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あの子のあの魔法、何だったんだろう。
そんなことを考えながら始業式の教師席に並ぶ。
学園長の挨拶の後、新任の教師として挨拶をするのだがここでヒヤリとした。
エルク様、まさか抱き上げて壇上に行かないよね!?
いやまあ学園内でも抱っこちゃんされてるけど、第一印象って大事だよ!
内心ヒヤヒヤガクブルしているとついに出番がやってきた。
「ではこれから新任の先生を紹介します。深緑の賢者にして今年度から新しく始まる『魔力操作学』を担当するキャロル先生です」
え、キャロルだけだとどっち?
私が戸惑うとエルク様がすっと立ち上がり、私に手を差し出した。
「お手をどうぞ?」
ああああああああすてきいいいいいいい。
バシャバシャ写真を撮りたいがかなりの人目があるので堪えて、にっこりと微笑んでその手に自分の手を重ねる。
そして、壇上までエスコートされて先に拡声器の前で抱き上げられた。
結局抱かれたと思うがそこには切実な問題があった。
机の上の拡声器、位置が高すぎて届かなかったのだよ!
「初めまして。深緑の賢者のリリア・キャロルと申します。全学年の魔力操作を担当します、新任ゆえまだまだ未熟者ですがお手柔らかにお願いします」
抱かれた状態で精一杯の挨拶をすると、エルク様が私を抱いたまま拡声器の前に移動した。
旦那様下ろしていいですからああああああ!
「初めましてエルク・キャロルと言います。彼女の補佐を担当します。どうぞよろしく」
簡素に簡潔にエルク様が挨拶をする。
短くてよかったけど、私の恥じらいポイントはもうMAXだよ…
カーラ先生がくすくす笑う中教員席に戻り、すぐに始業式は終わりを迎えた。
安定の抱っこちゃんで大ホールを出ると見慣れた顔ぶれがこちらにやってきた。
「今日からよろしくリリー」
「久しぶりです」
「なぜ抱っこされてるんですか…?」
「お久しぶりですアイザック様、ジュゼ様、カースティン様」
そこには王宮での私の教え子たちがいた。
確かジュゼ様とカースティン様が六学年、アイザック様が四学年だったかな…?ついでにレナード殿下は二学年だ。
そしてカースティン様、抱っこはツッコミ禁止です。
「三人とも列から出ないで教室に戻りなさい」
「ハイハイ、エルクも今日からよろしく」
三人はエルク様に窘められてすぐに教室に戻る生徒の列へ戻って言った。
ーーーーーあ。
目に付いたのは朝の可愛い美少女だった。
列から外れ、教師の後を1人で歩く美少女。
彼女の周りはやはり空気が違った。
可視化を使って見てもそれは不思議と同じだった。
私が使う魔法とは程遠い薄いうっすーい魔力が彼女の周りには漂っている。
すごく気になる子だなあと思いつつエルク様と職員室に戻っていった。
今日も明日からの準備……のはずだったがとりあえず初めに明日、一学年に入学した生徒に渡すプリントの作成を手伝った。
プリントアウト使ったら早いのになーと思ったがエルク様にとめられてこの世界での大量生産ようの器具、転写版を使って印刷を使う。
これがまたくっそめんどくさい。
活版印刷が1番近いだろうか?
沢山ある文字群から文字を探して、並べて、インクをつけて、紙に貼り合わせて印刷。
またインクをつけて印刷の繰り返しだ。
文字群を探すのと、印刷も乾燥等で時間がかかるから、全て手書きで済ます先生もいるほどだそうだ。
故に、この印刷機を使う時は余裕があるならばそれが誰でも手伝って欲しい。
そう父様と変わらないくらいの先生に頼まれた。
エルク様とヴァン先生、ネリア先生がこの学園での色々を擦り合わせるように話し合う中
『はい』
「ほい」
『ほーい』
イェスラとリェスラと三位一体になってプリントをガンガン印刷する。この学園のルールなどは後でエルク様に教えてもらえばいい。常識知らずの私はそれがどういうことかもわからないので。
インクそれ即ち水分。リェスラの得意分野なのでリェスラにはインク補充係を。
乾燥それ即ち風大事。イェスラには得意分野なのでインクを乾かす作業を。
私は残った印刷の作業を行った。
掛け声とともにリェスラが魔法でインクを塗りつけ
私が紙を取って印刷して
イェスラが魔法でその紙を攫い、乾かしておく。
そのあいだ、頼んできた先生は2枚目の原版を必死に組んでいた。
その隣には他の先生も原版を組んでいる。
「えっと、これ出来ました」
「え、もう!えっと、まだ次の原版できてなくて…」
「あ、じゃあこっちのやってくれないかなキャロル先生」
「いいですよ、何枚ですか」
「80枚で!」
「わかりました」
先に紙を80枚取る。リェスラとイェスラと協力したので一人23枚づつ数えて、貰った原版をセットしてまた3人で仲良く印刷をする。
めんどくさいけど、めんどくさいんだけど。
三人でする作業は、すごく楽しかった。
「ありがとう助かったよキャロル先生。それにしてもキャロル先生は精霊と仲がいいんだね」
「はい。自慢の親友です」
その自慢の親友は今、エルク様のポケットで休憩を取りもう1人は私の肩ですました顔をしている。
家に帰ったら生クリームのケーキでも作ってもらおうかな。
そんなことを思いながらエルク様の隣に戻る。
「じゃあその辺は印刷をするとしてーーーああリリアおかえり」
「大丈夫ですか?」
「ええ。そうだ昨日の魔道具を試してみるかい?」
「そうですね」
そうとなれば。早速昨日作った試作機を手に取ると、試作機ごと抱き上げられた。
もう何も言うまい。
「持ちますよ、それ」
ネリア先生が試作機に手を出してきたので、特に壊れやすいものでもないし素直に渡す。そしてヴァン先生とネリア先生とエルク様と一緒に講堂へ向かう。
するとなんだろうか。
あの不思議な少女が数人の生徒に囲まれていた。少し悪い空気で。
「なんで貴族でもないのにこの学校にいるのよ」
「大した魔力でもないくせに」
あの不思議な魔力はやはり少女を包んでいて。
それでもそれは守護の魔法ではなさそうだ。
歩くエルク様の服を引いて、そちらを見るとすぐに理解してくれたエルク様は少女の方へ向かった。
「何をしているんですか」
「あ、な、なんでもないんです!」
ひと声かけるだけで、群れは解散して少女を残して居なくなった。
そして美少女の周りにぶわっとあの謎の空気が溢れ出す。
「あ、あの、ありが…とう…ござい、ます…」
少女は嬉しそうな笑顔で礼を言っていたのに、私とエルク様を見て顔を青ざめさせると頭を下げてそそくさ逃げていった。
「なんでしょう、いまの?」
「さあ?」
助けてあげたと驕る気は無いけども、私もエルク様もそんな怖がるような顔をしているかなあ?
互いに首をかしげながら、そのまま講堂へ向かった。
「ネリア先生、見えますか?」
「おっけーでーす」
「こっちもしっかり見えるぜ」
実験の結果特に問題なく壁に文字を映し出させた。
これならノートなどに予め書き出しておいたものを映し出すだけでいいし、その場で紙に書いて映し出してもいい。
とりあえず指導の要点を書いたメモは準備したが、それをきちんと書き上げるか。
頭の中で、明日の授業までやることの最終チェックをまとめる。
「ガキ、なんかあとやっとくことはありそうか?」
「うーん、あとはやっとくべき事前準備でお手伝いいただけるものはわからないですね」
「じゃあ俺ちょっと補助しやすいようにやりたいことがあるからそっちやるわ」
「はい。ネリア先生もヴァン先生もありがとうございました」