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その姿を見た瞬間、張り付けた笑みが崩れ
こちらへ歩いてくる姿を見て呼吸が乱れ
さらさらの黒髪。銀縁の丸いメガネ。
「どうしたのですか、陛下」
「ああ、エルク。いやレオが我儘を言って泣き出してしまってな」
動いているのが、尊い。
存在全てが、神。
「そうですか」
生真面目な表情も、皴無く着こなした礼服も、全てが尊い。
くる、とこちらを向いた彼と目が合う。
それだけで心臓がバクバクと爆発しそうになる。
どうしよう、こっち来る。来る、来る…!
「リリア…?」
慌てて父様の後ろに隠れる。
ずっと見ていたいでも見られたくない。
ちら、と父様の陰から顔を出して彼を見ると……
にこり、不器用ながらも微笑まれた。
あああああもう無理すきいいいいいい!
なにこれ、ナニコレ、え、ちょっとなんなの。
突然現れた黒髪のお兄さんは……
「キャロル団長、殿下がご迷惑をおかけして申し訳ない。落ち着くまで場所を変えてもらってもいいでしょうか」
「あ、ああそうだな。リリア?どうしたんだいリリア?」
好みのタイプドストライクだった。乙女ゲーム展開はお断りだったはずなのに
「よろしいですか、小さな御令嬢」
これがゲームの強制力なのか。まともに働かない頭をブンブンと振り頷きまくってから父様の服に顔をうずめた。
「えっと、初めましてエルク・フォン・ルクセルです。陛下の甥にあたります」
別室に移動してからもエルクさまは私たち家族と一緒にいてくれた。
後から考えるに客を持て成すことが出来なくなった国王一家に代わって精一杯持て成そうとしてくれていたんだろうけど、その時の私は
「り、り、りりあ、です…」
真っ赤になりながら父様の膝の上で、父様の服に顔をうずめながらちらちらとエルクさまを見ることしかできなかった。
好き。もうなんでもどうでもいい。好きしか頭に浮かばない。
「……リリア、そんな態度はエルクさまに失礼よ」
もう死にそうなくらいに好きなのに、母様に叱られてしぶしぶエルク様の顔を直視s「申し訳ありませんだいすきでむりですううう」
見れなかった。
何故か固まった父様のお胸にむぎゅーっと抱き着くと母様の笑い声が聞こえた。
「ふふふ、リリアのこんな年相応なの久しぶりに見たわ。貴方も、そんなにエルク様を睨まないの。ごめんなさいねエルク様娘は照れているようなの」
「かあさま!なにをいってらっしゃ、うきゃあああ!」
とんでもない爆弾を放つ母に文句を言おうとして父様の胸から顔を放すと、戸惑った表情のエルク様が映って撃沈した。
あーうーあーそんな表情も大好きですー
「あらおかしいわ。うふふふふ。ねえエルク様、うちの可愛いリリアは先日五歳になったのだけど祝ってくださらないかしら?」
ちょ、母、何言ってるの!?
「母様、王家の方にそのような物言い失礼です。何よりえ、え、え…く様は私と本日初対面。そんな初対面の小娘を祝えとおっしゃってもえ、えぅ…様も困られてしまいます」
父様の服に顔をうずめたまま、コロコロと笑い声をあげる母を窘めるが。
見えぬけど、戸惑った気配を浮かべる彼が近づいてくるのがわかる。
そして父様の隣にしゃがんだ気配を感じると、
「リリア嬢」
エルク様に、名前を呼ばれた。
その瞬間私の全身の血流と魔力が大興奮して
「り、リリア!おいリリアしっかりしろ!」
「え、リリア!ねえリリア!!」
意識がなくなった。
『リリア嬢』
『リリア嬢』
『リリア嬢』
最後に考えたことは。
ごちそうさまですだいすきです、だった。