17
桐花の推理は終わった。ここにいる誰もが山下の常軌を逸した強欲さに絶句し、耳が痛くなるような沈黙が場を支配していた。
そんな中で、桐花が推理の披露を始めてから今まで無言を貫いていた山下がやっと口を開いた。
「……何が悪い」
「……は?」
重々しく口を開いたと思ったら、何を言ったこいつは?
「この俺が、柔道元日本代表候補の俺がガキどもを指導してやってんだぞ?多少の役得があって何が悪い」
その口ぶりからは罪悪感とか、後悔や、後ろめたさなんてものが微塵も感じられなかった。
「ふざけんなっ! 何開き直ってやがる! てめえがやった事は犯罪じゃねえか!!」
「犯罪? はっ!!」
吐き捨てるように笑う。こちらを嘲り睨むその姿はどこまでも醜悪だった。
「桐花……お前は学園のシステムがズサンだから俺の横領が気づかれなかったと言ったな? 馬鹿か!! いくらなんでも気づかねえわけねえだろ!! 気づいた上で見逃されてたんだよ、学園は俺の指導者の才能が必要だと判断してるんだ!!」
支離滅裂な言い分だ。自分は特別である、だから何をしても許されるという歪んだ自尊心から出た発言だった。
だが、桐花はその自尊心を切り捨てる。
「あなたに指導者の才能? 笑わせないでください。柔道部が現在でも強豪だと言われているのは、引退した前顧問に鍛えられた3年生がいるからです。ろくに指導もせず柔道場に顔も出さないあなたは、先代の遺産を食い潰しているだけです。」
それは俺たちが柔道部を調査してわかった事実。先代の指導を受けていた3年と、山下が顧問となってから柔道部に入った1年2年の間には年齢や経験以上の明確な実力差があるそうだ。
「あなたも気づいているはずです。学園にとってあなたは、横領を見逃してまで手元に置いていたい存在じゃない。だからこそ横領の発覚を恐れ、さらに罪を重ねたんです」
「黙れっ!!」
自身の最も触れて欲しくない事実を指摘され激昂する山下の顔は、赤黒く変色していた。
「たかだか横領程度でグチグチ言ってんじゃねえ!! 柔道部員でもなんでもないお前には関係ない事だろうが!!」
「……ええ、正直言ってあなたが部費を使い込もうが、私はどうでもいいです。」
桐花は勤めて冷静な口調であった。
「私が許せないのは、そんな事のために剛力さんと九条さん、2人の気持ちを踏みにじり引き裂こうとした事です」
口調は冷静であったが、言葉の縁に何かを我慢するような震えがあった。
「気持ちを踏みにじった? それがどうした。いいか、高校生の恋愛なんてなあ、所詮ただの遊びなんだよ! 数年もしないうちに忘れちまうようなガキの恋愛ごっこなんだよ!! そんなもんにいちいち気を使ってられるか!!」
「ふざけないでください!!!!」
ここにきて、初めて桐花が声を荒げた。その目は強い怒りで燃えていた。
「確かに大人から見れば拙い恋愛かも知れません。ですがっ! 剛力さんと九条さんがお互いを想い合う気持ちは、好きだという気持ちは本物です!! あなたのような醜い大人に踏みにじられていい存在じゃありません!!」
そこには強い意志があった。
『恋愛は素晴らしいものだと信じています。』
かつて桐花はそう言った、その信念はどこまでも揺るぎないものであった。
「黙れ! 黙れえ!!」
桐花の強さに恐れを抱いたのか、山下は渾身の力を持って目の前の石田と、岩野部長を突き飛ばし桐花に向かって突進する。
俺は桐花を庇おうと前に出るが、それより早く大きな背中が山下を止めた。
「どけ!! 剛力!!」
「……。」
山下はタケルを押し退けようとするが、小揺るぎもしない。
「……あなたに憧れていた」
消え入りそうな声でポツリと呟く。
「強いあなたに憧れていた……柔道家として、こうあるべきだと常々思っていた」
タケルはそのまま山下の襟首と、肘の下を掴む。
「……俺の目は節穴だった」
そして、流れるような勢いで山下を投げた。
一本背負い。
畳ではない硬い木の床に叩きつけられた山下はむせかえる。
「こんなガキに簡単に投げられて! 受け身もまともに取れなくなっていたなんて!!!」
タケルは今にも泣き出しそうだった。
「ゴッ……ゴフゥッ……キサマ、教師にこんなことして!!」
「君のような男に、教師を名乗る資格はない」
扉の奥から声が響いた。決して大きな声ではなかったが、不思議とその場が静まり返る。
そして扉から現れた壮年の男を見て、山下は青ざめる。
「きょ、教頭……なぜ……」
「話は全て聞きました。……これだけの事をしたのですから、覚悟はした方がいいですよ」
どこまでも冷たい教頭の視線を受けて、もう逃げられないと悟ったのか膝から崩れ落ちる。
「やれやれ情けない……岩野君、この男を連れて私と職員室まで来てくれますか」
「は、はい。石田、手伝え」
「お、おっす!」
力の抜けた山下を無理やり立たせ、引きずるように連行していく。
事務室から出る寸前、教頭は思い出したかのように俺に声をかけた。
「そうそう、吉岡君。怪我の具合は大丈夫ですか?」
その質問にはどういう意図があるのだろう。純粋に心配しているだけでないと思うのは考えすぎだろうか?
「……ええ、転んだだけですから」
見透かされているような感覚を覚えつつも、俺は嘘をついた。
「そうですか、足元には十分注意しなさい」
そう言って、今度こそ柔道場を後にした。
これでここに残っているのは、俺と桐花と九条。そして……
「……タケルくん。」
「……。」
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