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生徒の自主性と自由な校風をうたう我らが私立晴嵐学園には、はちゃめちゃな生徒が多数いる事で有名だ。
その中でも今年入学した新入生は型破りな生徒が群れを成しており、学園の賑やかさは留まる事を知らない状況となっている。
その1人が俺、吉岡 アツシである。
金色に染めた髪は入学当初から悪目立ちしており、その髪は反社会的思想を持つ破天荒な不良のトレードマークとして認知されてしまっている。(注 校則違反ではない)
しかしそんな俺が可愛く見えてしまうほど常識破りな女が存在する。
その女こそが、入学当初から喧嘩に女にとデタラメのような噂の絶えない俺以上にデタラメな存在、歩く都市伝説、キングオブアウトロー、
桐花 咲。
自らの趣味……と言うよりももはや生き様である恋愛話収集のために、西へ東へえっちらおっちら、メモ帳片手にどこまでも。
その好奇心は恐れ知らずの子猫のようでありながら、その執念は獲物を追うパンサーそのもの。一度彼女に狙われたら最後、骨までしゃぶり尽くされると学園中で恐れられている超肉食系女子である。
彼女の格好の狩場である、恋人たち御用達のオシャレなカフェは最近桐花を出禁にしたらしい。
そんな様々な噂に事欠かない彼女を語る上で欠かせない、重要なアイテムがある。
それは彼女が普段から持ち歩いているそのメモ帳。
制服のポケットに入るくらい小さなそのメモ帳は、赤いレザーカバーに覆われており、シンプルなワンポイントであるハートのマークが妙に可愛らしい。
だがその実態は恐ろしいもので、噂によればそのメモ帳は彼女が今までに集めた恋愛話が全て記載された人のプライバシーガン無視の塊で、そのメモ帳を読むだけであらゆる人物の恋愛事情から好みのタイプ、そして黒歴史まで把握でき、使い方によっては人を社会的に抹殺できる現代のデスノートである。
そのメモ帳を手に入れたものは学園の支配者になれるとかなんとか。
噂の真偽は定かではないが、実際に彼女はそのメモ帳に何かしらのメモを取っている事は事実であり、時たま読み返してはニタニタと笑っているあたり、書いてある内容がロクでもないことは確かだろう。
今回の事件は、そのメモ帳が引き起こした身の毛もよだつような物語である。
「……はあ、学園の七不思議?」
桐花が怪訝な表情を浮かべるほど、今回の依頼は奇妙なものだった。
依頼者は共に2年生、妙な色気を持つ女子の神楽坂先輩、少し野暮ったいぐらい髪を伸ばしている男子の百目鬼先輩。
2人はこの学園のマスメディア部の部員だそうだ。時たま廊下などに掲載されている壁新聞などを発行しているのは彼等マスメディア部らしい。
じゃあ新聞部じゃないのか? という疑問がうまれ、その事を指摘したところ
『きょ、今日日メディアの媒体は多様化している中で新聞だけに固執するのはじ時代遅れすぎる、わっ、我々は様々な手段で情報を世に送り出すっ……義務がある!!』
と百目鬼先輩に熱弁された。どうやら強いこだわりがあるようである。
実際に俺が知らないだけでマスメディア部の活動は壁新聞にとどまらず、学園のHPなどに記事を掲載したり、ブログなどにおもしろ動画を投稿するなど幅広く活動を行なっているようだ。
そしてそのマスメディア部からの持ち込まれた依頼というものが、
「そう、知らない? 晴嵐学園の七不思議。桐花さんにはその七不思議の調査を依頼したいの」
「……吉岡さん知ってます?」
「俺も初めて聞いたわ」
あるんだな、いまだに七不思議なんて。
顔を見合わせる俺たちを見て神楽坂先輩は口元に手を当ててクスリと笑う。
「まあ知らないのも無理はないわね、でもちゃんとあるのよこの学園にも」
そう言いながら指先で髪の毛をクルクルと遊ばせる。
……色っぽいなーこの先輩。なんだろう、一挙一足に目が奪われるというか、仕草の一つ一つが妙にエロく感じる。口元のホクロがたまらなくセクシーだ。
脚を組み替える時にムチッとした白い太ももに思わず目がいってしまう。
「……吉岡さん?」
桐花から冷たい視線を向けられるが仕方がない、だって男の子だもん。
「うちの学園て結構歴史があることは知ってるわね? 戦前の私塾経営から始まって、高度経済成長期には職業訓練高校へと姿を変え、生徒数増加に伴う増改築を繰り返して今に至る……だからこそ妙な噂や怪談話が多く存在するの。」
……全然知らんかった。
「ここで言う七不思議っていうのは……ぶっちゃけて言うと私たちがいくつか面白そうなものをまとめてピックアップしたものなの。だから厳密に言えば七不思議じゃないんだけど、ちゃんとこの学園に存在するものだから問題ないわね」
マスメディア部がそんないい加減でいいのだろうか?
「……七不思議が存在することはわかりましたけど、なんで私たちに?」
まあそらそうだ、わざわざ桐花に依頼せずに自分たちで調べりゃいい。
「こ、これを見て欲しい」
百目鬼先輩がスマホを持ち出して何かの動画を見せてきた。
「これは?」
「な、七不思議を調査していたうちの1年が撮った動画。あ、明らかに変なのが映ってる」
え? やばいのが撮れちゃったの?
恐る恐るスマホを覗き込む。
映っていたのは見慣れない教室、夜に撮られたものだろうか窓の外は真っ暗だ。
そして異様なのは、身長ほどの高さの布を掛けられた何かがずらりと並んでいたことだ。
「な、なんだこれ?」
「それは鏡よ、姿見。旧校舎の一室には職業訓練校時代にあった服飾科が使ってた鏡がそのまま置いてあるの」
神楽坂先輩の言葉に胸を撫で下ろす。よかった、映ってたのは化け物の類ではなかった。
「それで、これはどんな七不思議なんですか?」
動画から目を離さず桐花は質問を投げかける。
「……七不思議その1、人が消える合わせ鏡よ」
人が消える?
「服飾科の姿見は高度経済成長期のドタバタで、出どころのわからない海外の古い鏡を大量に仕入れて使っていたらしいわ。その中の一つに曰く付きの鏡があるみたい。それを使って合わせ鏡をすると、鏡の向こうの世界に引き摺り込まれるらしいわ。」
「……は、ははは鏡の向こうの世界って……そんなバカな」
思わず声が上擦ってしまう。冗談を言っているのかと思ったが神楽坂先輩も百目鬼先輩も大真面目な顔で動画を見るように促してくる。
撮影者は部屋を一通り撮影した後、一つの鏡を覆う布を取り払った。
ずいぶんと古めかしい鏡だ。鏡の縁の装飾も妙に凝っており、学校にあるのが場違いなぐらい価値がありそうな気がする。
そこで1度動画が暗転する。次に撮影を再開した時は合わせ鏡の中が映り込んでいた。どうやら動画を止めている間に鏡を動かしたらしい。
「な、なんだ何も映ってないじゃないっすか」
百目鬼先輩が言う変なものなど写っていない。動画に写っていたのは合わせ鏡をすることで作られた無限の鏡のみ。永遠に続き、撮影位置を変えるたびに蠢く鏡の迷宮は不気味であり、得体のしれない不安を抱かせるが、たったそれだけだ。
しかし、桐花は驚いたように目を見開く。
「こ、これは!?」
「……気づいた桐花さん?」
驚愕の表情を浮かべた桐花と神楽坂先輩は視線を交わす。
「おい、なんだよ? 別に変なもんはないだろ」
なんなんだその意味ありげな視線は?
「吉岡さん、気づかないんですか? 何も写ってないんですよ?」
「何言ってんだ? だったら問題……」
「鏡を撮影しているのに、撮影者がその鏡の中にいないんですよ?」
「は? ……っな!!」
桐花の言葉を飲み込むのに時間がかかったが、その言葉の意味を理解し動画を見直した時、背筋が凍るような思いがした。
なんで気づかなかったのだろうか? 動画には鏡以外……それこそお化けや妖怪、悪魔なんてものは写っていない。だが、それ以前に鏡に向かってカメラを回す撮影者が写っていないのだ。
「なっ……おま……これ、何……が」
喉の奥が干上がり上手く言葉が出てこない、これは一体なんなんだ?
人が消える合わせ鏡。
その言葉を思い出し、肌が粟立つ。
「ご、合成だろ? 今の技術なら撮影してる人間を後から消すぐらいは。……」
「……私、その手のことは詳しくないんですが、合わせ鏡の中の、それこそ無限に存在する人間を消すことって可能なんでしょうか?」
「それは……!」
桐花に反論しようとするが、そんなこと考えるまでもない。不可能だ。
「……初めは軽い気持ちだったわ。実際に検証してみて、“人が消えるなんてただのデタラメでした。ですが私たちはこれからも七不思議を追い続けます。”なんて感じでちっちゃい見出し記事でも作ろうかと思ってたの。……でも予想できなかったわ、こんなにも面白いものが撮れるなんて!」
「お、面白い?」
何を言ってるんだろうこの先輩は? こんな明確な怪奇現象を前にして面白いだって?
「ええ! だってそうじゃない、科学じゃ説明できない現象をカメラに収めたのよ! 記事にすればきっと大注目よ。だから、他の七不思議も実際に検証してみたいの」
「そ、そこで探偵役のき、桐花さんに同行してもらって、インチキやトリックではないことの証人にな、なって欲しいんだ」
「そう! 最近注目の恋愛探偵、桐花咲が本物だって認めれば、記事の信憑性は一気に増すわ! だからお願い、七不思議の検証に付き合ってくれない?」
すごい熱量だ。怪奇現象に恐怖心を抱くのではなく、その怪奇現象を利用してやろうと言う気概がすごい。
「事情はわかりましたけど、うーーん……」
それとは対照的に桐花は乗り気ではない。まあ当然か、この依頼は恋愛要素が一切ない上に、探偵のお墨付きをもらうと言えば聞こえはいいが、ようするに七不思議が本物だと証明するための当て馬になれと言う依頼なのだ。
だが、神楽坂先輩はそうなる事はわかり切っていたと言わんばかりに妖艶に笑う。
「桐花さん、私はこの調査にはもう一つ目的があるの」
「はあ、それはどういう?」
「七不思議その7、晴嵐学園の土地神サマ。晴嵐学園が存在する前から祀られているこの土地の神サマにお供えをしてお願いをすると、どんなお願いでも叶えてくれる。というものよ」
「それは……またアバウトな」
「そう、そこでもう少し具体的にするの。土地神サマにお願いをすれば、どんな“恋の“お願いでも叶えてくれる。そういう記事を書くの」
「それは……ほうほう、そういう事ですか」
桐花が先輩の話に興味を示し始めてきた。
「マスメディアの悲願は、自らの手で新しいブームを築き上げることよ。私はこの記事で学園に新しいブームを……恋愛ブーム巻き起こして見せるわ!!」
「なるほど……それは、それは」
嫌な予感がする。
「それは実に私好みの展開です!!」
ほらきた。
「いいでしょう!全身全霊を持ってお手伝いをさせていただきます!」
こうなるともう止められない、付き合わされるのが目に見えてる。
「新たなブームの火付け役は、この恋愛探偵、桐花 咲にお任せあれです!」
お待たせしてしまい申し訳ありません。第4章開始しました。
章の終わりまで2日に1度の更新を続けていきたいと思います。
どうかお付き合いください。
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