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エルク様はダイニングに居た。暗く落ち込んだその様子を見るなり駆け寄る。
「キャロル嬢、お怪我は大丈夫ですか?」
「はい、だいじょうぶです。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
包帯の巻かれた手を見せると明らかにほっとして見せた彼を、テーブルに誘って私の隣の席に座らせる。
すぐに私の前に母様、エルク様の前に父様が座ると食事が運ばれてきた。
「そういえば母様。お城へは何時に行くのですか」
「パーティは午後からよ。エルク様にはエスコートをお願いしたのだけど貴女がいつまでもエルク様に恥ずかしがって暴走をするから慣れてもらおうと我が家へ招待したのよ」
なんでエルク様朝っぱらからいるの?ってきょとんとしたら母様説明をしてくれた。
「まあ、その結果もう暴走をしたけどね」
そしてふうとため息をつかれて気まずくてしょんぼりとする。
「エルク様、正式に婚約も結ばれた事だし今後はお仕事の休みの日にでも此処を我が家だと思って遊びに来てくれないかしら?」
「はい、お邪魔でないのなら」
「むしろ来て欲しいわ。この子ったら毎日頑張りすぎているから貴方がいてくれたら休憩になるでしょう」
「母様、それは私の癒しとなってもエルク様の休憩にはなりません。毎日お仕事で疲れてらっしゃるのにこんな子供の相手を休みの日にまでさせるのはどうかと思います」
「黙りなさい5歳児」
エルク様のために進言をしたのに、母様に怖い笑顔で切り捨てられた。
なんだろう、母様が怖い。
「早くエルク様に慣れて暴走をしないようになってからそういうことを言いなさい。恨むなら暴走してる自分を恨み反省なさい」
「はい…」
「えっと、キャロル嬢。私は構いませんから休みの日に来ますよ」
こちらを向いて生真面目にそう言うエルク様。私たちを見てにっこり微笑む母様。
父様はずっと涙目でエルク様を睨んでいたけど、騎士団長になるほどガタイのいい父様の涙目は正直怖かった。
母様の目論見通りなのはちょっとだけ悔しいが、対エルク様への興奮度は何事もなければ落ち着いてきた。
パーティの準備は12時から行うとのことで、それまで2人で交流を深めなさいと言われてエルク様を自室へ連れていく。
「今朝はみっともないまねを見せてごめんなさい。怪我の応急処置、ありがとうございました」
「いえ、あの程度。それよりも寝ているレディの寝室に入ってしまい申し訳ありません。侯爵から貴女はいつも朝早く起きているから大丈夫と言われて…」
無理矢理部屋に突っ込まれたんだろうなあ。
うふふふと笑いながら問答無用で直々に起こしてあげてくださいと言う母様と、それを悔しがる父様の姿が目に浮かぶようだ。
「昨日は少し夜更かしをしてしまって、ねぼうをしてしまい…」
首を傾げて笑って誤魔化すと、生真面目なエルク様が不器用に笑った。
この人黒髪メガネのイケメンで大人には常に真顔か真剣な顔ばかりだけど、私に対しては頑張って笑っていてくれるよなあ。
幼児バンザイ。もうちょい年の差が近かったらこんなあやすような不器用笑顔見せてくれない気がする。
この笑顔も好きだけど、屈託のない笑顔もいつか見たいなあ。それを写真に撮りたいなあ。
ふむ、写真か。
プリントアウトの応用でなんとかできないか今度精霊と相談してみよう。
「ああそうだ。キャロル嬢、貴女に謝らなければいけないことがあるんです」
「はい?」
なんだろう。迷惑をかけた記憶しかないが、謝られる心当たりなんかない。
「先程キャロル嬢の机の上の紙が散乱していて…片付けていて、その、あまりに綺麗な字を書くなと感心して読んでしまい…勝手に読んで申し訳ない」
机の上。何を置いてあったっけ。
最後に机を使ったのは…寝る前で。
くわっと目を見開き。エルク様の上着の裾を握り見上げる。
「あれを読んだんですか、神話を!」
「はい」
「どうでしたか!面白かったですか!!」
必死な私に気づいてか、エルク様がしゃがんで目線を合わせてからしっかりと頷いてくれた。
「すごくストーリーがしっかりしていて、文章も綺麗で読みやすかったです。勝手に読んどいてなんですが、続きがとても気になるので是非続きを読ませて欲しいです」
「ーーーっ、はい!是非とも」
それは神話が初めてこの世界に受け入れられた瞬間だった。
頭をブンブンと前後に振り、いつか語りたい。語りたいと興奮しているとーーーひょいっと抱き上げられた。
「ありがとうございます。楽しみにしていますね」
なお余談ではあるが、私の身長はエルク様のお腹くらいしかない。
まさに大人と子供だ。
だが大人と子供だから許されるこの距離感で
不器用に笑うエルク様に萌え悶え発狂したくなったのをぐっとこらえた。
突然のご褒美は辛いよパトラッシュ…
活動報告にも書きましたが10月12日に限り、2時間おきに新話が更新されるようにしました。




