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「ありがとうございますカーラ先生」
「いいのよー。キャロル夫婦はどっちも綺麗だから目の保養だし。精霊くんたちも綺麗ねえ」
「ありがとうございます」
あっけらかんと笑うカーラ先生に校舎の案内をされる。
学園はとても広かった。
全ての教室に行くのは無理だろう。
それほどに広かった。城と変わらないくらいかもしれない。
とりあえず渡されたプリントを見ながら実際に授業を行う講堂と演習場、あとトイレと食堂を覚える。講堂と演習場は私の授業専用のようだ。
ちなみに食堂は一般の物じゃなく、貴賓室を使うことになるようだ。
ほら、私はともかくエルク様は王族なので。
授業は、ゆっくり成果をあげてくれても構わないと言われたので基本的に相手の体に触れて魔力が動く感覚を教えることはやめた。
あくまで言葉のみで。
しかしうーん。
3クラスが入る講堂となると広い。
教壇から最後尾が遠い。
声を張り上げても、ずっと続けるのは辛いのでちょっと考える。
「思ったより広いですね」
「ここは演説会会場だからねー。年に数回しか使ってなくてその時はいつも拡声魔道具を使っていたわ」
拡声魔道具は別にいい。既存のものがあるならすぐ作れるだろう。
問題は文字だ。
黒板そのものは講堂に取り付ければいい。
普通の教室にあるものを4つくらい並べればいいだろか。
ただそれを消したり書いたりするすべが必要だ。
「リリア、どうしますか」
「レディキャロル?どうかしたの?」
しかし黒板4枚。書くのも消すのも手間だな…そう思って、真っ白な教壇の後ろの壁を凝視する。
待てよ、これだけ白い壁ならば…
エルク様撮影用に常時持ち歩いている無色の魔石を手に取りじっと見つめる。
「エルク様、帰りにジグの工房に寄ってもいいですか?」
「構いませんよ。急ぐのでしょう?」
「はい」
光魔法と、有形魔法と、特殊魔石と。
角度の問題と距離感の調整。
とりあえずジグの工房で試作品を作り、帰ったらシャルマに魔石を作って貰って……。
「イェスラ、教壇から後ろの壁の距離と壁のサイズを記録しといて」
『あいよー』
エルク様の腕から降りて、イェスラとリェスラと距離と角度のメモをとる。
「あのキャロル先生、レディキャロルはいったい…」
「ああ気にしないでください。ちょっとスイッチが入ると集中してしまうんです」
案内が終わって職員室に戻ると試作機の原案をザクザクと書き上げる。
下に紙を置いて、それをその上に置いた魔石に写し取る。そしてその魔石を光魔法で映し出す。
要は簡単な映写機だ。
問題は角度などなのでそこら辺の調整を効かせるように…。
初日の授業用のプリントをザックザックコピーしながら細かい設定を書き込む。
エルク様とヴェン先生はそれを各クラスの人数毎にまとめて、もう1人のお手伝い…ネリア先生はワタワタしながら紙を私が指定した場所に運んでいた。
何せ15クラス分のプリントだ。
いくら私とはいえ作り上げるのは容易じゃない。
「リリア、ストップ。もう良いよ」
「ん?はい、お手伝いありがとうございます」
「……他になにか手伝うことねえのかよ」
「あ、じゃあこのメガネを各クラスの人数分に分けて置いといてください」
「おう」
ヴェン先生は最初の突っかかりが嘘のように手伝いをしてくれた。
凄まじい数のメガネをネリア先生とエルク様と一緒に仕分けてくれる。
「このメガネってレンタルか?」
「いえこちらは配布物です。ただし使い切って破損した場合新しいメガネと交換させます」
「あーじゃあ購入申請用紙作っといた方が良くねえか」
「そうですね。リリア、とりあえず50部ほどお願いします。ネリア先生は紙の補充を手伝ってください」
「わかりました」
「はい。」
そして言われるがまま、またコピー機としてボーッ量産していく。
すぐに積まれる大量の紙の束。
さすがに職員室でこれをやると目立つので私たちは、私に与えられた教材室で行っていた。
教師経験のあるヴェン先生とネリア先生で作っておくべき用紙を考え、そこにさらにエルク様も必要な紙を考え
さっきから尋常じゃない量のプリントを量産している。
別にプリントアウトを使うのはだいぶ慣れてきたから何枚でもいいのだけれど、小山が部屋のあっちこっちに積み上げられて行く様はちょっと楽しくなってきた。
映写機の設計図が落ち着いて、
私も枚数を数える作業を手伝う。
4人で黙々と仕分けをする。正直、これ1人だったら無理だった。
そんなこんなでしばらく今後のプリントの準備を行っているとコンコンと部屋の扉がノックされた。
「リリア先生、居るかな」
「はい?」
入ってきたのは学園長で。私は初対面でブラック真っ盛りなことを笑顔で押してきたから、既にこの人は得意ではない。
が、一応上司なので大人しく返事をする。
「ああ、ヴェン先生もネリア先生もキャロル先生もご苦労様です。リリア先生の補助は出来そうですかな?」
「今のところは問題ないです」
即答したのはヴェン先生だった。だけど貴方1番先に突っかかってきたからね!
若干何言ってんだこいつと思いながらも「皆さんに助けられてます」としおらしく言うと、学園長は微笑んで嬉しそうに頷いた。
「ならば良かった。もし人手が足りなければ増員も考えていますので気軽に言ってくださいね」
パチッとウインクをするナイスミドル。
親しみも何もわかない。絶対この人はフレンドリーな顔をして私を利用してくる気しかしない。
「ところでどうですかな?もうすぐ業務終了ですが美味しい菓子が手に入ったので少しお茶でもしませんか?」
……知識や功績を貪られる未来しか見えません。
悲しいかな前世推しメンの下僕にして会社の社畜。
上司に刃向かえる気がしないので行きたくないけど……初日から上司の誘いを断るのも角が立つ。
「エルク様、ジグの工房ってここからどれくらいでしたっけ」
「30分ほどだね。学園長、この後は授業で使う教材を作ってもらいに行くのであまり時間は取れないですがいいですか?」
「ええ、構いませんよ。お茶を飲むなんてすぐですし」
「では、仕事が終わりましたら向かいます」
先に私だけ連れていきたそうにしてるのは気づいたけど、エルク様の言う通り早く仕事を終わらせようとプリントの数を数えだしたら学園長は待ってます。と言って去っていった。
思わず入っていた力が抜けてため息が出る。
「あー。ガキ、あまり学園長にひょこひょこついて行かない方が良いぜ」
「御忠告ありがとうございます」
その後イェスラとリェスラも手伝ってくれて、無事業務時間内に目処は着いたのでヴェン先生とネリア先生と別れてエルク様と学園長室に行く。
行きたくない。行きたくないけど、そんなこと学園内じゃ言葉にも出せない。
ぎゅっとエルク様に抱きつくとなだめるように背中を撫でられた。
「私に任せていいよ」
「…ありがとうございます」
「やあやあ来てくれたね。どうぞかけてくれたまえ」
促されて、頭を下げてソファにエルク様と座る。
向かいの席にティーポットとティーカップを持った学園長が座り、そのままお茶を煎れてくれた。テーブルには予めケーキが2つ。エルク様と私の座るであろう席に置かれていた。