ご家庭でできる黒魔術の儀式
最近、この街には奇妙な噂が流れている。
公園を襲うかまいたち
犬を拐い食べる鬼
異世界から聞こえるチャイム
いつも濡れている地面
などなど、挙げればきりがない程に。
この前私が推理したアルミ缶タワーもその噂の一つ、公園に現れる悪戯好きのオバケの仕業とされていた。
これらの噂がどこから生まれたものかはわからない、ただの噂話だと断じてしまえばそれまでの話だろう。
だが、こう言った噂話に興味を持つ人間というものは一定数以上いるのが世の常なのだ。
「……という訳で、お姉ちゃんには僕たちの噂話調査に協力してもらいたいんだ」
「はあ」
放課後の帰り道、小学生の集団に待ち伏せされると、思わず身構えるということを初めて知った。
小学生の中には見覚えのある顔、先日公園で出会った少年がいた。
「なんで私なんです?」
「だってこの前、公園の噂話を見事な推理で解き明かしたじゃん」
あれは推理でもなんでもなく、ただの偶然の産物なのだが、この少年が私に目をつけるには十分だったらしい。
「この子たちは誰です?」
私を見る小学生たちの期待と好奇心が混じった、キラキラとした目に若干たじろぐ。
「僕の学校の友達。みんな噂話を解明したいんだって」
「……友達が多くて羨ましいです」
男女合わせて十人近くいるかな? ヤッホい!! 私ってばモッテモテ!
「お姉ちゃん探偵さんってほんと?」「僕オバケ見たよ!」「人面犬って知ってる?」「彼氏いる?」「4組のあっくん、つちのこ探そうとして怪我したんだって!」「全部嘘だよ! お母さん言ってたもん!」
思い思いに喋りだす小学生の集団。いくらなんでもやかましすぎる。
「ストップ! ストッーーープ!!」
両手を広げて、制止する。
「わかりました、ちょっと落ち着いてください」
近所迷惑極まりない。
この騒がしい集団に付き纏われるかと思うと頭が痛くなる。
だがこう言った謎解きは私的にはかなり好きな部類だ。
少しため息をつきながら私は告げる。
「いいでしょう。どんな謎も、この私にお任せあれです」
私の宣言に沸いた小学生たちに連れられてきたのは、小洒落た住宅街。
この辺りは最近建築ラッシュらしく、比較的新しい家やアパートが多い。
この付近は最近落ち着いたようだが、少し離れたところは今も絶え間なく開発が進んでいる。
そんな住宅街の一角、両隣のアパートに挟まれたまだ未開発のその場所は、俗にいう空き地というやつだろう。
空き地といえば積み立てられた土管をイメージする人が多いだろうが、そこには土管の代わりに別のものが置いてあった。
「なるほど、これですか」
そこには過剰なまでに並べられたプランターあった。
「うん、ここで黒魔術の儀式をしてるんじゃないかって噂されてるんだ」
黒魔術って……などと苦笑するが、円形に並べられているプランターもあり、そう見えなくもない。
ここに蝋燭や人形が置かれていたら完璧だろう。
「確かに奇妙ではありますね」
一眼見てわかるんほど、異様だ。
「どう思うお姉ちゃん? ただのオシャレじゃないよね?」
「……一周回ってオシャレに見えなくもないですが」
プランターの形は不揃いで統一感がない。それが所狭しと並べられているのだ。
何より……
「花が枯れていますね、熱心にお世話していたわけではなさそうです」
ここ数日の日照りのせいもあるのだろう。花はしおれ、いくつか茶色に変色している。
ガーデニングの知識はないが、枯れた花を飾ってそれをオシャレというのは無理があるだろう。
「黒魔術って何?」「あれだよ、ドラゴンを召喚するんだよ」「違う、悪魔だよ」「だ、大丈夫なの?」「そんなの嘘だよ! 魔術なんてないもん!!」
口々に喋りだす小学生たち。なんでこのぐらいの年の子供達って声が無意味に大きいんだろう?
私もそうだったのかな? なんて思いつつ、さすがにご近所様に迷惑なので止めに入る。
「ハイストップ、ストーーーーップ! 静かにしてください」
私が制止すると、喧騒は止み、一斉に視線が向けられる。……素直でよろしい。
「これは黒魔術でもなんでもありません。何故こんなにもプランターが並べられているのか、誰がやったの、全部簡単に説明できます」
「まず注目すべきは、ここがどこか? というところです」
「どこって、住宅地の中にある空き地でしょ?」
「では、この空き地を挟んでいるあの建物はなんでしょう?」
「何って、アパートじゃん」
「その通りです」
当たり前の答えに、小学生たちは首を傾げている。
「それがどうしたの? 普通のアパートでしょ」
「そうです、家族向けの広いけどかなりお安く借りられる、普通のアパートです」
この辺りの住宅街は比較的新しくできたもの。以前は田んぼや畑だった土地をじゃんじゃん開発している真っ最中だ。
なんのためか? それは外から若い人たちを呼び込み、街の活性化を図るためだ。
「比較的安いアパートですからね、まだあまりお金はない若い夫婦が多く住んでいるはずです。では問題です、結婚したばかりの夫婦のおうちには誰がいるでしょうか?」
「わかった! 赤ちゃんだ!」
手を上げて元気に答えたのは女の子。やはりこの年頃は女の子の方が早熟だ。
「正解です。つまりこの二つのアパート……いえ、この付近のアパートには赤ちゃんのいる家庭が多く存在すると考えられます」
「……でもそれがどうしたの?」
当然の疑問。これだけで答えが分かるはずもない。
「次に注目すべきはこの空き地です。これ、何かわかります?」
私が指し示したのは、プランターで埋め尽くされた空き地の、隙間からわずかにのぞく地面。
乾いた土の上にしっかりと残っているそれは、今回の謎の最も重要な手がかり。
「これって、タイヤの跡?」
「その通りです。つまりこの空き地には車が止められていたのです」
「でも、これじゃ車止められないよ?」
そう言って、少年は大量に置かれたプランターを見渡す。
「少年、それこそがこの謎の答えなのです。このプランターが置かれる前まで、空き地には車が止められていた、おそらく違法駐車でしょう。犯人はタクシーの運転手か……いえ、この近くで家を建てている作業員かもしれません。犯人はこの空き地に車を止めて、エンジンをかけたまま休憩していたのでしょう。車のエンジンというものは結構うるさいものです。住宅地のど真ん中でそんな音を出されたら、赤ちゃんはお昼寝どころじゃありません」
「あ……そっか、だから」
「そう、このプランターは空き地に車を止められないようにするために置かれたものなのです」
「そっか……赤ちゃんのためなんだ」
感心したような視線を向ける小学生たち。少しむず痒いが、悪い感覚じゃない。
「ええ、これだけたくさんのプランターを置いているのは、恐らく一個や二個じゃどけられてしまうためでしょうね」
絶対にここには車を止めさせないぞ、という強い意志を感じる。やけくそ気味に置かれたプランターがいい証拠だ。
「でも、なんだ、黒魔術の儀式じゃないんだ」
そう言って少年は肩を落とす。
見れば他の小学生もあからさまにがっかりしている。
「まあ、謎なんてこんなものです。でも疑問が晴れてスッキリしたでしょう?」
頭をフルに使って謎を解いたときの快感、狭い迷路を脱出したときのようなこの開放感は小学生にはまだわからないかな?
「さて、満足しましたか?」
小学生の引率なんてするものじゃないな。変な疲労感を感じる。
でも、いい退屈しのぎにはなったかな。
「うん! じゃあ明日もお願いね、お姉ちゃん」
「…………え?」
最近この街には奇妙な噂が流れている。
最初は小学生の間で流れている、ただの都市伝説もどきだと思っていた。
だがその噂はジワリジワリと広がって、中学生、高校生、そして街の大人たちも熱で浮かされるように噂話を口にするようになった。
「……ほら、関口さんのところの子最近見ないでしょ?」
「え? あれってそうなの?」
「みたいよ。だから私も怖くなっちゃって……」
「やっぱり外は危なないのかしら……」
今日も街のおばさま方が、井戸端会議でヒソヒソと話し込んでいる。
最近じゃどこへ行ってもこんな感じだ。
最近街が騒がしいと言うか、ざわついていると言うか、どうにも落ち着かない。
そんな感覚を覚えながら学校へと向かう。
その途中、私は噂話が好きなあの少年と出会った公園を横切る。
その公園には、朝早くだと言うのに中学生三人が入り口でたむろっていた。
「おい、本当にここにいるのか?」
「いるらしいぞ」
「なら、しばらく退屈しなさそうだな……」
彼らも何かしらの噂を聞きつけたのだろうか?
最近この町では奇妙な噂が流れている。
そのまま静かな公園に入っていく彼らを見て、私はなぜか妙な胸騒ぎを覚えた。




