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あれから数日たった。
放課後、生徒会の仕事で来れない九条を除き、俺と桐花は今日も空き部室に集まっていた。
部長の協力のもと、複数の柔道部員に話を聞いたがめぼしい情報は得られなかった。
「結局わかったことと言えば、
・1週間ほど前から剛力さんの調子が悪く、稽古に身が入っていなかった。
・その時期は九条さんに柔道場に来るなと連絡を入れた時期と一致する
・それ以前、剛力さんと九条さんがお付き合いを始めてからはむしろ調子が良かった。
……こんなものですかね」
「初日に部長に聞いた話から進展は無しか」
2人揃ってため息をつく。たった数日とは言え、ここまで進展がないと陰鬱な気分になる
「歯がゆいな、やっぱり石田から話が聞ければあっという間なんだが」
「……無理ですよ。あの頑固さは想像以上です」
もちろんあれ以来何度も石田に話を聞きに言った。俺と桐花、時に九条を交えて何度も。
あの手この手で話を聞き出そうとしたが石田の答えは変わらず、
『言えないっす!!!』
の一点張りだった。
「何が、言えないっす!!だあの野郎……こっちは藁にでもすがる思いなのに」
だんだんあの坊主頭がムカついてきた。カツオくんみたいな髪型のくせに生意気な。
「藁にでもすがる思いですか……」
そう言って桐花は口に手を当て難しい顔をしながら思案する。
何か言いたいことがあるが、言いだしていいのかわからない。そんな雰囲気だ。
「どうした?」
「いえ……ずっと気になってたんです。なんで、言えないっす!! なのかなって」
俺の催促にためらいながら口を開いた。
「だってそうでしょう?知らないっす!! でいいじゃないですか。わざわざ剛力さんの不調の原因を知っている事なんて言わなければ、私たちから追及されることもないですし」
「そりゃまあ……そうだな」
「それに、言いたくないっす!! じゃなくて、言えないっす!! なんですよね。これって意地悪で言わないのではなく、言いたくても言えないという事を、私たちに伝えようとしているんじゃないんでしょうか」
確証はありませんが。と桐花は続けた。
「じゃあ言いたくても言えない理由って何だよ?」
石田の頑なさは相当なものだ。あれから毎日続いている俺たちの追及にも決して口を割らない。
そもそも、体育会系の男が自分が所属する部活の部長の頼みでも口を割らないってのは相当なものだ。しかもあのプレッシャーの中でだ。
そうまでして口を閉ざす理由とは?
「……石田さんて、柔道始めたのは高校に入ってからなんですって」
「え、そうなのか?」
「はい、中学では茶道部だったそうです」
「マジでっ!?」
あんな典型的な体育会系みたいな男が!? 茶道部!?
「め、珍しいな。柔道なんてガキの頃からやってる奴がほとんどなのに」
言われてみてばあいつ、柔道部のくせに随分と小柄だったな。
「ええ、それにうちの柔道部は強豪ですからね。経験のない石田さんはかなり苦労したそうです」
まあそりゃそうだろう。あんな投げて投げられ、寝技をかけてかけられ、なんて稽古は慣れてない人間には拷問みたいなもんだ。体のできていない元茶道部にはきついだろ。
「そんな石田さんをお世話したのが剛力さんだったんです」
「タケルが?」
「はい。初心者向けのメニューを考えて、身体作りから始める事で練習についていけるように」
「あいつがそんな事を……」
さすがタケルだな。中学時代の部長の経験はダテじゃないな。
「だから石田さんは剛力さんに対して、友情と同時に恩義も感じているそうです。……石田さんが口を閉ざす理由はここだと思います」
「あいつが口を開かない理由はタケルのためだと?」
「ええ。剛力さんの不調の原因を話すと、剛力さんにとって不都合である。だから言えないんじゃないでしょうか」
おいおいどういう事だ?タケルの不調の原因がおそらくタケルが九条を拒絶する理由で、その原因を石田のヤツは知ってるが、言ったらタケルに不都合だから言えないと。
「ダメだ。頭がこんがらがってきた」
「全部なんの確証もない仮定の話ですから。これ以上証拠も情報も何もないままあれこれ想像を働かせるとかえって危険ですね。やはり証拠と情報を集めなければ」
「結局そこに戻るのか……」
ああ、クソッ! 何が最短ルートだ。意気込んだはいいが結局どん詰まりじゃねえか。
このままじゃまずい、焦りばかりが募っていく。
何か突破口が欲しい。停滞したこの状況を打破し、一気に事態が好転する様なチャンスが。
そんな意味もない現実逃避の様な願いは、翌日思わぬ形で叶うこととなる。
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