18
事件は解決した。
山下がこれからどんな罰を受けるのかは知らないが、これでタケルと九条の仲が邪魔される事はないだろう。
だがなぜだ? なぜこっちを見ないタケル?
なぜ九条と目を合わせようとしない?
重々しい空気の中、タケルがやっと口を開いた。
「吉岡、桐花世話をかけた」
そこから出てきた言葉は俺たちに対してのものだった。
無愛想だが、こいつにとっては最大級の感謝を表している。
だけど違うだろ? 俺たちじゃないだろう? お前が言わなきゃいけない言葉は、言わなきゃいけない相手は違うだろう?
そして、
「真弓……すまない。」
タケルはまだ九条と目を合わせようとしない。
「……すまないって、お前それだけか?」
タケルのその態度に、抑えていたものがまた沸き立つ感覚がした。
「今までお前のことを支えてきた九条にそれだけか? お前にあんなひどいこと言われても、まだお前のことが好きだって言った九条に対して、それだけなのか! ふざけんな!! 俺はお前にそんなこと言わせるために体はった訳じゃねえぞ!!」
「……。」
「……なんとか言えよっ!! この野郎!!!」
我を忘れて殴りかかりそうになる。いや、明確な意志でこの馬鹿を殴ろうとした。
だがそんな俺を、桐花がその華奢な腕を使って必死にとめようとする。
「吉岡さん! 落ち着いてください!」
「うるせえ!! こいつを殴らなきゃ気が済まねえ!!」
「吉岡さん!!!」
ほとんど俺に抱きつくような形になっていた桐花の、初めて聞くような大声に足が止まる。
「最初に話し合ったはずです。それは、吉岡さんの役目じゃない」
桐花の眼には、確固たる強い意志。
その眼の強さに、俺は冷静さを取り戻した。
「……わかった。」
……わかってたさ。こいつの目を覚まさせることができるのは俺じゃない。
最初に決めた通りだ。タケルとの関係修復は、全部九条本人に任せる。
「……私たちは行きましょう。あとは九条さんに」
そして俺たちは柔道場を後にする。九条の目に宿る強い決意だけを希望に思いながら。
……と思って柔道場から出た瞬間、桐花が向かったのは校舎とは真逆の方向。
柔道場の側面を周る形で、普段から人気のないような部室練の死角のような場所に来た。
柔道場は目と鼻の先にある。
「……何やってんの?」
桐花はそこで、何やらゴソゴソと機材のようなものをいじってる。
「……何それ?」
桐花はそのままイヤホンのようなものを耳につけた。
「盗聴器です」
「はあ!!??」
なんでそんなもんがあんだよ!?
「教頭先生はここに居いて、柔道場に仕掛けた盗聴器で状況を確認してもらってたんです」
ああ、どうりでタイミングばっちしだと思ったわ。
うわあ……盗聴器なんて初めて見た……
「いや待て、なんでそんなもんを今さら使おうとしてんだ?」
「だって気になるじゃないですか、あの2人がどうなるのか」
「お前! タケル達を盗聴するつもりか!? いやいや、九条を信じて全部任せる流れだったじゃん!」
「それでも気になるものは気になります。あんなに頑張ったんです。これぐらいしても許されますよ」
「いや、いやいやいや!!」
「……吉岡さんは気にならないんですか?」
そのまま片側のイヤホンを外し、差し出してくる。
いやでもタケルは俺の親友だし、盗み聞きなんて悪いし……超気になるぅ……
2人で身を寄せ合うようにイヤホンから聞こえて来る会話に耳を傾けた。
『……すまない』
『もういいよ!なんで謝るの!?』
『……俺はお前を傷つけた。』
『私のためでしょ? タケルくんに悪いところなんて無い!!』
『違う! ……違うんだ。真弓を守るためとか、そんなんじゃなかったんだ。……怖かった、お前は頭も良くて、学園の人気者で。俺はどうだ? ただ身体がデカいだけだ。釣り合ってないことなんて最初からわかってた。周りにそう言われるのが怖くて……お前がそのことに気付いて離れていくことが怖かったんだ……』
『そんなこと……』
『あの手紙が届いたとき、ついに来てしまったと思った。だから……俺は弱い男だ、俺は真弓とは……』
パンッ
『こっちを向いて、私を見てよ!! 世界一強い柔道家になるんでしょ!? そんな情けないこと言わないでよ!!』
『真弓……』
『釣り合ってるとか、釣り合ってないとか関係ない! 大切なのは相手をどう思っているかでしょ!? タケルくんは私のことが嫌いになったの?』
『違う!! そんなこと絶対にない!』
『なら、私のそばにいてよ。私もタケルくんのことが好きだからそばにいる』
『……すまない、本当にすまない』
『……もう、謝らないでって言ったでしょう?』
そこまで聞いてイヤホンを外した。
「……良かった。」
タケルは大丈夫だ。
「……本当によかった……!!」
あの2人はもう大丈夫だ。
張り詰めていたものが切れ、一気に体の力が抜ける。
ここ数日の疲れが体を襲い、倦怠感が全身を支配する。
殴られた傷が痛み、体調は最悪だが全く気にならなかった。
今ので全てが報われた、そう思えた。
柄でもないのに、涙が出そうだ。
俺一人じゃ何もできなかった。いや、俺にできたことなんて大したことじゃなかった。
全部桐花のおかげだ。
「桐花……ありが……」
「フフフ、いちゃコラいちゃコラ。……フヒーー!! やっぱり若い男女のラブコメはたまりませんね!! あの二人、今の感じだと抱きしめ合ったりしてるんじゃないでしょうか!!」
「……は?」
そこにはイヤホンをまだ付けたま、よだれを垂らしそうな顔で盗聴を続ける桐花の姿があった。
「くぅーーー!! 今までの苦労が全て報われた。そう思えますね!! 頑張ったかいがあるってもんです!!……ん? この音? ……!! 吉岡さん!! この二人、キスしてますよ!!」
……ああ完全に忘れてた。
こいつ恋愛中毒者だった……
「やっぱり無理な出費をしてでもカメラをつけておくべきでした、永久保存版なのに! ……え? 嘘! そのキスは未成年に許されるものなんですか!!」
……タケルよ……俺の親友よ。
最後にお前のためにできることがありそうだ。
「この二人、まさか行く所まで行っちゃうんじゃ!? 私ドキドキが止まり……あ痛ッーー!!」
俺はこの日人生で初めて、女子の頭をグーで殴った。
面白いと思われたら、感想と評価、ブックマークをお願いします。




