エピローグ
七不思議調査から一夜明けて放課後、俺はもはや馴染みとなった人生相談部の部室に顔を出していた。
我ながら律儀なもんだと思う。桐花から部活に出ることを強制された事はないが、特に用事はなくとも放課後をこの部屋で過ごすことが日課となっていた。
学校という閉じた社会の中で、誰にも邪魔されず好き勝手できる自分達だけの居場所があることに優越感を持っているのかもしれない。
あと……まあ……この場所は結構居心地が良い。
「ふ、ふあああぁぁぁぁ、あ、あーー」
「大あくびですね、吉岡さん」
「ふぁあああ、そりゃあ、夜更かししたからな」
昨日家に着いた時には日付が変わる直前だった。家に帰るときに補導されなかったのが奇跡だ。
今日一日ずっと眠かった。授業中何度も襲ってきた睡魔に打ち勝てたのは、これ以上俺の評判を落としたくないと言う意地によるものだった。
「そっちは平気そうだな?」
「ふっふっふ、夜遅くまでデートするカップルを張るので慣れていますから」
「……お前の青春それで良いのか?」
よく補導されなかったなコイツ。
「しかし、……大事にならなくて良かったな」
つい先程までこの部室には神楽坂先輩が訪れていた。
目的は報告と謝罪。
学園に恋愛ブームを起こすという名目で行われた七不思議の調査。しかしその真の目的は恋愛探偵、桐花咲の推理力を試すというものだった。
俺たちを騙して引っ張り回した挙句、カメラマンの百目鬼先輩が桐花のメモ帳を狙って巻き起こした事態について改めて謝罪に来ていた。
俺たちにひとしきり頭を下げたあと、百目鬼先輩の処分について報告を受けた。
まず昨日撮った動画に関してだが、これはお蔵入りが決まったらしい。
当初の目論見通り、桐花の推理力が本物であることを証明する動画をバッチリ撮れたのは良かった。
問題なのはお供物が燃える動画だ。当然というべきか、部活中のボヤ騒ぎは大問題であるらしく、そのシーンごと動画は封印されるそうだ。
俺としては自分の醜態が収録された動画がなかったことになるのは大いに歓迎だ。(アレが公表される予定だったという事実に気づいた時は戦慄した)
しかしながら、その動画を撮るためにトリックを考え、仕掛けを施した神楽坂先輩は気の毒だった。
そして、騒ぎを起こした百目鬼先輩だが、実は百目鬼先輩の知らないところでチームリーダーの昇格が決まっており自分のチームを任される予定だったのだが、今回の騒動でその話は保留となったそうだ。
自分の企画を潰された神楽坂先輩はこれ以上ないくらいイイ笑顔で、
『フフ、たっぷりコキ使ってあげるわ』
と、宣言していた。
まあ……なんやかんやで落ち着くところに落ち着いてってところだな。
事件は解決した。
マスメディア部の二人も案外後腐れなくやれそうである。
七不思議も幽霊も偽物だったことがわかり、これから心穏やかに過ごすことができるだろう。
……だが、一つだけふに落ちない事がある。
「なあ、桐花……」
俺は、メモ帳をパラパラとめくりながら一人鼻歌を唄い上機嫌な桐花に問いかける。
「お前……なんでメモ帳の中身が白紙だなんて嘘をついたんだ?」
俺の質問に少しだけ意外そうな顔を見せたあと、桐花はニヤリと笑った。
「あれ? 気付いてました?」
「あたりめえだろうが」
桐花との付き合いはそれなりに長い。というか、この学園で最も長い時間を共に過ごしているのは間違いなく桐花だ。
「お前がそのメモ帳に引くほどビッシリ書き込んでる事ぐらい知ってるっつの」
内容までは知らんが……な。
「うーーん、書く時は人に見られないように気をつけてたんですが……吉岡さんだから気が抜けちゃいましたかね?」
「……それで、なんでだ? いや、そもそも……いつからあの七不思議がマスメディア部の仕込みだと気付いてたんだ?」
あの時、百目鬼先輩が掠め取ったメモ帳の中は間違いなく白紙だった。
途中で入れ替わった? 文字が消える仕掛けがあった?
そんな訳ない、あの時のメモ帳は最初から……桐花がお供物として箱に入れた時から白紙の物だったのだ。
それが意味することはおそらく、桐花はお供物の箱が炎上する前から何かが起きることに気付いていたのだ。
「どうしたんです? 今日はずいぶん鋭いじゃないですか。……その通りですよ、私は結構前の段階であの七不思議が茶番だとわかっていました」
口元に手を当てて、おかしそうに笑う。
「ま、そもそも私は超常現象否定派なんですが……気づいたきっかけは、吉岡さんが階段で転倒しかけた時です」
本当に結構前じゃねえか。
「何故吉岡さんは完全に転倒しなかったのか? それは神楽坂先輩と手を繋いでたおかげで、引っ張ってもらえたからです。…………ふふふ、ありえませんよ。吉岡さんほどの体格の男性が完全にバランスを崩して倒れ込んだのに、女性の神楽坂先輩が咄嗟の力で引っ張り上げるなんて……そんなマネできるわけありません」
……確かに俺の体重を不意打ちで引っ張り上げるなんて、体を鍛えている女性でもなきゃ難しいだろう。一緒に倒れ込むのが関の山だ。
「そうなると考えられることは一つです。神楽坂先輩はあの時吉岡さんが足を踏み外すことを知っていた。だからこそ吉岡さんを引っ張り上げる準備ができていた。……そうなると後は簡単です」
なるほどね、そこで七不思議が仕込まれていた物だと気づいたって訳か。
「じゃああの時先輩が手を繋いできたのは……」
「当然、吉岡さんが怪我をしないための配慮でしょうね。あの時は吉岡さんが怖がったから手を繋ぐよう提案していましたが、そうじゃなくても適当な理由を付けて手を繋いできたと思いますよ」
…………ああ、神楽坂先輩。アナタはやっぱり悪女だ。
「七不思議のクライマックスで何かしてくる事は予想できましたし、百目鬼先輩がネタ帳をまっ先にお供えするなんてわかりやすい誘導もありましたしね、なんとなく私のメモ帳に悪さしてくるとは思っていました。……まあ流石に燃やして偽装工作する事までは予想外でしたが」
それで予備のメモ帳を使ったって訳か。本当に抜け目ねえなこの女。
「で? 白紙のメモ帳を使った記憶術なんてケッタイな嘘ついた理由は?」
「私はこれでも自分の持つ情報の危険性を理解しているという事ですよ。……実を言えば、このメモ帳を狙おうとしてきたのは百目鬼先輩が初めてじゃないんです」
「は?」
え、……マジで?
「その時は適当にあしらっていたんですが、今後もこういう事が続くと流石に……ということで、桐花咲のメモ帳は白紙である、という噂を流している真っ最中なんです。噂の信憑性を高めるのに利用させていただきました」
「……ホントにお前はトコトン桐花だよな」
ホント、ここまで来ると流石としか言いようがない。
「いやー、このメモ帳が邪な人の手に渡らなくて良かったですよ!」
「邪って……百目鬼先輩のことか?」
ひっでえ言いようだ。
「当然ですよ、神楽坂先輩の嫉妬心だけであんなことする人ですよ?」
「ん? 嫉妬心だけ? ……何言ってんだお前?」
「え? 何がです?」
「百目鬼先輩、どう考えても神楽坂先輩に惚れてんだろうが」
その時の桐花の顔は見ものだった。
口をポカーンと大きく開けたあほヅラ。額縁に飾りたくなるほど見事だった。
「へ?」
「俺でも見りゃあわかるっつの、わかりやすくベタ惚れだったじゃねえか」
この俺でも気付くほどだ。まあ、当の神楽坂先輩は知らなかったのか、知らないフリをしていたのか。
「う、嘘!? そんな素振り少しも……」
「いやいや、神楽坂先輩に話しかけられた時わかりやすく眼を逸らしてたし、神楽坂先輩の話をする時はなんか自慢げだったし、何より俺が神楽坂先輩と手を繋いだ時の顔見てなかったのか? 鬼みてえな顔で俺のこと睨んできたじゃねえか」
いやーあの時の先輩の顔はどの七不思議よりも怖かったかも知れん。
「だ、だってあの時は……じゃ、じゃあ! あの時のセリフは! 神楽坂にだけは負けたくなかった、ってあのセリフはどう説明するんですか!? 敵対心バリバリだったじゃないですか!?」
「アレは好きな女の子には負けたくない、俺は凄いんだぞって良いところを見せたい、わっかりやすい男心じゃねえか」
「そ、そんな……」
呆然とした様子の桐花。
「え? お前マジで気付かなかったのか?」
自称恋愛探偵のお前が?
へえー、ほおー、ふうーーーん。
「な、なんです? そのニヤケヅラは?」
「いや……お前もまだまだだなって」
「むうー! むうーーっ!! うっさいです! うっさいです!! 吉岡さんの癖に!!」
頬を膨らませ、真っ赤になる桐花を見て思わず笑ってしまう。
ははは、珍しいモン見れた。今日は良い日だ。
「こうなったら、真相を確かめるためにマスメディア部に電撃取材を決行します!!」
「いや、ほっといてやれよ」
第四章完結です。
お付き合いいただきありがとうございます。
第五章投稿までもう少しお待ち下さい。




