第五章 華恋の過去
電車の座席に華恋と向かい合わせになって腰掛けると、華恋はさっそく駅のコンビニで買った唐揚げ弁当を食べはじめるた。
「私、志央の気持ち分かるよ」
「何が」
志央は自分のチキン南蛮弁当を開けながら返した。
「親のこととか。本当はこういうこと言うのは志央の両親には悪いと思うけど、デキ婚とかそういうの気持ち悪いって思う」
一瞬、志央の思考がとまった。
え?今なんて言った?気持ち悪いって言った?
ぼーっと華恋を見る志央に華恋は「ごめん、言いすぎた」と呟くように言ってお弁当に入っていたナポリタンを頬張った。
志央はそんな彼女に「いや、そうじゃなくて」と早口で言うと続けた。
「華恋もそう思うんだって思ってちょっと安心した」
「え?」
華恋の動きがぴたりととまる。
「親がデキ婚とか気持ち悪いって思ってたんだ。もう中学生だし素直におめでとうなんて言えない。むしろ、迷惑だし気持ち悪いって思った」
「思春期ならそれが普通だよ」
華恋がフォローするように言った。
いや、華恋だからそう言ってくれるのだろう。これが真面目系の女子なら「えっ」とか言ってひきそうだし体育会系の女子なら「最低」とはっきり言ってきそうだ。
華恋のことは、まだよく知らないけど彼女のキャラからして恐らくいわゆる女子の中心的グループの少し下くらいにいるタイプの女子なんじゃないかと思った。もっと分かりやすく例えると、男女共に仲が良くて誰とでも仲良くすることができるクラスに数人はいる良い子。中心グループからも目をつけられないけど地味系カテゴリーにも所属しないスクールカーストの丁度いい位置をキープしている女子だ。
口が悪いところや気が強いところから最初はクラスの中心的グループの女子かと思ってた。だが、華恋は中心的グループの子がよくするように友達に自分の価値観を一方的に押し付けてきたりすることはなかったし敏感にメッセージアプリやSNSをしている訳でもなかったのでそういうタイプではないのだろうと志央の独断と偏見で判断した。
男子でスクールカーストを気にするなんて変だとは自分でも思う。でも、家庭環境があまり良くないこともあり学校の居心地は無理をしてでも良い位置にいたいと思っていた。
それにきっと華恋は、あの位置にいるからこそそう言う話に乗ってくれるのだ。梅田達と同じで自分みたいな真面目キャラとも話が合えばタイプが違っても仲良くしてくれる。良くも悪くも思ったことははっきり口にする。きちんと話を聞いてくれる。
最初は、梅田達のことも華恋のことも便利アイテムとか性格的に苦手な奴としか思ってなかったけど今は違った。こういう愚痴を言える友達が自分は欲しかったのだと志央は思った。
「華恋は兄弟とかいるの?」
志央が聞くと、華恋は首を横に振った。
「私の両親も仲悪いくせにデキ婚したみたいだし兄弟とかはいなかったよ」
華恋の「いなかったよ」という言葉にひっかかった。普通、そこは「いないよ」だろう。
もしかしたら彼女の両親も離婚しているのかもしれない、と思って志央は華恋に言った。
「似た者同士だな」
「うーん、確かにあんたと私は似てるけど少し違うかな」
そう言って華恋は少し困った表情を浮かべてた。
*****
志央に本当のことを話そうか華恋は迷っていた。
別に自分は全部話してしまっても良かったけど、それで彼が嫌な思いをしたり自分が彼にひかれたりしたら嫌だなと思っていたからだ。
でも、彼が自分の過去を話してくれたのと同じように自分もそろそろ家出の理由を話しても良いと思った。
志央は一見真面目そうに見えるけど、陰ではかなり大人に反応している子みたいだし自分の境遇にも理解を示してくれるだろう。
華恋はチキン南蛮弁当を食べる志央に向けてゆっくり自分の過去について話し出した。
華恋の両親は、志央の両親と同じでデキ婚だった。両親は離婚はしなかったけど仲は悪かった。親戚の目を気にした祖母がとめていたからだ。
祖母は、気が強く自分の考えや拘りを周りに押しつけてくるような人だった。若い頃に夫である祖父を交通事故で亡くしてから変わったのだと母親は言っていた。
例えば、朝ご飯は必ずヨーグルトを食べる。女の子ならランドセルは赤。恋愛は高校生になってから。誕生日とクリスマスは生クリームと苺のホールケーキのみ。友達は、大人しくて真面目な子とだけ付き合うこと。女の子は高校を卒後したら働くこと。アルバイト禁止。結婚したら仕事を辞める。
流石に全部は覚えていないけど、祖母のルールは他にもたくさんあった。
そんな祖母に耐えられなかった娘である母親が中学生の時にグレて授業にはほとんど参加していなかったこと。そして、不良高校で有名な私立高校に入学後、勝手に美容専門学校を受験してそこで出会った彼氏(華恋の父親だ)といつの間にか同棲していつの間にかデキ婚をしていたという話を華恋は昔からよく祖母に聞かされていた。
この話を華恋にすると祖母は必ず華恋にこう言った。
「あんたはそんな人にならないでね。これはあんたの幸せを思って言ってるんだから」
厳しい祖母に逆らえなくて華恋はいつも大人しく頷いていた。でも、それは表面上の話で実際には朝ヨーグルトを食べたりしてないしランドセルも母親に頼んでラベンダー色にして貰った。友達はどちからと言うとクラスの中心グループに近い位置のグループにいるし運動神経がそこそこ良い華恋は男子とも仲が良かった。誕生日だってお菓子作りが得意な友達が焼いてくれたチョコレートケーキを食べたことがある。
でも、そんな祖母も去年の冬に亡くなった。
これで離婚ができる、と既に父親と別居状態だった母親は喜んでいたけど祖母と同じ変な考え方をした親戚達がそれを許さなかった。
華恋は彼女達の考えことを母親の姓である宮原教と呼んでいた。
これは、まだ華恋が宮原華恋になる前の話だ。
この頃の華恋は両親がいたこともあり伊澤華恋だった。
両親の離婚が正式に決まったのは今年の春、華恋が中学生になる前のことだった。そして、親戚の反対を押し切って離婚を決めた2人は運の悪いことか離婚届けを届けに行く途中に交通事故に巻き込まれて亡くなった。
相手は飲酒運転の常習犯だったと言う。
普通ならこういう時、加害者に対して怒りや悲しみが湧いてくるはずた。でも、華恋が腹が立ったのは亡くなった両親だった。
別に両親のことは好きではなかった。昔から2人とも喧嘩ばかりだったし放任主義の過程だったから参観日に来てくれたことなんて一度もない。晩御飯は低学年くらいまでは机の上にぽんっと冷めた料理が置かれていて高学年からはたまにお金や近所のコンビニやファストフード店のチラシについていたクーポンとお金が置かれていたり冷凍食品があるというメモだけが置かれるようになった。
まともな料理が出るのは、親戚が来る時だけだ。親戚が来る時だけ母親は唯一自分がまともに作れる手料理であるコロッケを作った。彼女が言うには、高校生の頃にコロッケにハマっていた時期があってその時によくコロッケを作っていたらしい。
そんな親戚の目を恐れながらも好き勝手に生きている両親が亡くなったのは華恋にとっては好都合であると共に不都合でもあった。
これからは、自分が宮原教徒である親戚の顔色を伺って生活をしないといけないのだ。
華恋を引き取ってくれたのは、母親の遠い親戚の夫婦だった。見るからに厳しそうな表情をした2人に華恋は最初からあまり良いイメージを抱けなかった。
幸いおじさんは、仕事が忙しい会社員だったから華恋が自分の部屋にいればあまり会うことはなかったし会話も挨拶など必要最低限のことしか話していなかった。
問題は、おばさんだ。宮原教の教え通り専業主婦のおばさんは厳しい人だった。特にテストの成績には厳しかった。勉強が苦手な華恋の成績の5教科の合計点はいつも200点前半くらいしかなかった。
運動神経が良かったこともあり学校で成績が悪いことが原因でいじめられたりはしなかったけどおばさんはそのことで常にイライラしてるようだった。
1番酷かったのは、1学期の期末テストの時だ。華恋が学校から帰ってくるなりおばさんは血相を変えて華恋に言った。
「先生から電話があったわよ」
「それがどうしたの?」
華恋がスニーカーを脱ぎながら言うとおばさんは声を張り上げて言った。
「あんた、またテストで悪い点とったんだって!?」
「うん」
それがどうしたの?高校卒業後は、働けというのが宮原教の教えなのだから別に良い成績をとらなくてもいいじゃない。適当に高校に入学して卒業して適当に就職先を決めて適当に男の人と結婚する。それが宮原教の教えでしょう?
本当はそう言いたかった。だけど、おばさんに逆らったら殴られる。おじさんにチクられる。
前に一度、門限の6時を破って彼女に殴られたことがある。
おじさんは流石に殴ったりはしなかったけどすごく叱られた。華恋だっておばあちゃんに言われただろ、と。
「おばさん、すっごい恥をかいたわ。恥ずかしかった」
「ごめん」
小さい声で誤っておばさんの方を見るとおばさんの目は真っ赤になっていた。怒ってるのか泣いてるのかよく分からない人だな、と思う。どんだけ宮原教の神様の祖母のことが好きなんだよ、とも。
華恋が家出をしたのはそれから1週間後のことだった。
*****
話を聞いた志央は、プラスチックの弁当容器に残っていた最後のチキン南蛮を華恋の弁当に入れながら言った。
「華恋は高校はどうするつもり?」
「私立でも公立でも入れるならどこでもいい」
華恋は志央と同じように自分の唐揚げを志央の弁当箱に1つ入れた。真ん中のタルタルソースがたっぷりかかった部分をあげた志央に対し、1番小さな唐揚げをくれた華恋に対しお前ってやっぱり性格悪いなと志央は心の中で思う。
「どこでも。行けるところから適当に選んでそこに行く。大学も就職も適当にする予定」
「へー、そこまで考えてるんだ」
華恋が関心した様子で言う。志央の適当すぎる人生設計を聞いてこの反応なのだからどうやら彼女は本当に何も考えていないらしい。
「おばさん達が嫌なら寮のある高校とか行けばいいのに。田舎の公立高校とか私立にならあるだろ」
「えー、そういうのめんどくさそう」
「どこが?」
志央の問いかけに対し華恋は指折りながら答えた。
「まず、お風呂の時間が決まってる。ご飯が決まってる。夜更かしができない。お菓子禁止だと困る。勉強したくない。きっと、他にも色々あるでしょ?宮原教と対して変わんないよ」
「その宮原教ってお菓子も禁止なの?」
流石に寮にお菓子禁止はないだろう、と思って志央が聞くと華恋は首を横に振った。
「ないよ。でも、食べて良いお菓子は体に良いお菓子だけ。プルーンとか野菜ゼリーとか。私、あれ大っ嫌い」
華恋はペッと舌を出す。
確かにプルーンが嫌いなのは分かる。志央もプルーンはあんまり好きじゃない。
でも、野菜ゼリーはそんなにまずくはないだろうと思った。あまり食べたことはないけど、子供向けに食べやすい味になってるはずだ。
「本当は、チョコとかアイスとかスナック菓子とかが食べたいんだけど禁止されてるから友達の家に行って食べてるんだ」
華恋がさっきコンビニで買ってきたプリンのカップをあけながら言う。
「それって友達のことを上手いこと利用してない?」
「うん、私もあんたと同じ。友達=便利アイテムってやつ」
華恋はそう言ってスプーンでプリンをすくってパクッと食べると嬉しそうに頬に手を当てた。
「やっぱプリンってめっちゃ美味しい!志央、今度作ってよ」
「作ったことないけどいいよ」
今度っていつだよって言いたかったけどそんなことを言ったら彼女の機嫌が悪くなるから黙っておいた。
普通のプリンの作り方くらいならネットの料理レシピ紹介サイトにでもたくさん載ってそうだ。もし、実の父親の家に必要な材料が揃っていたらキッチンを借りて華恋にプリンを作ってあげても良いかもしれない。
窓の外を見ながら志央はそんなことを考えた。
2人が乗った快速列車は実の父親の住む街の1つ前の駅を通り過ぎたところだった。もうすぐ、彼のいる街に着く。
志央と華恋の大人への反抗がはじまる。