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第四章 目標への第一歩

 志央は綺麗に整備された芝生とカラフルな遊具のある広い公園に1人でぽつんといた。

 こんなに綺麗に整備されていても明るくても誰もいないそこは少し気味が悪かった。

 それに自分はさっきまでファストフード店にいたはずだ。そう思って辺りを見渡して一緒にいたはずの華恋を探す。だが、そこに華恋の姿はなかった。

 その代わりに知らない幼い女の子が1人で遊んでいた。まだ3歳から4歳くらいの青いチェックのワンピースに青いリボンの麦わら帽子を被ったを着た小さな女の子だ。

 志央がその子をじっと見つめていると、女の子は視線を感じたのかこっちを向いた。そして、志央を見るなり「あっ」と嬉しそうに声をあげると自分の方に近づいてきた。

「ーーー。待ってたよ」

 最初の方は上手く聞き取れなかったけど、この小さな女の子は自分に対して確かにそう言った。待ってたよ、と。

 志央は、この子を知ってる気がする。名前は思い出せないけど、多分過去に会ったことがある。気のせいではない。絶対、志央はこの子を知っている。

 そうこの子はーーー。

 志央が「君はーーー」と女の子に声をかけようとした瞬間、誰かに頭をベチンっと叩かれた。それと同時にさっきの女の子の姿が目の前から消えた。

「ん?」

 志央が顔をあげると、売る予定なのであろう漫画を読んでいた華恋が不機嫌そうにこっちを見ていた。

「あんた、寝過ぎよ」

「寝過ぎって今何時?」

「10時」

「店員に何か言われた?」

 寝ぼけた話す志央に華恋はテキパキとここを出る準備をしながら言った。

「何も。でも、そろそろまずいから出た方が良いよ」

「うん」

 志央は生返事を返すとスマホをパーカーのポケットに閉まった。

 どうやらさっきまで志央が見ていた出来事は全て夢だったらしい。夢にしては、リアルだったけどあまり深いことを考えない方が良いだろう。

 今の志央は、今朝見た夢より家出の方が大切だ。今朝の夢の話が忘れられないならまた後で移動中に華恋にでも聞いて貰えばいいだろう。

 志央は自分にそう言い聞かせると、華恋と共にファストフード店を後にした。


 ファストフード店を出てすぐ華恋がスマートフォンを操作しながら言った。

 前を歩く彼女が操作しているスマートフォンの画面には、リサイクルショップのホームページに書かれた『高価買取商品リスト』と大きな文字が表示されていた。どうやらスーツケースに詰めた漫画や服を高価買取をしてくれるリサイクルショップ探しているらしい。

「今日の予定は?」

「まずは、この近くのリサイクルショップで華恋の漫画を売る」

「それで?」

 そんなの分かってる、と言いたげな声で華恋がいう。

「それが終わったら移動かな」

「移動ってどこに?」

「華恋の行きたいところに着いて行くよ」

「それは私のセリフ」

 華恋が歩きスマホをしながら言う。こんな街中で歩きスマホなんて行儀悪い。この女子はたかがリサイクルショップにどんだけ拘りがあるんだ。

 これ以上華恋の拘りに付き合うのがめんどくさくなった志央は道路を挟んで向かい側にあった全国チェーン店のリサイクルショップを指さした。

「あそこでそれを売ろう」

「えー」

 どうやらここは華恋が希望する高価買取をしてくれるリサイクルショップじゃないらしい。でも、あそこは全国チェーン店だしそんなに買取価格も悪くはないんじゃないかと志央は思う。

 でも、今日は彼女の言いなりにはならない。志央の家出に勝手に家出について来ているのは華恋の方なのだから。

「なんだよ」

「あそこ高価買取してくれないってネットの掲示板に書いてあったよ」

「でも、全国チェーン店じゃん。そんなに悪くないだろ」

「まぁそうだけど」

 私は納得できない。華恋の顔にははっきりそう書いてあった。

 でも、彼女もこれ以上志央と揉めるのは面倒くさかったのかスーツケースをガラガラと音を立てて押しながら信号待ちの歩行者が大勢いる横断歩道へと向かった。




 リサイクルショップに着くなり、華恋は親の免許証のコピーと思われるコピー用紙を店員に見せて買取番号札を受け取った。

 査定までの間、華恋は中古のゲームコーナーから離れなかった。

 華恋曰く、親が厳しくてゲームを買って貰ったことがないらしく古いゲームソフトですら「これやりたい!」とはしゃいでいた。

「志央は、ゲームするの?」

「少し。古いゲーム機しか持ってないけど」

「親厳しいの?」

「別に」

 お母さんもその再婚相手も別に志央に対して厳しくはなかった。だが、甘くもなかった。

 良くも悪くもあの2人が結婚してから志央は2人に放置されていることが多かった。

 そりゃそうだろう。もうすぐ子どもが生まれる熱々の新婚カップルなんだから浮かれて周りが見えなくなることだって充分あり得る。

 お母さんは兎も角、再婚相手からしたら血の繋がっていない結婚相手の連れ子の中学生より自分の子どもの方が可愛いに決まってる。というか、普通そうだろう。彼だって一応親なのだから。

「言わなかったっけ?うちの親、父親の方は再婚相手だって」

「そこまでは聞いてないよ。でも、それとゲームって関係ある?」

「ない」

 志央は短く答えると、ゲームの棚を見た。実の父親が好きだった人気シリーズのRPG系のゲームソフトがズラリと並んでいた。まだ、両親が離婚していなかった頃は志央もよくこのゲームソフトで遊んでいた。

 離婚後、実の父親のゲームソフトは全てお母さんの手によって処分されたけどまだゲームのストーリーや内容ははっきり覚えている。

 懐かしいな、と思ってシリーズの最新作を志央が手に取ると隣にいた華恋が興味津々と言った様子で聞いてきた。

「そのゲーム面白いの?」

「面白いっていうか、実の父親が好きだったんだ。このゲーム」

「思い出の品ってこと?」

「別に思い出の品って程じゃないけど」

 よくドラマや映画の世界ででは、今は一緒にいない両親の形見というアイテムが登場する。でも、志央にはそんなもの1つもなかった。残っているのは、志央の記憶だけだ。

「でも、忘れられないんだ?」

「うん」

「じゃあ、会いに行けばいいじゃん」

「え?なんで?」

「なんとなく。お父さんの家に暫く泊めて貰えばいいじゃん。そしたら私も志央も雑草と住まなくて済むでしょ?」

 華恋はそう言って笑った。自分と同じように親のことを雑草と呼んだ彼女がなんだかおかしくてなんどか笑えてきた。

「でま、なんで華恋までついてくるんだよ」

「だめ?」

「俺はそれでも良いよ」

 そう、これは悪魔でも志央はそれでも良いという話だ。

 華恋にはまだ言っていないけど実の父親もお母さんと同じように今は別の人と家庭を築いているのだ。お母さんとは音信不通になってるみたいだからバレることはまずないだろう。

 でも、再婚相手やその子ども、志央の異母兄弟はどう思うのだろうか。急に前の妻との子どもとその友達が急に家に来て泊めてくれと言うのだ。実の父親の反応以前にそこが気になった。

 でも、それと反対に実の父親を頼るのは1つの手かもしれないと思う自分もいた。

 志央は、自分達と音信不通になった彼の住む地域を知っている。

 離婚後、一度だけ知らない女の人とデキ婚をしたという実の父親とは一度だけ会ったことがあった。会おうと志央に言ったのは実の父親の方で話の内容は「これ以上自分と関わらないで欲しい」というものだった。ここから1時間ほどのところにある田舎町に住んでいて彼は全国チェーン店のファミリーレストランでホットコーヒーを飲みながら言った。

「志央には悪いけどもう俺とは関わらないで欲しい」

「え?」

 志央は、食べていたハンバーグをフォークに刺したまま実の父親の方を向いた。何を言っているのか分からなかった。

 だが、彼はそれだけ言うと財布から樋口さんを1枚出すと出て行った。その彼が出て行く際、彼の免許証が財布からするりと落ちた。

 そこには彼の住所が書いてあった。

 免許証を手にとってまじまじと見る志央から実の父親はすぐに免許証を奪いとるようにズボンのポケットに閉まったけど記憶力の良い志央は彼の住所を途中までだがまだ覚えている。

 父親は今もこの県内で暮らしていて彼の暮らす市町村も分かっている。

 嫌がらせやストレス発散という意味を込めて華恋と一緒に彼の家に居候するのもアリかもしれない。

 そとそもデキ婚なんかしてる時点で気持ち悪いのだ。そんな家庭壊しても別に良いだろう。なんだかんだ言って自分とあの人は血の繋がった親子なのだから。

「じゃあ、それで決まり!」

 何も知らない華恋は手をパチンッと叩いた。

 こうして、実の父親への嫌がらせがはじまった。

 その後、華恋の買取番号札が店内放送で呼ばれた。

 華恋の漫画や服やスーツケースは野口さん2枚と5百円玉に変わった。

 金額が気に入らなかったのか、華恋はリサイクルショップの店員にクレームをつけたがアルバイトらしき店員は困った表情を浮かべるだけで買取価格を上げてくれることはなかった。

 志央は、小さな子どものように駄々をこねる華恋の代わりにお金を受け取ると彼女の腕を引きながら店を後にした。

 いつまでもここにいる訳にはいかない。お金がたくさん入ろうがあまり入らなかろうがこれが現実なのだから。


 駅のホームで電車を待つ間、志央はスマートフォンであの時、実の父親の免許証に印刷されてきた市町村を検索していた。

 最後に実の父親と出会ったのは中学生になる前。

 当時の志央は、自分の両親が同じ時期にデキ婚をしたことを知って気持ち悪いと正直に思った。流石デキ婚夫婦とも思った。

 もうすぐ40代になる良い歳をした大人がデキ婚なんて恥ずかしい、と志央の母方の祖母が言っていた言葉を思い出す。

 祖母とはあまり会えないけど、志央は彼女のことを慕っていた。お母さんと違って真面目で優しくて相談相手になってくれる人生の先輩でもある彼女が好きだった。

 正直、彼女のところに家出をしても良いと思った。祖父も祖母と似た優しい性格の人だし華恋と2人で言っても怒ったりはしないだろう。でも、2人に迷惑をかけたくはなかったから今回は選ばなかった。

 自分が今やるべきことは、気持ち悪い両親達への嫌がらせだ。

「志央、何見てるの?」

 志央が頭をあげると、時刻表を確認しに行ってた華恋が戻ってきていた。

「実のお父さんの家の住所を調べてた」

「住所まで分かるの?聞いたとか?」

 関心した様子で言う華恋に志央は少し間を置いて「いや」と切り出した。

「縁を切りたいって言われた時にたまたま見えたんだ。免許証に書いてあった住所が」

 こんなことをしても何も変わらないし自分が彼にしていることは嫌がらせだと言うことは志央が1番よく分かっている。

 でも、今の環境にはもう耐えられない。気持ち悪いことは気持ち悪い。こうなったのは全て彼のせいなのだ。

 華恋にそこまで話してしまおうかと思ったけど、これ以上話すと引かれる気がしてやめた。

 華恋も華恋でそれ以上は聞く気はなかったのか、「実のお父さんは今は何してるの?」とだけ聞いてきた。

「よく知らないけど、デキ婚した」

「じゃあ、新しい家庭を築いたんだ」

 志央は黙って頷いた。そして、一呼吸置いて華恋に尋ねた。

「華恋はどう思う?」

「何が?」

「自分の親が離婚してそれぞれ別の人と再婚…それもデキ婚して生まれる子供は同級生ってこと」

 さっき、父親のことを話してから気づいた。

 あのデキ婚夫婦がそれぞれ築いた新しい家庭に生まれる子どもは同い年で同級生になるのだ。そう考えると、ますます気持ち悪いし複雑に思えてきた。

 それは華恋も同じだったようで彼女は複雑な表情を浮かべていた。

「なんか複雑、だね」

 志央は黙って頷いた。生まれる子ども達には、別に関係ないことだとは分かっている。でも、自分には関係あるのだ。だから、そういうことを繰り返す両親を心の底から気持ち悪いと思う。

「俺、兄弟とかいらねーや」

「何それ?焼きもち?」

 さっきまで複雑な表情を浮かべていた華恋がニヤニヤしながら聞いてくる。

 華恋は頭の切り替えがはやい子なのだろう。彼女の様子から志央と比べてあまり過去のことをずるずる引きずらないタイプに見えた。

「ちげーよ」

 志央は華恋に言い返すと、スマホの通知欄を確認した。

 子どもが家出したというのにお母さんからもその再婚相手からも新着メッセージは届いていなかった。

 これはもう好き勝手やれというサインだ。誰もそんなこと一言も言っていないのに志央はそう解釈した。

 お父さんとその再婚相手に八つ当たりをさせてもらう。いつまでもやられっぱなしは気持ち悪い。

 志央はもう自分が何に対してイライラしているのかもよく分からなくなっていた。

 やがて、ホームに電車が到着するアナウンスが流れた。

 この電車の終点の駅まで行けば志央はこの気持ちを晴らすことができる。志央はリュックの肩紐をぎゅっと握ると華恋と共に電車に乗り込んだ。

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