日の見学に入っていた。
なお、ある程度楽曲収録になれているユリアは思った以上に落ち着いており、逆に経験の少ない四谷が異常に気負っていたと後に龍真は語る。
「しかし、夏が開けたらアイツらも一周年……ってか、来月で二期生が一周年なんだよなぁ」
「短いようで長かったと思うべきか、長いようで短かったと思うべきなのか、悩む所だね」
「その辺の感慨は、四年か五年やってみないとわからねぇさ」
「四年か、五年……どうなってるんだろうね、Vtuberは」
「もしかしたら『NDX』がガチで天下取って、バーチャルアバター生活が当たり前になってるかもな」
既にアメリカにおける『Vtuber』の代名詞になった『New Dimension X』の躍進は海を超えて日本にまで轟いている。3D技術、バーチャルアバター技術の最先端を開発しつつも、2Dアバターでの気軽な配信でファンとの近い距離感も保つという『Vtuberがやりたい事を全部やってる』と称される程だった。
「グマくん、英語上手くなってたね」
「なー……夢掴んだよなぁ、あの人」
最古参個人運営Vtuberであった志熊がアメリカに渡り、SIGMA 05としてNDXへの参入して数ヶ月。元々の勉強熱心さと、どこか気弱さを隠し切れない人柄、文字通りカートゥーンアニメに出て来そうな熊の姿から、現地ではかなりの子供人気を獲得しているという。DOROTHY 03、VOID 04と組んで『TEAM OZ』としてゲーム実況やトークバラエティ、3D アバターを使ったスポーツ風の配信などを行っている。
既に日本語字幕付きの切り抜きも多数上がっている辺り、着実に日本でも支持層を増やしている真っ最中だった。
「ま、明るく楽しいVtuberは『NDX』を筆頭に同業他社がやってくれるさ。だからこそ、私達は逆を行く」
「『暗く、愉しいVtuber』ってか。あ、愉悦の愉で愉しいの方な」
「よく分かってるじゃないか。一番付き合いの長い龍くんと白ちゃんは、本当に話が早い」
「俺だってよーく分かってるよ、ステラ様の事は。凹み始めると際限なく沈んで泣くとことかな」
他のスタッフに聞こえないように小声で揶揄う龍真に対して、ステラは笑顔でその額に掌底を叩き込んだ。
そして、第二弾ムービーのプレミア公開の時を迎えた。
※※※
【STELLA is EVIL】
【BONUS TRACK 01】
【feat. RYUSHIN MIKAZUKI】
《始まった!!》
《wktk》
《まだタイトル出ないのか》
その惑星では、人間は種の頂点では無かった。
天を支配する超常たる存在によって、世界の理が敷かれていた。
太陽の竜、月の龍。
二頭が争い合う事により、陽が昇り、月が昇る。朝と夜は、二頭の龍の胸先三寸で決まる。
人は、竜と龍の争いに巻き込まれるだけの存在であり、彼らを崇める存在であった。
《おおう、ファンタジー……》
《執事ナレーションやんけ!!》
《もう短編アニメじゃん……》
『月は太陽が無ければ輝けない、そんなの、俺は認めない』
《龍真!?》
《加工されてるけど龍真の声だ》
《龍真なら言いそう》
月の龍は自身よりも大きな星の加護を受けた竜に対する敵意と反骨心をその身に宿していた。
月の光の加護は、本来は静寂と幻想を司る。
しかし、月の龍の抱いた太陽への敵愾心は、その加護の意味を変えた。
人を狂気へと誘う幻惑の光へと。
『俺はいずれ、太陽を墜としてみせる――――』
月の龍は、夜天に吠える――――
《これ、本当に龍真か?いや、声は龍真だけど》
《アルバムのボーナストラックにしては手が込み過ぎてるよな》
《リバユニこういうことするから怖いんだよ》
★★★
それに気付いたのは、月の龍が太陽の竜を追い落とさんと決めて、気が遠くなるほどの年月が経った頃だった。
太陽の光の加護が、月の光の加護が弱まっている。
気付けば、自分を崇拝する人間も、あの太陽の竜を崇拝する人間も随分と数を減らした様だった。
《あ……(察し)》
《もう不穏》
《落ち着け、第一弾ティザーの時点で不穏しかなかった》
このままでは、いけない。太陽より先に、力を取り戻さなければいけない。
月の龍は、地下深くにその身を委ねることにした。
いずれ力を取り戻し、同じように力を取り戻した太陽を今度こそ墜とす為に。
★★★
月の龍は、待ち続けた。
★★★
幾星霜の時を経た。
月の龍は、かつての優美な姿を失い、乾涸びた大蛇の様な姿になっていた。
月光の加護は、最早己の命を辛うじて繋ぐだけのものに成り下がっていた。
それでも、彼は待ち続けた。
『太陽を墜とすのは、俺だ……俺以外に奴を墜とせるものか……』
唸り声にすらならない、掠れ切った呼吸音にしか聞こえない声で呟いた。
月の龍は、まるで自分が決して明ける事の無い冬を越す為に生きているような気分になった。
それでも、太陽が昇るのを待ち続けた。
《ああ……》
《これって、たぶんもう》
《キツい》
★★★
「……まさか、生きているのかな」
《ヒェッ……》
《うわ出た》
《この声は……》
月の龍は随分と久しぶりに人の声を聞いた気がして目を開けようとした。
「古代の龍種。なるほど、私もこの目で見るのは初めてだよ」
若い女の声だった。目は開けようとしても、薄らとしか開かない。
黒い衣に身を包んでいる事だけが、何とか認識できた。
ただ、声にもならない呼吸音が出た。
『何者だ……』
「私は、星を征く者。この惑星に辿り着いたのは、つい先日の事だ」
《ステラ様……!》
《そりゃ出なきゃおかしいよな》
《何しに来たんだろう》
《超然としてるのが自然体なのって恐ろしいよな》
『外界からの、来訪者か……そうか。外は、どうなっている。奴は……』
「奴?」
『太陽は、太陽の竜は何処にいる……俺は、奴を墜とす為に、奴が空へと戻る時を待ち続けているのだ……』
その言葉を聞いた黒衣の女は、僅かに笑った。
それが苦笑いなのか、嘲笑なのか、月の龍からは判断が出来ない。
《ああああああああ!!》
《その笑みが怖い》
《居た堪れない。龍に思った以上に感情移入してるわ、俺》
「そうか、君は太陽を待ち続けていたんだね。そんな姿になってまで。私には分かるよ。きっとかつての君は美しい姿をしていたのだろう。私は君の名も、かつての姿も見た事はないけれど、分かってしまう。その言葉と、在り様。そして、僅かに残る月の光による加護……君は、そうか、月の龍というのか」
《優しい声色だけど、何故こんなに不安になるんだろう》
《滅茶苦茶美しい絵……!》
地に伏せた龍の顔に体を寄せ、愛おしそうに抱き寄せる。話しても居ない事を、理解しつつある黒衣の女への警戒心を高めるも、抵抗する事すら出来ない。その身を這いまわる黒衣の女の手が、得体が知れない何かに触れられている様で、恐ろしかった。
それでも、無限にも思える時間の中で、自身に触れる存在が居る事に救われている事も否定できなかった。
「ねぇ、月の龍……君に、伝えなければいけない事があるんだ。心して聞いてほしい」
身を寄せた黒衣の女が、竜の耳元で囁いた。
「××××××××××××××」
月の龍は、狂を発したように咆哮を上げた。
《うわああああああああああ》
《分かってたけど……!》
《日本を代表するパンチラインをそこで持ってくるのか……》
《なんか聞いたことあるけど、なんだっけこのフレーズ》
《とあるラップ曲における最も印象的な歌詞》
《絶望感がヤバイ……》
★★★
「さて、改めて自己紹介をしよう。私はステラ・フリークス。無貌の極星。私に連なる星を探す者。ねぇ、月の龍。君はどうしたい?この、君以外の生物の残っていない禁断の惑星で、そのまま月の加護が失われるまでそこにいるか、私と共に来るか」
月の龍は、目の前の黒衣の女が何を言っているのか、理解できなかった。
《絶望させておいてこれである》
《ステラ様がステラ様してるわ》
《そりゃ理解し難いよなぁ……》
『どうやってお前と共に行くというのだ。この身を見ろ。既に、滅びかけている。どうやって、星を渡る旅を共にする……もう放っておいてくれ。俺は、もう、疲れた』
「君の摩耗した魂を、補充する手段がある――と、言ったら?」
目を開ける。黒衣の女が何を言っているのだろうと、心底から訝しむ。黒衣の女が、右手に薄らと輝く何かを持っている。
《……おい、何する気だ》
《まさか》
《なるほど、これは確かにEVILだわ……》
「これは、別次元の世界のとある青年の魂さ。まぁ、詩人の様な事をしていた男でね。反骨心と上昇志向の強い男だった。太陽に焦がれ、太陽を墜とす事を諦めなかった君との親和性は、きっと高い筈だ。ただ、君の魂の摩耗は本当に酷い事になっている……恐らく、彼の魂に君の魂が吸収されるような形になるだろうね。それに応じて、姿も彼の魂に最適化された肉体へと再変成されるだろう」
《!?》
《これ、こっちの魂が龍真なのか!?》
《Vへの転生ってそういう意味じゃないだろ……!》
《しかも憑依転生じゃん……》
《じゃあ月の龍って……言い方悪いけど、ガワの前世って事なのか……》
《悪魔のささやきだ》
『……いいだろう。奴の居ない世界に未練などない。久方ぶりの対話への謝礼だ。この身も、魂もくれてやる』
「……君の魂と肉体も、彼の一部となって残る。君は、永遠になるんだ」
『永遠なんぞ、面白くもないぞ』
「君が言うと説得力あるなぁ」
『やかましい、さっさとやれ』
《草》
《あ、リバユニしてるわ》
《ちょっと吹っ切れてて草》
朽ちた龍の体に、魂が宿る――龍の体が、淡い光に包まれる――
それが収束し、随分と小さな体になった。
それでも、黒衣の女よりはいくらか背が高かったが。
「どうだい、月の龍。新たな魂と肉体を得た気分は」
『……悪くねぇな。ああ、人間の体ってのも、新鮮な気分だ。……感謝します、ステラ様』
《三日月龍真だ……》
《今の服装とは違うけど、龍真だな……》
《肉体の記憶と魂の記憶ってことか》
《ええ!?俺達これをあと五人分も見るんですか?!》
《 し ん ど い 》
《これ新衣装で実装されたら卒倒するまである》
「そこまで畏まらなくてもいいのに」
『流石に、大恩のある人をいきなり呼び捨てには出来ないからなぁ。折角なんで敬語でも使いますか?』
「まぁ好きにしたまえよ。さぁ、次の旅へと向かおうじゃないか」
黒衣の女と、龍だった男は死んだ惑星を後にする―――次の、『星に連なる者』を探しに。
【STELLA is EVIL】
【BONUS TRACK 01】
【feat. RYUSHIN MIKAZUKI】
【 - Last Dragon - 】
《曲名来た!!!!》
《ってかうしろで流れてる曲がそれか!!》
《ポエトリーラップ、龍真の十八番だ……》
《ステラ様との声の相性がここまで良いとは思わなかった》
《クッソ重たい背景を見せられた後の、メッセージ性の塊みたいな楽曲》
《ちょっと最初のティザー見返してくる》
《リバユニが本気で天下を取りに来てる気がするわ……》
《次が見たくないけど見たい》
『Vへの転生』と『小説における転生』を筆者なりに再解釈して出来上がったものがこちらです。
これがあと五人分です。廻叉の仕事量が地味にエグい。
御意見御感想の程、お待ちしております。
拙作を気に入って頂けましたらブックマーク、並びに下記星印(☆☆☆☆☆部分)から評価を頂けますと幸いです。
《業務連絡》
次回投稿日は9/20を予定していますが、それまでにワクチンの1回目の接種を行う予定になっております。副反応の具合次第では9/25に延期となる可能性が御座います。その際は、筆者Twitterまたはこちらの後書きに記載させて頂きます。