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論文を焼き付けるといい時間になったので執務室に行く。
ガチャッ
が、本当に鍵がかかってた。
「母様、冗談はやめてください」
『あら爺南の報告書はどこに行ったかしら?』
『こちらに』
「かあさま〜」
わざとらしく私が気にする書類の話が聞こえる。
何度も部屋をノックしたけれど母様は決して開けてくれることは無かった。
諦めてしょんぼりしながら部屋に戻ろうとすると
『おやすみなさいリリア。明日に備えて今日は早く寝なさいね』
そんな声が聞こえてきたんだから、ずるい。
母様大好きすぎて、ずるい。
「…おやすみなさい母様。無理はなさらないでくださいね」
『ありがとうリリア』
そんな会話をして部屋に戻ろうとすると
曲がり角を曲がるとエルク様が壁に寄りかかり立っていた。
「エルク様?こんなところで何を?」
「…精霊を連れないひとり歩きは危ないですよ」
言われてはっと気づけば、2人ともベッドに置いてきていた。
精霊が居なくとも魔法は使えるのだが、そういうのじゃないのだろう。
母様も、エルク様も
心配をしてくれたのだ。
「ごめんなさい」
優しく頭を撫でられても、何故か浮上しない。
それどころか不甲斐なさでしょんぼりが増す。
「私から見てもキャロル嬢はだいぶ頑張りすぎですね。休憩も大事ですよ」
「やれることがあるのなら、やりたいのです」
あれもしたい、これもしたい、それも試したい。
やりたいことが多すぎて時間も足りないし、子供の身体では不便が多すぎる。
それでもやれることはいっぱいで、もっともっとと渇望がひどい。
「すぐに授業を抜け出す皇子たちに聞かせてやりたい言葉ですね」
そんなことを言われながら慣れた様子で抱き上げられて。
ニコニコと笑いながら背中をとんとんとされる。
ーーーーー子供じゃないんだが。いや肉体は子供だけども。
「とりあえず今日は強制休息でーーー一緒に部屋でまったりしませんか」
「します」
何そのご褒美は!
そんな休息ならするする!
こくこくと頷くとくすくす笑ったエルク様に、彼に宛てがわれた客間に連れていかれた。
部屋備え付けのソファに下ろされて。
エルク様はそのまま上着を脱いでシュルリとネクタイ代わりに付けていたスカーフを外した。
その様子を心眼で心に刻みつける。
かっちりした制服もいいけど、脱ぐのもいいよね。
だがしかしーーー。
ソファの隣に寛ぐように座ったエルク様。
その様子は『まったり』という言葉が似合うほど寛いでいて。
何をどうしたらいいのか、わからない。
休息って何をすればいいんだ。
疲れた時は寝ていた。
眠くない時は別の何かをしていた。
それは前世からで。
仕事の休憩中はスマホでゲームをやっていた。
通勤中は音楽を聞いて、家ではオンゲ一択。
翌日の仕事に支障が出ない程度の時間に寝て、また次の日だった。
よくよく思い返せば私にとっての休息は『好きな何かをする』事だった。
だからこんな、まったりと言われても何をどうすればいいのかわからなかったーーーー。
「キャロル嬢?」
「何をしたらいいのかわかりません…」
「妹がいたらこんな感じなんでしょうかね」
おいでおいでをされて素直に近づくと、お膝の上に向かい合う形で抱っこされた。
「普段は自由時間は何をしているんですか?」
「神話や論文を書いたり、魔法の特訓や実験をしています」
「本を読んだりはしないんですか?」
「領地の過去資料や嘆願要望はよく読みます」
「それは本じゃありません」
キッパリ言われた。背中を押されてぺたりとエルク様の上半身に寄りかかる。スーハースーハー良い匂い。
近距離で見上げると優しく笑われた。
その笑顔もさらさらの髪も、金色の瞳もやっぱり素敵。
出会った時と違い柔らかな色彩の瞳はその通り、私を妹分だと思っているのだろう。
役得役得、と思いながらポスっとその胸板に沈む。
「恋愛小説とか読まないんですか?」
「面白ければ読みます」
「読んでみないと面白いかわかりませんよ」
「じゃあエルク様が読んで面白かったら紹介してください」
「私は恋愛より冒険譚の方が好きですね」
「じゃあ面白い冒険譚で」
「今1番気になるのは神話ですけどね。でも無理して書かなくて良いですよ」
「わかりました、頑張ります」
「まったりの意味が無いですね…」
エルク様の笑いに合わせて胸板が揺れる。
よくわかんないけど、1人で出来る気はしないけど。
これが、まったり休息かあ。
そんなことを思いながら、私の意識は闇に沈んで行った。




