16
「な……何を……」
山下の眼は泳ぎ、しどろもどろとなっている。教師としてはあまりにも情けないうろたえよう。
だが、
「ですからあなたがこの一連の事件、剛力さんを脅迫し九条さんとの仲を引き裂こうとし、柔道場を生徒に襲撃させた犯人だと言っているんですよ」
桐花は一切容赦する事はなかった。極めて冷静に言葉を紡ぐ。
そして、俺が奪ったUSBメモリを手に取り目の前に掲げて見せる。
「まさかこんな物を使うとは……これは想像できなかったですね」
「か、返せ!!」
呆れた様な声にやっと我に帰ったのか、USBメモリを取り返そうと詰め寄る。
しかし、そんな山下を2つの影が遮った。
「い、岩野……石田も……」
柔道部の岩野部長に、部員の石田だ。
自分を睨みつける部員の目にたじろいでいる、しかしこの二人だけじゃない。
事務室の扉が開き、この事件の被害者である九条真弓と、そして剛力タケルが現れた。
「……先生、本当に?」
信じられない物を見るかの様な目で、山下を見るタケル。
否定して欲しい、嘘だと言って欲しい。そう期待してすがる様な表情を見せるが、その思いは山下には届かなかった。
「いったい!! なんなんだお前達は!!!」
混乱がピークに達したのか、怒声を上げ後ずさる。逃げ道を探すかの様に辺りを見渡しているが、そんな物は存在しないし逃しはしない。
「だから言ったでしょう?全部見てたって。あなたが九条さんのPCをカバンから抜き取ってこのUSBを差し込もうとしていたところ、みんな見ていたんですよ」
淡々と事実を告げる桐花の言葉は、山下をさらに追い詰める。
そしてトドメをさすべく、恋愛探偵は自らの推理を披露するのだった。
「最初に違和感を感じたのは、襲撃された柔道場を見た時です。完膚なきまでに蹂躙された柔道場。なぜ?
何故ここまで徹底的に荒らす必要があったのでしょうか? 九条さんと剛力さんの復縁を目指す私たちへの脅し? そんなこと許さないぞという剛力さんへの警告? ……ならばもっと別の方法があったはずです。喫煙していた不良生徒を脅迫して学園の施設を襲わせるなんて、あまりにリスキーです。」
「リスキー?」
「ええ、リスキーですよ吉岡さん。学園の生徒が脅迫された上で犯罪行為に加担させられるなんて、万が一露見したら学園は黙っていないでしょう。そんなリスクを負うぐらいなら、今まで通り隠し撮りした写真と、手紙で脅迫した方が楽チンです」
楽チンて……
「そのうえ、不良の先輩達によれば何をどういう風に荒らすかまでの指示があったそうです。……ここまで来ると、柔道場を襲わせる事による脅迫ではなく、柔道場を荒らす事こそが目的であったと考える方が自然です」
「ちょ、ちょっと待て!!」
桐花から事前に山下が犯人だと聞かされていた。だが詳しい事をまだ聞いていない。
一体これはなんの話だ?全く予想できない方向に転がっていく。
「柔道場を荒らしたのは、九条と付き合ってるタケルに嫉妬してやぶれかぶれになったからじゃないのか!?」
「いいえ、この先生が剛力さんに嫉妬することなんてないんです。そもそも九条さんに恋愛感情を持つ事は絶対にありえないからです」
「なんで絶対なんて言い切れるんだ? そりゃあ九条はナリは小さいし子供っぽいけど、普通に美少女じゃねえか。このおっさんがロリコンの可能性だってあるだろ」
「その可能性はありますが、それでも絶対に九条さんはないんです」
「なんで?」
「私の調べだとこの先生……大の巨乳好きなんです」
九条真弓
備考
学園の小動物系アイドル
美少女
童顔
小柄
貧乳 New!!
「……ごめん、九条……!!」
「謝らないでもらえるかな? ねえ?」
そうか……なら九条はないわ……納得だわ……
「私たちはそもそもの前提が間違っていたんです。この事件は剛力さんを妬んで行われたものではなく、そう偽装することで不都合な真実を隠し通すための犯行だったのです」
不都合な真実?
「それが柔道場を荒すことと、なんの関係があるんだ?」
「よく思い出してください吉岡さん。私たちが最初に柔道場を訪れた時、まだ襲われる前の柔道場を。気づく事はありませんか?」
「気づくことって……」
思い出すのは道場特有の男臭い匂いと熱気、外側は立派だったのに中は九条がしばらく来なかっただけでえらい汚くなっていた。稽古場はまだマシだったが、蛍光灯がいくつか切れっぱなしで畳が……ん?
「……畳、そうだ畳だ。畳がボロボロのままだった!」
なんで今まで気づかなかったのだろう。畳に叩きつけられる稽古を毎日行なっている連中にとって、畳の状態なんて下手すりゃ選手生命に直結する。
「その通りです。劣化した畳なんてすぐにでも取り替えるべき物です。ですが取り替えられた様子はなかった。なぜ? 部費が足りなかった? ……ありえません。柔道部は全国大会に何度も出場している実績があります。部活動に力を入れているこの学園で、実績のある柔道部は少なくない予算が……いえむしろ潤沢な程の予算が組まれているはずです。では、そのお金はどこに消えたのか……」
その言葉の先を聞く必要はなかった。この場にいる全員の視線が、一人の男に注がれる。
「山下先生、あなた柔道部の部費を横領していましたね」
山下は無言だった。無言のまま桐花を睨みつけている。
だが、その目からは怯えの感情が混じっている様に見えた。
「横領の方法は、備品を購入するという虚偽の申請を行って学校からお金を騙しとっていたか、実際に購入した備品を転売していたか、トレーニングマシンなんかはさぞ高額で売れるでしょう。……どちらにせよ、今まで露見する事なく横領を続けられたのには、二つのポイントがあります」
桐花は指を2本立てる。
「一つはこの学園のシステムにあります。部活動に力をいれ、ある程度の実績があれば惜しみなくお金をバラまくこの学園は、数多ある部が何にお金を使ったのか、その全てを把握することが出来ていないのでしょう。だからこそ学園側にバレずに続けられていた。……そしてもう一つ」
指を折り畳み1本にする。
「柔道部の部員達がポイントとなります。本来であれば自分たちの部活、柔道場のことですから部員達がまっ先におかしいと気づくべきなのです。ですがその事に気づくそぶりも無かった。なぜなら……」
そこで一息ため、呆れた様な表情を見せた。
「なぜなら柔道部の部員達は……部費の管理も備品の管理も全部人任せで、自分たちじゃ掃除もできない様な揃いも揃ってズボラな人達の集まりだからです!!」
タケルも、石田も、岩野部長も、柔道部員の3人が一斉に目を逸らした。
……何なんだコイツら……情けねえ……
「ですが、ここ最近になって山下先生にとって厄介な存在が柔道部に表れました。……それが九条さんです」
「え! 私?」
驚いた様に自分を指差す九条。まさかここで自分の名前が出てくるとは思わなかった様だ。
「九条さんが剛力さんと交際を始めてから、柔道部のマネージャー業を行なっていました。その業務には備品の管理も含まれます。山下先生はずいぶん焦ったでしょう、このままでは横領を続けられないどころか、生徒会で会計に携わっている九条さんが、横領の事実に気づく可能性すらありました。だからこそ……」
「……だから、タケルを九条と別れるように脅迫したのか。」
気がつけば、自分でも気づかない内に拳を握りしめていた。血流が止まり青白くなるほど、強く。
そんな……そんな身勝手な理由で!
「結果的に言えばこれは上手くいってしまいました。剛力さんは九条さんに被害が及ばないよう、嘘をついて拒絶し、九条さんが柔道場に来ないようにする事に成功しました。ですが、九条さんがあなたが思っているより諦めが悪かった」
そう、九条は諦めなかった。これはほとんど桐花の功績だろう。
彼女が全力で協力すると約束してくれたからこそ、九条はタケルを諦めずに済んだのだ。
「九条さんと私たちが剛力さんの事を調べるために、柔道部員に聞き込みを行なっていると知ったあなたは、その過程、何らかの拍子に横領の件が漏れるかもしれないと恐れた。そこでかなり強引な手段に出た。それこそが柔道場襲撃事件です。……もう皆さんお分かりですよね?」
頭なの中にそんなまさか、と思うような考えが浮かぶ。だがその考えを否定する材料がないと気づいた時、体が震えてしまいそうになった。
「柔道場を荒らした理由、それは完膚なきまでに蹂躙する事で、古くなった畳も、型落ちのトレーニングマシンも、明らかに数の足りていない柔道着やバンテージも全部、一斉に処分させ証拠を隠滅するためだったのです!」
この場にいる全員が絶句する。あれだけの事をした理由が、全部ただの証拠隠滅だったなんて。
「そしてこの計画も上手くいってしまいました。柔道場にはその日のうちに業者が入り、特別予算が割り振られ、備品も全て取り換えとなった。証拠は全て消え、自分と横領を結びつける事は不可能である。そう思ったところに、またしても予想外の事態が起こりました。……九条さんがPCに柔道部の備品のリストを作って保管していたのです。」
柔道場が荒らされた日を思い出す。何もかもめちゃくちゃになって、途方に暮れていたように見えた山下に九条が備品のデータの書類を渡した時、山下はかなり驚いていた。
今ならわかる。あの時の山下の考えは、「柔道部のためにまさかここまでしてくれているなんて」という感嘆ではなく、「ここまで俺の邪魔をするとは」という苛立ちだったのだ。
「さあ困りました、ここに来て新たな弱みとなるデータを九条さんが握っていることが判明しました。早急に彼女のPCからデータを消去しようと考えたのでしょう。しかしどうやって? 学園の校舎では人目につく。ならば、自分の城であり、活動休止のため誰もいない柔道場で犯行を行えばいいとあなたは考えた。しかし、そこにも障害があった。私たちです」
そう言い俺と石田を見る。
石田は急に自分が話題の中心になった事に驚いたのか、目をパチクリとさせている。
「あの時私たちは柔道部の調査のため、九条さんが生徒会の仕事がある時以外は、それこそ四六時中行動を共にしていました。そんな状況で山下先生が柔道場に九条さんを呼び出したりしたら私たちもついて行っていたでしょう。そんな状況でデータの消去は行えない。そこで次は私たちと九条さんを引き離す事を考えた」
俺たちが不良連中に襲われた事件につながるのか。
あの時あいつらは、俺たちが九条と2度と関わらないようにしろと指示を受けていた。
「山下先生が犯人だと確信したのはその時です。私たちを襲ってきた生徒は、私と、吉岡さん、石田さんの3人を痛めつけるように指示されていました。それも、日時の指定付きで。そう、九条さんは含まれていないんです。あの日九条さんは生徒会の会議でいなかった、なぜその事を知っていたのでしょう?生徒会の会議は柔道場が襲撃された件についてだったので、一般の生徒にはその会議がある事を知らされていなかった」
「……だけど教師は知っていた、そういうことか。」
俺の答えを肯定するように頷いた。
「実は私たちの襲撃は失敗しているんです。そこのチンピラが思いの外喧嘩慣れしていて、3人まとめて返り討ちにしたからです」
「誰がチンピラだ」
もっと言えば1人やったのはお前じゃねえか。
「……正直に言って、もっと早く真相にたどり着くべきでした。私が答えに気づいた時には、柔道場は荒らされ、全ての証拠が葬り去られた後でしたから。なので、私たちは襲撃が上手くいったと思わせることで、決定的な証拠を掴もうと罠を貼りました。」
「……吉岡、その怪我まさか!?」
タケルが悲鳴のような叫びを上げる。まったく、情けねえ声出すんじゃねえよ。
「大したことない、大袈裟に巻いているだけだ。」
まあ嘘だ。
あの後思いっきり殴らせたからな。顔は腫れているし、倒れた拍子に頭をぶつけて、そこから出血したため包帯でグルグル巻きだ。
だけど大したことはない。お前が1人で抱え込んでいた痛みに比べれば。
「そしてやっと掴んだ証拠がこのUSBメモリです……まさかこんなものを使おうとするなんて」
「それ結局なんなんだ?」
それにデータを移し替えようとしたのだろうか?PCに差し込む前に奪っちまったけど、証拠になるのか?
「この中身は恐らくPCのデータを破壊するウイルスです。最近じゃインターネット上で買えるそうですから……当然違法ですが」
ウイルスって……この野郎、どこまで……
だが、体を張った甲斐があった、おかげで証拠を掴むことができたのだ。
事件解決に繋がったのなら、この痛みも報われるってもんだ。
「あのー、ちょっといいっすか?」
達成感を噛み締めていると、石田が遠慮がちに手をあげた。
「九条さんのデータを学園側に渡せば、それがそのまま証拠になって、事件は解決したんじゃないっすか?」
「……あれ?」
俺が体を張った甲斐は!!!???
しかし、桐花は首を振る。
「それは不可能です。そのデータだけでは事件は解決しませんでした。」
「え、なんででっすか!?」
「だって、九条さんのデータなんて、なんの証拠にもならないんですから」
あまりの発言に、時が止まったかと思った。
「な、ちょ、どういう事だ!?」
「どういうことも何も、そのままの意味です。こんなものなんの証拠にもならない。だってそうでしょう? 九条さんがお手伝いで個人的につけていた記録と、教師であり柔道部顧問の山下先生、学園側はどちらを信頼するかという話ですよ」
「いや、だけど! じゃあなんで山下はそのデータを消そうとしたんだ!? 生徒脅して俺たち襲わせて、違法なデータを使ってまで!」
一体なんのためにそんな危ない橋を渡る必要があるんだ?
「いいですか、九条さんのデータは証拠にはなりえませんが、それを学園に提出されたら疑いが残ります。次に怪しい動きがあれば真っ先に疑われるようなね」
「次って……おいまさか!!」
桐花はうなずき、山下を睨みつける。
「心から軽蔑しますよ。この先生、いやこの男は、これだけの事をして、これだけの騒ぎを起こしておきながらまだ横領を続けるつもりだったんです!!」
忌々しげに桐花を睨みつける山下、だが桐花はその視線を真正面から受け止める。
「あなたのその強欲さ、それこそが何よりの証拠となったのです!!」
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