14
「疲れた……」
「全くです……」
1回目よりも辛いサロンの後。アイザック殿下とエルク様とぐったりしながらお茶を飲む。殿下の後ろには従者が、従者の横にはアイザック殿下が持ち帰る予定の『影』が縛られた状態で気絶している。
お茶の毒味を済ませると侍従は影を精霊に運ばせて部屋から出ていった。そのさまを見ながらルチルが入れてくれた紅茶を飲んでほうっと息を吐く。
「レオが悪いな。リリーにカッコつけようとしていたことだけは理解してくれ」
「アイザック殿下のお気持ちがわかりました。次から次へと仕事を持ち込んでくるのは大変でしたね」
「ああ、理解してくれたら程よく自重してくれ」
こなせなくは無いけれど、あれはきつい。
まあ参加者方々と予測以上の交友を深められた点に関しては非常に良かったけれども…苦労具合と見返りを考えたら五分五分と言ったところか。
アイザック殿下の仕事を増やすときは彼の取り分を増やしているけれど、状況次第ではもっと取り分を増やすことを誓う。
「しかし、陛下はなんだって突然こんなことをしたんでしょうかね」
来た理由がさっぱり不明だ。
てっきり文句を言いに来たのかと思ったがそれも無かったし…。
そう考えていると、アイザック殿下が眉間に皺を寄せて信じられないと言った顔で私を見た。え、なに…
「……分からないのか?」
「なにが、ですか?」
「いや…分からないのか…」
「だから何がですか」
「……今日はご苦労だった。迷惑をかけた、助かった」
何故か顔色を変えたアイザック殿下はそう私に告げると、立ち上がって背中を向けた。その背中は追求を拒んでいて、アイザック殿下の謎の発言の真意はわからなかった……。
けれど、問うて来るのは殿下だけでは無かった。
「お母様、お父様、今日は陛下のお相手ありがとうございました」
「あの場合は仕方がないわ。今日の一番の功労者はリズよ。出立前に沢山遊んであげなさい」
「はい」
リズはもう寝ている。最近忙しくて遊んであげる時間が減っていたが、出立までの間に何とか時間を捻出して遊んであげよう。
中敷も丸投げしたし、サロンも終わったし、多少の時間なら取れるだろう。
「でもリリア、今回は公爵閣下方やリズや妃殿下のおかげで何とかなったけれど次もこうなるとは限らないわ……陛下とのことは何とかしないといけないわね」
「そうですね……陛下はどうも私だけを目の敵にしているようですが、理由が分からなければどうにも出来ませんし…」
「………わからないの?」
また、だった。
母様は目を見開いて、父様は眉をひそめて私を見る。
え、なんで二人共、アイザック殿下と同じようなことを…。
「え、分かりませんけど…心当たりがあるようなないような…」
「……調べ直す必要がありそうね。リリア、エルクを少し貸してちょうだい」
「え、母様!?」
母様はそう言うとエルク様を手招きして、父様は私を部屋から追い出した。
なに、なに、一体なんだ。
アイザック殿下も母様も父様も…エルク様も?
思い返せばシュミット閣下も私に「何をしたんだい?」と言っていたけれど…
みんなは、何を知ってるんだ。
私は何かをしたのか。
「……ねえイェスラ、今日の陛下の様子はどんなんだった?」
『んー、リズのことをよく撫でてエルクとずっと楽しそうに話をしてたな。だけどリリを見た瞬間顔が変わるから全員でリリから気をそらしてたかなあ』
イェスラから聞いた情報は私が感じた印象とそう差異は無くって。
自室に戻ってからもずっと考える。
『分からないのか?』
『わからないの?』
『何をしたんだい?』
みんなは何を分かっているのか。
私と陛下の確執。全員がああいうってことは、私が何をしたのか。
考えても、考えても、結果は出てこない。
頭を抱えて唸っているとエルク様が戻ってきた。
「エルク様!」
「リリア、待たせましたね。もう寝ましょうか?」
あくまで平常通りのエルク様。
どうしても分からないから仕方がない。
意を決してエルク様に答えを求める。
「エルク様、私と陛下に何があったのか知ってますか?」
そう訪ねると、エルク様は美しい顔しかめて考え込んだ。
しばらく無言で見つめあって。
エルク様は目を閉じてそっと息を吐いた。
「まだ情報が不完全なんだ。少し調べて確証をもててから話したい。だから、少し待って欲しい」
「……言えないんですね?」
「陛下の蛮行の原因がわかりそうで、わからなくって。僕は陛下もリリアも大切だから、ちゃんと調べたいんだ。いやかい?」
……つまり、陛下に非が無い可能性があるのだろうか。
イェスラが瀕死に追い込まれてなお……私に非がある可能性があるのだろうか。
私はいったい、何をしたんだ。
不安と焦燥で目の前が真っ暗になる。
嫌だけど、嫌だけど。
エルク様が待って欲しいと言うほどの事だからきっと何かを調べているのだろう。おそらく…いや確実に母様も一緒に。
ならば、待つことが得策なのかもしれない。
「不安にさせてごめんね、リリア」
あやす様に抱きしめられる。
そのままベッドに連れていかれて、いつものように一緒に寝転がって精霊達が私の不安に呼応するようにピッタリとくっついた。
「……私、悪いことしましたか…?」
「………リリアはそんなことしないって私は思っているよ」
そんなことってどんなこと!
叫びたい気持ちをグッとこらえて、目を閉じて疲れた身体を強制的に休ませた。
そしてあっという間に出立の日。
ここ数日不安であまりよく眠れてないため、あくびをすると向かいに座ったトーマが心配そうにこちらを見てきたのでニコッと笑っておく。
「いやでもリリアに同行して良かったな。各街で高位冒険者の護衛が代わる代わる入るなんて、手続きが面倒であまり出来ないからなあ」
私の意に同意してくれたのかトーマが関係の無い話をする。
私とエルク様、それから魔国王太子トーマが乗る馬車は八体の騎馬と二台の馬車に護衛されている。
半数はトーマの連れてきている護衛。残りはうちの護衛と、冒険者ギルドで雇っている冒険者だ。
色々と魔道具やわたあめを融通した結果キャロルの領都の冒険者ギルドマスター、ゼフィリスが融通してくれたのだ。
護衛はどれも現地では名だたる冒険者。
騎士や兵士立ち寄りも野営経験が多いらしく旅路では重要なポジションになってくれている。
「今度あったら何を請求されるのか怖いなあ」
「わかるわー、あのマスター容赦なくせびってくるからなあ」
トーマの飛び入りのおかげで、エルク様との夢の冒険者ごっこは出来なくなったが。
代わりにトーマと一緒に冒険者たちの嘘か本当か分からない冒険譚を聞き楽しむ旅程となった。
ちなみにエルク様の影たちももちろん着いてきているし、一部は先行をしているそうだ。
「……でも、俺は次会えることがあるのかな」
不意に見せるトーマの微妙な顔。
彼はきっと、帰国したらもう国を出ることが出来なくなるだろう。
これがトーマと過ごす最後の時。そう思うと私も胸がぎゅっと締め付けられるようだった。
「僕とリリアはまた遊びに行きますよ」
「…そうよ、定期的に魔法の討論をしましょう?」
エルク様と共に困ったように笑いながら言うと、トーマも笑ってくれたけど。
彼の笑顔も私たちに負けないくらいぎこちない笑みだった。