積み上げろ! アルミ缶タワー
別サイトに載せた短編です。
全4話になります。
今日の私は少しだけご機嫌だった。
いつもだったら憂鬱な月曜の朝にもかかわらず気分が高揚していた。
6月の朝にもかかわらず照りつける太陽が肌を焼いているが、それすらも心地よかった。
なぜなら今日の私は夏服を着ているからだ。
高校に入学して初めて袖を通す制服は、おろしたて特有のパリッと糊の効いた感触が心地よい。
ほんの少しだけサイズが大きいが全然構わない、すぐにぴったり合うようになるだろう。なぜなら私は成長期だからだ。
ふと頭をよぎるのは、同じ部活の男の子の仏頂面。彼が私の夏服を見たらなんて言うだろう?
……いや、朴念仁の彼のことだ、特に何も言ってくれないだろう。
だけど、ほんの少しだけでも見惚れてくれるかもしれない。
そう考えると学校に行くことが楽しくてしょうがなかった。
今日の私は少しだけ、いや、かなりご機嫌だった。
テンションの上がっていた私は、普段やらない事をやりたくなった。
通学路の途中、住宅街のど真ん中にある公園。
いくつかの遊具と、小ちゃな雑木林があるその公園は、通ればほんの少しだけ近道になる。
しかしそこを通っても微々たる差でしかなく、何よりその公園の隣の家の庭で飼っている大型犬が絶えず公園に向かって吠えているので通ったことはなかった。
学校が始まるまでまだまだ余裕はある。犬もちょっとだけ怖い。
しかし今日の私は無敵だ。
なぜなら夏服を着ているのだから。
「……さて、行きましょうか」
意を決して公園に踏み出そうとする。
すると……
「ちょっと待って、メガネのお姉ちゃん」
いきなり聞こえた、私を静止する幼い声。
「おっとっととと」
出鼻を挫かれ前につんのめりそうになる。
振り返るとそこには、小学生ぐらいの少年がいた。
「な、なんです?」
一人妙なテンションに任せて行動していため、やましいことなど何もないのに慌ててしまう。
何の用だろう? ……もしかしてナンパ!?
馬鹿なことを考えている私に向かって、少年は真面目な顔を向けてきた。
「ダメだよ。この公園に入っちゃ。この公園オバケが出るんだよ」
「はい?」
少年の口から出てきた言葉に目を丸くする。
「学校で噂になってるんだよ。この公園にはいたずら好きなオバケが出るって」
「悪戯好きなオバケって……」
なんとも可愛らしい響きに思わず笑ってしまう。
しゃがみ込み、少年と目線の高さを合わせる。
「大丈夫ですよ、オバケなんてこの世にいませんよ」
真剣極まりない表情の少年を安心させようと、できる限り優しく諭す。
そうか、このぐらいの年頃の子はオバケの存在に一喜一憂する年頃なのか。あまりに微笑ましい。
しかし少年は拗ねたように頬を膨らませる。
「嘘じゃないもん……来て」
先導する少年の後を追い、辿り着いたのは公園内にある自販機の前。
どこにでもある自販機だ。何もおかしいところなどない。
だが、問題は自販機ではなかった。
「ほら、やっぱり」
「……なんですか、これ?」
そこにあったのは、自販機の前に積み上げられた、ジュースの缶でできたタワーだった。
絶妙なバランスでそそり立つそれは、私の胸ほどの高さもある。
しかも、積み上げられているアルミ缶は全て同じ銘柄だ。
「うえ……不味そうです」
そのアルミ缶には毒々しいまでにリアルな蛇のイラストと、『マムシ一本!』の文字。どうやら新発売のエナジードリンクのようだ。
「えっと……君がやったんですか?」
まず考えたのは、少年の悪戯の可能性。
私を担ごうと、ゴミ箱を漁ってこのアルミ缶タワーを作ったのかと思った。
だが、少年は首を横に振る。
「ううん違うよ。僕こんなお金持ってないし。ほら見てよ、蓋開いてないでしょ」
少年に促されてアルミ缶タワーのてっぺんをよく見れば、缶は未開封のままだった。
タワーを崩さないように慎重に指先で叩いてみれば、どの缶も中身が残っている。
つまり、ゴミ箱の中を漁って積み上げたのではなく、わざわざこの奇妙なドリンクを買って積み上げてできたものなのだ。
「じゃあ、他の誰かが?」
そう考えたが、このエナジードリンクは一本250円もする中々の高級品だ。それが十数本も積み上げられている。
こんな意味不明の悪戯に、数千円も費やすだろうか?
「ほら、やっぱりオバケの仕業だよ。オバケが自販機からジュースを取り出してイタズラしたんだよ」
「いやいや、そんなまさか」
否定はするものの、目の前の現象の合理的な説明ができない。
どうしたものか?
考えるが、答えが見つからない。
隣の家の庭から犬の鳴き声が聞こえる。
公園の前を通る小学生の集団は楽しそうにふざけあっている。
日が高くなり、辺りの気温も高くなってきた。
「……ちょっと喉が乾きましたね」
一度脳味噌をリフレッシュするために自販機に小銭を入れる。
買うのは子供の頃から愛飲している炭酸のオレンジジュース。
「いいな、僕にも買ってよ」
「ダメです。お子ちゃまにはまだ早いです」
ボタンを押し、がちゃんと音のした取り出し口に手を入れる。
指先に触れた冷たい感触を取り出し、蓋を開けようとすると……
「……へ?」
そこには『マムシ一本!』と書かれていた。
「あ、あれ? 押し間違えました?」
まさか。そもそも自販機には120円しか入れてないのだ。
慌ててもう一度お金を入れ、2度3度とボタンを確認して再度購入した。
「…………。」
出てきたのは、またしても『マムシ一本』だった。
「えっと……どう言う事?」
「……多分、補給する人が入れ間違えたんだと思います」
なんて迷惑な。
「……いります?」
「いらない」
食い気味に断られた。
さて、どうしましょう?
両手には『マムシ一本』と書かれた缶が2本。
試しに口をつけてみようという気にもなれない。
中身入りのアルミ缶をそのままゴミ箱に捨てる訳にもいかない。
かといって中身を捨てる場所もない。
思案している中、目に止まったのはアルミ缶タワー
「あー、なるほど」
多分私の前にも被害者はいたのだ。それも複数。
飲むのも捨てるのもはばかられるこれを、どう処理したのか?
私は、先人たちに倣い、2本の缶をタワーに慎重に積み上げる。
「これでよし」
「……いいの?」
仕方ないのだ、学校が始まるまでもう時間がない。
「では少年、またお会いしましょう」
少し駆け足で公園を後にする。
あのタワーは放課後までにどこまで高くなっているだろう?
今日の楽しみが一つ増えた。




