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第一章 ここじゃないどこかを探して

 終業式が終わり夏休み前の騒がしい教室で志央は自分の仲良しグループの友達に言った。

「お前らいらないゲームとか漫画持ってない?あ、服でもCDでもDVDでも」

 仲間達は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにいつものようにニカっと笑った。

「志央、急にどうした?前にいとこから服貰ったんだけどサイズが違ったり好みじゃないのがあったからそれでも良いならあるぞ」

「俺の家、姉ちゃんのでも良いならCDと漫画あるよ」

「やらなくなったゲームあるからやるよ」

 次々にそれぞれの不要な物をあげる彼等に志央は「それ全部くれ!」と頼んだ。仲間達はまたきょとんとしたがすぐに笑って「友達だろ」と言った。

 それに対して志央は軽く頷く。

 友達、か。自分は彼等のことを友達なんて思ったことは正直一度もなかった。

「まっ、何でも言えよ」

 グループのリーダー格の梅田一樹がぽんっと志央の肩を叩いたた。

 それと同時にチャイムが鳴り担任の豊崎希美先生が教室に入ってきた。

 豊崎先生は、30代前半の女の先生で担当科目は家庭科。

 そして、志央の苦手なタイプの大人。優しいけどお節介。いちいち自分達の行動をよく見ていて何か変なことをすると必ず個別で話を聞く。

 逆にそれが面倒見が良くて良いと言う人もいると思うけど、志央からしたりありがた迷惑としか思えなかった。

 豊崎先生は、黒板に白チョークで「夏休みの過ごし方」と書いてみんなに夏休みの注意事項のプリントを配った。

「宿題をすること。火遊びはしないこと。日が暮れるまでには家に帰ること。」

 1つ1つ丁寧に読みあげる先生に対して志央は「小学生かよ」とボソッと呟く。

 すると、豊崎先生は志央の方を見て「住田くん、後で職員室に来なさい」と満面の笑みで言った。豊崎先生はどんなに小さなことでも何か気になることがあったらすぐに話し合いをしたがる。そんなめんどくさい大人である豊崎先生のことが志央は嫌いだった。


 放課後、「待っとくから行ってこいよ」と一樹達に背中を押された志央は渋々職員室へと向かった。

 豊崎先生の机に行くと、先生は志央に余ったあのプリントを渡しそれを声に出して読ませた。

「住田くん、ここに書いてあることがどれだけ大切なことか分かる?」

「分かります」

 本当は分かってないけど豊崎先生の話を早く終わらせたくて適当に返事を返す。

「じゃあ、私のクイズに答えて。宿題はどうするんだっけ?」

「提出日までにする」

「やったらダメなことは?」

「子どもだけの火遊び」

「他には?」

「家出」

 そう口に出してハッとする。ヤバい。先生に計画がバレたら全てが終わる。

 でも、先生は何も気にしてないのか涼しい表情で「そうね」とだけ返した。

「もう帰っていいわ。梅田くん達待ってるんでしょ?」

「はい」

「友達と楽しい夏休みを過ごしてね」

 先生の笑顔に志央は無表情で「はい」と適当に返事をすると職員室を後にした。

 友達、か。確かに3人と自分は一緒にファーストフード店に行ったり映画を見たりボウリングに行ったりする仲だ。でも、友達ではない。中学1年生という短い時間の中で一緒に行動するメンバー。自分にとって彼等はそれだけの存在だ。

 でも、今日だけは「友達」と思っても良いかもしれない。「友達」って意外と便利じゃん、と志央は心の中で呟いた。


 その日の放課後、志央はまず帰り道が途中まで同じ一樹の家に寄って彼のいとこからのお下がり服が入った紙袋を2袋貰った。

 その後、お昼ご飯のカップラーメンを食べた後、深尾の家に行き彼のお姉さんが不要になったCD、河村からゲームソフトを貰った。

 部屋に帰って彼等がくれたCDやゲームを古本屋のホームページで検索してみる。

 すると、その中のいくつかだけではあったものの「高価買い取り」に該当しているものが出てきた。

 それを見てこれは期待してもいいんじゃないか、志央は思う。これに自分のサイズが小さくなった服ともう読まなくなった漫画を足せばそれなりのお金になるはずだ。

 志央はスマホをズボンのポケットにしまうと、こっそりコピーした母親の免許証の紙と今日貰った不要品をスーツケースに荷物を詰め始めた。


 家出をしようと初めて思ったのは、小学校の卒業式の日だった。

 その日、お母さんは知らない男の人を連れて志央の卒業式に参加した。そして、卒業式の日の夜にその男の人と行った寿司屋でお母さんは志央に告げた。

「私、あの人と再婚することにしたから」

 お母さんはサラッと告げると再び手元のマグロの握り寿司を食べはじめた。

 志央はじろりと隣の男の人を見る。彼も何も言わずにイクラの握り寿司を食べている。

 子どもの卒業式なのに「卒業おめでとう」より再婚報告かよ。

 お母さんの顔色を声には出さなかったけど、心の底からそう思った。

 でも、お母さんに彼氏がいることは志央も知っていたから別に驚いたりはしなかった。

 志央は短く「おめでと」と返し手元のタコの握り寿司を食べようとするとお母さんが付け足すように「それと」と続けた。

「志央には兄弟ができるから」

「ふーん」

 うわ、めんどくさ。それが本音だった。でも、そんな反応をするとお母さんに何されるか分からないし本当の気持ちは黙っておいた。

 志央は小学校低学年の時に一度お母さんの当時の彼氏を追い出したことがある。その時の怒ったお母さんは本当に「鬼」だった。今にもツノがはえてきそうな顔で志央を責めた。

「デキ婚なんかしなきゃ良かった!」

 それが怒った時のお母さんのセ口癖だ。

 この女、金遣い荒いからすぐに離婚しそうだし俺の兄弟可哀想だな。とまだこの世にいない異父兄弟を志央は心の中で慰めた。


 志央の実の父親は、お母さんが言うには女の人をつくって出て行ってしまったらしい。ちなみにこちらもその人とデキ婚したとか。

 俺の家ってデキ婚家族なんだよって一度クラスの男子にふざけて言ったことがある。

 流石男子中学生。かなりウケは良かった。

 そして、そのウケが良かった男子の数人と志央は友達になった。

 そういう意味では、志央は両親に感謝している。デキ婚カップルの両親のお陰で志央は家出資金を貸してくれる友達ができたのだ。


 梅田達に貰った服やゲームはその日のうちに古本屋や古本屋に売り払った。買取価格は思ったより高くスーツケース2つ分あった荷物は樋口さん1枚と野口さん3枚に変わった。

 それに自分のお小遣いの野口さんを2枚出す。

 そして、広告の裏に「前にお父さんからうちに連絡があったから夏休みの間ちょっと会ってくる」と書いた紙を台所の机の上に置いた。

 志央はクローゼットから黒いリュックを取り出すと中に現金と交通系ICカードが入った財布とさっき握ったばかりの鮭おにぎりを4つとお茶が入った水筒と着替え用のTシャツと下着を入れた。

 今日古着屋で見つけた黒長ズボンと半袖の黒のパーカーと白いTシャツを着ると黒いキャップを深く被った。お母さんが知らない服を着ればあんまり怪しまれずに済むだろう。

 そして、志央は自分のスマホの電源を切るとリュックの1番奥にしまった。

 もしもの時のために持っておくけど、大人に見つかるまではお母さんともいつもの仲間とも連絡を取るつもりはなかった。それに夏休みの間くらい全てを捨ててしまいたかった。

 宿題が残っているのが心残りだったけど、勉強は苦手じゃないし大丈夫だろう。万が一大人に見つかってここに戻ってこないといけなくなったら、の話だけど。

 これで家出に必要な物は全て揃った。

 出発はお母さんと再婚相手が夜のデートに向かった今だ。

 行き先はまだはっきり決めてない。ただ、できるだけ遠くに行かないとすぐに見つかってしまう。嘘がバレてしまう。

 志央はアパートの一階に停められた自分の黒い自転車を出すとそれを漕いで家から数十分かかる最寄駅へと向かった。

 夏の夜の風は、生暖かったけど自分のいた環境よりかは気持ち良かった。

 途中で何度か知らない人とすれ違った。酔っ払い、仕事帰りのサラリーマン、夜遊びをする大学生…。最寄駅は無人駅で駅の近くは雑林があると言うのに15分程歩けば繁華街がある。そのせいかこの周辺は夜でも賑わっている。キラキラと光るカラオケ屋の看板や夜でもたくさんの客が出入りしている居酒屋。全部、大人の為に用意された場所だ。

 志央は彼等を上手く避けながら暗い夜道を一生懸命漕いだ。

 自分を知っている人がいない場所にはやく行きたかった。この生きにくい街からはやく出たかった。

 やがて、自転車は駅前のスーパーのある道に出てきた。志央は、そこを通り過ぎると同時に自転車から飛び降りてその裏にある雑林に捨てた。きっと、この先大人に邪魔されない限りここに帰ってくるつもりはないしもうこれは不用品だ、と判断した。

 駅の電子掲示板で電車の確認をする。

 あと、2本で今日の電車は終わりだ。でも、終電は隣の駅までしか行かない。終電の1本前も県内ではあるもののこの地域からはかなり離れた地域まで行く電車があった。

 終電の1本前の電車はあと5分で到着する。

 志央は駅の階段を走って登り出した。誰とも競争なんてしてないけど、リレーかマラソンの選手になったような気分で長い階段を走った。気持ちいい。

 そんなことを思いながら階段を登っていると頂上に自分と年が近そうな女の子がいた。Tシャツにショートパンツ、スニーカーといったカジュアルな服装をしていた。そして、大きな黒いリュックを背負っていることから旅行か何かの帰りなのだろう。そんな彼女が志央の方を振り向く。彼女のポニーテールが軽く揺れる。

 志央が「あ」と思った時にはもう遅かった。

 狭い階段で大きなスーツケースを2つ持つ彼女と志央がぶつかる。

 落ちる。自分も彼女も。スーツケースも。

 彼女が手を離した2つの大きなスーツケースが派手な音を立てて階段の下に落ちたあと、自分達も床に落ちた。

 志央の上に覆い被さる形で落ちた彼女は志央を見るなり一瞬顔を赤らめるとすぐに口を開いた。

「あんた、バカじゃないの」

「は?」

 確かにぶつかったのは志央が悪い。

 でも、だからと言ってそんな言い方はないだろうと思った。だから、つい彼女に喧嘩を売るような返事をしてしまう。

「急にリレーの選手みたいに走ってきて人にぶつかって謝罪もない訳?」

「ご、ごめん」

 小さい声でボソボソと謝る。先生や先輩なら兎も角目の前にいるのは自分と年が近そうな女子中学生だ。今の自分はそんな彼女の言いなりになっているようで嫌だった。

「あとさ、あんた中学生でしょ?こんなことせずに早く家に帰りなよ」

「お前だって中学生だろ?」

 思わず言い返してしまう。お互い人のことを言える状況じゃないけど。

「わ、私は親戚の家に行くの。そっちはどこに行くの?」

 彼女が慌てた様子で言う。そんな彼女の様子から彼女が言っていることが嘘だと志央にはすぐ分かった。

 女子って都合が悪い時に嘘つくの好きだよな、と思いながら志央は彼女とは反対に本当のことを話した。

「家出だよ」

「家出ってどこに行くの?」

「まだ決めてない」

 志央が答えると彼女は短く「ふーん」と短い返事をすると何かを考えるように目線を上に向けた。そして、短い沈黙のあと彼女は口を開いた。

「じゃあさ、私も一緒に行ってもいい?」

「は?」

 それが本音だった。なんでどこの誰だか分からない人が自分の家出についてくるのかよく分からなかった。

 よく映画やドラマでは、こういう時主人公が好きな女の子であるヒロインと家出をしている。こういう時は大体、主人公がヒロインを連れ出すパターンが多い。

 でも、現実ではどこの誰なのか分からないヒロイン役の女子が主人公役の志央についていきたいと頼んでいる。これが一目惚れした相手だとか友達とまでは行かなくても相手と顔見知りだったりしたら充分あり得たと思う。だが、志央も彼女もお互いの第一印象はあまり良くないし顔見知りでもない。

 志央には、どこの誰だか知らない男子と一緒に家出をしたいと考える彼女の気持ちがよく分からなかった。

 そんな志央の気持ちをよそに彼女は勝手に話を進め出した。

「遅くなったけど、私の名前は宮原華恋。宮司の宮に原っぱの原で宮原。華やかの華に恋愛の恋で華恋。」

 ご丁寧に名前の字まで教えてくれた華恋と同じように志央も挨拶を返した。

「俺は、住田志央。住むに田んぼで住田。志に中央の央で志央」

「志央ね、OK。志央は中学生?」

 華恋が「今更だけど」と短く付け足して聞く。

「中一」

「私と同じじゃん。何中?」

「南中」

「あー、それ私が通う予定のところだ」

「通う予定?華恋は今中一だよね?」

「二学期から転校する予定の学校ってこと」

 華恋はそう言うと立ち上がって転がったままになっていたスーツケースを元に戻した。

「じゃあ、転校生なの?」

「私が家出からちゃんと帰ればね」

 志央の問いかけに対して華恋はニコッと笑って答えた。

 それと同時にホーム内にアナウンスがながれた。

「間もなく2番乗り場に列車が参ります。危ないですから…」

 そのアナウンスに2人して顔を合わせる。

「志央ってどの電車に乗る予定なの?」

「次の電車」

 多分乗れないけどなんて言ったら華恋が怒る気がしたからそれは黙っておいた。

「それもう来るじゃん」

 華恋は重くて大きいスーツケース2つを持つと1つずつ持ち上げて駅の階段を登ろうとする。このペースじゃ絶対次の電車には乗れない。

 志央は華恋が持っているスーツケースのうち1つをもぎ取ると急いで階段を登り出した。

 後ろで「それ私のスーツケース!」と叫ぶ華恋に「持って行くだけだよ」と返す。

 別に田舎という訳でもないのにこの駅にはなぜかエレベーターがなかった。だから、向こう側のホームに行く時は階段を使うか裏の入り口から入るしか方法はなかった。

 通路を走っていると電車が到着する音楽が聞こえてきた。ヤバい。電車が着いたら多分、前から人が来て通れなくなる。

 志央は振り向いて華恋に「急げ、華恋」と促す。だが、華恋は疲れた様子で「もう次でいいじゃん」と言うだけだった。

 そうしているうちに電車が到着した気配がし向かい側からたくさんの人がこちらに向かって歩いてきた。

 志央の脳内でゲームオーバーの音楽が流れる。どうやら今日は、最終列車に乗るしかないらしい。

 そんな志央の後ろでは、やっと階段を登り切った華恋が疲れた様子で「もう電車着いたの?」というとぼけた声が大勢の人の足音に混じって聞こえてきた。

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