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「ううっ、ヒクッ、ヒクッ」
「よ、吉岡さん、もう大丈夫ですからね。だから泣き止みましょう、ねっ!」
桐花に手を引かれながら新聞部の部室を後にする。
次に目的地は旧校舎の外であるらしく、今まで来た道を逆走する形で進む。
「な、泣いてないもん! 泣いたりなんかしてないもん! ヒクッ」
オレはオバケなんか怖くないもん!!
「……うわぁ、幼児退行してる」
「よっぽど怖かったんでしょうね。……無理させすぎたわね、流石に罪悪感を感じるわ」
「子供の頃のトラウマを刺激されたんでしょうか? まさかここまでとは思いませんでした……」
桐花は疲れたようにため息をつきながらこちらを向く。
「……だからさっき帰って良いて言ったのに」
「ヒクッ、だって、だって! こんな怖いところにお前一人だけなんて、そんなの、そんなの!!ウ、ウワアアア!」
「わかりました、わかりましたから!! ……もう、何なんですかこの人」
「まあまあ、それだけ大切にされているって事じゃない」
「……からかわないでください」
少し拗ねたように口を尖らせる桐花を見て、先輩は笑った。
「それよりどうしますか? いい加減泣き止んでもらわないと次の調査がやり辛いです。……あと、同い年の男の人のマジ泣きは結構しんどいです」
「そうね……吉岡くん、次の七不思議は怖くないわよ」
「……ホント?」
神楽坂先輩の言葉に顔を上げる。
「ええ、本当よ。七不思議その7、晴嵐学園の土地神サマは、その神様にお祈りする事でこれまでの七不思議を鎮めることが目的なの。だから次で呪いも祟りも、全部終わるわ」
「ホント? 死んだりしない?」
「ええ、もう少しだけ頑張れる?」
「……頑張る」
「よし、良い子ね」
俺と先輩のやり取りを、桐花は恐ろしくゲンナリした目で見ていた。
「で、ここが最後の七不思議の舞台か」
旧校舎の外に出て歩くこと少し、俺たちが辿り着いた先には石造りの小さな祠があった。
ここにくるまでに幾分か冷静さを取り戻すことができた。……よくよく考えれば俺めちゃくちゃ恥ずかしいことしてたんじゃないか?
「ええ、晴嵐学園の土地神サマを祀る祠よ」
どうやらさっきまでの俺は無かった事にしてくれるらしい。
「しかしこんな所に祠があるなんて……知らなかったな」
「本校舎からかなり離れた所にありますからね、知ってる生徒の方が少ないんじゃないですか?」
桐花の言う通り、この場所は本校舎から離れた旧校舎のさらに奥にある。普通の生徒は立ち寄ることすらないだろう
「でも……えらく綺麗じゃないか?」
こういった石造りの祠は放って置くとどんどん苔むしてしまう。にも関わらずこの祠には汚れ一つない。
その上これは……
「これって、カップ酒か?」
「お供物ですかね?」
明らかに最近人が来た形跡がある。こんな所に一体誰が?
「多分学園長ね」
「学園長?」
何で学園長が?
「そうね、まずこの七不思議の由来について説明した方がいいわね」
こうして、神楽坂先輩は最後の七不思議を語り始める。
「ここに祀られている神様は、この学園ができる前、戦前の私塾時代よりも前からこの地域一体で信仰されていた神様なの。この祠もその時から存在するものね」
確かにこの祠は年季入ってるな。石の角が擦り切れて丸くなっている。
「そんな中で、この土地を買い取って私塾を開こうとしたのが晴嵐学園初代学園長よ」
それが晴嵐学園の始まりか。
「初代学園長はあまり信心深い人では無かったみたい、私塾用の学舎を建設する際、地域住民の反対を押し切ってこの祠を取り壊そうとしたそうよ」
「そ、そんな! 罰当たりな!!」
「ええその通りね、実際に罰が当たったみたい」
「えっ!?」
「祠を取り壊そうとしても、ことごとく失敗したそうよ。それどころか、工事に参加した人たちの中から怪我人が続出。周囲の人々は口々に噂したわ、土地神サマの祟りだって」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
慌てて先輩を止める。
「怖い話じゃないって言ったじゃないですか! 何ですか祟りって!?」
「あら、そこまで怖くないでしょう? 死人は出てないし」
「いやいやいや! そう言う問題じゃないでしょう!」
「まあまあ、最後まで話を聞いて」
先輩になだめられる。
何だろう? 今日一日神楽坂先輩にいいように扱われている気がする。……これが魔性の女ってやつか。
「学園長は進まない工事と怖気付く作業員に業を煮やして自らの手で祠を取り壊そうとした。……でも」
「……でも?」
「いざ取り壊そうとした瞬間に、学園長の幼い息子が高熱を出して倒れたと言う知らせが来たそうよ。流石にまずいと思った学園長は取り壊しを中断。地域の神職の方を呼んで、祠をそのまま残して大切に祀るからどうか学舎を建設させて欲しいと願った。すると息子さんの容体は回復、それまでの遅れが嘘のように工事が進んだそうよ。それ以来、この土地神サマの居られる祠を大事に祀り続け、定期的な清掃とお供物をする事が学園長の責務となったとのことよ」
その神様、寛容なのかそうじゃないのかよくわからないな。まあ、大切に扱うなら大抵のことは大目に見るって感じか。
この祠がやたらと綺麗なのも納得がいった。どうやら現代になっても学園長は責務を全うしているようだ
「……なるほど、それが何でも願いを叶えてくれると言う話の元になった訳ですね」
「そうね、実際にこの祠を大切に祀る事で学園がここまで発展してきたことを考えると、願いを叶えてくれるほどのご利益があると思う人が出てくるのも無理がないと思うわ」
「……ご利益か」
正直なところ、ご利益はどうでもいい。俺にとって大切なのは……
「本当にこの土地神サマに祈れば、今まで起きた七不思議の怪奇現象が収まるんですか?」
嫌だぞ、俺は。このまま怪奇現象と幽霊をお持ち帰りだなんて。今夜中になんとか決着をつけたい。
「大丈夫よ、ちゃんと手順を踏んで土地神サマにお願いすれば、ね」
「手順?」
「ええ……百目鬼、例のものを」
神楽坂先輩に命じられて百目鬼先輩が持ってきたものは、何やら箱のようなもの。
「こ、これはお供物を入れるための物、と、鳥の巣箱をイメージして、ぼ、僕が作った」
先輩の自作のその箱は、厚紙でできており、上の蓋を開ければ中には……なるほど、紙を細切りにしたクッション材が敷き詰められており、鳥の巣箱のように見える。
「この箱の中に七不思議を調査した者がそれぞれお供物を入れて、土地神サマに捧げてお祈りする。これが七不思議を沈めるために今まで行われてきた儀式よ」
「お供物って、何をお供えするんですか?」
「各人が普段から持っていて、思い入れのある物を捧げなければならないそうよ。……ああ、捧げるといっても、儀式が終わったら持ち帰っていいから安心して」
普段持っていて、思い入れのある物? なんだろう、パッと思いつかないな。
桐花も同じらしく、頭を傾げている。
そんな俺たちのために、百目鬼先輩がお手本を見せてきた。
「ぼ、僕はこれ、記事を書くための、ね、ネタ帳」
百目鬼先輩はノートを箱の中に入れる。なるほど、そんな感じでいいのか。
「なら、私はコレですかね?」
そう言って桐花が制服のポケットから取り出したものを見て、思わず顔をしかめてしまう。
「うわっ、出たよ……」
「なんですかその反応は?」
桐花が取り出したのは赤いレザーカバーのメモ帳、普段桐花が持ち歩き、この学園のあらゆる恋愛話を記している物だ。
「お前なあ……そんな邪悪なもの神様に捧げるつもりか?」
「邪悪ってなんですか! ここに書いてあるのは学生たちの青春の煌めき! とっっても素敵なものなんですからね!」
そのまま桐花はメモ帳を百目鬼先輩に渡す。……いいのか? 祟られても知らんぞ?
「ほら、吉岡さんの番ですよ」
「つってもなあ……」
俺が普段持っている物なんてスマホぐらいなもんだからな、神様への捧げ物にスマホってのは何か違う気がする。
「何言ってるんですか、アレがあるじゃないですか」
「アレ?」
「今日のために用意したって言う、数珠やらお札ですよ。アレには吉岡さんの念が相当染み付いていそうですし」
「染み付いているって……いや、でも魔除けの品なんて神様に捧げていいもんなのか?」
神様に喧嘩売ってるって思われたりしないだろうか?
「いいんじゃないかしら、魔除ってそもそも神聖な力を持つ物だし」
「ほら、神楽坂先輩の言う通りですよ。今日持ってきた物全部出しちゃってください」
「全部って……わかったよ」
渋々懐から今日のために用意した物を取り出す。
「えーと、数珠とお札と」
「はいはい、他には?」
「十字架に聖水、聖書」
「聖書って……こんなの持ち歩いてたんですか?」
「あとは……お守り、パワーストーン、勾玉、清めの塩、お香、蝋燭、ペンデュラム、お神酒、タリスマン、破魔矢、しめ縄、ヘビの抜け殻、河童の木乃伊……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「……ドリームキャッチャー」
「ドリームキャッチャー!?」
「まあ、こんなもんか」
「……どこにこんなの隠し持ってたんですか?」
桐花が随分と疲れた顔してる、どうしたんだろう?
「さ、さすがにこれ全部入れるのは、む、無理」
「はあ……じゃあ、コレとコレをお願いします」
おいおい、雑に扱うなよ。
桐花は俺の取り出したものを適当に見繕って百目鬼先輩に渡す。
「じゃあ、私はこれね」
先輩は自身の制服のスカーフの結び目を解き取り外す、外したスカーフの両端を再度結び、そのまま百目鬼先輩に渡す。
渡されたお供物を百目鬼先輩は箱の中に入れ、蓋を閉める。
そのまま祠の前に持っていき、地面に置く。箱が思っていたよりも大きく置く場所がなかったようだ。
「じゃあ、祈りましょうか」
神楽坂先輩は手を合わせ、目を閉じる。俺たちもそれにならい祈る。
「……土地神サマ土地神サマ、どうか七不思議を鎮めてください……呪いも祟りも無かったことにしてください……そしてこれから先、幽霊も妖怪も縁のない人生を送らせてください……あとできれば可愛くて優しくて清楚だけどエロいことにもちょっとだけ興味がある素敵な彼女ができますようお願いします……」
「吉岡さんうっさいです」
祈りを捧げている最中のことであった。
祠の方角から軽くパンっと何かが破裂するような音が聞こえた。
「な、なんだ?」
目を開け祠を見るが何もない。一体なんの音だろう? 俺の気のせいか? そう思った直後……
供えた箱が、白煙と共に燃え出した。
「なっ!!??」
目の前の出来事が信じられなかった。箱の近くに火の気がある物など無かった。意味がわからない。
「………………。」
桐花もあまりの事態に目を見開いて絶句している。
「み、みみ水! 水!」
百目鬼先輩の慌てた声が聞こえる。
「……そんな、嘘……ありえない」
神楽坂先輩の茫然とした声。
俺たちを尻目に火の勢いは増し、とうとう箱全体を覆い尽くした。
煌々と燃える火、その火は俺たちが供えた物を焼き尽くしていく。
「これは一体……何が?」
「た、祟りだ……」
「え? 吉岡さん?」
言葉が無意識のうちに口からこぼれる。
「祟りだ……俺たちは土地神サマを怒らせたんだ……」
自分が何を言っているのか理解した時、身体が震え出した。そして、今日起きた出来事が鮮明にフラッシュバックする。
走馬灯のように流れる記憶の最後、思い出したのは幼少の頃のあの悪夢のような出来事だった。
「ちょ、吉岡さん!? 吉岡さんっ!!!」
桐花の叫び声を聞きながら、俺の視界はそのままブラックアウトした。
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