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6

「痛たた、チクショウ」


 腰の痛みがまだ引かない、にも関わらず次の怪談がある場所へと強制連行された。


 軋む廊下を歩き一歩踏み出すたびに腰に響く。


「大丈夫ですか?」


 桐花が声をかけてくる。一応心配してくれているようだ。


「いてーよ、これ絶対将来的に何かしらの原因になるやつだぜ」

「まあ、その程度で済んで良かったじゃないですか」

「何が良いんだよ? つーか人の負傷をその程度って」

「私が知ってる呪われたイスの話だと、座った人はたいてい死んじゃってますから」

「……。」

「まあ、主のご加護があったんじゃないですか?」


 なんてさらっと恐ろしい話を耳にしている時、ふと後方、俺たち調査団よりもずっと後ろの方から何か音が聞こえた気がした。


「ん?」


 振り返るって見るが、そこには何もない。


「どうしました吉岡さん?」

「いや……誰かいた気が……」

「……だれもいませんけど?」

「おかしいな……いやな、この校舎に入ってからずっと後ろの方から気配を感じてるんだが」

「まさか幽霊なんて言いませんよね? ビビりすぎです」


 ……鼻で笑いやがったなコイツ。


 歯牙にも掛けない桐花とは対照的に、神楽坂先輩は大真面目な顔で割って入ってくる。


「あら、本当に幽霊かもしれないわよ? 私たちが七不思議から除外しただけで、幽霊が出る話なんてこの学園には山ほどあるんだから」

「勘弁してくださいよ! お札貼ったり聖水巻いたり大変なんですよこっちは!」

「……さっきからこそこそ何やってるのかと思ったら、本当に何やってるんですか」


 ストックがそろそろつきそうだ、お札も聖水も用意するのにメチャクチャ時間かかったんだぞ?


「ゴミは後でちゃんと回収してくださいよ? 吉岡さん」

「ゴミってなんだゴミって! 人が丹精込めて……あらゆる念や祈りを込めて作ったものを!」



 桐花から冷たい目で見られながら廊下を進むこと少し、俺たちが辿り着いたのは1階から2階に続く階段だった。


「さて、ここが七不思議その4、上りと下りで段数の違う階段よ」

「……それは流石に聞いたことがあるな」


 なんの変哲もない階段だ。おそらく昼間に見れば怖い噂など微塵も感じさせないような普通の階段だろう。


 しかし、夜の校舎の魔力とは不思議なほどにその場の空気を変える。当たり前の光景が、俺たちの知らない別世界の光景のように見える。


「これは……説明を聞くまでもないですね」


 桐花のいう通り、七不思議の中でもド定番ともいえる怪談だ。まさかここに来てこんなベタものが来るとは思わなかった。


「そうね、これがどう言った怪談なのかは説明不要でしょうね、でもどう言った経緯で今まで語り継がれてきたか、興味が湧かない?」

「それは……まあ気になりますね」

「フフ、じゃあ説明するわね」


 そう言って神楽坂先輩は楽しそうに怪談を語り始める。



「この階段が“おかしい”と最初に気づいたのは、当時の養護教員の女性、まあいわゆる保険の先生よ。彼女はやんちゃで、生傷の絶えない生徒たちの面倒を見る毎日の中で、ある時ふと違和感を感じた。この学校は足を怪我する生徒が多いのじゃないか? と。実際にまとめていた治療記録を読み返すと、足の負傷率がかなり、……いえ圧倒的に高いことがわかった」


 やはりこの先輩の語りは上手い。自分がこの短い導入ですでに引き込まれてしまっている事に気づいた。


「疑問に思った彼女は独自に調査を始めた。……とは言っても最初は怪我をした生徒から怪我の原因を聞くだけだったみたいだけど。でも、聞き込みを続ける事であることがわかった、足を怪我する生徒は決まって同じ場所で転んで怪我をしていたのよ。……どこだと思う?」

「……まさか」

「そう、その場所こそがこの階段なのよ」


 そう言って階段を見上げる。


 先輩の話を聞いたせいだろうか? この場所がより不気味な場所に見えてきた。


「あまりに転倒事故が多いことから、彼女はその階段に構造上の問題が、段差の高さが違ったり、歪んでいたりして転びやすくなっているのではないかと考えた。……でもそう言った問題は全くなかったのよ」


 階段をよく見てみるが、先輩の言う通りおかしな箇所は見られない。


 木造ではあるが、素人目に見ても非常にしっかりした作りだ。


「養護教諭として怪我の原因となる物は放っておけなかったのでしょう、彼女はさらに調査を進めた。そしてわかったことは3つ、

1つ、転倒するのはこの階段を上る時ではなく、下りる時だけ。

2つ、さらに言えば、転倒するのは最後の段差がある所でのみ。

3つ、この階段で転んで怪我をした生徒は、“階段を最後まで降り切ったと思ったら、もう1段あった”と口を揃えてそう証言している。

……つまり、怪我をした生徒達はなんの問題もないこの階段の、同じ状況下、同じ箇所で、同じ勘違いをして足を踏み外していたのよ」


 俺だって階段で転んだことがある。


 段差を踏み間違えて転げ落ちたこともある。


 だが、同じような事故が同じ場所で何度も続く物だろうか?


「1度や2度なら偶然で済んだでしょう。でも偶然で済ませるのは不可能なほど、転倒事故が多発していた。“何かある” そう思った彼女はこの階段を調べたの……実際に自分自身もこの階段を使用してね」

 

 ……その先生もすごい度胸だな。


「生徒達も下校して誰もいない放課後、生徒の段数を勘違いして踏み外した、と言う証言が気になった彼女は、1段1段しっかりと数を数えて階段を上った。上りの段数は12段だった、当然下りも12段のはず。そして上りの時以上に慎重に階段を下りた。『10……11……12』 これで階段は終わり、何事も無かった事に安心した彼女は最後の最後に油断してしまった」


 ゴクリと唾を飲み込む。


「彼女はあるはずのない13段目の段差に足を踏み外したの。幸いな事に手すりをしっかりと握っていたため転びこそしなかったけど、何が起きていたのか分からなかった。上るときは確かに12段だった、決して数え間違いではない。すると、パニックになっている彼女の耳に『ちっ!』と舌打ちを鳴らすような音が聞こえた、……自分以外誰もいないこの階段から」


 ……フツーに怖いんですけど!!


「その舌打ちを鳴らしたのは誰なんですか!?」

「さあ?」


 さあ? って、そこが一番気になるとこじゃん。


「そこまでは記録に書かれてなかったわね」

「え? 記録? 記録があるんですか?」


 桐花が驚いたように神楽坂先輩に問いかける。


「ええ、その養護教員が日誌の形として残した調査記録が」

「……正直何の根拠もない作り話かと」

「ふふ、まあ七不思議何てそんな物だけど、私たちが調べた物は全部ちゃんとした裏付けの取れたものよ。ありがたい事に、この階段で転倒して怪我をした生徒の記録もちゃんと残ってたわ。」

 

 俺としてはただの作り話だった方がありがたいんだが。


 

 そして……先輩は俺の方を向きにっこりと笑った。


「じゃあ吉岡くん、この階段を上ってみましょうか」

「くると思ったよっ!!!」


 容赦なしかこの先輩!


「いいじゃない、何かあっても転ぶだけだし」

「いいわけないでしょう! 実際に何かありましたって記録が残ってるんだからもういいじゃないですか!」

「ダメよ、自分たちで検証しないと」

「俺は嫌ですよ! 絶対にやりませんからね!」


 神楽坂先輩は困ったように眉をひそめる、そんな顔してもやりませんからね!




「じゃあ私が手を繋いで一緒に上りましょうか?」

「やりますっっっ!!!!」

「吉岡さん……!あなたって人は本当に……」



 


 かくして、俺はこの階段に挑む事になったわけだが……やはり怖いな。


 古いことを除けばどの学校にもありそうな普通の階段だ。


 だがどうしようもなく恐ろしい場所に感じる。それは先ほど神楽坂先輩の話を聞いたからか、静けさが漂う夜の校舎の雰囲気がそうさせるのか、はたまたほんとにこの階段には何かあるのか……。


 蛍光灯が古くなっているのだろう、階段途中の踊り場付近からジリジリとした音が不規則に聞こえてくる。


 俺の隣に立ち、手を繋いでくれている神楽坂先輩だけが俺の癒しだ。


 神楽坂先輩の白魚のような指先の手は少しひんやりしている。男の俺の手とは明らかに違うその華奢な手は強く握ったら壊れてしまいそうだ。……手汗かいてねえかな俺?


「準備はいい?」

「うっす」


 覚悟を決める、ここまできたら後には引けない。とっとと終わらせよう。


 先輩と歩調をあわせ階段に足をかける。


「まず1段目、間違えないように一緒に数を数えましょうか?」

「わかりました」


 そのまま神楽坂先輩と声を合わせ、数を数えながら階段を上っていく。


「9……10……11……12上りはこれで終わりね」


 段数の間違いは無いだろう、確かに12段だった。


 上りは問題なし、問題は……


「問題は下りね」


 そう、ここからが本番なのだ。


 段数が変化するのは下りの階段。1段増えるという話だったから、下りは13段になる……はずだが。


 普通に考えてそんなことが起きるわけがない。そう頭では理解しているのだが、何かが起きるという漠然とした不安が拭えない。


 先輩と一緒に階段を下りる。一段一段慎重に数を数えながら。


「1……2……」

「3……緊張してる?」


 神楽坂先輩から途中で声をかけられる。……やっぱ手汗かいてたかな?


「4……だ、大丈夫っす」

「5……6……ふふ、無理しなくてもいいわよ。と言っても、私が無理させてるんだけど、ゴメンね」

「7……ここまできたら乗り掛かった船ですから、8……最後までお供しますよ」

「9……頼もしいわ、いつもあなたと一緒にいる桐花さんが羨ましいわね」

「ッ10……先輩それって?」

「11……ふふふ、なんでも無いわ」

「12……なんでも無いって、そんな13……」


 ん? 13? 


 おかしいと思ったときにはもう遅く、俺は階段から足を踏み外していた。


 あっ、転ぶ。


「吉岡くん!!」


 俺の名前を呼ぶ神楽坂先輩の声。


 手を繋いでいたことが幸いした、ギリギリのところで神楽坂先輩に引きよせられ、なんとか転倒せずにすんだ。


 そこでやっと我に帰った。


「せ、先輩! 今13段でしたよね!? 俺の数え間違いじゃないですよね!」


 何だ今のは? 何があった?


 心臓が嫌な音を立てているのがわかる、今起きた現象に頭が追いつかない。


「た、確かに13段だったわ」

「やっぱり! この階段絶対何かおかしいですよ!!」


 パニックになる俺とは逆に、先輩は自分を落ち着かせるように深呼吸を一回、そして勤めて冷静に口を開く。


「……落ち着いて、吉岡くん。慌ててもどうしようもないわ」

「で、でも!」

「それに私は構わないけど、この体勢のまま話をする?」


 体勢?


 恐怖によるパニックで気づかなかったが、神楽坂先輩に引き寄せられてから、そのまま先輩にしがみつき、抱きつくような形になっていた。


「うわっ、ごめんなさい!!」

「ふふふ、いいわよ。もう少しこのままでいる?」


 からかうように笑う先輩。


 さっきとは別の理由で心臓が跳ねる。 


 至近距離にいる先輩からはオレンジのような甘酸っぱい匂いがした。柑橘系の香水でもつけているのだろうか?


「か、からかわないでください!」


 ダメだ! 本当にこのままでいるのは心臓に悪い。慌てて離れようとするが、


「やっぱり男の子ね、結構がっしりした体付きだわ」


 先輩が俺の胸元あたりを触ってきて動けなくなってしまう。


 あわわわわっ、ダメだ、恐怖と興奮がごちゃ混ぜになって頭がおかしくなりそうだ!


「ちっ!!」


 なぜか桐花の方から舌打ちが聞こえてきた。


いつも読んでいただきありがとうございます。

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