6
俺も九条も知らないタケルを知っている人物。ある意味ではこの学園においてアイツと最も近い存在。
柔道部の部員。当然といえば当然の答えだが……
「柔道部部長の岩野だ」
まさかいきなり部長を引っ張りだしてくるとは。改めて桐花という女の行動力に驚かされる。
短い坊主頭の部長。身長は俺よりも低いが、鍛えられたその肉体とその身から滲み出る威圧感が見た目以上に大きい存在と錯覚させられる。
……正直、この人が部室に入ってきた時ビビって身構えちまった。それほどの存在感だ。
「お久しぶりです! 部長」
そんな部長さんのプレッシャーを物ともせず、元気に挨拶する九条。
柔道部のマネージャーの様な存在である彼女からすれば、普通に顔なじみである部長に挨拶しただけなのだが、こんなゴツいの相手にスゲえなと感心してしまう。
「ああ、久しぶりだな九条。……すまんな、昨日の一件があるまでお前と剛力の事に気づけなかった。詳しいことも、そこの桐花に話を聞いて初めて知ったぐらいだ」
岩野部長は本当に申し訳なさそうな様子で謝罪の言葉を口にする。
「それで部長さん、剛力さんのこと色々お聞きしたいんですが、よろしいですか?」
「ああ、なんでも聞いてくれ。できる限りの協力はする」
なるほど、不幸中の幸いね。桐花が言った通り昨日の一件があったからこそ、こうやって柔道部員から話を聞けるわけだ。
「では早速、剛力さんに最近変わった様子はありましたか?」
「そうだな……やはり剛力が不調気味だったのが気になるな」
「不調?」
ドキリっ、とする。まさか本当に九条が原因で調子が悪かったのかと思ってしまった。
同じことを考えたのか九条の顔も強張っている。しかし俺たちの最悪の想像は杞憂に終わった。
「そうだ。ここ1週間ぐらいになるか、どうにも稽古に集中できていないみたいでな。上の空というか、別の事に気を取られている様だったな。……何度も気合を入れろと叱りつけたが、今思えば明らかに様子が変だった」
そう言って悔いるように顔をしかめる。
だがここ1週間だと?
「アイツは九条と付き合ってから自分は弱くなったと言ってた。九条と付き合い始めたのは1月以上も前だ。不調がここ1週間の話なら……」
「私のせいで弱くなったわけじゃない」
良かった……
そう心から安堵の思いを口にする九条。気丈に振る舞っていたがやはり不安だったのだろう。
「剛力が九条と付き合いだしてから弱くなったなんて事は絶対にないぞ。九条が稽古を見学するようになってからはむしろ、良いところを見せようと正直気味が悪いぐらい稽古に熱を入れていたからな」
やっぱり彼女ができて浮かれていやがったかアイツ。まあ想像はついていたが。
「ふむ、1週間前から不調……九条さんにメールで柔道場に来るなと連絡を入れて、会うのを避けるようになったのも1週間前からですね」
「じゃあ、アイツの不調の原因は九条と会わなくなったからか?」
「もしくは、不調の原因そのものが九条さんを拒絶する理由。でしょうか」
不調の原因。それが何なのかはまだわからない、だが、
「剛力さんが九条さんを拒絶した理由、九条さんのことを邪魔に思ったからではなさそうですね」
「当然だ!! アイツはそんなヤツじゃねえ!! 俺の言った通りだっただろ?」
思わず声を張り上げてしまう。信じてはいたが、こうやって確かな証言があることに安堵している自分がいた。
「部長さん、不調の原因はご存知ですか?」
「すまん、そこまではわからない」
部長の答えを聞き、そうですか……とため息を吐く桐花。その表情は硬い。
「これではわからない事が増えただけですね。真相にたどり着くにはまだまだかかりそうです」
桐花が何を懸念しているかはわかる。この事件は真相にたどり着いて終わりではない。
タケルと九条、2人の関係が元に戻る事がゴールなのだ。
当然、時間をかければかけるほどその難易度は上がる。人と人との間にできた溝は時間と共に深く広くなっていく。それが恋人同士なら尚更だ。
だが、
「上等。わからない事が増えたからなんだ。全部シラミ潰しに調査して最短ルートで真相に辿りついてやる」
握る拳に自然と力が入る。こんな事で諦めるわけがない。
すると、そんな俺を見て岩野部長が軽く笑みを見せた。
「なるほど剛力の言ってた通り、噂に聞くただの不良というわけではなさそうだな」
「タケルが俺のことを?」
柔道部で俺の話題が出たのか?
「ああ色々話していた。不良というのは見た目ばかりで中身はそうでもないとか、中学の時に柔道部のマネージャーをしていたこととか、あとは……俺の口からはとても言えないな」
「だからアイツは一体何を喋りやがったんだ!!!!」
人のことベラベラベラベラと!!
「え、吉岡くんもマネージャーやってたの?」
九条が驚いたように聞いてきた。なんだ、この話は知らないのか。
「まあタケルに頼まれてな。と言っても、中3の夏休みのちょっとだけだけどな」
「へー! じゃあ私たちマネージャー仲間だね!」
こちらを向いて二パー! と笑う九条。
かーわいーなーこの子。
共通の話題が見つかっただけでここまで可愛い反応が返ってくるとは。
「柔道部のマネージャーのお仕事って大変だよね!」
「全くだ。柔道部の連中相手にすんのはな」
「お掃除とか、洗濯とか!」
「ああ、アイツらすぐ汚すしな」
「飲み物の準備とか!」
「本当にバカみたいに飲むからな」
「備品の管理とかも!」
「うんうん、テーピングとかすぐ無くなるかならな、補充しとかねえと」
「練習メニューの調整なんかもね!」
「うんう……ん?」
あれ? 俺練習メニューなんて考えてたっけ?
「遠征費用抑えるために卒業した先輩に片っ端から連絡とって、車持ってる方に乗せて行ってくるように交渉するのなんて特に大変だよねー」
「えーと……えっ?」
なんだ?九条の言ってるマネージャーと俺の知ってるマネージャーは、本当に同じ存在なのか?
「す、すごいですね。最近のマネージャーというものはここまでするんですか?」
まさに驚嘆と言った表情の桐花。かなりのハイスペックぶりをみせる九条に羨望の眼差しを向けている。
「な、なわけねえだろ。俺が共感できたのは備品の管理までだ!」
「あ、吉岡くんも柔道部の備品全部リストアップして、何が足りないのか管理してたの?」
「ごめん、レベルが違いすぎて全然共感できないわ」
流石、学年トップレベルの学力を誇るだけある。それとも愛が成せる技なのか。
「つーか! 練習メニューの調整に至っては顧問の、せめて部長の仕事じゃねえの!?」
そう言って岩野部長を見るが、部長は無駄にニヒルに笑い。
「フッ。彼女が作った練習メニューの方が質がいいのだ」
「いや、フッ。じゃねえっすよ。何で自慢げなんですか」
最初この部室入ってきた時の威厳は一体どこ行った?
「九条には本当に感謝している。生徒会の仕事も忙しいのに、俺たちの面倒まで見てくれているんだからな」
「ああ、その話本当だったのか」
タケルも前に言ってたな。成績優秀者の九条は生徒会にスカウトされて働いているって。
「そんな、大した仕事はしてないよ。会計の先輩のお手伝い程度」
「どんな事やってんの?」
「基本的には各部活の部費と各委員会の会費を扱ってるかな。予算案作ったり、経費の管理とか」
部費と会費の取り扱いって……うちの学校にどれだけの部活と委員会があるかは知らないが、相当な数だろうに。
謙遜しているが生徒会の仕事がハードなのは容易に想像できる。
そんな生徒会の仕事を行いながらながら柔道部の仕事までこなすなんて並大抵のことではない。
なぜそこまで頑張るのか?そのことを尋ねると、恐ろしくシンプルな答えが帰ってきた。
「タケルくんの夢を応援したいから」
……あの野郎、この件が解決したらマジでブン殴ってやるからな。
「九条さんのためにも早急に解決しましょう!」
九条のどこまでも健気な言葉を聞き、決意を新たにする桐花。その瞳にはまるで炎が宿ったかの様にメラメラと燃えている。意外と情に流されやすいタイプの様だ。……最も、それは俺も同じであったらしいが。
「1人、剛力の不調について知っていそうな奴に心当たりがある」
どうやら部長さんも同じタイプらしい。
「今すぐ呼び出すから待っててくれ」
そう言って電話をかけ始めた。
面白ければ感想と評価をお願いします。