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その日の夜、食事もとらずに集中を続け。
写真で映像も記録してとりあえず10授業分程の資料を作り上げるともう夜が遅かった。家にあった私の魔石でなんとか魔法は使えたけど、魔力切れでこれをやるはめになったらと思うとゾッとする。
気づけば机の上の隅の方には小さくなったイェスラリェスラと軽食が置いてあって、精霊2人にとりあえず飯は食えーと言われて無理やり詰め込み。
トーマの結界の、魔道具を作ることにした。
解析してる間にまた殿下など影響力のある人が取り込まれたら面倒だ。
そう思いまずは作ることにしたがーーーー
「なんでこんな複雑なのよ……」
三種混合の魔法陣くらいなら数センチのスペースがあれば作れるけれど。
さすがにこれだけの種類が混ざりあった魔法陣、全然うまく『魔法陣の焼き付け』が出来ない。
大きくていいのならいくらでも出来る。だが、そんなもの持って学園生活など出来はしない。
100歩譲ってポケットにはいるサイズだ。
だがしかしそれすらもつらい。これを描くには少なくともこの紙……広げた掌2つ分程のサイズは必要だ。
それ以下だと、緻密な陣が潰れて効果が出ない。
「ああああもう、無理ー無理無理ー」
ベッタリと机の上に伏せて考えを巡らせる。
手のひらサイズにする方法……映写機で写して逆に小さくするとか。
ダメだ潰れるものは潰れる。
手書き、論外。むしろサラサラと書けるトーマが異常。
ジグさんに依頼……ダメだ小さいのは時間がかかって人件費がかさむって言ってた。時間がかかる、という点であかん。
『リリ平気?』
「無理だよリェスラ、イェスラなんか一緒に考えてー」
『んー、これを持ち運びやすいサイズにすればいいの?』
「そうそう。自分で発動できるならいいんだけどこんな細かいの殿下たちじゃ魔力塊に刻めないから」
サイズが大きくていいなら、私でなんとかできるレベルだ。
と言うかトーマこれ魔力塊で魔法発動できるのか。すごいなあと内心感心する。
と、イェスラが魔法陣が書かれた紙を折り出した。
『なーなーリリ。これって紙折ったらどうなるんだ?』
「折る………?……わかんない」
折るなんて言う発想、今まで無かった。
折ったらどうなるのか。
試しに紙を4つ折りにしてみた。
これでポケットより少し大きいくらいだ。これでも大きいけどとりあえず実験…。
魔力を通して魔法陣を発動させようとすると、重なり合った魔法陣同士で魔力の流れが交差して発動は失敗に終わったーーーーーーが。
折れた線の上でも魔力は通った。
失敗の原因は、重なり合った異なる部分の線が接触したせいだ。
つまり線が接触しないようにすれば…
書いた上に魔力を通さない物質でコーティングするとか、色々と考えたが
とりあえずどシンプルに魔法陣が書かれた紙の上に、白紙の紙を置いてまとめて折る。
今度は小さく小さく折れる限界まで折ってみてーーーー厚みは増したが、指先でつまめるサイズになったそれに魔力を通すーーーーと。
魔力を結構持っていかれたが、結界は発動した。
なんてこった。
とりあえず紙に書いた魔法陣で済むのなら、使い切りになるが大きさの問題をクリア出来る。ので、その場で紙を何十枚も集めてダッシュでトーマの結界をプリントアウトしていく。
1枚1枚の間に白紙を挟むことも忘れない。
そして消費魔力に関しては別途魔石を渡せばいい。
あとはお守りサイズの小袋にでも入れれば。
そこまで到達した時、もう深夜だった。
折るのは当人たちに任せよう。そう思ってベッドに向かおうと立ち上がると、部屋の扉がそっと開いてエルク様が覗き込んだ。
「寝てなかったのか。リリア、もう夜は遅いからいい加減寝ようか?」
「はい…とりあえず、トーマの結界の暫定物はなんとかなりそうなのでもう寝ます…」
「ん、じゃあ明日みんなに取りに来てもらっても平気そう?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあイェスラ、各家に手紙を出してきて。リリアは寝ようね」
『俺も眠いのにーおうぼー』
文句を言うイェスラを無視したエルク様に捕獲されて、エルク様のベッドに連行されて。
吸い込まれるように眠りに落ちた。
翌朝、日が昇る前に起きて3人が眠るベッドから抜け出す。
サイズの問題はなんとかなった。あとは入れ物だ。
日常的に持ち歩いてもおかしくなく。
かつ、高位貴族が持っていてもおかしくないもの。
そこまで考えてカッとひらめいた。
「爺、ちょっと大至急お願いがあるんだけど!」
そして起きていた爺の元に走り。
朝っぱらからメイド一同に協力を仰いで、それは完成した。
ついでに私もメイドに混ざってソレを作った。
けれど悲しいかな、魔法魔法で運動神経も画力もない私は
裁縫能力もなかった。
「なるほど。このハンカチの間に挟んで持ち歩くと」
「はい。とりあえず応急処置ですがこれなら自然と持ち歩けると思います。予備の魔法陣も渡しておきますのでこちらはノートにでも挟んでおいてください」
「わかった。このハンカチは普通のものでも構わないのか?」
「ええ。今回は急を要するのでうちで用意しましたがご自身のものを使ってくださって構いません」
朝も早くからレナード殿下とアイザック殿下が来た。
両親もエルク様も眠っていたけど爺と玄関で対応する。
紙に書いた魔法陣を数枚とハンカチと魔石を渡すとレナード殿下は頬を染めて受け取った。ちょっとげんなりする。
「ジュゼ達には私から渡しとこう。あとリリー、他にもこれを使った方がいいと思うものには渡してもいいか?」
「構いませんが気をつけてください。原型のこれは魔国の王太子が扱っていたものだけあって消費魔力がとても大きいです。私が鍛えた方々は大丈夫だと思いますが…一応これはうちの者で作った魔石になります。が、魔石をあまりばらまくのは…」
「そうか、わかった。使えそうな者にだけ渡しておく」
アイザック殿下はすぐに渡すと言って、名残惜しそうなレナード殿下を連れて去っていった。
エルク様はとりあえず、私が直々に魔法をかけよう。
私にもかけて。そう思っていると突然抱き上げられた。
「おはようございます。起こしてしまいましたか?」
「むしろ起こして、リリア」
溜息をつきながらむぎゅむぎゅ抱きしめるエルク様は寝起きで慌ててきたのか、まだ寝巻きだった。
しっかり者の彼のらしくない慌てっぷりにくすくす笑って首に手を巻き付けて抱きつく。
「嫌ですよ。エルク様の寝顔を見るのは私の特権です」
「見てもいいから、起こしてほんと……起きたら居ないから、焦った」
「気をつけます」
寂しがり屋さんだなあと笑いながら、彼の艶やかな黒髪を撫でてそのまま部屋に戻った。
さあ、付け焼き刃だが準備は万端だ。
馬車をおりて、エルク様と校舎に向かう。結界は馬車の時点でかけた。
あの『空気』は見える範囲にはない。
『彼女』もいない。
肩透かしかと思うと……昇降口で、トーマと『彼女』が話をしていた。
「これは……」
「目で見ると、凄いですね」
トーマと彼女の周りは、可視化で見るとはっきりと薄い魔力のモヤに囲まれていた。
けれどそのモヤはトーマの周りを取り囲む結界にしっかりと阻まれてトーマ自身は無事なようだ。とは言え状況は良くない。




