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「なんだこれ?」
異変に気付いたのは、登校してすぐのことだった。
学園の敷地内に入ると、生徒たちがざわつきながら何故か柔道場のある方向へ向かっていたのだ。
嫌な予感がした俺が慌てて柔道場に向かうと、そこには大量の野次馬たち。そして、
「なんだよこれ!!」
滅茶苦茶に荒らされた柔道場があった。
割られた窓ガラスに、破壊された玄関。さらにスプレーペンキで落書きされており、立派だった柔道場の見る影もない。
「なんなんだ!! 一体何があった!?」
昨日帰るときは何もなかった。たった一晩で何があった!?
「吉岡さんっ!!」
動揺する俺を呼ぶ声が聞こえた。
この声は……
「桐花か!? どこだ?」
声はするが周りが野次馬だらけでどこにいるかわからない。
「ここです!! ここ! ここ!!」
すると黒山の中から降る手が見えた。
あいつ、小柄だからこの野次馬の波にに押されて身動きできなくなってやがる。
「おい! 大丈夫か待ってろ!! 今行……おい押すなよ、ちょっと通してくれ、うぉ、ちょっ……ああもうっ!! 邪魔だお前ら!! どけっっっ!!」
思わず出した大声に生徒の群れが面白いぐらいに割れた。
「ふーー、助かりました吉岡さん。危うく潰されるところでした」
人混みに揉まれていた桐花から感謝されるが……このせいでまた妙な悪評が流れるんだろうな。
「それより桐花、何があった?」
「詳しいことはわかりません。登校したらこの有様で……ただ中も相当ひどいそうです。」
「マジかよ……」
ただのイタズラにしては度がすぎてる。柔道部に相当な恨みでもなきゃこんな真似はしないだろう
ふと、タケルのことが頭に浮かぶ。いや、考えすぎだろう。だがこのタイミングは……
考えを巡らせていると、遠くの野次馬の中に頭1つ抜けてでかい男がいるのが見えた。
「……タケル?」
それは間違いなくタケルだった。俺があいつを見間違えるはずがないし、あんなでかいヤツあいつ以外にいない。
だが、俺が見たこともないほど青ざめ、やつれたのかと思うほどに憔悴したその顔が、本当にタケルのものなのかわからなかった。
「タケル!!!」
俺が呼ぶ声が聞こえないのか、それとも聞こえないふりをしているのか。タケルはそのままフラフラとした足取りで柔道場から離れて行った。
何でお前がそんな顔してるんだ? ……そんな……まるでこうなったのは自分のせいだとばかりに後悔しているような顔を。
人混みをかき分けタケルを追おうとすると、
「君たちっ!! 教室に戻りたまえ!!」
野次馬の群れに響き渡る大声。
そこには神経質そうな痩せた初老の男性教師、我が学園の教頭がいた。
「見せ物ではない!! 教室に戻りたまえ!!!」
普段見せることない教師の本気の怒声に、集まっていた生徒たちは慌てて教室に戻り始めた。
「全くなんたることだ!! 伝統ある我が学園の柔道部がこんなことに!! やはり、警察に連絡しなければ。」
顔を真っ赤に染め上げ憤慨する教頭。け、警察沙汰か。そりゃやっぱそうなるか。
しかし、そんな教頭を止める声が上がった。
「教頭、警察は少し待ってください。」
大柄で髭を生やした教師、柔道部顧問の山下教諭だ。
「何故かね? 山下先生。君が受け持つ柔道部が被害を受けたのですよ!?」
「だからこそです。警察沙汰ともなれば部員たちが動揺します。それにいらぬ注目も集めることになります。彼らには大会にだけ集中して欲しいのです。だから、どうかお願いします」
そう言って教頭に深々と頭を下げる。それを見た教頭は渋い顔を崩さず、ため息をつきながらも、
「わかりました。山下先生がそこまで言うならば警察に連絡するのは待ちましょう。ですが、これ以上何かあれば即、ということを忘れないでくださいね」
「ありがとうございます教頭」
……どうやら警察沙汰は避けられたようだ。よかった、警察が出てきたらタケルと九条の仲を取り持つどころじゃないからな。
「あの……山下先生」
山下教諭と教頭のやり取りを最後まで見ていた生徒の1人、九条が山下先生の元へ近づいた。
「柔道場はどうなっているんですか?」
「……ひどい状況だ。中の畳は総入れ替えになる。備え付けてあったバンテージや予備の柔道着、トレーニング器具までほとんど壊されている。あまりの荒らされっぷりに、何が無事で何がダメになったのかもわからん」
心底憂鬱そうにため息をつく山下教諭。そんなひどいことになってんのか。
そんな教諭に九条はプリントの束を差し出した。
「あの、これ良ければ」
「? ……何だこれは?」
「柔道部の備品をリストアップしたものです。ここ1ヶ月の柔道部が使ったものと、補充したものが全て書かれています。何かお役に立てればと」
「な、本当か!! こんなものどうやって!?」
「そういった柔道部のデータは全て私のパソコンに入っています。何かお手伝いできることがあればなんでもおっしゃってください」
そう言いおそらくパソコンが入っているであろう肩から下げたカバンをポンっと叩く。
す、すげえな九条。本当にそんな物まとめてたのか。
「……悪いがお前に協力を頼むことはない」
「え!? な、なんでですか?」
「お前はもう柔道部とは関わらない方がいいからだ」
「っ!!」
「話は聞いている。剛力と上手くいってないんだろ?ならば柔道部に義理立てする必要はない。……正直に言って柔道部がこんなことになった以上、関わると余計な被害を受けるかもしれんからな」
「わ、私……」
「散々世話になったお前にこんなことを言うのは辛いが、わかってくれ」
呆然とする九条の返事を待たずに山下教諭は去って行った。
「大丈夫か、九条」
立ちすくむ九条の元に、俺と桐花は駆け寄る。声をかけるが返答はない。ひどいショックを受けているのだろう。
「ひどいです! あんなに柔道部に、剛力さんに尽くしてきた九条さんに向かってあんな!!」
憤慨する桐花に九条は静かに口を開いた。
「ううん、先生の言う通りかも。柔道部に私は必要ないのかもしれない」
九条の声は震えていた。声だけじゃない、よく見ると体全体が震えている。
「さっきね、タケルくんを見たの。私、タケルくんがあんなに辛そうな顔してたのに声をかけられなかった。また、拒絶されるんじゃないかって! 邪魔だって言われるんじゃないかって!! ……そう思うと声が出なかった」
ぽろぽろと涙を流しながら必死に言葉を紡ぐ九条の姿は、目を背けたくなるほど痛々しかった。
「ダメだ……私、自分のことばっかりで。タケルくんが苦しんでるかもしれないのに。こんな私に……タケルくんの彼女でいる資格なんて……ない。」
「そんなことないっっす!!!!!!」
突如響き渡る大声。
肩をびくりと震わせ、声の方向を見るとそこには小柄で丸坊主の柔道部員がいた。
「い、石田くん!?」
「九条さんが剛力くんの彼女にふさわしくないなんてこと、絶対にないっす!! そんなことあるわけないっす!!!」
鼻息荒く、肩を怒らせる石田に恐る恐る声をかける。
「石田?一体どうした?」
「お三方に、大事な、大事な!! 話があるっす!!!!」
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