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「……ああ、リリアだな。間違いないわ、恋に狂った顔してる」
「失礼な。その節はご心配をお掛けしました」
「おう、で、大丈夫なんだな?」
「ええ、もちろん」
魔術棟の帰りに、城の離宮を間借りしているトーマのところに寄った。
離宮の応接間で出逢うなり第一声が不躾だったが安堵する顔をされたらあまり怒れない。
「んで、色々と突っ込みたいけどエルクが餌付けしてるカーバンクルは何?」
「……押し掛け精霊です」
昨夜家にまで来たカーバンクルはベッドの上大戦争の果て負けたが結局我が家に泊まり。
結局今に至るまでくっついて来てる。
リェスラも昨日叱ったからか、カーバンクルが私にぺたぺたしない限りは黙認をするようになった。私に取り入りたいけど近づけないことにより、カーバンクルは今度はエルク様に目をつけた。
「何?エルクが飼うの?まあ無器でもリリアがそこはなんとかするのか…?」
「保留中です」
エルク様から私の魔石を引き出そうとしたカーバンクルはやってはいけないことをした。
尻尾を振るカーバンクルの頭を優しく撫でたエルク様のーーーーー指輪の魔石を食べたのだ。
エルク様のために作った渾身の魔石を!食べたのだ!
一生懸命作った石だったのに。私も悲しいし、エルク様も悲しんで謝罪をしてきたーーーーエルク様は悪くないのに。
どうでもいい存在から、ちょっとでもあれしたら本気で捨てるまで格落ちしたカーバンクルは今必死にエルク様を懐柔しようとビスケットをねだって食べさせてもらっていた。
私に直接来ないあたりが本当にあざとい。
エルク様が頷けば私が秒で許可するのがバレているのだろう。
だが残念だったなカーバンクルよ。エルク様は私が望まないことは基本的にしないのだ!!
「まあいいけど。ああ、カメラありがとうな。あれすごい面白いわ。リリアがなんで作ったのかは丸わかりだけど」
「むしろ私の製作意欲はひとつの原点が中心です。今は動く『動画』を取れないか試行錯誤中です」
「なにそれ面白そう。俺も交ぜろよ」
「それはそれでありがたいけど、はい。呪い防御の結界魔法陣。改良があったらお願い」
「おー出来たのか。しかも論文付き……」
イェスラとリェスラと、カーバンクルに餌付けするエルク様の横で紅茶を飲む。
トーマが魔国から連れてきた使用人だろうか。飲み慣れないけれどとても美味しい紅茶だった。
しばらくトーマが『呪いの考察と対策』について書いた論文をめくる音が静かに響き、読み終わるとため息をつかれた。
「本当、お前規格外。原因不明の呪いの謎は解くわ対処法も作るわ、どんどん魔法の世界の改革をしすぎてて怖い」
「お褒めに預かりアリガトウゴザイマス。世界の魔法は興味無いけどね」
「……エルク馬鹿で本当良かったよ」
「でも魔力操作が上達していけば出来るようになる人は大勢いるんじゃないかな」
「お前の発想力も異常なの理解してるか?そもそも魔法で文章書くってなんだよ教えてください」
「温度魔法の魔力塊自体に文字を複数浮かばせて紙に押し付けてぽん」
「あー、ペン状の魔力塊を動かすんじゃねえのか」
「それ初めやろうとしたけど、ペン先サイズにするのも動かすのも辛くない?」
「辛くて挫折してお前の異常性を痛感した」
やってないことで異常性を判断されてもね。
トーマは目の前で早速魔力塊を操作して温度操作の魔法陣を弄り出した。目の前で、ガッツリトーマが魔法を使うのは久々に見る気がする。
真剣な顔で宙に浮かぶ魔力塊を睨みだしたトーマをみて、エルク様が少し首を傾げたのでさっと目元に可視化の魔法をかけてあげると頷いて、こちらを見てにっこりと笑った。
やっぱ好き。そう思い私もニコッと笑ってから、机の上に置かれた論文でトーマの頭を叩く。
集中が乱れたのか、それで魔力塊は一瞬で霧散した。
「何するんだよもうちょいだったのに」
「いや、それよりこっちが先だから。対価として教えてるんだから早く」
ペシペシと論文で再度叩くと、唇を尖らせて拗ねながらも論文を受け取った。そして描かれた魔法陣をしっかり見つめ出す。
「なんだよ良いじゃん」
そう言いながらも魔法陣の紋様の一つ一つを指で辿るトーマの目は、不思議な光を放った。
なんだろう、目からビーム?でも出すの?ってくらい目元が光っている。
よく見てもそこに魔力塊は無い。ので、魔法陣魔法では無いみたいだが…
「これ結界魔法陣なんだよな。こんな硬い殻だと対象が移動する度に色んなものに反応しないか」
「だから一応生物にしか反応しない精神防御で作ってみた。んでも柔軟性がないって言うのは今課題にしてるとこ」
「じゃあさ、これ。形状を確立するこの部分が骨組みなんだけど骨抜いちゃえばいいんじゃね」
箱から、骨組みを抜く。
そうすれば当然箱は潰れる。結界としての空間を維持できない。
維持出来なければ意味が無いと思うんだが。トーマの言っている事の意味がわからない。
「骨組み抜いたら結界じゃなくない?」
「中には少なくとも人がいるだろ。骨組み抜いたら結界が直に人に張り付くぜ。これシザー嬢に使うんだろ、だったら対象張り付き方でもいいんじゃね」
結界の全身タイツか!!
それは盲点だった。なんだろう、トーマは私のことを異常と言うけれど。
こいつだって充分異常だと、魔法陣をみながら嬉嬉として語る彼を見て感じた。
「とすると高さはこんないらない。横幅もこんないらないからここも削除。問題があるとすれば、魔法を使う時にちょっと邪魔に感じるくらいかな。いやでもあの魔力を通さない、だからそれでいいのか?」
「あー。でもまあさすがにそれはね。頑張れば通るのかな」
「やってみろよ、ほれ」
そう言ってトーマはサラサラと結界魔法陣改を書き上げた。
フリーハンドでサラッと書いた彼の画力に内心ビビりながらも立ち上がって魔法陣を起動する。
ふわっと、
身体に何かが当たったような感覚がした。
普通の紙と普通のペンだったため1回でビリビリに破けた魔法陣から手を離して、体をひねったり色々と動かしてみる。特に問題は無いようだ。
そして魔力を放出してみる。
………出ない。
強めに放出する。
結界の中に魔力がつまり、膨らんで風船のような状況になるがやはり魔力は出ない。
しばらく出し続け、結界の容量いっぱいまで膨らむと結界はパンと音を立てて割れた。
うん、いい意味でも悪い意味でも魔力を通さない。
「やっぱ魔法使えなくなるのか。それはだいぶ不便だな」
「でもまあ呪いは完全に封じられはするねえ」
魔女につけるという点では、問題ないと思う。
でも自分の身を守るという点では不便だ。
改良か、別の案か。
全身タイツと聞いて思い浮かぶのはウェットスーツ。
ウェットスーツ水を通さないぴったりとした素材で……呼吸をするためにはボンベか、なんだろうあの銜えて水面にさきっちょを出すやつ。
だが今回においては空気穴という出て入る物ではなく、
出るだけの物でいい。となると………弁か。
一方通行。弁。随分とややこしい仕組みだ。
でも努力して見る価値はあるだろう。
技術の流用もおいおい出来そうだし。
「トーマ、一方通行の魔力の流れ出る仕組みを作りたいんだけどこういう感じの、出来ると思う?」
イメージはラムネの瓶だ。
ビー玉のようなもので片方向には流れ出るけど逆流はビー玉が嵌って道を閉じる感じ。
言葉で言い表しにくいので、図に書いて説明をする。
それをじっとみたトーマの目は、光っていなかった。
普通の、いつもの目でじっと図案をみて………
「絵が下手すぎて仕組みがさっぱりわからん」
ちょっと1発殴ってやろうかと思った。
けれど言われたとおり私の絵は下手すぎた。