5
恋愛探偵
自らをそう称した桐花の提案で、その日は一旦解散。それぞれ家路についた。
そして翌日の昼休み、いつもより急いで昼飯を食べ、桐花に指定された場所へ集合した。
集合場所は、文化系部室練の一角にある空いている部室の1つ。
野球部から写経部まで多種多様な部活が存在するこの学園は、部の申請が許可された部活には部室をそれぞれ与えるという太っ腹な学園だ。
そのため、あらかじめ部室を作っていれば、後から増設する必要がないというなんとも金持ちらしい発想で、この部室練が建てられた。
他に人のいないここならば、色恋沙汰の様なデリケートな話をするにはもってこいだ。問題のあのバカがいる柔道場にも近い。俺たちにとってこれほど都合の良い場所はないだろう。
ただ問題は、
「なんでお前はここに入れるんだ?」
空いている部室が複数あるここは、関係ない生徒の溜まり場にならない様にきっちり施錠され、カギは職員室で厳重に保管されている。にもかかわらず俺たちがこの部室に入れることの方がおかしいのだ。
「ピッキングしました」
「おいっ」
「冗談ですよ。冗談。ピッキングなんてスキル、まだ持っていません」
まだって言ったかこいつ?そのうち身につけるつもりなのか?
「先生にお願いしたんですよ。用があるから空き部室のカギを貸してくださいって」
「お願いって……」
たかだか一生徒のお願いをいちいち聞いてたらキリねえだろう。
「快く貸してくれましたよ。是非使ってください! って」
「お前一体何しやがった!?」
どう考えても教師脅しやがっただろこの女。
「それより、これからどうするの?」
この部室のカギを手に入れた経緯はどうでもいいとばかりに、九条が今後の方針をどうするか聞いてきた。
タケルから酷い言葉で拒絶された九条の目元は少し赤くなり腫れている。それでも気丈に振る舞う彼女は、今はタケルの真意を知るべく意気込んでいる。
「そうですね、まず私たちのゴールを明確にしましょう」
「ゴール?」
「はい。ゴール、つまり達成目標です。この事態の問題点はなんですか?」
この事態の問題点、そんなの、
「タケルが九条を邪魔者扱いして、破局寸前まで行ってることだろ」
「は、破局……寸前っ!」
やべっ! 九条がまた泣きそうだ!
「だ、大丈夫だって! そんなことならない様に今集まってるんだろ? なっ!」
縋る様に桐花を見ると、彼女はやれやれといった風に首を振った。
「ええ、まあその通りです。問題点は剛力さんが九条さんを拒絶したこと。そのせいでお二人の関係が悪化していることです」
桐花は要点をまとめて説明を続けた。
「もし、この拒絶の理由が昨日剛力さんが言った通りの理由ならば、正直どうしようもありません。人の気持ちまでは流石に簡単に変えることができませんからね。ですが、吉岡さん言葉を信じて剛力さんが嘘をついていたと考えるならば、やることは単純です。その嘘の理由を明らかにすればいいんです」
そうだ、なんであいつがこんな嘘をついたのか、こんな嘘をつかなければならなかったのか。それを明らかにしなければならない。
「ここまでを第一目標とします。難しいのはこれからです」
「なんだ?」
「九条さんと剛力さん、お二人の関係の修復です。どんな理由があっても、剛力さんが九条さんを傷つけた事実は変わりありません。お二人が以前の様な関係に戻れるかどうかは、九条さん。あなたにかかっています」
そう言って九条を見つめる桐花。正直かなり厳しいことを桐花は言っている。最後の最後は私たちに頼ることはできないぞ、と。
しかし、九条は迷うことなく、
「うん、わかってる。これは結局私とタケルくんの問題だから。最後は私自身の力で仲直りしてみせる!」
強く宣言した。……ホント、あのバカにはもったいないぐらいいい彼女だよ。
「わかりました。それでは第一目標を真相の究明に、最終目標を九条さんと剛力さんの復縁とし、活動していきたいと思います」
「ふ、復縁! ……私たちまだ別れてないのに……」
おいおい、九条泣かせんなよ。
桐花が俺に目線で助けを求めてきている。しゃーないな。
「それで、やることは決まったが、何から手をつけりゃいいんだ?」
現状ではなんの手がかりがない。何をすればいいのかさっぱりだ。
「大丈夫、そこはちゃんと考えています。私たちには情報が足りません。だからこそ私は九条さんが知らない剛力さんを知っている吉岡さんに声をかけたんです。……期待はずれでしたが」
「悪かったな!」
「なら今度は、九条さんも吉岡さんも知らない剛力さんを知る必要があります」
「俺も九条も知らないタケルって……」
俺よりもあいつの事に詳しいヤツなんているか?アイツのことはホクロの数まで知ってるぞ。
「昨日の柔道場での大騒ぎは不幸中の幸いでした。あんなに大勢の目の前であんなやりとりがあったら、誰もが剛力さんの様子がおかしいことに気づきますからね」
「なんの話だ?」
「私は私の評判をよく知っているという話ですよ。昨日の件が無ければ剛力さんの事を聞かせてくださいとお願いしても門前払い食らったでしょうね」
アイツの事を聞く? 誰に?
「いるじゃないですか。吉岡さんも九条さんも知らない、剛力さんを知っている人物。柔道部の部員さんですよ」
そろそろ来る頃じゃないですかね。と桐花が言うと、まるでタイミングを見計らっていたかの様に部室の扉が音を立てて開いた。