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「はい。そう、では集中して……うん、いい感じ」
自分より背の高い彼女の手を取り、彼女の体内で魔力を操って操作の感覚を再度教える。
そして彼女は教えた通りの操作を体外で行うことが出来た。
「やった、出来ましたリリア様!」
「とてもよく出来ています。あとはその魔力塊の出し入れを繰り返してください。消費魔力が少なくなっていくので」
「はい!」
今日はここまで。そう言って彼女……孤児であったレティシアの部屋を出た。
あれから数ヶ月。
月に数回孤児院を訪問し、見込みがありそうな子を5人ほど侯爵家で預かった。
レティシアは魔力塊を安定して作れるようになった。
マイクは魔力塊の成功率は不安定だけど、作成した塊の操作性は抜群。
シャルマはジークさんと同じ特殊属性の魔力の持ち主だった。未だに魔力塊は作れないが彼の魔力のおかげでうちでもカメラを作れるようになった。
ネルとリアの兄弟は魔力量が大きい。今はまだ操作の特訓をしている段階だがこの2人の魔力は5人の中で段違いだ。そして彼らには中位の火と土の精霊が懐いた。
この5人には魔力操作に加えて、計算や簡単なマナーなども教えている。
教育がある程度終了したら職も斡旋させて頂きたいと言ったら全員がやる気に満ち溢れてくれた。
「マイク、入りますよ」
『はい』
ノックをして、中に入るとマイクは魔力塊を薄く伸ばしたり形を変えていた。私のノックに反応しながらも状態を保っているということは集中力もいい感じだ。
「どうですか、何かありますか?」
「だんだんほそーい形にも出来るようになった!となりました。今日はもう残り魔力が少ないからこのまま操作性の特訓をしようかと」
「それは名案ですね……では、」
孤児院には、今もいっている。
代わりの先生が育つまでは行くつもりだ。
とは言え来月から学園に行くことが決まっているので、訪問回数は減るが。
学園が休みの日に時間を調整してエルク様と行く予定だ。
そういえばエルク様も来月から同じ先生だが、詳しく聞くと彼は私の補助教員になるそうだ。
とは言え、始め学園から提示された授業スケジュールを聞いて呆然とした。
10歳~15歳の5学年×3クラス。15クラスを週に2コマと言われた。
週30授業。
この学園は前世の学校に近く一日長くて6コマの授業があるらしい。そして週に一日が休み、一日が選択授業らしい。
つまり生徒も週30授業。
私は毎日6コマみっちり教鞭を取れと言われたのだ。ブラック企業まっしぐらである。
マジで無理。死ねと言われた気しかしない。
遠い目になった私と違い、エルク様はきっちり抗議をしてくれた。
結果、3クラスまとめて授業を行うこと。
補助教員をエルク様の他に2人貰うことではなしがまとまった。
とは言え、魔力操作が出来るのは私以外に任せられる人が王太子などしかいないのでエルク様含めた3人の補助教員は書類系が主になる。
私はあくまで、実技だけ。ということになった。
初めは申し訳なさそうに30コマを推し進めようとしたナイスミドルな学園長は最後には頭を抱えていたが、私はエルク様の話術にうっとりしていたのは秘密だ。
旦那様、素敵。
エルク先生の授業を楽しみにしていた私はちょっとがっかりした。
「リリア。ここに居たのか」
「エルク様おかえりなさい!」
ネルとリアの様子を見終わると、王宮に行っていたエルク様が帰宅したのか私の元へ真っ直ぐ来た。
慣れた様子で手を伸ばせば、すぐに抱きしめてくれる。
抱っこは、さすがに重さが気になるので最近は辞退気味である。
「無事なんとかできましたか?」
「ああ。レナード殿下に引き継ぎも終わったからこれで暫く城に行くことは無いよ」
「エルク様と一緒にいられる時間が増えますね」
ヨシヨシと頭を撫でられて、エスコートされて彼の部屋へ行く。
エルク様は今日で城での仕事を辞してきた。
これからは先生と侯爵領主補佐のみだ。
彼の後はレナード殿下が取り仕切るらしいが、リリアが相手をする必要は無いからね?とにっこり笑うエルク様は身悶えするほど素敵だった。嫉妬なのか、私への配慮か。どちらにせよエルク様Loveな私には異議はない。
部屋に入って、私はソファにエルク様は執務机に座る。
「リリアこれまとめといたから」
「はい」
渡された書類をちらっと見るとそれは学園で使う文具などの購入申請やリストなどのまとめた物だった。
後はサインするだけの状態にエルク様の補佐能力のすごさを感じながらサクサクとサインを焼き付ける。
「ああそういえば城でトーマ王子に逢ったよ。来月から宜しくだって」
「ああ、来たんだ…じゃあうちに来たがってませんでした?」
「来たがっていたね。ダメって言ったけど」
「まあ」
グッジョブエルク様。
トーマが来たらどうせ魔石をせびられるに決まっている。
私の魔石は今は他者にあげる量は極めて絞っている。
魔術棟にあった分はさりげなくおじいちゃんたちがほとんどを使い切ってくれて、精霊の声を聞くことの出来る人を少なくしていてくれている状況だ。
いやだってねえ、悪い人が聞こえるようになったら色々とめんどくさいし。
そんなこんなで魔術棟には10個以下、あと王族の方々とトーマと教え子であったジュゼとカースティンと家族くらいだろうか。
なお、エルク様は1人でかなりの量を持っている。使用用途が違う魔道具として渡しているが毎日何かしらの赤い石の飾りを付けていてくれて、婚約者としては鼻が高い。
またうちの精霊たちもおやつとして隠し持っている。
ケーキとかの上にちょこんと乗せて嬉しそうにたまに食べてるのを見かける。
そして生クリームだらけになるリェスラ、かわええんだ。
「……良かった、よね?」
「ええ、勿論ですわ。友人とはいえめんどくさいですし。まあ来るなら来たで構いませんが」
書類を捌き終わると、エルク様の後ろにたってそのまま背中にひっつく。くっついたからか、トーマを近づけなかったからか、どっちかわからないけどエルク様は嬉しかったらしく笑顔を見せた。
「そうだリリア……リリアに2つお願いがあるんだけど」
「なんでしょうか」
「これ、つけて。虫除け」
何気ない仕草で渡されたのは
黒銀で作られた指輪だった。
飾り石もついていないシンプルな指輪はしかし、ダディさんの手作りだろうか。
指輪そのものが精巧な魔法陣だった。
ぱっと見ると綺麗なデザインの指輪にしか見えずなんの魔法かもわからない。
わからないけど、そんなのどうでもよかった。
エルク様が、私にくれた、指輪。
それだけでこれの価値が跳ね上がる。
「ずっとつけます…!」
すぐに薬指にはめて嬉しすぎて嬉しすぎて、へにゃりと笑うと引き寄せられて膝の上に乗せられた。
そして私の手に、エルク様の手が重ねられる。
どちらの指にも、同じ指輪がはまっている。
夫婦の証だ。
「それと出来たらこの指輪にリリアの石をつけて欲しいんだけど」
「喜んで」
即座に手を重ねたまま、高濃度の石をいくつも嵌め……少し悩んだ末、指輪を睨むように目を細め集中して…石のいくつかにとても小さな『物質強化』の魔法陣を刻み込む。
壊れたりしたら、嫌だからね。
ずっとずっとつけていたいから、指輪そのものも強化することにした。
石をつけて完成した指輪をうっとり眺めたら、即座に強く強く抱きしめられた。
ちらっと見えたエルク様の頬は真っ赤で、普通に渡してくれたけど彼も緊張してたのかな…そんなことを考えながら私もエルク様を強く抱き締めた。




