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第二章 めんどくさい人間関係

「なんか、急に人増えたくない?」

 後ろにいる華恋が言う。

「電車が着いたからだよ」

「それって志央が乗ろうとしてたやつ?」

 状況が飲み込めてない様子の華恋が聞く。

「そうだよ」

 志央はそんな華恋にイライラしながら返した。

 大体、なんでこんなに重いスーツケースを持ってるのか分からなかった。どっしりとした重さからしてスーツケースの中身は服ではなさそうだ。

 例えるなら教科書がたくさんいる日のスクールバック4つ分くらい。本でも入っているのだろうか?

 志央はなんとか向こうから来た人達を避けて階段を降りる。階段に着く頃にはもう乗る予定だった電車も降りてくる人もいなかった。

 志央は重いスーツケースを持ってなんとか階段を下りきると、まだ階段の上の方にいる華恋に大きな声で聞いた。

「これ何が入ってんの?」

「漫画!あと、少しだけ私の服!」

「家出に漫画なんか持っていってどうするの?」

「古本屋さんと古着屋さんで売るの!」

 むすっとした顔で華恋が答える。原因はよく分からないけど、どうやら志央は彼女の機嫌を損ねたらしい。

 スーツケースの中身を聞いたくらいで怒ることないじゃないか、と言おうとしてやめた。女子はめんどくさい生き物だって前に梅田が志央達に忠告してきたことを思い出したからだ。何でも梅田の彼女とその友達がそういうタイプの女子らしい。自分が悪くても相手のせいにする。小さなことですぐ怒るのに自分のことは棚に上げる。

 梅田曰くそれが「女子中学生」という生き物らしい。

「こんなにたくさん売ってどうするの?」

 返事はなんとなく予想していた。きっと、志央と同じ理由だ。

「決まってるじゃん。家出の資金にするの」

 やっぱり。

「俺も今日の昼間売ったよ」

「何を売ったの?」

 華恋がスーツケースを最後の一段から下ろす。

「友達から貰った服とか漫画とかゲームとか」

「え?友達から?自分のは?」

「売ってない」

「うわー、あんたさ友達を何だと思ってるの?」

 華恋が志央を横目で睨みつけて言う。

「便利アイテム」

 それが志央の正直な気持ちだった。

 梅田達がいればクラスで浮かない。

 梅田達がいれば家出の資金が調達できる。

 でも、これはお互い様だ。

 梅田達だっていつもテスト前や難しい宿題が出た時はそこそこ成績が良い志央を頼ってくる。

 それが志央にとっての「友達」だ。

 別に梅田達と本音を語り合える仲になろうとか中学卒業後も仲良くしようとは全然考えてない。今の関係に志央は満足していた。

「便利アイテムって…、友達はロボットでも執事さんでもないんだから…」

「いや、でも俺はそう思ってるし。先生や親のことも」

「えー、先生や親のことも便利アイテムだと思ってるの?」

 華恋があり得ないという表情を浮かべる。

「あ、先生は便利アイテムではないな。ただのメイドさん」

「メイドさん?なんで?」

 華恋が不思議そうな表情を浮かべて首を傾げる。

「担任が女だからメイド」

「そうじゃなくて。私が聞きたいのはその意味」

「いちいち俺の独り言に反応してきてすぐ個人的に呼び出して話をするから」

「へー、良い先生じゃん」

 華恋が「中学でそういう先生は珍しいよ」と付け足す。確かにそうかもしれない。

 だけど、志央はやっぱり豊崎先生のことが嫌いだった。彼女が良いと思ってしている行為は全て志央にとってはありがた迷惑でしかなかった。

 華恋は豊崎先生についてはそれ以上何も言わずに「じゃあ親は?」と話題を変えた。

「親は便利アイテム以下かな。雑草みたいな存在」

「どういうこと?」

「居て欲しくないのに居るってこと」

「そりゃ当たり前でしょ。親だもん」

 華恋が呆れた様子で言う。

 確かに彼女の言っていることは正論だ。間違いではない。

 でも、志央は違った。お母さんもあの人も志央にとっては雑草だ。

 嫌なのにしつこく生えてくる雑草と同じでお母さんや再婚相手も嫌なのにずっと家にいる。当たり前と言ったら当たり前のことだけど、志央はそんな日常がすごく嫌だった。無理だと分かっていても自分を邪魔者扱いしてくるあの人達を追い出したくこともあった。

 雑草は抜いても抜いても生えてくる。あの人達もきっと同じだ。追い出してもまた戻ってくる。

「うちの親再婚したんだよ」

 志央は駅の自動販売機の方を向いて言う。

 自動販売機には飲み物のカラフルなパッケージが並んでいた。コーヒー、お茶、水、ミルクティー、オレンジジュース、コーラ。どこにでもある普通の自動販売機だ。駅ということもあってからICカードで買うこともできるらしい。

「再婚したら雑草なの?」

 華恋が両手でスーツケースを押しながら志央の隣に並んだ。

「再婚しなくても雑草は雑草だよ」

 志央はそう言って小銭を自動販売機に入れて華恋の方を見た。

「華恋、何がいい?」

「え、奢ってくれるの!?あんたみたいな奴にも意外と良いところあるじゃん」

 そう言って華恋はコーラの缶を押した。ガタンっと音を立ててコーラが下に落ちる。

「意外とってなんだよ。俺が悪い奴みたいじゃん」

「友達を便利アイテム、親を雑草呼ばわりしてる、私とぶつかって階段から落としてる時点で悪い奴でしょ」

 華恋がプシュッと音を立ててコーラの缶を開ける。

「最後のは事故だよ」

 そう言って志央はペットボトルのオレンジジュースのボタンを押した。

「オレンジジュースとか生意気なこと言ってるあんたもまだまだおこちゃまだねー」

 オレンジジュースを取り出す志央を横目で見ながら華恋が言う。

「おこちゃまで悪かったな」

 コーヒーも炭酸ジュースも紅茶も飲めないんだから仕方ないじゃないか。そう言い返したかったけど、そんなことを言ったら彼女にまたおこちゃま呼ばわりされるから黙っておいた。

 そうこうしているうちに最終列車がくるアナウンスが流れ今日の最終列車がホームに入ってきた。

 こうしてやっと家出がはじまった。


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