五輪書
「佐々木くん、ごめんよ、僕なんかを庇ったせいで…」
「気にしないでくれっす、鶴園くんは悪くないっす」
「どうして助けてくれたの?学校で1・2回話したことがある程度の仲なのに」
「仲間は大事にしろってお母さんに教わったっす」
「そんな…それだけの理由で5人へ向かっていったの?」
「昨日ヤンキー漫画読んだからイケると思ったんすけど、本物の喧嘩は初めてしたっす」
鶴園は満身創痍の佐々木へ泣きながら声をかける。
佐々木の顔は痣ができ、制服は汚れ、足元がおぼつかない様子だ。
「これじゃ、イケメンが台無しっすね」
「さ、佐々木君は今も充分かっこいいよ…はは…」
落ち込む佐々木へ鶴園は無理やりフォローをした。
重い足取りでほとんど会話なく、帰路についた。
「おれ・・・強くなりてぇっす!」
鶴園と別れた後、佐々木は天を仰ぐと小さくと呟いた。
強くなりたい、仲間を守れるような、5人が相手でも1人で勝てるような、
そんな思いを強く抱いた彼が向かったのは近所の小さな書店"ジョンク堂"だった。
「あの、お伺いしたいんっすけど…」
「はい、なんでしょうか?」
「どうやったら、強くなれるっすか?」
「はい?」
若い女性店員は思わず聞き返した。傷だらけの高校生からの突然の質問にひどく困惑していた。
「あの…ここは本屋ですので…」
「子供の頃にお母さんから本屋に行けばなんでもわかるって教わったっす」
「強くなるならボクシングジムへでも行かれたほうが…たしかに格闘技の本は置いてますが…」
「ボクシングは1対1っす、俺は1人で5人に勝ちたいっす」
「はぁ…それより、お怪我されてますけど大丈夫ですか?」
突然の状況に戸惑いながらも、女性店員は絆創膏を持ってきて佐々木を気遣ってくれた。
「かたじけないっす」
「何があったかは存じませんが、暴力はよくないと思いますよ」
「そうっすよね…でも、仲間を守れる強い男になりたいっす」
顔が腫れてコントにでてきそうな見た目だが、彼の瞳は真剣そのものだった。
「そしたら、強い男が書いた本とかないっすか?」
「強い男…ですか…」
女性店員は頭を悩ませる。
「私が知っている強い有名人は宮本武蔵ですかね…」
「なんか聞いたことあるっす」
「日本の歴史で有名な伝説の侍です。彼が残した五輪の書は世界で読まれています」
「武蔵最強じゃないっすか、その本売ってください」
「では在庫を確認しますね」
在庫があることがわかると、佐々木はすぐにレジで会計を済ませ五輪の書を手に入れた。
「お姉さん、親切にありがとうっす。強い男になってまた来るっす」
「あの…」
佐々木はお礼を言うと、女性店員が何か言いかけたことに気づくことなく、走って自宅へ向かった。