15
放課後の柔道場事務室。
いつもであれば、隣の稽古場から部員達の活気ある掛け声が聞こえてくるのだが、現在は活動休止を学園側から言い渡されているため、日常的ではない静けさが支配していた。
荒らされた当初は酷い有り様であったが、学園側の素早い手配によりキレイに補修されている。
しかし、机などの備品のいくつかはまだ準備出来ていないらしく、どこか殺風景な光景であった。
少なくとも外観だけはキレイになったその部屋で、柔道部顧問の山下教諭と九条真弓は向かい合っていた。
「……話は聞いた。まさか、お前達が原因だったとはな」
「……ごめんなさい」
パイプ椅子に腰かけた山下教諭は、額に手を当て悩ましげにため息をついた。
柔道場が荒らされた理由を知り、その理由に呆れ返ったといった風だ。
「いや、お前達を責めるつもりはない。むしろお前と剛力は被害者だ。同情する……ただな……」
そこで言葉を区切り、言いづらそうに告げる。
「前にも言ったことだが、もう柔道部に関わらないほうがいい。いや、関わらないでくれ」
「……。」
それは九条にとって、あまりにも残酷な言葉だった。
「こんな事、教師として言ってはいけない事だとは思う。だが、俺は柔道部の顧問なんだ。まだ犯人がわかっていない以上、いつ同じことが繰り返されるかわからないんだ。次にまた何かあれば今度こそ警察に届けることになっている。そうなれば無駄に騒ぎ出す輩が出てくる。襲われた理由がどこからか漏れれば、剛力もあらぬバッシングを浴びるかも知れん。それだけはどうしても避けなければならない……わかるな」
「……はい」
うつむき、何かを我慢するように声を震わせる九条。肩から下げた鞄の紐をギュッと握りしめる。そんな彼女を痛ましげに見つめる。
「これはお前のためでもある。聞けば、お前が最近つるんでいた連中も襲われたらしいじゃないか。吉岡という生徒がそれで大怪我をしたと。それが柔道場を襲った犯人と同一人物だとすれば、かなり危ない連中という事になる」
それはここ最近学園で流れている噂、学園の小動物系アイドル九条真弓が学年一の不良、吉岡アツシと、悪名高き恋愛中毒者、桐花咲と行動を共にし、柔道部の事を調べ回っているという噂。
しかし、吉岡アツシがある日一眼見て分かるような大怪我を負い登校してきた。そしてそれ以来九条真弓、桐花咲と一緒にいるところを見かけなくなり、さらに桐花咲も九条真弓から離れていった。
学園の人間は想像した。柔道部の事を調べ回っていたが、その過程で柔道場を襲った犯人に襲われてしまい、手を引いだのだと。
「もう犯人探しどころではない、生徒の身の安全が第一だ。もう柔道部には関わるな、いいな?」
「わかり……ました……」
葛藤しながらも受け入れた九条を見て、山下教諭は頷く。
「最後に頼みがある。備品室に置いてあった九条が持ち込んでくれた物を持って帰ってくれ。確かいくつか無事だったはずだ」
そう言い畳まれた段ボール箱を九条に渡す。しかし、組み立てると九条一人では腕が回らないほどの大きさになった。
「さ、流石にこれは」
「あー、すまん。それじゃあ持ち帰れないか。・・・まあいい、その箱に詰めといてくれ。後で手頃な大きさの物に入れ替えて渡そう」
重さはそれほどではないものの、かなりかさばるため随分と持ちにくそうだ。
「ひとまず荷物を詰めたらまたここに来てくれ、しばらく預かっておく。……ああ、カバンも置いて行ったほうがいい。引っかかるぞ」
「は、はい」
そのまま危なげな足取りで事務室を出ていく。
その姿を見届けて山下教諭はふぅ、と一息をつく。まるで一仕事やり遂げた様な疲労感をその顔ににじませる。
「これで、ひと段落か……」
ポケットに手を突っ込みひとりごちる。
そして、
そのまま一切躊躇する事なく九条真弓のカバンからPCを取り出した。
「全く、手間をかけさせる」
ポケットから取り出した何かをPCに近づける。
その手に握られていたのはUSBメモリだった。
そしてそれをPCに差し込もうとした時、
「おっと、そこまでですよ山下先生」
我らが恋愛探偵がストップをかけた。
「なっ……」
「吉岡さん、確保!!」
桐花の指示に従い、山下の手からUSBメモリを奪い取る。
いきなりの登場に茫然自失としていた男から奪い取るのは、随分と簡単だった。
そこでやっと山下は我に帰った。
「お前たち!! 一体何だ!!!」
さすが柔道部元オリンピック代表候補と言ったところか、その怒声は中々の迫力だった。
しかし、桐花はその怒気を笑顔で受け流す。
「いやー、ダメですよ。女の子のカバンなんか漁っちゃ」
「い、いや……これは!!」
「ああ、別に言い訳しなくても大丈夫ですよ。全部見てましたし、全部知ってます」
「あなたが、この一連の事件の犯人です」
面白いと思われたら、感想と評価、ブックマークをお願いします。




