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身体が、おかしい。
ああ『彼女』の魔力を直に注ぎ込まれたのか。
可愛い、彼女。
大切な、彼女。
とりあえず、名前を聞こうか。
ぶる、と震えてから
ゆっくりと目を開けた。
「やあ、起きましたか。気分はどうですかリリア先生?」
「……?ああ、気絶してしまい申し訳ありません学園長」
「いえいえ構いませんよ」
ソファの背にもたれかかって気絶していたらしく、目を開けると目の前には笑顔の学園長が座っていた。
そして、隣には……。
「大丈夫?リリア先生?」
「心配してくれてありがとう。もし良ければ名前を教えて貰えるかな?」
「あっ、ごめんなさい。私はリュート・シザーよ」
「リュートって、呼んでもいい?」
「もちろん!私もリリアって呼んでいい?」
「良いよ」
嬉しそうな笑顔のリュートがいた。
金の髪の可愛い可愛い少女。大好きな少女。
えへへ、と笑い合うとなんだか気恥ずかしくなってむず痒い。
「リリア先生、貴方には彼女に魔法を教えて欲しいんですよ。それとーーーーあの水竜を止めてください」
そう言われて指さされた先には、拘束の魔法陣に囚われたリェスラが居た。
人サイズのリェスラは歯をむき出しにして怒っていたけど、その声は何も聞こえなかった。
拘束の魔法陣に、防音の効果もあるようだ。
「リェスラ!今すぐ封印を解除してください。学園長!」
『リリ!!!』
すぐに封印を解いてくれた学園長に頭を下げて、リェスラに駆け寄り抱きしめる。
リェスラはフーフー荒い息を吐きながら、鱗を逆立たせてリュートと学園長を睨んでいた。
その頭をぎゅっと抱く。
「ダメだよリェスラ、落ち着いて」
『だってこいつらがリリを!』
「私は大丈夫だから。大丈夫だよ、リェスラ」
落ち着かせるために鱗を戻すように撫で続ける。
しばらく撫でていると、怒りを収めてくれたリェスラがじっと私の顔を見てきた。
『本当に大丈夫、リリ』
「大丈夫だよリェスラ」
身体の中をリェスラの魔力が流れるのを感じた。
それを甘んじて受けながら、にこりと笑うとリェスラは小さくなって肩に乗った。
「ご迷惑をおかけして重ねてすみません学園長」
「精霊の管理はしっかりお願いしますね」
小さくなっても学園長を睨むリェスラを撫でて、リュートの隣に戻る。
「凄いですね。水竜なんて私初めて見ました」
「危ないよ、リュート」
リュートが興味深そうにリェスラに手を伸ばすので、慌ててその手を掴む。
柔らかで滑らかな手に、少しドキッとした。
「精霊は認めた人以外に触られることを嫌がるから」
「そうなんですね、残念。リェスラちゃんは触らせて……くれないみたいね」
ぷいっとリュートから顔を背けるリェスラをもう一度撫でて、魔力を操り……違和感を感じながら、リュートの目元に可視化の魔法をかける。
「見える?リュート、これが魔力なの」
「わあすごいね!でもあれ、学園長もリリアもでてないのになんで私の魔力は出てるの?」
「わからないけどリュートは特異体質なのかな?とりあえず、これを体の中に収めれるようになろうか」
リュートの手を握り、彼女の魔力を動かす。
「こんな感じに動かして、吸い込む感じで」
「簡単な操作はもう出来るのよ、任せて!」
そしてしばらく目を閉じたリュートは、宣言通り辺りに漂わせていた魔力を吸収した。
もう彼女の周りに漂う魔力はない。
無事にできたその様子を見て、少し考える。
……とりあえずこれで、今すぐ処刑とかされずにすむかな。
あのまま魔力を垂れ流していたらリュートは確実に捕縛される。
何せ私が報告書にそう書いたのだ。それを避けるためにも彼女には魔力操作を早く学んでもらわなければならない。
しかし、無意識でこれをやっていたのか。
それを意識下で制御するとなるととても大変そうだ。
「出来た!出来たわリリアありがとう!」
「こんなのは初歩よ。これから頑張りましょうね?」
「うん!」
「さてお嬢さんたち、少し休憩にしないかな?初めっから飛ばしすぎても良くないものだよ」
「わあ!カナリアのケーキですね!学園長ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
学園長に出されたお茶を飲みながら、改めて学園長を観察する。
呼ばれたこの場にいた事からも学園長はリュートの友好派だろう。心強い。リュートを取り巻く現状は既に悪いのでここからどう建て直して行くかが肝心だ……けれど。
そうだな。どう動くべきか。
「そうだリリア嬢。君は魔力の結晶体を作り出すことが出来るんだよね?是非ともそれを作ってもらいたいのだが。リュートを守るために必要なんだ」
少し、考える。
違和感を感じる。
学園長が言うのは魔石だろう。けれど、なぜ魔石を知っているのか。
魔術棟の人達は当たり前にしているが彼らは守秘義務がある。
私もトーマとエルクくらいにしかちゃんと教えていない。
学園で作ったことはあるけれど、魔力の結晶体となぜ知っているのか。
「それが学園長、先程から体内の魔力が酷く不安定で……なにか不純物が混ざっているような感覚で上手く魔法が使えないんです。今ちょっと調べて見てるんですけど」
「………そうか。ならばリリアは無理をしなくていい。魔力がおかしいのなら専門家を呼ぶから君は大人しくしていてくれたまえ」
「お力になれず申し訳ありません。でもこのままじゃ魔法が使えなくなるかもしれないですし…」
「いやいや君も学園で守るべき子供のひとりだ。決して先走って下手なことをしては行けないよ?なるべく早急に呼ぶから安心なさい」
「リリア、大丈夫?」
「大丈夫だよリュート」
心配そうな彼女に笑いかけると、リリア可愛い!と抱きつかれる。
リュートは13歳なので彼女にとって私は妹みたいな気分なのだろうか。自分より可愛らしいリュートに抱きつかれて少し照れる。
「とりあえずリリア、遅くなると君の主人が心配するからもう戻りなさい」
「リリア!あの、今度からお昼とか一緒に食べよ……?」
「ええ、いいですよ。では失礼します」
不思議な感じがする。
今まで培った何かが崩れて、そこに別のものがある感覚は。
『……リリ、なのよね』
「うん、“私”だよ」
ふわふわするような夢のような不思議な感覚。
そんな気分のまま準備室に帰ると、アイザック様はもう帰宅したらしくトーマとエルクが話をしていた。
「ただいま戻りました」
『リリッ、さっきのなんだ、大丈夫なのか!』
『イェスラ、リリ『アレ』を直接入れられてた。本当に大丈夫かリリを見て!』
『は……』
「いやだからだいじょぶわっ」
リェスラの言葉に全員がこっちに慌ててくる。
その中でイェスラは一瞬で大きくなって、風を操って私を自分の羽毛に突っ込ませた。
そして即座に頭の上に顎を置いて、私の中に魔力を流して見だす。
「リリア、今アレを入れられたって!大丈夫なのかい」
「お前、シザーにやられたのか!」
どいつもこいつも。
まあ彼女が厄介な魔力なのは分かってはいるが、ひどい扱いじゃないか。
はあ、とため息をはいて2人をじっと見上げる。
ピンクの髪のせいでちゃらく見える魔国の王太子。
黒髪金目の麗しい私の好みのどんぴしゃの旦那。
「やられてますけど、大丈夫ですよ」
呆れながらそう言うと、エルクは明らかに動揺を見せた。




