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「しかし噂とは当てにならないものですね。深緑の賢者は幼いながらも聡明で落ち着いた方と聞きましたが。ああ、遅れましたがアイザック殿下ご機嫌麗しゅう」
「ショールディン嬢、態々丁寧にありがとう。そうだなリリーが授業中泣き出したと聞いた時は驚いたぞ」
「そうだね、私もめったに見ないリリアの涙で少し驚いたよ。でも今まで大人に囲まれていたから、子供たち同士で交流して影響を受けたのかと……」
三者三様に珍しいと言われて、少し考える。
仕事中に、趣味に没頭し
仕事を疎かにするばかりか、支障を来たす。
……しかも幼子のように泣きじゃくる。
昨日に続いて2日連続だ。
昨日のあれは、もう取ったはずだが。
嫌な予感がして可視化を使うが私の周りに特に異常はない。
考えろ。今日の私はいつもの私が取る行動だったか。
「……エルク様。いつもの私なら授業直前に、しかも内容が急に変わったのに別のことに没頭してたでしょうか」
「……しない、かな。でもリリアは私が関わることには特別な反応を見せるからちょっとわからないな」
「………すみません皆様、なんか嫌な予感がしますので調査をさせてください。リェスラ、イェスラ私の中の『アレ』は本当にもうない?」
第1皇子や友達でもない令嬢令息をもてなさない行動など失礼だ。
そうわかっているのに、衝動が止められない。
そう、衝動が止められないのだ。
右肩にイェスラ、左肩にリェスラが乗って私の体の中の魔力を探ってくれる。
私も目を閉じて負けじと、魔力を探る。
『無いと思うけど』
『んーんーんー?んー……なあ、エルクちょっと大きくなっていいか』
「お客様たちに当たらない程度なら」
エルク様の許可を得て、イェスラが巨大な鳥になる。
その羽毛にぼふ、と埋もれてイェスラの大きな頭が私の肩に乗った。
ついでとばかりにリェスラも大きくなって反対側の肩に顔を乗せた。
頭、体、腕、足…胸部、腹部、下腹部……魔力の流れに乗って全身の魔力を動かしてみるが特に異常はない。
『いつものリリアだと思うけど』
『ん、あ!……あれ?……うわ……』
体の魔力に集中していると不意に右腕が動かなくなった。
風の魔法で固定化されているらしい。目を開いてイェスラを見るとイェスラは目をつむったまま唸り声を上げていた。
『リリ、親指の付け根よーく確認してみろ』
「右の…?」
言われるままに右手の親指の付近で魔力を動かしてみるが、やはり特に何も無い。
「ナニか、あるの?」
『ある。もっと魔力を細かく見るんだ。大まかな流れじゃなくて、流れているものの一つ一つを』
難しいことを言うが、流れてるものの一つ一つと言う言葉で不意に血液を思い出した。
血液には白血球や赤血球や血小板が詰まっている。
目には見えないけど、細かいものが詰まっている。
そんな感じかな、とイメージをしてみると突然魔力の感覚が開けた。
「うわ、なにこれ」
小さな桶の中身が、急に大きな湖になったような感覚。
その詳細な物を見ていると魔力の吹き出し口や肉体へと吸収されていく魔力などが細かく見えた。
そして。
イェスラの言う通り、右の親指の付け根にはーーーーーーー『アレ』が付着していた。
しかもそれは魔力の吹き出し口に張り付いて、魔力の流れをせきとめていた。
とはいえ、それはびびたる抑えだったけども。抑えきれてないのか私の魔力は漏れ出ていたけども
「わかった。3つ、アナを塞いでる?」
『うん。リリが自分でわかるならありがたい。コレリリの魔力の発生場にくっついてるから俺の魔力で下手になにかすればリリに影響があるかもだから』
「これが原因?」
『わかんないけど、多分』
「そっか。じゃあ親指を切り落とせばいい?」
「良くないです!」
「何言ってるんだ!」
「何を考えているんですか!」
『ダメ!!』
「あ、はい」
いっせいに怒られてしょぼんとしながらもイェスラの言うことを聞く。
『これ、初めに見つけた場所から移動してるんだ。だから動かすんじゃなくて消した方がいい。リリの魔力でくるんで潰すか燃やすか』
「んぅー」
言われるがままに魔力で包んでとりあえず魔力を動かす。
ほんの少しの魔力を動かしたのに、場がうねるほどの魔力が動いた。
赤血球サイズでの魔力操作とか無茶を!
何度も失敗してそうだ異物を排除する白血球だ。『細菌ぶっ殺す!!』と言う前世のアニメを思い出すとなんとなく操作の感覚が掴めてようやく微細レベルでの魔力操作に成功する。
が、潰そうにも変形するスライムのようで、消すことは出来ない。
ならば燃やすと言いたいところだが、魔力自体の性質の変化は精霊の技で私には出来ない。
少し悩んで。
魔力でくるんだまま体外に取り出してーーーーーー魔石にした。
ごくごく微量のアレを取り込んだ私の魔石はいつもと同じ赤い輝きを放っていた。ただしサイズは砂粒ほどだが。
途端、すっと頭が晴れていく。
ほんのそれだけで驚くほど頭がスッキリした。
「面白い。なにこれ凄い」
魔力の放出口は、身体中のあちこちにあった。
あんな微細とも言える魔力で、あれほどの絶大な効果を出すなんて。
対策を兼ねて是非とも調べたい。
とは思いつつもとりあえず目の前のお客さん3人に頭を下げた。
「先程までは見苦しい真似をお見せしまして申し訳ありませんでした。アイザック様、共の方わざわざ私の補助にありがとうございます。ショールディンさん、手間を取らせて申し訳ありませんでした」
「……いや構わない。ディートも平気だよな?」
「ん?僕はこれの作業のためだけに来たから?それよりすごいね!魔力操作ってこんなシステムなんだね!」
「わたくしは淑女としてやるべきことをやった迄ですわ」
うわーやっぱショールディンさん素敵。
小さくなったリェスラを肩に乗せて、イェスラを指先に乗せてエルク様の元へ行き彼の肩に乗せてあげる。
すると心配そうなエルク様に優しく髪を撫でられた。
「大丈夫かいリリア。大丈夫じゃなかったんだろ?」
「そうですね。これを意図してやっていたのならば彼女は大変天才で優秀です。それくらいすごい状況でしたね」
細胞レベルでの緻密な魔力操作。
今の今まで私にもできなかったそれを意識してやっていたのならすごいことだ。
………効果と誰彼構わず『アレ』を振りまいてる状況をみたら色々とやばい事だけども。
本当は今すぐ早急に対処が必要だけど、部外者である彼女とディートさんがいる状況ではこれ以上の話は進められない。
「ああ、ショールディンさん。ちなみに6学年の人達の操作の感じはどうか聞いてもいいですか?」
「……はい。うちのクラスの反応で良ければ、あの後ホームルームの時間も魔力操作を試している方が数名いらっしゃいましたわ。配布されたプリントやメガネを楽しげに弄るものも居ましたし次の授業まで皆課題を真面目に取り組むと思いますわ」
「そうですか、意欲を向けて貰えたのなら幸いです。今回のことは本当に申し訳ありませんでした。お詫びにもなりませんが明日、担任の先生に自主勉強で使える魔道具を渡しますので是非ショールディンさんも使ってみてくださいね」
これ、とペンを見せると。
ショールディンさんはペンの山と包装紙を見てーーーー少し迷ってから「差し出がましいかもしれませんが、梱包を行うのならばお手伝いしましょうか?」と言ってくれた。まじ女神だなあ。
「大変嬉しい申し出ありがとうございます。ですがこれは自分への罰として自分でやりますのでお気になさらず」
「では、ペンの梱包はここをこうして、こうするとシワが寄らなくていいですわ」
あ、シワを気にしてくれていたのか。
すごい参考になるその梱包に頷いて、その技術をものにするとショールディンさんは優雅に笑顔で準備室から出ていった。