2
「リリア………?」
少し震えるエルクの頭に手を伸ばして、髪を撫でる。
けれども不安そうな顔は解消されなかった。
美しい顔。美しい所作。
痛ましげな顔も、綺麗。
ーーーーーしかしそれ以上の感情は湧いてこない。
でもこれは私の夫で、大切にしなくちゃいけない。
「大丈夫ですから。しばらくは我慢してください」
「いやいや、大丈夫じゃねえだろ……お前、いつもエルクに向けてるデレデレした顔はどうしたよ」
「今は出張中です。イェスラ、私の代わりにエルクを守ってあげてね。リェスラも、場合によりおねがい」
『……やられてるじゃんリリ。ん、でも?んん……』
「やばそうなとこはもう解除してるよ。だから大丈夫って言ってるでしょ」
はあ、とため息をついてイェスラに寄りかかる。
リュートの魔力を体内に入れられて、確かに私は色々と狂わされた。
が、記憶がなくなったとか言うことは無い。
だから、リュートの魔力の危険性は1番私がわかっているので二点を除いてほかの部分の影響は全て取り払った。
リュートに関する好意
エルクに関する好意
この2点以外はいつもの私だ。
「エルク、リュートの後ろには学園長とさらに誰かが手を引いているの。リュートはいいように使われているだけの可能性があるから助けたい。だから敵を欺くために貴方への思いはしばらく封印させたままで居させてもらうわ」
リェスラを撫でながらそういうと、エルクは明らかに不安そうな顔をした。じっと私の顔を見て真意を探るが……やがて辛そうな顔で頷いた。
「わかりました。けど無理だけはしないで下さい。何かあったら言ってください」
「わかったわ。それとリュートの操作能力が上がればあの厄介な状態も解除できるかもしれないわ。だから手を出さないでとアイザック様に伝えてもらってもいいかしら」
「わかりました」
イェスラから離れて立ち上がり机に向かう。
そこには先程包装を終えたペンが置いてあった。
包み紙は綺麗なものと、しわのよったものが混ざっていて自分の不器用さに苦笑いが込上げる。
そういえばカメラの許可がおりたんだった。
先に渡しておくかとサラッとプリントアウトで特殊魔石でのカメラのやり方を書いて、常備している特殊魔石をつける。
すると呼ぶまでもなくトーマが私の机までやってきた。
「なあリリア。お前に頼まれた身体強化魔方陣の改良型、この件が落ち着くまで保留にさせてもらってもいいか?」
そういうトーマの表情は苦々しげで。
ああ、私があっちよりかこっちよりか見定めてるんだなと判断する。
「ああうん、急ぐものじゃないからいいよ。あとこれ、許可貰ったからあげるよ。結界魔法のお返し」
「ん……ああ、これ映写機の元になったやつだな。なあリリア、これ印刷したものってあるのか」
「あるよ」
胸ポケットの中にはエルクの写真があったはずだ。
当たり前のようにそれをぺろっと見せるとトーマは無の表情になった。
ちなみに写真は笑顔のエルクとイェスラがじゃれ合う至高の逸品だ。正直私はカメラマンになれると思う。
「お前、それでそうなのか」
「意味がわからない。とりあえず結界の解析と明日の授業の支度があるから」
「おう。しばらく屋敷でこれ実験しとくわ。なあ、この魔石って欲しいって言ったら手に入るのか?」
「……うちで抱えてる子で1人それを作れる人はいるけど、作れる量が少ないから数個なら、かな」
「おっけ、足りなくなったらお前ん家行くな」
いつでもどうぞーというとトーマは部屋から出ていった。
ああ、解析できない結界のことについて聞き忘れた。まあとりあえず現時点でわかっている結界を1つづつ試そうか。
幸い、リュートと交流はできるから試す機会は多いだろう。
ん?いや待てよ、今は魔力をダダ漏れにしてないから試せないのか。まあ魔法を教えながら試せばいいか。
1つづつ紙にプリントアウトをしていく。
が、やはり違和感を感じる。
どうやら現状ではやはり魔力を上手く操りにくいようだ。
学園長に言ったことはあながち嘘ではない。
魔石を渡したらやばそうだったから作れないと言ったのだけども。実際に操りにくい。出来なくはないけどコストと時間がかかる。
それに………
部屋に置かれた違う机では暗雲漂うと言った風情のエルクが何やら書き物をしていた。
その姿に思うとこはさすがにある。
感情が無いとしてもさすがに『気まずい』と感じる。
「リェスラ、ちょっとエルクを慰めてあげてくれない?」
『いやよ。私がやったって意味が無いでしょ?』
いやまあそうなんだけど………。
早急に問題は解決しよう。
毎日この空気を味わうのはさすがにしんどい。
家に帰ってからまず母様に挨拶を入れる。
「しばらくの間、友人を助けるために少しいつもと違う私になります」
「リリア……?」
「洗脳の才能のある少女が、何者かに操られている可能性があるんです。どうしても彼女を助けたいんです」
「とりあえず、詳しく話しなさい」
その魔力に当てられると好意を抱いたり好意がなくなったり、我慢が出来なくなったり、正常な判断ができなくなる。
私は自分だけなら治せるけど他者は自力で治すのが困難。彼女なら治せると思う。
掻い摘んで話すと母様は首を傾げた。
「それは……まるで呪いのようね」
「呪いですか?」
「ええ。原因も方法もわからないけど時折『魔女』と呼ばれるものが呪いをばらまくと言われてるわ。その呪いは色々なタイプがあるのだけど、魔女自身もどうして呪いをかけているかわからないものが多いそうよ」
ふむ。リュートも無意識だった。
無意識に細胞レベルの精密な効果の出る魔力を放出するものが……魔女で、呪い。
大いにありうる。
「私の方でも少し調べてみるわ。それからリリア、侯爵家としても全力で協力をするわ」
「ありがとうございます。なるべく御迷惑をおかけしないよう気をつけます」
ぺこりと頭を下げると、やはり母様は首を傾げていた。
何か?と聞くも母様はなんでもないわと言って笑った。
よくわからない母様の行動に首をかしげながらも、仕事の邪魔をしてはいけないので執務室を辞す。
とりあえずうちで魔法を教えてる子達の様子を見てこよう。
そう思い客間の方に歩き出すと目の前を小さな銀色が駆け抜けた。
「リズ、廊下は走っては行けないわ」
「あ、ねえたま!!」
声をかけた途端、方向転換をしてリズが突っ込んできた。
それを踏ん張ってなんとかこらえて抱き上げると嬉しそうに笑った笑顔がーーーーー凍りついた。
「え、っと、えっとお、ごめんなしゃい」
「うん、いい子」
抱っこしたまま歩き出すとだんだんリズが泣き出しそうになる。なんでだと思い、笑いながら頭を撫でると余計涙目になった。
なんでだ。
「ねえしゃま、ごめんしゃい。ごめんしゃいい……」
そのまましくしくと泣き出したリズに目を見開き、慌てて怒ってないよと言いながら背中をとんとんと叩く。
でも、それでもダメで。
結局リズはカレラに泣きながら引き取られた。
大好きな妹に、何もしてないのに泣かれた。
受けた衝撃はとても大きく、私はしばらくその場から動く事は出来なかった。




