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不幸中の幸いというか、メガネは全て配布後だったため被害は紙物が中心だった。
そして悲劇は私達の精霊にあった。
私→風と水の精霊
ここで判明したヴェン先生の精霊→火の下位精霊
泥と植物の根の過半数はありがたいことにほかの先生たちの協力もあって処分が終わったが。が!
見渡す限りこびりつく泥!泥!汚れ!
しかもやや乾いて白くなってきてる。
「土精霊だったらさっと手伝って貰えるんだが、悪いな。ほら気合いで拭くぞガキ」
「はい…土精霊、か……」
端っこから3人で床を拭く。
一拭きで汚れるからバケツで汚れを落として、またふいてを黙々と繰り返す。
精霊はすごい。自分の属性を手指のように使えるのだ。
例えば私は、ジークさんのように土を出すことも形を整えることも出来る。
けれどこの場のように分散した土は1個1個に魔法陣を使わなくては行けないので、ぶっちゃけ無理だ。
だが精霊は魔力、を自分の属性に溶け込ませて操れる。
羨ましい。とってもやってみたい。
「あーもう。雑巾じゃダメですね。モップ取ってきます」
「おう頼む」
そして今は切実に土精霊の協力が欲しい。
そしてふと気づく。
いつぞやの暴走トーマの時のように、魔力を餌に呼んで1回だけでいいから頼めないだろうかーーーー
「いてっ」
「ん?は…?」
考えを見透かされたタイミングで頭の上に乗っていたリェスラに耳を甘噛みされた。ちょっと痛めの噛み方だ。
一度拭く手を止めて、リェスラの脇に両手を入れて抱っこして目の前に持ってくる。
「汚い手でごめんねリェスラ。急に痛いけどどうしたの?」
『リリ、変なこと企んだでしょ?』
「うん……まあ」
ぺちぺちと尻尾で手を軽く叩くリェスラが、窓の方を見たので釣られてそちらを見て彼女の言いたいことを理解する。
「リェスラ、あれなに」
『リリの思いに誘われてきた小石』
小石。まあ、小石っぽいけども。
少し苛立ってるリェスラがぎっと睨んだのは窓に張り付いた複数の小石………に似た形の土の精霊達だった。
『もー!リリの魔力は美味しいの!精霊は虎視眈々とリリと契約する機会を狙ってるんだから気軽に望んじゃダメ!!小石になんてリリは渡さないんだから消えなさい!!』
バチャッとリェスラが窓に水をぶつけると、小精霊たちはすぐにいなくなった。
ちょっと可哀想なことをしたな。
彼等からしたら、私が望んだから来ただけだ。
『じゃあ小石じゃなかったら良いの?』
リェスラを宥めていると、突然聞き覚えのない……精霊の声が聞こえた。
発生源は目の前の土の汚れ。
土の汚れの中にきらりと輝く赤い宝石が落ちてた。
もしかしなくとも…これは…
即座に反応したリェスラは床に飛び降りて、尻尾でパシパシと宝石を叩く。リェスラは怒っているけど、すごく可愛い。
『い・い・わ・け・な・い・で・しょ!!』
センテンスに合わせて器用に叩く。小竜なんだが、犬みたいで可愛い。
「おい、さぼってんな」
「あ、ごめんなさい」
ヴェン先生に言われて慌てて床掃除を再開する。
その横でにょきっと土汚れから生えてきたピンク色の獣。
毛は長めでもふったらきもちよさそうな猫っぽいそれの額には、先程リェスラが連打してた赤い宝石がついていた。
額に宝石。おそらくカーバンクルあたりだろう。
カーバンクルは額の宝石によって強さが変わるが、このカーバンクルのはすごく透き通って綺麗な緋色だ。
高位っぽい。ので相手はリェスラに完全に任せる。
『えー、僕小石じゃなくて宝石だから良いんじゃないの?』
『良くないわよ』
『痛い痛い、やめてよー』
リェスラがカーバンクルの背に飛び乗って首を齧る。
それをカーバンクルがゴロゴロ床にころがってリェスラを振り落とそうとするが、リェスラはしっかり噛み付いてカーバンクルから離れない。戯れる小竜ともふ獣。すごく可愛いです。
『助けてー水竜がいじめるー』
眺めつつ掃除をしてると、振り払えないせいかカーバンクルが助けを求めに来た。仕方ないのでまた手を止めてそっとリェスラを抱き上げる。
「リェスラ、噛んだらダメだよ」
『だって早く追い払わないとリリ取られちゃう!!』
「取られないから。大丈夫、リェスラは私の大切な親友だよ。ほら、私は掃除しないとだから2人ともちょっと仲良くしてて」
『やだ!』
『僕は仲良くしようとしてるもーん』
睨むリェスラに飄々とするカーバンクル。こら仲良くは無理だと諦めて、魔石を作りながら窓を開けてーーーーーー
「早い者勝ちね」
そう言って魔石を外に思いっきり投げた。
瞬間飛び立つ水竜に駆けゆくカーバンクル。
静かになった部屋。ヴェン先生に呆れられながら掃除を再開した。
なおその後魔石をゲットしたカーバンクルにより無契約でも部屋は一瞬で片付けてもらえた。
僕すごい?とご機嫌なカーバンクルを見て泣き出したリェスラを宥めるのはちょっと大変だったのは秘密だ。
「ほらキリキリやれ」
「はい」
モップは使わなかったけど、戻ってきたネリア先生とヴェン先生とリェスラの四人で今度はダメになった書類の再印刷を始める。
「ほっほっほっ」
数日間流れをせきとめていたせいか魔力のノリが凄くいい。
ネリア先生とリェスラが床に並べた紙をテンポよく印刷して、それをヴェン先生が回収する。
それでも、紙を並べるのが追いつかないくらいだ。
『ねーねー、僕ならこの汚れ落とせるよー?僕使えるよー?』
机の上で懸命にアピールするカーバンクルには悪いが、リェスラが泣くから彼にはもう頼めない。
元よりこうするつもりだったし、気合いで現状を復帰する。
カーバンクルに絡まれながら、日もすっかり暮れて夜になり。
お二人が帰ることになっても、エルク様は戻ってこなかった。
「ほらガキ、早く片付けていくぞ」
「いえ、私はエルク様を待ちますので」
「昼間何かあったんだろ。学園長も拘束されて連れていかれたし。物騒だからエルク先生んとこ送ってやるよ。一人で待たせて何かあったら俺が嫌だ」
そこまで言われたら、断れない。
ガキ、とか色々と口の利き方は悪いけど基本的にヴェン先生は良い人で……そうかツンデレか。
ツンデレだと思うとなんだか可愛く見えてくる。
「おい、何人の顔を見てニヤニヤしてやがる」
「なんでもありません。今すぐお支度しますね」
ヴェン先生の目が据わって来たので、デレてくれているうちに慌てて身支度を整えて、自分とエルク様のカバンを持つ。
少し迷ったけど放置するわけにも行かず。
噛みつかないようにリェスラをしっかりと抱っこして捕まえながら、カーバンクルに声をかける。
「私はもうこの部屋から出ていくけど、君はどうする?」
『んー。とりあえずついてってもいい?』
「契約は出来ないけどそれでも良ければ」
『んじゃ行く』
聞いたことの無い鳴き声でカーバンクルが一鳴きすると、机を降りてとことこと私の隣に来た。最後に戸締りをしっかりして……と言っても扉がない。
少し迷ったが、準備室に進入禁止の結界魔法を張る。
「お待たせしました」
「ん、行くぞ」
「リリア先生暗いから気をつけてね?」
「はい」
『足元照らしてあげるよー』
「ありがとうカーバンクル」
カーバンクルが額の宝石から光を出して足元を照らす。
3人と二匹で、すっかり誰もいなくなり消灯された廊下をカーバンクルの灯りを頼りに歩く。
学園長室まで来ると、2人は笑って手を振って帰っていった
「まあ、元気になったんなら良かったな」
「最近様子が変でしたからね」
最後にそう言われて、なんだかくすぐったく感じた。
それと同時に、心配かけてばかりじゃダメだ!と頬を叩いて気合いを入れる。
バチッ!!
思ったよりいい音がして、すると音に気づいたエルク様が学園長室の扉を開いて顔を出した。




