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「ぼ、ぼぼぼ僕? な、なんでぼ、僕が?」
百目鬼先輩は今まで以上に慌てた声色で否定する。
「か、カメラの映像だけで、ぼ、僕が犯人だ、なんて、だ、第一箱が燃えたとき、ち、近づいてすらいない」
先輩の言う通りだ、お供物を入れた箱は誰も近づいていないにも関わらず突如として燃え出したのだ。
「桐花……一体どうやって?」
「もちろん、それもトリックによるものです。……そして、そのトリックはすでに解き明かしています」
息を飲む百目鬼先輩を、桐花は不敵な顔で見つめる。
「さて、まずここで明らかにしなければならないのは、神楽坂先輩が本来仕掛けていた怪奇現象についてです」
「は? 何でそんなもん今更?」
「大事なことです。お供物が燃えるという想定外の事態に見舞われましたが、本来であれば今回の七不思議の締め、当然仕掛けがあったと考えるべきです」
神楽坂先輩に視線を向ければ、コクリと頷き返された。
「ええその通りよ、私が仕掛けていた怪奇現象、それは……」
「箱の中のお供え物が水でびしょ濡れになる。……そうですね、先輩」
「!! ……な、何でそこまで……」
先んじで答えを暴かれた神楽坂先輩は目に見えてうろたえる。
「びしょ濡れって、そんなもんどうやって?」
あの場に水気のあるものなんて無かった。
「あの時私たちが箱の中に入れた物を整理しましょう。まず百目鬼先輩がネタ帳のノート、そして私がメモ帳、吉岡さんはお札やら数珠やらの魔除け。そして、神楽坂先輩は両端を結んだ制服のスカーフ」
そして神楽坂先輩に視線を向ける。
「先輩、この時スカーフの中に水風船を入れましたね?」
「……ええ、入れたわ」
水風船?
「私たちが土地神サマにお祈りしている時に、何かが破裂する様な音が聞こえませんでした? あれは恐らく水風船が割れた音です」
「待てよ、あの時誰も箱には近づいてなかったぞ? どうやって……」
「おそらく先輩が仕掛けたトリックはこう……まず外したスカーフに水風船をこっそり包みそのまま箱の中に入れます。そしてスカーフには蜜柑の果汁を染み込ませていたんだと思います。柑橘系の果汁は風船のゴムを溶かしますからね」
「あっ!! そうか、そういう事か!!」
ガキの頃何度もやったことがある。膨らました風船に、蜜柑の皮を潰して汁をかけると気持ちいいぐらいによく割れるのだ。
「おそらく時間差で割れる様に上手く果汁を薄めたものをスカーフに染み込ませていたんです。神楽坂先輩が今日つけている香水はその匂いを誤魔化す為のものでしょう」
「……流石ね。百点満点よ桐花さん」
神楽坂先輩は力なく笑う。
「……先輩、やっぱ地味じゃないっすか?」
最後の最後にこの仕掛けって……トリックはすごいけど地味さは誤魔化しきれない。
「……言わないで、ただでさえ自信満々に用意したトリックを全て完璧に解き明かされたんだから……」
先輩は打ちひしがれた様子で乾いた笑い声をあげている。
「だけど、なおさらわかんねえな。破裂音が聞こえたってことは、水風船が割れたってことだろ? 起きた現象が全く違うじゃねえか」
コレがどうやったら燃えるなんて事になるんだ?
「簡単です。箱の底に石灰を仕込んでいたんです」
石灰?
「石灰って、校庭に白線引くときのあれか?」
「そうです。石灰は水と反応して高熱を発するんです。箱は紙でできていて、その中には紙製のクッションが敷き詰められていて非常に燃えやすい状況でした、その時の反応熱を利用すれば簡単に箱は燃え上がります」
桐花は百目鬼先輩を見据える。
「マスメディア部で、今回の調査の仕掛け人である神楽坂先輩の協力者であるアナタは、当然水風船のトリックを知っていた。そしてそのトリックを利用することを思いついたのです」
そして先輩に指先を突きつける。
「これこそが、アナタの仕掛けたトリックなのです!」
桐花の視線から逃れようとしているのか、百目鬼先輩は俯いている。
しかしその状況でもなお、諦めていなかった。
「……な、何の証拠が……何の証拠があ、あるって言うんだ! こ、こんなトリック、ぼ、僕じゃなくたってできるぞ!」
「……まだ粘るつもりか?」
だが先輩の言う通りだ。これまで桐花が提示したものは全て状況証拠。トリックに関しても、究極的には神楽坂先輩にも仕掛けることができる。
証拠が、言い逃れのできない確かな証拠が無い。
だが……
「もちろん証拠はあります」
桐花は力強く言い放つ。
「今この場に、絶対の証拠が残っています」
「その証拠を提示する前に、百目鬼先輩がお供物を燃やした動機について話そうと思います」
なぜ今更動機なんて、などと野暮なことを言い出す者はいなかった。
皆黙って桐花の推理に耳を傾ける。桐花の推理がクライマックスを迎えていることを全員理解していたのだ。
「私は最初、神楽坂先輩のこの企画をぶち壊すために行ったことだと思いました。しかしよく考えればこの方法だとリスクが大きすぎるんですよね。この事が公になればマスメディア部として神楽坂先輩と共に非難されることは間違い無いでしょうし、ご自身の大切なネタ帳も燃えてしまってますから。ただ神楽坂先輩の企画を潰すだけではリターンがなさすぎます」
「リターンか……」
言われてみれば確かにそうだ。企画を潰すだけならもっと別の方法があるだろう。
「そこだけがわからなかった。考えて考えて、そしてたどり着いた結論。あらゆるリスクを負ってもその全てが帳消しになる様なリターン…………私のメモ帳です」
「……マジかよ」
桐花のメモ帳。
この学園のありとあらゆる恋愛に関する情報が記載されているという禁断の品。
あの恋愛中毒者桐花咲が学園生活はおろか10代の貴重な青春を全て投げ打って集めた情報の塊だ。マスメディア部である百目鬼先輩には喉から手が出るほど欲しい代物だろう。
「じゃあ、お供物が燃えたのは?」
「当然私のメモ帳を手に入れる為です。お供物の条件覚えていますか? 普段から持っていて、思い入れのあるもの。百目鬼先輩はまっ先に自身のネタ帳をお供えする事で、私にメモ帳をお供えさせるように誘導したのでしょう。そしてこっそりメモ帳を抜き出し懐に入れた」
あとは全部燃やして証拠隠滅という事か。
「じゃあ、そのメモ帳を持ってる事が証拠って事か? でもそんなのとっくに隠して自分の手元に置いてたりしねえだろ」
隠したメモ帳が見つかっても自分がやったんじゃないと言い張れるからな。
「いえ、百目鬼先輩は確実にメモ帳を持っています」
しかし桐花は確信があるようだった。
「百目鬼先輩お供物の箱が燃えた時、水! とおっしゃってましたよね? あの時ご自身で消火するための水を汲みに行くつもりだったんじゃないですか? そして吉岡さんの言う通り、そのタイミングでメモ帳を適当なところに隠すつもりだった。しかし、それはできなかったんです。……なぜなら」
ここで、なぜか桐花は俺に視線を向ける。いや、この場にいる全員が俺を見ている。
嫌な予感がする。
全身に震えが走る。桐花のこの先の言葉を聞くことを、本能が拒否していた。
やめろ、言うな。 そう叫びたいがなぜか言葉が出てこない。
そして、無慈悲にも桐花は言葉を紡ぐ。
「……なぜなら、そこにいる図体と態度は無駄にデカいくせに、心臓の大きさはみじんこレベルの超小心者の学園一の不良(笑)が情けなくも恐怖のあまり失神してしまったからです!!!!!」
「もうやめてくれーーーー!!!!」
地面に崩れ落ちる。今日の自分の所業を思い出し身悶えする。
恥ずかしい、恥ずかしい!
ああ、俺は何て情けないんだ。この姿を見られていたかと思うと顔から火が出そうだ。
「百目鬼先輩は気絶した吉岡さんを抱えてベンチまで連れて行ってくれました。そしてそこから私たちとずっと一緒にいました。メモ帳を隠すタイミングなんてなかった。今でも確実に懐に入れて持っているはずです!!」
「……ごめんなさいごめんなさい百目鬼先輩、俺がビビリのせいで先輩の計画全部台無しにしちゃって本当にごめんなさい」
俺が落ち着くまで少しかかった。
「……百目鬼、アナタなんでこんなことを?」
結局、桐花の推理は正しく、百目鬼先輩はメモ帳を懐の中に隠し持っていた。
同じ部員のしでかしたことをまだ信じられないのか、神楽坂先輩は弱々しい声で百目鬼先輩に問いかける。
「……そ、そんな大した理由じゃない」
百目鬼先輩は目を合わせようとはしなかった。
「大したことないって……」
「ぼ、僕はただ、神楽坂、お、お前に負けたくなかっただけだ」
そう言って手元の桐花のメモ帳を見つめる。
桐花のメモ帳は情報の宝庫だ。それさえあればあらゆる記事が書けるだろう。
確か神楽坂先輩はマスメディア部のチームリーダー、同学年の百目鬼先輩はそれが悔しくて、メモ帳を使ってのし上がろうとしたかったのかもしれない。
しかし、
「あ、そのメモ帳読んでも、いい記事は書けなかったと思いますよ」
桐花がその思いを否定する。
「だってそのメモ帳、白紙ですから」
「…………え?」
は?
「そもそも私メモ帳には何にも書いてないんですよ。何と言いますか私なりの記憶術でして、書くふりして頭の中に直接刻んでいるんです。だから私が今まで集めた情報は全てこの中です」
そう言って、指先で頭をコンコンと叩く。
百目鬼先輩は慌ててメモ帳を開くが、その中は使われておらずマッサラなページしかなかった。
それを見た百目鬼先輩は天を仰ぎ力なく笑う。
「あーーあ、ぼ、僕の完敗だ」
お読みいただきありがとうございます。
次回エピローグです。




