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生徒の自主性と自由な校風をうたう我らが私立晴嵐学園にはなかなかやんちゃな生徒が多いことで有名だ
しかし、その中でも今年入った1年は別格と言われるほどの問題児が揃ってしまい、教師達は頭を抱えていると言う。
その1人が俺、吉岡 アツシである。
我ながら模範的な学生生活を送っていると思っているのだが、なぜか妙な悪評が俺に付き纏い学園一の不良として教師陣からマークされてしまっている。
しかしそんな俺が霞んでしまうほどの超問題児がいる。
その女こそが、学園内外に何人もの恋人を持つ外道と噂される俺以上に人の道を外れた存在、ブレーキの壊れた暴走特急、危険この先立ち入り禁止、
桐花 咲。
小柄で整った顔立ちの少女、赤縁眼鏡の奥の瞳は爛々と輝き、少し茶色がかったショートカットの髪と相まって活発な印象を与える。こんなにも可憐な少女のどこが問題児なのか?何も知らない人々はそう思うだろう。
彼女が職員会議で度々名前を挙げられる理由、それは彼女が他人の恋愛に異常な執着を見せるからだ。
趣味は人の恋愛話を集めることと公言して憚らず、そのネタ集めのためにメモ帳片手に東奔西走、この情熱と行動力を別の事に使えば世界はもっと平和になるに違いない。
彼女がネタ集めの場として使っているおしゃれなカフェは、最近桐花がいるという理由だけで客足が遠のいているそうだ。
彼女はいつしか恋愛中毒者と呼ばれ、晴嵐学園一の変人として名を馳せるようになった。
そんな彼女はそういった自身の悪評を気にするどころか、自ら"恋愛探偵"を名乗り校内のあらゆる恋愛事に首を突っ込み、事件を解決するという名目で自身の欲求を満たし始めるようになっていった。
こんな変人に自らの恋愛事に関する揉め事を解決して欲しい人間などいるはずがないと思いきや、意外にも彼女に相談する生徒は一定数おり、かく言う俺もこの女に借りを作ってしまい、今でや彼女の立ち上げた"人生相談部"なる部活の部員の1人として部室練の一角の部屋で放課後をダラダラと過ごしている。
そしてなんと、今日の相談者は生徒ではなかった。
「……ねえ、桐花さん」
そう重々しく切り出したのは我が学園の麗しき女性教師、清水 早苗だ。
ピンと伸びた背筋に、キリッと着こなしたスーツ。掛けている細身のメガネは知的でクールな印象を相手に抱かせる。
若くて美人、その上その身から溢れ出すできる女のオーラによって、この学園の男子のみならず、女子からも絶大な支持を得ている。
そんな彼女はなぜかこの人生相談部の顧問となっており、度々部室に顔を出しては 俺と桐花と交流を深めている。
清水先生は当初俺を噂通りの不良と認識しており、私が彼を更生させねばと妙に気合が入っていた。俺はそれがやや鬱陶しく、お互い最初は良い印象を持てなかったが、今ではすっかり打ち解け、お互い話してみると随分印象と違うと驚いた。
「……私、どうしたら結婚できるかしら?」
「結婚相談所に行ってください」
……本当に第一印象なんてあてにならないな。
「冷たいわね、ここは人々の悩みを解決する人生相談部ではなかったかしら?」
「流石にそういった、大人のガチの人生相談はちょっと……」
清水 早苗 、彼氏いない歴=年齢の独身女性である。
そのことを聞いた時、正直興奮を覚えると共に、何故こんな美人に彼氏がいないのか疑問に思ったが、今ではその理由がはっきりとわかる。
「別に男性の理想が高いわけでは無いと思うの。顔の好みなんてのも特にないし。ただ……」
「ただ?」
「私のことを生涯愛し、どんな事があっても、何があってもずっとそばにいて支えてくれる人がいいわね」
「……。」
この先生重いのである。
親交を深めていく内にわかった、この人は見た目通りの冷たい先生ではない。話しかければ気さくに答えてくれる。生徒の悩みには親身になって答えてくれる。そして少しの子供っぽさと茶目っ気があり、知れば知るほど魅力が増す素晴らしい先生だ。……ただし恋愛観が異常に古く重い、下手すれば男と手を繋ぐ=嫁入り、と考えているかも知れないほどに。
「この前ね、街コンっていうのに行ったの」
「はあ、街コンっすか」
確か町ぐるみで行われる大規模な合コンだっけか。
「頑張って色々な人たちにわたしの良い所をアピールしたわ。でも、話せば話すほど周りに誰もいなくなって……」
「……ちなみに例えばどんな事をアピールしたんですか?」
「家庭に入るか、そのまま仕事を続けるかは結婚相手の希望に従うって。」
「……お、重い」
もう結婚前提だもの、街コンレベルでそのアピールは胃もたれおこすわ。
「街コンですか、いろいろと面白そうだったので私も一度参加した事があるんですよ。まあ、すぐに15歳ってバレてつまみ出されましたけど。あははは!」
「いや笑えねえよ、何やってんだお前」
この女、外でも恋愛中毒者っぷりを晒してやがった。
「吉岡くんに聞きたいのだけれど、男の人って結婚相手にどんな事を求めるの?」
「えっ! 俺っすか?!」
いや男っちゃ男だけど、高校生相手にそれを聞くかね?
「あ、それは私も聞きたいです」
桐花まで興味を持ったのか身を乗り出してきた。正直かなり恥ずかしいのだが、話すしかなさそうだ。
「そうっすね、家庭的な人がいいっすね、料理が美味い人とか。」
仕事から帰ると、奥さんが手料理を作って待っててくれている。男としては理想のシュチュエーションじゃないか!
「あら、私料理得意よ。土瓶蒸しとか、牛肉のパイ包み焼きとか、北京ダックとか」
「せめて……肉じゃが程度に抑えていて欲しかった……ッ!」
家庭料理じゃないじゃん、お店で出てくるやつじゃん。家帰って食卓に北京ダックが鎮座していたら身構えるわ。
「私も料理得意ですよ! オムレツとか、親子丼とか、茶碗蒸しとか!」
「本当に作れるなら大したもんだけど、なんで卵料理ばっかなんだよ」
レパートリーが偏りすぎじゃないかね。
「料理に関しては幼い頃からおばあ様に叩き込まれたからね、将来夫となる方の好みがどんなものであっても必ず応えられるよう言われて。おかげで和食に洋食、中華までなんでも作れるわよ」
とんでもない範囲の広さだ、......理由はやはり若干重いが。
「私も料理のレパートリーは広いですよ!」
「……どうせ卵料理なんだろ」
「はい! 関西風の卵焼きから、関東風の卵焼きまでドンと来い! です!」
「レパートリーも地域も範囲狭っ!!」
なんてくだらないやり取りを続けていると、急に先生は楽しそうに笑った。
「やっぱり良いわね部活動は。青春って感じで」
「そうっすか? 今のとこただ駄弁ってただけですけど?」
「それが大切なのよ。大人になれば気づくの、ああやって友人と取り留めのない話をしていただけでも楽しかったんだって。何もなかったようで、毎日が充実していたんだって」
自分の学生時代を思い出していたのか何かを懐かしんでいる表情をしていた先生は突如顔を曇らせ、
「私が他の部活も受け持っていることは知ってる?」
「はい、確か吹奏楽部の副顧問と、合唱部の顧問を務めてなさるんですよね」
それは当然だろう。若くて体力のある教師がこんな訳の分からん部活の顧問しかやってないなんて状況はありえない。
「ええ、その合唱部について2人に相談させて欲しいの」
「合唱部なんてあったんすね、この学校」
この学園は生徒数が非常に多いため、野球部のようなどの高校にもあるような部活はもちろん、人生相談部なる怪しげな部活まで数多くの部活が存在する。
そのため、吹奏楽部などは定期的に演奏会を開くなどして認知度を上げ部員数を増やしているらしいが、中には誰もその存在を知らず、部員が増えずにそのまま消滅してしまうような部もあるらしい。
「合唱部はそれなりに古い歴史を持つ部活なの、けれど年々部員が減ってとうとう二年生1人だけになっちゃってね、今年廃部になるかならないかの瀬戸際だったの。奇跡的に一年生がたくさん入ってくれてなんとかなったけど、その一年生がかなり揉めているらしいわ」
「揉めてる? そりゃまたなんで?」
「……それが分からないの。私、吹奏楽部の副顧問で忙しくてまともに練習に顔を出すこともできなくて、だから合唱部が今どういう状況にあるかも分からないの」
そう言うと先生は俺たちに頭を下げた。
「ちょっ、先生!頭をあげてください!」
しかし、先生は頭をあげることなく、
「お願い!合唱部が揉めている理由を聞き出してできれば解決して! あの子達が大人になった時、部活が楽しかったって思えるようになっていて欲しいの。……不甲斐ない顧問の私にはこうやって貴方たちに頼ることしかできないから」
「先生……」
吹奏楽部は部員数も多いうえにその練習量は下手な運動部よりも多いという。そんな部活の副顧問はかなりの激務のはずだ。それに加えて教師としての通常業務があることを考えると清水先生の負担は計り知れない。
そんな状況であっても、生徒である俺たちに頭を下げるほど教え子を思いやれるなんて、この人は本当に教師の鑑だ。
俺も先生には世話になっている、この人の気持ちに応えたい。
「……先生、俺に
「わかりました! お世話になっている先生のためにも私頑張ります!」
オイッ!! この女、俺のセリフを取りやがった!
桐花はこちらを向いてしてやったりといった風に笑うと高らかに宣言した。
「生徒同士の揉め事は、この恋愛探偵、桐花 咲にお任せあれです!」
第三章始めました。
皆さんよろしくお願いします。




