12
「あ、戻ってき……」
笑いが止まらないのかくつくつ笑い続けるジグと瓶を持って店に戻る。と、それまでウキウキしながら武器を見ていたトーマの表情が固まった。固まるだけじゃない。
どこか落ち着かない様子でビビり出した。
「ただいま。突然だけどこれみて」
そういって改めて瓶を差し出す。
水を入れる時には魔石は邪魔にならず、出す時には邪魔になる。
今は即席なので通常時魔石はびん底まで移動してるけど、きっとわかってくれるだろう。
かちゃかちゃと動かすトーマと一緒になって見るエルク様。
ついでにジグも真剣な目でその様子を見ている。
きっと、なにかに使えないかを考えているのだろう。
だがしかし弁を使った物なんて、ラムネの瓶と心臓くらいしかわからない。確か赤血球の逆流防止だったか……
「と、とりあえず……一方通行出来る結界の案がこれってことで良いでしょうか」
しばらくして、トーマが初めて聞く謎の敬語を放って背筋がゾッとする。
態度もこちらをオドオド見て、え、何。
「どうしたのトーマ気持ち悪いよ」
「おま、いや、そういう事で良いだろうかリリア嬢」
「どうしたの本当に。呪いでもかかった?」
咄嗟に可視化を使ったのは当然で。だがしかしトーマの周りには数枚の結界があるだけだった。
いつも結界貼ってるんだ偉いなと思いつつも近づいて顔の前で手を振ると、腕を掴まれる。
(なんだよ、あのすげー怖い親父は)
(……武器防具鍛冶が得意のジグさん。顔は怖いけど優しいよ?)
(嘘だろ、あの顔は人間を炉にぶち込むタイプの顔だ)
どんな顔だよ、と呆れながら振り向く。
モサモサの髭と、彫りの深いと言うか深すぎる顔。
目つきも悪く、さらに細められた目は凶悪感を増している。
うん、いつものジグだ。
「なあお嬢、この仕組み使ってもいいか」
「ん、良いよ。でもどうするの」
「魔剣とかの暴発防止だ。過剰魔力を注ぎ込まないようにストッパーに使えんかとな。もし使えたら多くの将来有望な冒険者を守れるんじゃねえかなと、な」
もしかしたらお嬢のこれで人を救えるかもしれない。
そう言われキュンとする。相変わらずジグは顔は凶悪だがとてもイケメンだ。
「本当ですかおやっさん!そんなすごい剣作れるんっすか!」
それの反応したのは店員さんだった。
改めてよく見た店員さんは顔の右半分…右手に火傷のケロイドがあった。
酷いものじゃなく、色がうっすら違う程度のものだから然程は気にならそうだが……
魔剣の暴発とか詳細は知らないが、反応の良さから何となく察する。
「うるせえ、まだ出来ると決まったわけじゃねえんだからガタガタ騒ぐな。おら、ジェクスお前はこれを参考に剣の作りを考えろ。魔法陣回路の特訓だ。今日はもう帰っていいぞ」
「え、だけどおやっさん店番は…」
「ああ?俺がいるから問題ねえだろ」
「ダメっすよ!おやっさんが店番だと常連以外ビビって入れねえっす!」
ブフォッ。
思わず吹き出してジグが振り向く前に一瞬で取り繕う。
隣に居たトーマはジグの睨みに怯えていたが、私は素知らぬふりで剣を見る。
ワタシナニモシラナイ。
「ああもう、お前帰れ」
「いってー!何すんすかおやっさん!」
「うるせえ明日までだ」
結果哀れな店員さんはジグさんに殴られて追い出された。
明日までっとか無理っすよーと最後に叫んでいたのがとても印象的だ。
良いのか。いやでも確かに、ジグを店番にするには凶悪すぎるかもしれない。
「……手伝おうか?」
「あ?お嬢に武器を売らせるわけねえだろ。今度はもっと事前に連絡してゆっくりしてけ」
「いつもありがとう、ジグ」
ジグが番台にどっこらしょと座ると店はまるで拷問室のようだった。
武器いっぱいあるし尚更。なんとなく部屋の光加減すら変わった気がする。
恐るべき凶悪面。そんな失礼なことを勝手に思っていると……実際にジグの影がゆらりと揺れた。
ん?と思うとジグが手を出して、そこに
ゆらゆら揺らめく炎の蝶が止まった。
「ああ来たのか。今は客がいるから工房に行ってろ」
そしてジグの言うことを聞いて、パタパタゆらゆらと羽ばたいて蝶は工房の方に飛んでいった。
め、めっちゃ綺麗!
「炎羽ですか」
「ああ、俺と契約したがった奇特な精霊だ。小僧よく知ってるな」
「炎羽はとても美しいので人気の精霊ですからね」
「あいつの炎じゃ鉄も溶かせねえけどな」
憎まれ口を叩きながらも、すごく仲が良さそうなのは先程の精霊を見る目がとても優しかったからだ。
言葉は通じないのだろうがそこには確かな絆があった。
「炎羽、すごく綺麗……」
『リリ待って!土だけじゃなくて火も群がるわよ!』
『風、水、土なんだから火もいいじゃんって文句言ってるやつ多いからなー』
『娘さんはああいうのが好きなの…?』
素直な感想を漏らそうとしたら、リェスラに止められてカーバンクルがまとわりついた。
いや、とりあえず私はリェスラとイェスラだけでいいかな。
スンスンと甘えた声を出すカーバンクルを軽く撫でて誤魔化す。
誤魔化したつもりが、部屋の明かりがゆら、ゆら、と妖しく揺らめく。
「と、とりあえず今日は帰るね!ジグまたね!」
「おう」
ここには炉がある。
また押しかけ精霊が増えたら大変なのでエルク様とトーマの手を引っ張ってジグの工房を出た。
出たはずなのに、なんか足元の影が数枚見える。
『今すぐ消えないと、消火するわよ』
やばいかなと思ったそれは、リェスラの殺意を込めた一言で消えた。
「リリアなに精霊ホイホイしてんの?」
「いやもうなんでかな……」
「ああこいつだよ。俺たちが作ってる精霊避けの結界をこいつが穴開けてるからーそのせいでリリの欲望に色々と反応してきてるんだよ」
こいつ。そう言いながらぱっと青年姿になったイェスラが抱えていたのは当然の事ながらカーバンクルだった。
エルク様とトーマと3人で馬車に戻りながらじっとカーバンクルを見つめると、カーバンクルはあざとくキューンと鳴いて尻尾をふる。
咄嗟にその頭を軽く叩いた。無意識にあざとさにイラッとして手が出てしまった……
『なんだよもー。じゃあ精霊避けやぶんないから契約してよー』
「契約したら破る必要がなくなるだけだろ。全くもう」
ため息をつきながら、イェスラはカーバンクルの首根っこを掴んで運び出した。するとカーバンクルはまるで猫のようにだらっとする。
そんなイェスラの肩にリェスラが飛び乗って、尻尾でばしばしとカーバンクルを叩き出す。
「リェスラ重い」
『レディに失礼よ!』
『止めろよー重いりゅー』
『あんた本当に喧嘩売ってるわね!!』
馬車についても三匹はじゃれていて収集がつかないのでしゃがんで手を広げると3匹はシュッと全員いつもの姿で飛び込んできた。
カーバンクルを馬車に放り投げて、イェスラとリェスラを肩に乗せて馬車に乗る。
エルク様とトーマもその後馬車に乗ってきたけど2人とも完全に苦笑いをうかべていたよ……。