なぜかメンズがヒロインの世界(仮)
よろしくお願い申し上げます。
1
「もう耐えられない!!」
シンデレラの新一がいつものように扉へと飛び込んでくる。
「新一、どうした」
「光輝さぁん」
オーロラ姫、光輝がそれに応えた。ボクはお茶を飲みながらそれを見守った。あ、このリンゴタルト、すっごい美味しい。
「聞いてくださいよぉ、お義母さまったらおれのこと、灰被りだなんて呼ぶんです!しかもわざわざ社交界に呼びつけて、皆の前で何回もっ」
新一はわっとその場に泣き崩れた。
「そうか、辛かったな」
「ぐすっ、おれもう嫌ですっ、帰りたくない」
「茶を淹れよう。落ち着け」
光輝が新一を宥めようと台所へと消えた。……あー、やばい、リンゴタルト美味しすぎる。流石の腕だよね、まぁ作ったのボクだけど。
「……お邪魔します……」
扉が再び開いた。開けた主は、扉の前で泣き濡れる新一に驚いたようにびくりとして、それから手を差し伸べた。
「新一くん、大丈夫?」
「鈴太さん……こそ、大丈夫ですか……?」
「……オレは平気」
扉を開けた主、ベル役の鈴太は、見るも無残、ぼろぼろのドレスに乱れきったヘアスタイルであった。
「いつものですか……?」
「うん……野獣がね」
鈴太は父親を守るために野獣の元に嫁いだ苦労人だ。しかも、野獣は心優しい野獣なんかじゃなく、特殊性癖持ちの、文字通り「野獣」だったのだから、鈴太は日々、それはもう苦労しているらしい。
「今日は朝からスカ……ううん、失礼……」
「た、大変ですね……」
鈴太のあまりの姿を見て、涙の引いたらしい新一が立ち上がる。鈴太と二人で、椅子に着座した。
「あれ、光輝と有矢は?」
「有矢はまた、王子の追っかけじゃないですか?アイツの執念と来たら底なしですから……」
話に出たのは人魚姫の有矢。有矢は人間オタクの王子マニアで、いつも海辺の国の王子のストーキングに忙しい。その度合いと言ったら、新一にすら呆れられるレベルである。
「光輝さんはお茶を淹れてくださってるんですが……遅いですね」
「もしかして」
鈴太が立ち上がる。台所に向かうと、すぐに彼は出てきた。背中に、眠りこけた光輝を担ぎながら。
「光輝さん……」
「全く、すぐ寝るんだから」
鈴太はため息混じりに、寝室へと光輝を連れて行ったようだ。ボクといえば、さっきからリンゴタルトに夢中である。たまに、窓の縁から羨ましげに見ている小鳥に食べカスをくれてやったりしている。ボクってば、優しい。
ボクたちは、今更だけれど、物語の主人公だ。それも、ヒロイン。だけど歴とした男である。理由?そんなものはないよ、生まれつきそういうものさ。
そんなボクは、白雪姫役の白雪。透けるような白い柔肌、艶やかにくるりとカールした黒髪、整ったパーツバランス。世界一の美貌を誇る、麗しき姫君。時々やってくる阿呆の継母さえ躱しておけば、人生順風満帆、完璧イージーな生活を送っている。
でも、ここにいる皆はそうじゃない。だから、時々こうして扉を開けて、「おとぎの家」に遊びに来て、ストレスを発散しているって訳。ボクが来ているのは、完全に惰性というか、興味本位なんだけどね。
そんな訳で、今日もこうして皆で集まっている。
「光輝さん……おれの話聞いてくれるって言ったのに……」
「よしよし、オレが聞くよ」
「鈴太さんには言いづらいですよぉ!」
うん。今日も平和だ。
2
むかしむかし、とても美しくて優しい、一人の娘(男性)がいました。でも、お母さんが亡くなってしまい、お父さんは二度目の結婚をしたので、娘には新しいお母さんと二人のお姉さんができました。ところがこの人たちは、揃いも揃って大変いじわるだったのです。……今日も今日とて、シンデレラは新しいお姉さんにいびられています。
「シンデレラ、あんたってかわいくないわね」
「え……はい、男なので……」
「は?口ごたえする気?」
「え!い、いえっ、そんな」
「生意気〜。ちょっと来なさいよ」
「やっ、お、お義姉さま、やめてくださいっ」
一人のお姉さんがシンデレラを羽交い締めにすると、もう一人のお姉さんは、シンデレラの股間を握りしめました。
「あらあら?何かしら、コレ」
「ひぃっ」
「こんなモノついてる訳ないわよねぇ、だってあんたはあたしたちの妹なんだから」
「ちょん切っちゃえば?」
そこに、新しいお母さんがやって来ました。しかし新しいお母さんもまた、自分の二人の娘よりもきれいな娘が気に入りません。
「二人とも、お風呂の時間よ」
「お母さま」
「……あら?シンデレラ、頭に灰が付いていてよ」
「あ……お義母さまの言いつけ通り、かまどの掃除をしましたので……」
「汚い娘ね、私の視界に入らないで頂戴。早く部屋にお行き」
お母さんはシンデレラが、お風呂に入ることも許してくれないのです。
「やだぁ、きったない」
「ていうかなんか臭くない?」
「……っ」
二人のお姉さんも、お母さんが止めないのをいいことに、どんどんエスカレートしていきます。シンデレラは、
「っもう、嫌だぁ!!」
一目散に部屋に戻ると鍵を掛け、部屋の奥にある、「おとぎの家」への扉を開けました。
*
「わぁぁぁん」
ボクが「家」に入ると、シンデレラこと、新一が泣き崩れていた。いつものことだね。
「あれ、今日新一だけ?」
「っ、しらゆき……」
新一はボクを見て、少しがっかりしたように目を伏せた。どうせ、甘やかしてくれる光輝が来るのを期待してたんだろう。悪かったな、ボクで。
「まだ、誰もいない……」
「ふぅん」
ボクはどかっ、とソファに腰掛けた。なに?行儀が悪い?知らないよ、ボクくらいの美人は何したっていいのさ。
本棚から雑誌を適当に手に取り、パラパラと捲る。あ、今日はこのお菓子、作ろっかな。そこでふと、ボクは気が付く。
「……てか、なんかくさいんだけど」
「……」
「灰?みたいな匂いする。おい灰被り、お前だろ」
「っひ、だ、だってぇ、風呂、入れてもらえない……」
「ならここで入ればいいじゃん」
「……そうする……」
新一は頷くと、とぼとぼと風呂場へ向かった。はーぁ、辛気臭いのがいるとテンション下がるんだから。……ま、風呂上がりのデザートに、ケーキでも作っといてやるか。ボクってば女神ー。ボクは立ち上がり、台所に向かおうとした。
ガチャッ
「あ、有矢」
人魚姫の有矢が入ってきた。有矢は人魚だけれど、陸上にいるときは足がある。水中に入ると人魚に戻る。実に御都合主義な体だと思う。
「白雪じゃん!久しぶりー」
「久しぶり。相変わらずストーカーしてんの?」
「何言ってんの?僕のは純愛なんだから」
「はいはい……」
阿呆に構っていられない。ボクはさっさと台所に向かった。ところが、阿呆が後からついてきた。
「えー、白雪なに作んの」
「りんごのケーキ」
「りんごのケーキ!王子様が今日食べてた!」
「あっそ」
「僕も作る!教えて教えて」
阿呆の助手が仲間に加わった。はぁ、足引っ張るなよ。
「じゃあまず、りんごの皮を剥く」
「はぁい」
有矢が包丁を握り、もたもたとりんごに突き刺す。
「……何してんの?」
「皮剥き」
「なんで刺すの?」
「わかんない……」
「こっからどうする気?」
「わかんない……」
ボクは有矢からりんごと包丁を奪い取った。サクサク、皮を剥いていく。
「すごーい、白雪うまい」
「お前のりんご虐待よりはな」
有矢が呑気にそれを眺める。
「オラ、鍋出して」
ボクは有矢に指示を出す。有矢が慌てて引き出しから鍋を取り出した。
「よく出来たな」
「えへへ」
半ば本気で驚くボク。本気で照れる有矢。馬鹿だ。
それから、剥いたりんごを塩水につけていき、小さくカットして、砂糖と一緒に小鍋にかける。中火弱でグツグツ煮込む。ここまで、ボクの仕事。
「有矢、ボウル取って」
「はぁい」
「そこに置いて。そのまま突っ立ってて」
何も疑問に思わずボウルを置く有矢。ボクはその間に、オーブンの余熱の設定をした。
りんごを鍋から出して、バターを入れてよく混ぜ、それから粉類を全て入れてざっくり混ぜ合わせる。その間有矢には、それを突っ立ったまま見守るという重要な役どころを任せた。
後は、クッキングシートを敷いた型に流し込み、180度のオーブンで30分焼いたら出来上がり。ボクは鼻歌交じりにボウルの中身をかき混ぜた。
「いい匂い。何作ってるんだ?」
そこにやって来たのは美女と野獣の美女役、鈴太。いつも通り、疲れ切ったような表情をしているが、まあそれはいつも通りだからいいや。とりあえずお荷物が増えなくて良かった。
「ケーキ。もう出来るから、向こうで待ってたら?後で分けてあげるから」
「ケーキ……」
鈴太が一瞬びくりと肩を震わせる。
「なに。今度は野獣が、「お前がケーキだよ、生クリームをたっぷり塗って食べちゃおうねぇ」とでも?」
「ひっ」
鈴太の顔色が蒼白になる。当たりかよ。本当に可哀想なやつ……。
「ホラ、具合悪いんなら向こうで休んでなって」
「す、すまない……」
鈴太がリビングにふらふらと消えた。さて。オーブンで焼こう。
「有矢」
「うん」
「オーブンの蓋開けて」
「はいっ」
「ご苦労」
オーブンの設定など諸々はボクがやる。有矢はなにも疑問に思わない様子でそれを見ている。よしよし、お利口だ。
そうして、後片付けをしていると、30分が経った。ちなみにもちろん後片付けも、ほぼボクだけでやった。
ピロリン♪
軽快にオーブンが音を立てる。ボクはそれを取り出す。
「有矢、メープルシロップ取って」
「はぁい」
「……よし。出来た」
ようやく、完成だ。ボクは慎重に、それをリビングへ運んだ。有矢は後からついてきた。
リビングには、いつの間に来たのか光輝もいて、新一と鈴太と三人で椅子に腰掛けていた。ボクの持つケーキを見て、嬉しそうに新一が笑った。
「ケーキだぁ」
「おう。感謝しろよ、このボクの手作りだぞ」
「僕も手伝ったんだよ!」
どの口が。
「有矢が?すごいな」
光輝が素直に有矢を褒める。有矢は、もっと褒めてと言わんばかりに胸を張った。
それから、ボクたちは五人でお茶会をした。
新一も、帰る頃には随分と元気になっていたようだ。別に、気にしていたわけじゃないけれど、少し安心する。はー、ボクってホント、やっさしーよね。
「じゃ、また」
「うん、ありがとう、白雪」
そうして皆、各々の世界に帰って行く。新一、まぁ、精々がんばれよ。
3
むかしむかし、あるところに、商人が三人の娘(男性)と暮らしていました。三人のうちでも末娘(男性)のベルは、とても美しく、心が優しいので評判です。あるとき、お父さんが仕事で近くの町ヘ出かけることになると、お姉さんたちは、洋服をねだりました。でも、ベルは何も言わないので、かわいそうに思ったお父さんが何度も聞くと、
「……バラの花が、一本ほしい」
と、答えました。
仕事を終えたお父さんは、お姉さんたちの服を買いました。でも、バラの花はどこにもありません。おまけに帰る途中、道に迷ってしまったのです。困っていると、遠くに灯りが見えました。近づいてみると、とても立派なお城です。けれど、いくらよんでも、お城からは誰も出てきません。ふと見ると、庭に綺麗なバラの花が咲いています。
「見事なバラだ。これをベルのおみやげにしよう」
お父さんはベルのために、赤いバラを一枝折りました。
「何をする!」
そのとたん、目のまえにおそろしい野獣の顔をした男があらわれました。
「大事なバラを盗んだな、いいか、おまえの娘を一人ここへつれてこい。さもないと、命はないと思え!」
と、いって、野獣の男はパッとすがたをけしました。
お父さんは震えながら道をさがして、やっとのことで家に辿り着きました。お父さんが野獣の話をすると、ベルは言いました。
「お父さん、ごめんなさい。オレがバラをねだったせいです。野獣のところへはオレが」
ベルが言い張るので、お父さんは泣く泣く、ベルをお城へつれていきました。するとたちまち、野獣が出てきて、
「この娘は預かっておく。おまえは帰れ!」
と、お父さんを追い返しました。ベルが震えていると、野獣はそのどう猛な目つきをにやりとひん曲げて、
「二人きりだな」
と言いました。ベルは野獣に掻っ攫われて、あれよあれよとベッドの上に。
「優しくしてやるさ」
「や、嫌だ!」
「嫌がる姿が唆る娘だ。寝るのは初めてか?さぁ、尺八の吹き方を教えてあげよう」
野獣により、その初めてを奪われたベル。しかし、事が終わると、野獣は人が変わったように優しくなるのです。問題はただ、性に貪欲で、特殊な性癖を山のように抱えているということだけで。……だから、ベルは、野獣に情が湧き、また、父のためにも、今日も、家には帰ることができないのです。
*
ガチャリ。
扉を開けて入ってきたのは、ベルこと鈴太。今日もよれよれの格好をしている。
「お疲れ」
「……ありがとう」
ボクが話しかけると、鈴太は笑顔を作った。ボクほどではないにしろ、まあまあ綺麗な笑顔だ。
「今日もされたの?もう、逃げちゃえばいいのに」
「そうもいかないよ、父の命がかかっている。それに……野獣も、悪い人ではないんだ」
「DV乙〜」
「うるさい」
鈴太は窓辺の椅子に腰掛けた。ボクは、戯れにその正面に座ってみる。窓の外に、綺麗なバラが咲いているのが見えた。
「綺麗だな」
「鈴太、バラが好きなんだっけ」
「うん、……こんなことになったのも、それが原因だけどな……」
鈴太が暗い顔をする。
「でも、野獣のバラ園の世話もしてるんだろ?」
「そうだな、植物は良いよ。心が癒される」
「ふ〜ん」
ボクはバラを眺める。まぁ、確かに落ち着くかもね。
「そうだ」
ボクは立ち上がり、引き出しから種を取り出すと、鈴太の手に握らせた。
「これは?」
「最近通販で買った、魔法の植物。なんでも、数時間で育つらしい。やってみない?」
鈴太が、それはいい、と言わんばかりに楽しげに頷いた。
ボクたちは、種を植木鉢に植えた。あとは簡単、水をやるだけ。鈴太はジョウロで水を注いだ。
ガチャリ
「邪魔する」
「あ、光輝」
「僕もいるよ!」
「と、馬鹿」
「僕の名前忘れちゃったの!?」
オーロラ姫の光輝、人魚姫の有矢が扉から入ってきた。
「何をしているんだ?」
「白雪が、魔法の植物なるものを通販で買ったらしく、育てているんだよ」
鈴太が穏やかな表情でそう言った。光輝が頷く。
「なるほど」
「なにが咲くのー?」
有矢が尋ねる。ボクは首を捻った。
「さぁ?」
「さぁって……知らないのか?」
鈴太が呆れたようにボクを見る。なんだよ。
「細かいこと気にすんなよ。禿げるぞ」
「誰が!」
「あ、でも、禿げたら野獣が解放してくれるかも。いいんじゃない?」
「野獣の性癖は底なしだ……。オレが禿げたくらいじゃ、かえって喜ばれる未来しか見えない……」
禿げて喜ぶって、どんな性癖?
「それはもうすでに、愛と呼べるんじゃないの?」
ボクの呟きに、鈴太は顔を赤くした。おい何照れてんだよ。そんなんだから逃げ出せないんだろ。
ボクが呆れていると。植物が、目の前でむくむく、と大きくなってきた。そして、蕾が膨らんでいく。
「すごーい!早いね!」
有矢が無邪気に喜んでいる。
「ほんと、想像以上だなぁ」
「何が咲くんだろうな」
皆わくわくして、蕾を見守った。すると、ポン!と音がして、蕾は咲いた。周囲に煙が漂い、一瞬、目を閉じる。
「……バラだ」
鈴太の言葉に目を開けると、それは確かに、真っ赤なバラであった。よくある色ではあるが、その艶や、瑞々しさなどはかなり素晴らしい、と言えるであろうバラであった。
「へぇ、珍しさはないけど、なかなか綺麗なバラじゃん」
ボクがそう言うと、鈴太はこちらを見た。
「……白雪、このバラ、もらえないかな」
「別にいいけど。どーすんの?」
「……野獣に見せたい。すごく艶やかな花弁だ。きっと気にいる」
はぁ。結局、鈴太は野獣に心を掴まれてるんだな。バラを見るうっとりとした鈴太の目を見ていると、心配したのが馬鹿らしくなってくるったら。
「いーよ、好きにしろよ。でもお前、自分のことも大事にしろよ?」
「分かっているよ。白雪は優しいな」
ありがとう、と言うと、鈴太はバラを抱えて、笑顔で扉から出て行った。
「あれ、りんた、帰っちゃったのー?」
いつの間にかトイレにでも行っていたらしい有矢が、戻ってきてそう聞いた。ボクは、
「うん。ま、そんなとこ」
と答えた。
4
むかしむかし、ある国のお城で、お姫様(男性)が生まれました。
王様は国中の人をよんで、お祝いをしました。お祝いには、十二人の魔法使いたちもやってきました。だけどただ一人、十三人目の魔法使いだけは、お祝いによばれませんでした。お祝いによばれた魔法使いたちは、つぎつぎに進み出て、お姫さまに贈り物をささげました。
「綺麗な人に、なりますように」
「優しくなりますように」
「誰よりも賢い人に、なりますように」
そして、十二人目の魔法使いが進み出たときです。城中に、恐ろしい声が響きました。
「よくもわたしをのけ者にしたね。姫よ、わたしのおくり物を受けるがいい。おまえは十五才の誕生日に、糸紡ぎの道具に刺されてて死ぬのだ」
十三人目の魔法使いは、そう言うと消えてしまいました。
「待ってください。まだ、私が残っています」
しかし、そこでそう言ったのは、十二人目の魔法使いでした。
「お姫様は死にません。百年の間眠るだけ。それから立派な人のキスで目を覚まし、その人と結ばれるでしょう」
それから十五年経った、ある日の事です、お姫様は一人でお城の中を歩いていました。
「こんなところに部屋があったのか」
お姫様は、古ぼけた部屋に入っていきました。中にいたのは、見たことがないおばあさんです。おばあさんは糸を紡ぐ車を、ブンブンと回していました。
「ご老人、愉快なことをしているな」
「興味がおありかい」
「ああ、少し見ていても良いか」
「もちろんだとも。どうかね、少し手を伸ばしてご覧」
何も知らないお姫様は、紡ぎ車に手をのばしました。
そのとたん、紡ぎ車の紡は、お姫さまの手を刺してしまったのです。おばあさんは笑い声を上げると、どこかへ消えてしまいました。
毒がお姫様の体にまわる前、十二番目の魔法使いの魔法が始まりました。お姫さまは魔法の光につつまれると、その場にバッタリと倒れて、そのまま眠ってしまったのです。魔法の光はお姫様だけでなく、お城全体をつつみました。そのとたんに、お城の時計がピタリと止まりました。城にいた人々、動物たちは、皆、全く動かなくなってしまったのです。
なにもかもが眠ったお城の回りで、茨だけがのびていきました。
*
「早く、王子は来ないものか」
「……つまり、光輝はまだ、眠っているんだよね?」
「ああ。それに城の皆も。責任は、俺にある」
オーロラ姫こと、光輝は、重々しい調子でそう言った。
「で、どうやってここに来てるわけ?」
「夢の中に、扉が時折出てくる。その度に、俺はそこへ導かれて入っていくんだ」
「へぇ……」
光輝のそう言った、身の上話を聞いたのは初めてだった。ボクは少なからず驚いた。
「じゃあ、夢の中で眠ったりしてるんだ」
「そう言うことになるな」
「ボクたちのことも、夢だと思ってる?」
「いや」
光輝が、小さく笑顔を見せた。
「お前たちは、大切な友人だ。出会えたことに、本当に感謝しているよ」
「光輝さんっ……」
黙って聞いていた新一が、両手を合わせて、感激したように呟いた。
「光輝さん、お辛いですよね、おれにできることならなんでもします、なんでも言ってください……!」
コイツ、こんな迂闊になんでもするとか言っちゃって、大丈夫か……?よくヒロインとして生きていけるな。
「俺の願いは一つだけ、一刻も早く目覚め、国の皆を蘇らせること、だ」
光輝は真顔でそう返した。新一が立ち上がる。
「そうなんですね、り、立派な人、とは言えないかも知れませんが、おれっ、おれ、光輝さんならっ、いいです!」
「……?何がだ」
「だ、だ、だからっ、光輝さんとならっ」
「だから、何がだ?」
光輝はきょとんとした顔で新一を見ている。新一、伝わってないぞ。
「つまり、このシンデレラの坊ちゃんは、プリンセス光輝とキッスをしてくれるって」
仕方がないので、ボクが割って入ってやった。
「何も、王子じゃなくてもいいわけだろ?立派な人なら」
それを聞くと、光輝はやはり真顔のまま、じっと新一を見つめた。
「……頼めるか、新一」
「は、は、は、はひぃ!」
新一が、ガチガチに緊張した様子で光輝に向き合う。光輝は、そのままそっと目を閉じる。新一が、光輝の肩に手を置いた。
「光輝さんっ、し、しますね!」
新一が静かに顔を寄せる。……無理だと思うけどな。
二人はそのまま、唇をくっ付けた。ボクは口笛を吹いてやった。ひゅう。
しばらく、沈黙。……てか、キス、長くない?
「新一、長い」
「……」
「新一」
「……」
「新一!」
「っわ、ご、ごめんなさい!ついっ」
コイツ、ガチで光輝のこと狙ってんじゃないのか?ボクは若干呆れる。光輝はと言うと。
「……すぅ」
「……寝てる……」
「やっぱな。無理だと思ったよね」
「光輝さぁぁん、起きてくださぁぁいっ」
新一が半泣きの様相でがくがくと光輝の肩を揺さぶる。
「おれじゃだめなんですかぁぁぁ」
「て言うか、ここは光輝の夢の中なわけじゃん。光輝からしたら。実際の肉体じゃないから、意味ないんじゃない?」
新一がハッとしたようにこちらを見る。
「ま、キスできてよかったな」
「そっ、そ、そんなんじゃ!!!」
ボクは新一の肩にぽん、と手を置いた。新一は大慌てで弁解してくる。愉快な奴だ。ボクはまた、手元の雑誌をペラリと捲った。ふーん、今期のトレンドカラーって、パープルなんだ。
5
むかしむかし、人魚の世界にお姫様がいました。その中でも、末っ子の姫(男性)は、お姉さんたちが見てきた人間の世界の様子を、いつも胸をときめかせながら聞いています。
「あーっ、早く十五歳になって、人間の世界を見てみたい!!」
そうするうちに、一番末の姫もついに十五歳をむかえ、はれて海の上に出る日がきました。喜んだ彼が上へ上へとのぼっていくと、最初に目に入ったのは大きな船でした。
「わあー、すごい!人間って、こんなに大きな物を作るんだ
」
人魚姫は、船を追いかけると、甲板のすき間から、そっと中をのぞいてみました。船の中ではパーティーをしており、その中に、ひときわ目をひく美しい少年がいました。それは、パーティーの主役の王子です。そのパーティーは、王子の誕生日を祝う誕生パーティーだったのです。
「素敵な王子さま」
人魚姫は夜になっても、うっとりと王子のようすを見つめていました。
と、突然、海の景色が変わりました。稲光が走ると風がふき、波がうねりはじめたのです。嵐がやって来ました。やがて、船は見るまに横倒しになってしまいました。船に乗っていた人びとが、荒れくるう海に放り出されます。
「大変だ!王子さまー!」
人魚姫は大急ぎで王子の姿を探しだすと、ぐったりしている王子を抱いて、浜辺へと運びました。
「王子さま、しっかりして。王子さま!」
人魚姫は王子さまを、けんめいに看病しました。気がつくと、もう朝になっていました。家臣たちがそこに、王子を探しにやって来たため、人魚姫は慌てて海に帰りました。しかし、どうしても王子のことが忘れられません。
「素敵な王子さま、超絶イケメンだった……。はぁ……すき……。……そうだ、人間になれば、王子さまにまた会えるかも」
そこで人魚姫は、仲の良い魔女見習いの娘のもとに行き、魔法の力を分けてもらえるようお願いしました。魔女見習いの娘は、人魚姫(男性)に好意を抱いていたため、すんなり魔法をかけてくれました。
そして、人魚姫は、陸上にこっそり上がると、ヒレを乾かし、人間の足を手に入れて、スタスタさっさと歩いて、王子のいるお城近くのマンションを契約し、ドンキで録音機器類を購入し、お城に忍び込むと、ありとあらゆるところにそれらを取り付けました。電気屋で買った最新PCから、今日も姫は、王子の様子を見守っています。
*
「でもさ、お前によくそんな真似ができたよね」
「愛の力は、全てを超越する!」
人魚姫こと有矢は、両手を突き上げて高らかにそう宣言してみせた。
ボクたちは、今日はここ、「おとぎの家」で、カラオケ大会を開催していた。カラオケ機器類を有矢が持ち込んだのがきっかけだった。現在は新一が、恥ずかしげに拙く「ビビディ・バビディ・ブー」を歌っているので、ボクたちの雑談タイムと成り果てている。新一が目を瞑って一生懸命に高音を出す姿は滑稽なので、よい会話のつまみになる。
鈴太が呆れた顔をしてこちらを見ている。
「聞いてやれよ……」
こそこそとこちらに囁いてきたので、ボクは鈴太の肩を抱え込んで耳打ちした。
「まぁまぁ。それより、最近どうなのさ」
「……最近?」
「なんか、この前お父さまに会いに行くーとか、言ってなかった?」
「ああ……それか……」
鈴太は肩をがっくり落とす。
「ダメだったんだ?」
「いや……会えたんだけど、お父さまとお姉さまたちが、いつの間にか富豪になっていて」
「へぇ?」
「オレの居場所はもう無いみたいだった……。完全に、野獣に嫁いだ身として扱われていた……」
「あらら」
「災難だったねぇ」
鈴太はますます落ち込んでしまったようだ。これはいけない。そこでちょうど、新一の歌が終わったので、ボクは鈴太にマイクを渡した。
「ホラ、歌って。元気出せよ」
「……うん……」
鈴太はマイクを手に取って、綺麗な声で歌い出した。
ガチャリ
そこに、光輝が入ってきた。鈴太は、カラオケボックスに店員が入ってきたかのような気まずげな顔をして、歌を制止した。
「歌っているのか」
光輝が珍しく表情を僅かに明るくした。
「歌、好きだっけ」
「そうだな、好きだ」
好きだ、と言う言葉に、新一が顔を赤らめ、下を向く。何照れてんの?
「あ、なら次、光輝さんが歌ってよ。どうぞ」
「いいのか?」
「うん、オレは、もういい……」
鈴太がマイクを光輝に手渡す。
「光輝さん、何歌う?」
「そうだな……なら」
光輝はしばらく考える仕草をして、
「いつか夢で、を」
と言った。オーロラ姫の持ち歌って奴だ。鈴太が入力すると、音楽が流れ出す。光輝は、す、と息を吸った。
それからしばらく、記憶がない。
「……っは」
気がつくと光輝が歌い終わっていた。
「どうした、皆」
「……え?あれ?」
「寝てた?」
新一がガクガク震えながら、こちらに囁いてきた。
「あ、あ、あ、」
しかし言葉にならない。あまりに要領を得ないので、新一の頬を軽くパーン、と張る。
「しっかりしろ」
「いたいっ」
新一が頬を押さえる。
「なんで殴られたんだよぉ……うぅ」
「いいから。何があった?」
「……光輝さんの、歌が」
言われて、ボクは光輝をちらりと見る。
「もう一曲、歌ってもいいか?」
光輝はやはり珍しく、楽しそうにマイクを持ったまま、こちらを見ている。
「あー、いいよ」
話をする間待たせても良くないので、ボクは許可を出した。
「待っ!」
新一が何か慌てている。何だ?
光輝が、ありがとう、と言って、マイクを構えて、曲を入力した。
やっぱり、その後の記憶がない。
今日は何なんだ。不思議に思いながらボクは再び頭を起こす。光輝がその後歌う度、意識を失うので、原因が光輝にあることは分かってきた。ボクは幾度も意識を失いながら、朦朧とした視界の中、光輝が物凄い轟音を発しているのを見た、ような、記憶があるような。
有矢がふらふらしながら、後に語った。
「あの日は、嵐以上の災害だった」
と。
6
むかしむかし、とっても美しいけれど、心の醜いお妃様がいました。お妃様は魔法の鏡を持っていて、いつも鏡に尋ねています。
「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだぁれ?」
お妃様は、鏡がいつものように、
「あなたが一番美しいです」
と、答えるのを待ちました。
しかし鏡は、
「あなたの娘、白雪姫です」
と、答えたのです。お妃様は激しく腹を立て、白雪姫を猟師に殺させようとしました。しかし心の優しい猟師は、白雪姫をそっと森の中に隠すことにしました。
「チッ、なんだってこのボクが、こんな辺鄙な森の中に」
白雪姫は、森に住む七人の小人たちと暮らすことになりました。そして何はともあれ、毎日を楽しくすごしました。
しかしあるとき、お妃様は、まだ白雪姫が生きていることを知ってしまったのです。自分で白雪姫を殺そうと考えたお妃様は、物売りのおばあさんに化けると、毒りんごを手に、小人の家に行きました。そして、窓を叩いて言いました。
「美しい娘さんに、贈り物だよ」
「まあ、綺麗なりんご。おばあさん、ありがとう」
白雪姫は、りんごを齧ったふりをしてハンカチに吐き出しました。
(はっ、阿呆のクソ老害。ボクにこんな手が通用するわけないじゃん馬鹿なの?)
カーン!ゴングは鳴りました。そうして、白雪姫とお妃様の激しいバトルが始まったのです。
*
「じゃあ、白雪は最初から、お妃様の魂胆に気付いてたんだ」
「そーだよ、気付かないわけなくない?」
ボクは唇を尖らせた。有矢がふにゃりと笑う。
「白雪、すごいねぇ」
「とーぜん」
ボクは胸を張った。今日は、久々にボクたちは五人全員集まって、優雅にお茶会なんかをしている。全員男とはいえ、あくまでヒロイン。こういった会合を楽しむ心のゆとりはある。
「てか、最近どうなの?皆は」
ボクは尋ねる。新一が、おずおずと手を挙げた。
「おれ、最近魔法使いに会って、その人のお導きで舞踏会に行ったんだ。そうしたら、王子さまが、おれと踊ってくれて」
「おー」
「しんいち、きれーだもんね」
「それは良かったな」
「ええ、でも、最後に靴を落として来ちゃって……」
新一ががっくり肩を落とす。
「こんな情けない失態する奴、王子さまは幻滅しただろうな……」
「しんいちも王子さまと結婚したいの?」
有矢が無邪気に尋ねる。すると新一の表情が暗く陰る。
「……まあ、結婚したら、あの家は出られるから……。お金にも不自由しないよね……」
「しんいちこわい」
「ははっ、新一も逞しくなったじゃん」
ボクは笑った。うん、これなら大丈夫。きっと上手くいく。
「鈴太は?」
「オレ?」
「なんか最近、少し元気そうじゃない?」
「ん、……じ、実は、野獣にプロポーズされて」
「えぇ!?」
「凄いな」
皆一様に驚いた。野獣は、鈴太を性欲処理のために利用していたのではなかったのか。
「で、その……オレも、何ていうか、満更じゃ、なかったから……キスして応えたんだ」
ひゅう、と有矢が口笛を吹く。新一が身を乗り出して、話を促した。
「そうしたら野獣にかかっていた魔法が解けて、……これ」
と言うと、鈴太は手元に持っていた鏡を皆に見せた。そこに映っていたのは、見目麗しい美青年だった。
「誰これ?」
「野獣」
「うそ!?」
「ほんと。……で、プレイが酷いのは相変わらずだけど、ちょっと気持ちが軽くなったって言うか。オレにも、居場所があったんだなって思えて」
鈴太は照れたように笑った。その笑顔は幸せそうで、ボクは安心した。
「良かったな。真実の愛、って奴?」
鈴太が俯いて、顔を真っ赤に染めた。
「光輝、目は覚めた?」
ボクは次に、光輝に話を振った。
「そのことを今日は、報告に来たんだ」
光輝の表情は、どことなく凛々しい。
「隣国の王子が、城に来た」
「隣国って……あの、光輝さんの歌声が好きだって言ってた特殊な……い、いえっ、その、変わった方ですか」
新一、フォローになってないぞ。
「ああ、彼が、俺に口づけをして、魔法が解けた。しかし、十三番目の魔法使いは黙ってはいなかった。我が城に今にも攻め入って来ようとしている。俺は、王子と共に戦う決意をした」
光輝が雄弁に語る。
「明日にでも戦いは始まるだろう。俺は国のため、皆のため、必ずや勝利を収める」
「光輝さん、頑張れ」
「お前ならできるよ」
「おっ、おれにできることはありませんか!」
光輝は優しく、新一の頭を撫でた。
「大丈夫。皆とまた会うためにも、無事に戻るさ」
そう言ってハードボイルドに笑う光輝は、自信の色に満ちていた。
「……これ、お守り」
有矢が、光輝の首に紐状のものをかけた。
「人魚の髪で編んだお守り、効くんだ。王子さまにあげようと思ってたけど、こうきにあげる」
「ありがとう」
二人は微笑み合った。そんな有矢にも、ボクは尋ねた。
「有矢は?王子とはどうなの」
「ふふふ、最近、王子さまのお散歩ルートでひたすら待ち伏せて、あの日看病したとき歌った歌を歌い続けてたんだよね」
「へぇ。効果は?」
「王子さま、もう少しで思い出しそう。この前は寝言でボクの歌を歌ってたし」
それは、ノイローゼ気味なのではないか?少々疑問に思ったが、まぁ、本人が幸せそうだから、いいか。
「……白雪は、どうなんだ」
光輝がボクの顔を見た。
「ん、まぁ、小人とも仲良くやってるよ。……あーでも、最近ボクもイケメンに会ったかな」
「イケメン?王子さまみたいな?」
「そーそー。ボクの顔見たら、逃げちゃったけどね」
「白雪の顔を見て?」
「うん。照れてたんじゃない?」
そうとしか考えられない。何たってボクは、公式世界一の麗しき姫君なんだから。
「なら、何だか皆順調なんだね」
鈴太が手元の紅茶を一口飲んで、微笑んだ。
「いいことじゃん?」
「じゃあ、今日はお祝いのお茶会だね」
新一がそう言った。それをきっかけに、皆で静かに、カップで乾杯をした。
「いやぁ、鈴太のプロポーズは驚いたな」
「おれも早く王子さまを……」
「あれ?新一は光輝狙いじゃないの」
「そ、そ、そんなんじゃ!」
「こうき、無理しないでね」
「平気さ、俺にはこのお守りがある」
皆で話しながら、お茶を飲んだり、クッキーを食べる。「おとぎの家」は、今日も、とびきり平和で、幸せだ。
エピローグ
「久しぶりだな」
「わぁい!みんな、聞いて聞いて!!」
「待て待て、今日は報告会だろ、順番」
「えへへ……。皆、いいことあったみたいだね」
「お前が一番幸せそうだよ、新一」
「そうかなぁ?」
五人全員が揃うのは、あのお茶会以来だった。ボクは、別に何てことはないけれど、何となく、そう本当に何となく、ほんのちょっとだけ胸に浮かんだ、喜びのような気持ちを噛みしめる。
「じゃじゃーん!みんな、僕、結婚しましたー!!」
「おおー」
有矢の報告に、全員がパチパチと拍手した。予想はついていたものの、よく漕ぎ着けたな、という賞賛の気持ちが強い。
「王子さまったら王子さまったら、なんとなんと、ヤンデレ系だったんだー!僕があの日の人魚だって知ったら、『もう離さない、俺以外を見る眼を、俺以外に話しかける声を全て奪い取ってやりたい、憎いぐらいに愛してるよ』だってぇ」
「それヤバくないか?」
「昨日は僕のアレ入りチョコをおいしくたべてくれた!」
「うーん……まぁ、お似合いなのかな……」
皆苦笑いしながらも、何はともあれ有矢の幸せを祝った。
「二番煎じになってしまうけれど、オレも結婚したんだ」
ひとしきり祝い終えた後、鈴太がそう言った。
「ほんとに!だれと?」
「馬鹿か」
「決まっているだろう」
「鈴太さん、おめでとうございます」
皆口々にそう述べた。鈴太は、恥ずかしげに笑った。
「野獣……いや、元、野獣かな。の、プレイの酷さは相変わらずだけど、最近は、合意を取ってくれるようになったんだ」
「それは良かった」
「いやー、鈴太は幸せになれないんじゃないかと思っていたよね」
「どういう意味かな?」
鈴太への祝いもまた、盛大に執り行われた。それから。
「戦いだが。無事、終わった」
「お疲れ様です、光輝さん!」
「どうだったの?」
「ああ。勝ったよ。皆、本当にありがとう」
「はぁ、よかったぁ……」
「これで安心だな」
光輝は珍しく表情を和らげ、心から幸せそうに笑った。
「人魚のお守りだが、実は我が国で流行ってしまった」
「ええっ、すごーい」
「皆髪を結ってアレを作っている。縁起物として大流行だ」
有矢と光輝は手を取り合ってにこにこしている。本当に、良かったな。
「おれ……皆さんに比べると、小さいことですけど。王子さまと交際することになったんです」
「お、まじ?ボクも」
新一の発言に、ボクも乗っかった。個別で祝われるのは、照れくさいからな。
「白雪も!えへへ、一緒だ」
「お前鈍臭く靴落としてきたんだろ?よくそうなったな」
「ん、実は、その靴を持って、王子さまが国中、おれを探し回ってきて」
「わお」
「大ごとだね」
「それで、靴の主がおれだって判明した途端、キスされてしまって」
新一がまた、あの陰のある笑みを見せる。
「……そんなことまでされたら、既成事実ってやつだよね。結婚まで必ずや」
「怖」
ボクは呟く。
「良かった、新一、幸せになってくれ」
「ああっ、でも、光輝さん……」
新一が未練たらたらの様子で光輝を見つめる。まぁ、良かったんじゃないか。まだ交際段階だし。
ボクはというと、まあ、お妃のヤローにしてやられて毒りんご食わされて、死んだけど王子のキスで生き返ったって言う、なかなかにロマンスな話があるわけだけど、自分の失態を話すのは嫌いだから、その辺は割愛した。
「そっかぁ、皆幸せになれたんだ」
新一が、にへ、と笑う。
「幸せボケども、これからもここに来いよ」
ボクはコイツらを、何だかんだで結構気に入っていた。だからそうぼやいてやった。すると皆、にやにやと顔を見合わせて笑った。何だよ。
「もちろん」
「当たり前だよ!」
「当然だ」
「来るよ、白雪」
「……ふん」
ボクは鼻を鳴らして腕を組んだ。楽しいお茶会は、まだまだ続く。
エピローグ2
むかしむかし、あるところに、一人の力ある魔女がいました。魔女はこの世の平和を願い、たくさんの物語を巡回しては、登場人物たちが幸せになるように、魔法をかけていきました。そんな彼女の、献身的な行為に、周囲は皆胸を打たれ、彼女をこう呼ぶのでした。
「おとぎの国の大魔法使い」と。
そんな彼女はある日、不幸な姫たちの存在を知りました。
(私では、あの子たちを助けられない。一体、どうしたら)
不幸な姫たちは全員で五人。ああ、こんなにたくさん、こんなにも不幸な姫たちを見つけてしまった、彼女はどのように手助けをするのでしょう?
(ああ、そうだわ)
魔女は思い付きました。
(いっそのこと……)
*
女性は一人、佇んでいた。女性の前には、巨大なモニターが複数。映し出されるのは、「おとぎの家」と、姫たちの呼ぶあの家の内部。
「はぁ〜……」
女性はため息をついた。
「……尊い」
女性は、手に持っていた魔法のステッキを、拝むように持ち上げた。
「我が魔力をこんなに有難いと思ったことはないわ……。はぁ、尊い、ヒロインのみんな、みんな本当に尊い。すこ、だいすこ」
女性は実は、力ある魔女として、物語界隈では有名な人物であった。しかし彼女には秘密があり……。
「新一×光輝……結婚してた……いや、分かってるのよ、王道は逆よね、ふん、良いのよ、私はいつだってマイナー勢……」
……彼女には、いわゆる、「腐女子」の属性があるのだった。
「はぁあ、鈴太くんの総受けもたまらないな……。しんどい、えっち、鈴太くん絶対×××してる」
「白雪ちゃんスーパー攻め様すぎてやばい、有矢くんのおバカキャラもツボなのよね……あの二人は付き合ってる、間違いない」
魔女は一人きり。止める人は、誰もいない。彼女は、もう止まらない。
*
魔女は思い付きました。自分ではなんともできないのならば。いっそ、姫同士を繋いで、友達にしてしまえば。傷を癒し合って貰えば良いのではないかと。
そうして皆を見守るうちに、魔女の心にはある感情が芽生え出したのです。それは、腐女子的観測欲。
(この気持ちは何?こんな気持ち、今まで知らなかった。ああ、どうしたらいいの、押さえられない!!)
魔女はいけないことと知りながら、おとぎの家に沢山の監視カメラを取り付けました。
そして魔女は今日も、皆の笑顔を、幸せを、喜びと悦びを持ってして、見守っているのです。
エピローグ3
「……何だ?この扉」
赤い頭巾を被った少女(男性)が、扉を見て、不思議そうに首を傾げています。
「赤ずきん、おばあちゃんの家に、お見舞いに行ってちょうだい」
「ああ?煩ぇな、俺様に指図してんじゃねぇぞ」
そう言いながら、少女はお母さんの塗ってくれた赤い頭巾を被り直し、お見舞いの品を受け取って、外へ出かけて行きました。素直ではないけれど、心優しい少女のようです。
少女の後ろに、なにやら黒い影が見えます。
「赤ずきんちゃん……。はぁ……かわいいよぉ……」
茶色く、体の大きい「何か」は、赤ずきんの少女の後を追って、走り出しました。何やら事件の香りがします。少女は無事、お見舞いに行けるのでしょうか。
「……?この扉は謎ですね。アリスはそう思うのです」
水色のエプロンドレス姿の少女(男性)は、扉を前に、ぶつぶつと何事かを呟いています。
「この前は鏡の中に吸い込まれたと思ったら、次は謎の扉。アリスは、この謎を必ず解明してみせるのですよ。お姉様ー、ダイナー!」
自身をアリス、と名乗った少女は、ひとしきり呟くと、扉にくるりと背を向けて、どこかへ走り去ってしまいました。不思議な少女です。
「このような扉、わたくし初めて見ましたわ……」
体の小さな少女(男性)が、ツバメから降りて、扉の前にやってきました。
「あらら、この扉、鍵がかかっていますわ。どこかから、鍵を探してこなくては」
少女はとてとてと花壇へと足を運んで、花の中を覗き込んでいます。
「ううん、見つかりませんわ」
そこに、後ろから黒い影が。少女はあっ、と声を発する間もなく、その手に攫われてしまいました。影は、少女をどこかへ連れ去ってしまったのです。一体、どうなってしまうことでしょうか。
「ふふふ……はぁ、またかわいい子たちが……受け攻め考えるの忙しいわ……しんどい、無理」
これからも、このおとぎの家には、住民がまだまだ増えて行きそう。おとぎの家は、ますます賑やかになりそうです。
読んでくださってありがとうございました。