12
「怪奇現象を……引き起こした?」
桐花の言葉が飲み込めない。
そんなことあり得ないだろ? そう思いマスメディア部の2人を見るが、彼らは俯き目を合わせようとしない。
「嘘だろ……マジで?」
信じられない思いで唖然とする俺とは対照的に、桐花はどこまでも冷静だった。
「もちろんお2人が超常的な力をもって怪奇現象を引き起こした訳ではありません、今日の出来事は全てトリックによるものです」
「トリックって……アレが? アレ全部が?」
今日遭遇した怪奇現象を思い出す、アレが人の手で生み出されたものだとは到底考えられない。
「では一つずつそのトリックを解き明かしていきましょう」
「ではまず一つ目、七不思議その1、人が消える合わせ鏡からですね。これは私たちに七不思議という怪奇現象が起きている事を信じさせるためのきっかけ、随分と凝った加工がされていました」
「加工って……映像の加工は無理だって、そう結論が出ただろ?」
無限に続く鏡の迷宮、その中に無限に存在するはずの撮影者だけを消し去るなんて、今の技術でも不可能だろう。
だからこそ、俺たちは七不思議の存在を信じるしかなくなったのだ。
しかし、桐花は何でもなさそうに軽く答えた。
「ええ、映像を加工することは不可能。加工されていたのは鏡そのものです。……マジックミラーってご存じですか?」
「確か……片面からはただの鏡だけど、もう片面はガラスみたいに向こうが透けて見える鏡だっけか?」
刑事ドラマなんかでよく見かける、取調室の犯人の様子を隣の部屋の刑事が見守るそんなワンシーン。その窓にマジックミラーが使われていたはずだ。
「そうです、正確に言えば明るいところから見ると光を全て反射するため鏡のようになり、暗いところから見ると光を反射しないため鏡の向こうを透視できる……そういった物です」
なるほど、なんとなく話が見えてきた気がする。
「あとは簡単です。普通の鏡とマジックミラーを向かい合わせた状態で立たせて、マジックミラーの裏側から普通の鏡を撮影する。そうすれば普通の鏡にはマジックミラーの鏡の部分だけが映り撮影者は映らなくなります。するとあら不思議、撮影者の消えた合わせ鏡の出来上がりです」
なるほどずいぶん凝ったトリックだ、マジックミラーなんてどこで手に入れたんだろう?
「これが七不思議その一の正体です」
「さて、次の七不思議です」
鏡の謎を解き明かした余韻も冷めぬうちに桐花は次の謎解きを始める。
「その2、徘徊するガイコツ、その3、座ってはいけない呪われたイスに関しては、まあいいでしょう。次に起きた怪奇現象七不思議その4、上りと下りで段数の違う階段について説明したいと思います。……と言っても、トリック自体はおそろしくシンプルな物なんですけどね」
そうは言うが、俺には皆目見当もつかない。
「一体どんなトリックなんだ?」
「簡単です、これは吉岡さんの数え間違いです」
「はあっ!?」
いやいやいや! 何言ってんだこの女は!
「数え間違いって、そんな訳ねえだろ! 百歩譲って数え間違えたとしても、あのタイミングで数え間違えるなんて偶然あってたまるか!」
抗議の声を上げるが、桐花は眉一つうごかさない。
「ええ、もちろん偶然ではありません。吉岡さんは神楽坂先輩によって、段数を間違えるように誘導させられたのです」
「え? ……いや……誘導?」
「はい、あの時お二人は歩調を合わせ、一緒に段数を数えてましたよね。その時神楽坂先輩がわざと適当なところで数を数えることで吉岡さんに段数を誤認させ、最終的に数が13段になる様に仕向けたんです」
「待てよ……いくらなんでもそんのに引っかからねえよ!」
「引っかかるんですよ。いいですか? 人間の頭は意外と複数の物事を同時にこなすことに向いてないんです。あの時の吉岡さんは、①階段を下りる②歩調を先輩と合わせる③数を数える④先輩と声を合わせる⑤先輩と雑談する……これだけの事を意識的に行っていたんです」
「な、なるほど」
言われれば……たしかにこのタイミングで数を適当に言われたら気づかないまま引っ張られてたかもしれん。
「さらに言えば、あの時の吉岡さんは冷静ではなかった。七不思議への恐怖にいっぱいいっぱいでしたからね。……その上」
ここでなぜか桐花は冷たい視線を俺に向ける。
「……その上色っぽい先輩に手を繋がれてデレデレしてた、この浮かれトンチキが引っかからない訳がありません!!」
「き、桐花! 今日なんかあたり強くない?」
なんだ!? コイツなんか今日機嫌悪くないか!?
「……これが七不思議その4の正体です」
「さて、どんどんいきましょう」
間髪入れず次の推理を始める。
「次は七不思議その5、悪戯好きの少年。これに関しても、マスメディア部のお二人が仕掛け人である事を前提とすれば対して難しくありません」
「だけど、本が落ちた音がした時神楽坂先輩も百目鬼先輩も図書室の外にいたんだぞ、二人に本を落とすなんてマネ無理だろ?」
「ええ、音が聞こえてきたタイミングで本を落とすことは不可能です。ならば、それよりも前に本を落としておけばいいだけです」
「は?」
何を言ってるんだコイツは?
「あの時私たちが図書室から出た順番を思い出してください。私を先頭に吉岡さん、先輩方二人といった形でした。私たちの後ろで二人のうちどちらかがあの本をコッソリと地面に置いただけです」
「だ、だけどあの音は?」
「おそらく図書室の中にボイスレコーダーの様なものを仕掛けていたのでしょう。あらかじめ録音したものをタイミングを見て流した。そうすれば好きなタイミングで本を落としたと思わせることが可能になります。……その証拠に、本が棚から落ちたはずなのに、埃が舞っていませんでした」
そう言ってハンディカムで図書室で撮影した映像を見せてくる。
確かに桐花の言う通り、あれだけ埃っぽかった図書室にも関わらず、落下した本の周辺には埃が舞っていなかった。
「これが七不思議その5の正体。……では次に行きましょう」
「七不思議その6、七不思議を調査する新聞部員。この七不思議で起きた怪奇現象は窓に正体不明の少女の影が映り、窓を開けるとそこに少女はいなかったと言うものでした」
新聞部の部室の障子窓に映った人影、今思い出してもかなり不気味な存在だった。
「正直に言って、今回の七不思議の中で最もホラー色の強かった怪奇現象でしたね。……誰かさんが泣き出すぐらいでしたし」
「思い出させるな」
あの時の俺はどうかしてたんだ。今更ながら顔が熱くなる。
「それで、どうやってあの窓の外の少女は消えたんだ?」
神楽坂先輩が窓を開けて外の様子を確認するまで一瞬の出来事だった。窓の外にいる少女が隠れる隙なんて無かったはずだ。
「ああ、それも簡単なんです。最初から窓の外に少女なんていなかったんです」
「は?……いや待て待て待て!! 何言ってんだお前! 窓の外、すぐそこまで近づいてきたじゃねえか!」
「……では聞きますが、何をもってあの少女は近づいてきたと思ったんですか?」
何って……そんなの決まってるだろ。
「障子に映った影がどんどんデカくなってたじゃねえか! お前も見ただろ?」
ユラユラと揺れ大きくなる影、今でもはっきり覚えている。
しかし、俺の答えに桐花は短くため息をついた。
「吉岡さん……逆です。障子に写る影が大きくなったということは、少女が窓から離れていったということなんですよ」
「は? ……え? いや何言って……」
「中学校でやりませんでした? 理科の光と影の実験。影が映る壁と、物体、光源の3つを使った実験ですよ。物体が光源に近づけば近づくほど、光を遮る面積が大きくなって、結果的に壁に映る影は大きくなるんです」
あーーー、やった気がする……かも?
「今回もそれと一緒ですよ。旧校舎から離れた場所にライトを用意して、旧新聞部の障子窓を照らす。その中間辺りに少女が立って徐々にライト側へ離れていった。そして神楽坂先輩が窓を開けたタイミングでライトを消せば、窓の外の少女が消えるという訳です」
「じゃ、じゃあその少女は? 一体誰なんだ?」
「……神楽坂先輩、今日のカメラマンは本当は1年生に任せる予定でしたが、合わせ鏡の中から消えたことに恐怖を覚えて断られたと仰ってましたね?」
「……。」
突然の桐花の問いかけに対して先輩は無言だった。……いや、桐花の推理が始まってから肯定することも反論することもしてなかった。
そんな先輩に対して桐花は容赦なく言葉をたたみかける。
「撮影者が消えた合わせ鏡も先輩達マスメディア部の作り上げたトリックだった。ということは当然そのことに怖気付く1年部員もいないはずです。……少女の影の正体はその1年部員なんじゃないですか?」
「…………敵わないわね、ホント」
神楽坂先輩は観念した様に笑った。
「出てきていいわよ」
神楽坂先輩が呼びかけると、どこからともなく少女がオズオズと出てきた。
「い、いいんですか? ウチ、もう出ちゃって」
「ええ、桐花さんには全部お見通しだったみたい」
諦めた様にフウ、とため息をつく。
「桐花さんの言う通り、彼女が窓に映った少女の正体。桐花さんの推理は全部当たっているわ」
認めた。先輩が今日の七不思議が全てトリックであったことを認めたのだ。
その事実に安堵し、身体から力が抜け倒れ込みそうになる。
「……良かった、じゃあ怪奇現象も全部嘘なんだな?」
「当たり前じゃないですか、そんな物ある訳ありませんよ。吉岡さんが今日感じていたと言う気配も後ろからコッソリついてきた彼女だと思いますよ」
良かった……本当に良かった。
「じゃあ、時々聞こえてきた女のすすり泣く声も、貼ったはずのお札が全部消えて無くなってたのも、彼女の仕業なんだな?」
良かった、ならもう安心だ。
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「……………………え?」
なんだその反応?
桐花とマスメディア部の三人は集まって何やらコソコソと話始めた。
「……そんなの聞こえました?……」
「……う、ううん。し、知らない……」
「……そんな仕掛け作ってないわよ……」
「……ウチ、お札なんて見てませんけど……」
話し合いは続き、何らかの結論に達したのかお互いの顔を見合わせて頷き合う。
「…………話を続けます」
「待て! 待ってくれ!! え、何!? マスメディア部の仕込みじゃないのか!!??」
「……さて、ではなぜ今回この様な真似をしたかですが……」
「テメエっ!! 無視すんじゃねえ!! これが本物の怪奇現象だったら、お前の推理の根幹が揺らぐんだぞ!!」
俺の必死の訴えにも関わらず、桐花は話を続ける。どうやら俺の話は無かったことにする様だ。
「今回我々は、どういった目的でこの七不思議の調査を行ったか、吉岡さん覚えていますか?」
「……そりゃあ、学園の土地神サマにお願いすれば、どんな恋の願いを叶えるって話を広めることで、恋愛ブームを巻き起こすとかって話だったろ?」
「その通りです。では、今回マスメディア部の方々は、数々の怪奇現象をトリックを用いて作り上げました。……なぜだと思いますか?」
「なぜって……七不思議は本物だと思わせることで、土地神サマの話に信憑性を持たせるのに必要だったからじゃねえのか?」
俺の答えに対して、桐花は首を横に振ることで否定した。
「必要ありませんよ。いいですか? 七不思議がもたらすイメージの根源は恐怖、つまりマイナスの感情なんです。恋愛というプラスの感情には合わないんですよ」
……んん? 言ってることがよくわからん。
「つまりですね、恋愛においては本物の七不思議は必要ないんです。だって怖いじゃないですか、土地神サマにお願いして本当に叶っちゃったら。こういうのはちょっとしたラッキーアイテムぐらいの感覚で、自分を勇気付けるぐらいで丁度いいんです」
「……なるほど」
なんとなくだが、イメージは伝わった。
「じゃあ、なんで尚更こんなことを?」
「……おそらく、マスメディア部の皆さんの目的は別のところにあった……私たちに七不思議に遭遇させることが目的だったんだと思います」
「……まさか」
思いついた最悪の想像。
「……まさか、俺たちの反応を撮影して、笑い物にするつもりだったんじゃねえだろうな?」
思わずマスメディア部に向ける目に力が入ってしまう。
「ち、違う! 決してそんなこと考えてなかった!!」
俺の視線に肩をびくつかせ、声が少し震えている神楽坂先輩が必死に反論する。
「神楽坂先輩の言っていることは嘘じゃありませんよ。今回の七不思議調査は私たちを恐がらせたり、驚かせるためのものではないと思います。なぜなら、撮影された映像は吉岡さんの奇行に目が行きがちですが、私の反応と吉岡さんの反応、それぞれ半々ぐらいの割合で撮影されていましたから」
奇行言うなや。
「我ながらそんなに大したリアクションがなかったと思います。隣であんなに派手なリアクションをとってる吉岡さんを差し置いて私を撮っているということから、ドッキリ目的でないことは明白です。……それに」
と、ここで言葉を切り、神楽坂先輩をチラリと見る。
「地味です」
「ウグっ!!」
先輩が図星をつかれたかの様に胸を押さえる。
「全体的に地味なんですよね、階段の段数が増えたり、本が棚から落ちたり。……今回起きた怪奇現象はトリックと演出をメインとしているから人を恐がらせたりするのに向いてないんですよ。これなら人をかき集めてゾンビの大軍を作った方が派手でドッキリ映えしますよ」
「い、痛いところをついてくるわね」
先輩の顔は引きつってる。
「おそらくですが今回の怪奇現象、そのトリックを私に解かせようとしたんじゃないでしょうか」
桐花の推理に神楽坂先輩は諦めた様に首を振る。
「……その通りよ。まさかそこまで見抜かれるなんてね…… 。私たちの目的は最近学園内で話題の恋愛探偵 桐花 咲の実力が本物かどうかを確かめて、それを記事にすることだったのよ。決して貴方達を恐がらせることが目的じゃない……ただ」
ここで先輩から申し訳なさそうな視線を向けられる。
「……あまりに吉岡くんの反応が面白くて、途中何度ドッキリ路線に変えようか迷ったことか……!!」
「……あの、追い討ちかけるのやめて貰えないっすかね?」
割と出来立ての古傷が抉られる。今日の醜態を思い出して顔から火が出そうだ。こりゃあしばらく寝る前に悶えるコースだぞ。
「桐花さんの推理通り、今日引き起こした怪奇現象は私たちが準備して作り上げたもの……でも」
額に手を当てて俯く
「……でも一つだけ、最後の七不思議、お供物が燃えた件だけは知らないの。アレだけは私たちが準備したものじゃないの」
少し憔悴した顔で桐花に訴えかける先輩。
「? 今更何を……」
「吉岡さん、それも本当です。最後の怪奇現象だけは神楽坂先輩の仕業じゃありません」
「え? ……でも」
「吉岡さん、よく考えてみてください。あれ火事ですよ? 部活動中にボヤ騒ぎなんて、この企画の発案者で責任者の神楽坂先輩が起こす訳ないじゃないですか」
言われてみれば確かにそうだ。……じゃあ
「じゃあ、なんでお供物が燃えたんだ?」
当然の疑問。
神楽坂先輩が仕掛けたものじゃないなら一体誰が? 何のために?
ここで再度、桐花が俺たちを大袈裟な動作と共に見渡す。
「そう、これこそが今回の事件の最大の問題点。ありえない状況の、ありえない出来事。なぜお供物は燃えたのか? 誰が燃やしたのか? どうして燃やす必要があったのか? ……その答えはこの映像の中に映っています」
そして再びカメラの映像を再生させる。
そこに映っていたのは、煌々と燃え上がるお供物。
『み、みみ水! 水!』
百目鬼先輩の慌てる声。
『……そんな、嘘……ありえない』
神楽坂先輩の茫然とした声
そして……
そして、燃えるお供物を唖然とした目で見る俺たち調査隊。
「……おい、まさかコレって?」
「私は先ほどこう言いました。“眼の前で起きている不可解な現象に釘付けになって私たちのリアクションなんて撮っている余裕なんてない筈なんです。……怪奇現象が起きる事を事前に知りでもしない限り”」
誰かの息を飲む音が聞こえた。
「この怪奇現象はマスメディア部の皆さんにとっても予想外の出来事だった筈です……本来であれば」
この場にいる皆の視線が一人の元へと集まる。
「にも関わらず、この映像は目の前の怪奇現象が起きて当然のモノと言わんばかりに、燃えるお供物を無視して私たちの反応を撮影しているのです」
桐花の言葉の全てを、この場の全員が理解する。
「この事件の真犯人は今回カメラマンを務めた…………百目鬼先輩、アナタです」
読んでいただきありがとうございます。
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