10
「お久しぶりです。あの日は色々とお世話になりました」
深緑のローブを纏うのも久しぶりだなあと思いつつ、三賢者様が揃った相変わらずファンシーな部屋で頭を下げる。
「そんな気にするではない!ほれ元気な姿をもっと近くで見せておくれ」
「お菓子もあるぞ、今日のはわしの自信作じゃ」
「あ、婿殿はそっちな」
蒼海の賢者がサッと私の手を取り、黄金の賢者がソファでドヤ顔で菓子が盛られた皿を差し出し、紅蓮の賢者がエルク様に指示をする。相変わらずの完璧なおじいちゃんたちについ笑いが込み上げる。
彼等の優しさは今も昔も本物だ。
陛下のせいで誰が敵が判別つかない現状でも、それは断言出来る。
「それでりりたんや、今日は何しに来たんじゃ」
「そうですね…ちょっとお願いがあってきたのですが、まず」
促されるままにソファに座り、三賢者様を一人一人しっかりと見て。
最後にエルク様を見て、笑いあってから。
「今魔術塔でここに来れるだけの人を集めてください」
覚悟を決めた。
集められた全ての魔術師にコピーした紙を配布する。
おじいちゃんたち含め、全員がそれを見て深刻な顔をする。いやさあ…単なる中敷なんだけど。
そんな深刻な物じゃないんだけどなあと思いつつも、それを顔には一切ださない。
「つまりりりたんや、これを魔術塔を通じて陛下に献上するから研究に付き合えと言っとるんじゃな」
「そうですね。私から直接渡したところで受け取って貰えないでしょうから」
敵対者からのプレゼント。第三者を噛ませなければ怖くて見もしたくないだろう。
だからたくさんの人を巻き込んで。
ソレが欲しい、だから陛下に頼もうって形にするのが1番いい。
「……理論は完成しとる、魔法陣も構築済み、軍人病が小回復の持続で効果が出るのも既に実証されておる。わしらがこれに噛む必要もなければ陛下に献上する理由も無いと思うが?」
「何を言ってらっしゃるんですか。ここは一番多くの兵が居ます。つまり患者もたくさん居ます。彼等を素早く救うためには陛下に献上するのが一番じゃないですか」
ニコニコと笑って返せば、魔術師の方々は感動したようなわかりやすい顔でこちらを見るが
さすがに賢者や一部の魔法使いは誤魔化されず不審そうな顔でこちらを見てくる。
「……実験台の確保、が目的かの」
「いえ、そんな。私はただ偶然できた治療法を広く配布したいだけですよ」
あくまで笑顔で。エルク様が空いた隣の席を叩くので行けば三賢者は集まって何かを相談しだす。そこに数名の魔術師も交ざる。
お弟子さんかなと思い、ふと思い出してたくさんの魔術師の方を見れば…そこには真剣に資料を見るリュートが居た。
目が合ったので手招きをすると、リュートは目を輝かせてすぐにそばに来た。
「ねえリリア!これってヒールで足が痛むのとかにも有効かしら」
言われた意味がわからず咄嗟に考える。
ヒールで足が痛む。これはよくある事だ。だから高いヒールに慣れるためには普段から足の高い物を履いてなれる必要があるが…
そうか、それにも有効かもしれない。靴擦れにも。
「ありかもしれない。小回復だもの」
「そうよね!私は、どうもヒールって苦手ですぐ痛くなるの。そんな時にこれが使えたら良いなあ…」
天才か。天才だ。
絶対に作ろう。
「男女問わず需要が出そうじゃな」
「そうですね。これは私も盲点でした」
これを機にハイヒールチャレンジをすべきか。
年の差は縮められないがせめて身長だけでもエルク様に近づきたいし。
「りりたんや。わしらは仕事としてこれを扱う以上妥協はせんぞ。陛下に献上するのであれば尚更、安全性を確認しつくすぞ。不都合があれば、見逃すことはできんが良いのか?」
真っ直ぐに、紅蓮の賢者様に見つめられる。
安全性確認することになんの不都合があろうか。
それは大歓迎の案件だ。
「もちろん。病や痛みを治すための道具で身体を壊すなどあってはならないことですから」
キッパリと言い切ると、三賢者様を含めた魔術師様方が頷いて、賢者を除いたメンバーは全員即座に部屋を出ていった。
扉の外からは『被験者の確保を!』とか『針子の確保を!』とか聞こえてくる。
出された紅茶を飲みながら、人員が多いって良いなあと思う。
うちも着実に増やしているんだけど、さすがに経験値が高い人は一朝一夕で産まれないからなあ。
ただ酷使しまくっているのでここの成長率は高いけど。でも過労死問題が見えているのでそれも一長一短だ。
「で、りりたんや糸はどこだい」
「ああ。カールに預かって貰っているのですが、取り出させてもいいですか?」
「よいよい」
エルク様を見ると、エルク様がカールを見て、頷いたカールが床にとけた。そしてすぐに糸の束が入った箱を持って出てきた。
この糸は、学園で魔力を操る術を得た子達を雇って作ったものだ。
家の中の物は、家人の魔力で。
外は雇用人のもので区別を図る。
賢者様たちは全員目を輝かせて手に取った糸を観察する。
「のうりりたんや…この糸で包帯などに小回復作れば…」
「いや、服に守護を…」
「その辺はアイザック様も思案していらっしゃるそうなので確認を取ってくださいな。問題が発生した場合は糸の納品を減らしますので」
にっこり笑って、それはそれ、これはこれと威嚇をする。
中敷に関しての利用での提供はするが、それ以外に関しては契約外だ。
「そこをりりたん!これ面白そうじゃからわし色々と実験したいんじゃ」
「ならばもう少し待ってくれ」
黄金の賢者様が追いすがってきた瞬間、扉が開いてアイザック様とトーマが入ってきた。
さっと臣下の礼を取るとアイザック様は机の上に置かれた書類を見た。もっともその内容は知っているはずだが。
「我が国の偉大なる賢者達よ。今回はとりあえずナカジキに関してだけの研究を頼む。これはフェルナンドの結婚祝いとして父とトーマ王子に献上する予定の研究だからな」
ああ、そういうことにするんだね。
言われてみればご機嫌取りとは言え、突然プレゼント貰ったら怪しいものね。色々と考えているのだけれど、どうもいつも考えが足りなくって悔しい。
「糸の一般販売の前に、俺から貴殿たちには色々と研究依頼を頼む予定だ。だから今はこっちだけに専念してくれ」
「言質は取りますぞ」
「ああ。リリアは俺の親友だから信頼しているが貴殿らも私からしたら信頼する賢者達だ。研究は約束しよう」
三人ともグイグイとアイザック様に詰め寄り、納得したのか紅蓮の賢者様を除いて糸を持って出ていった。
「紅蓮よ、糸に関する注文があれば俺を通してくれ」
「かしこまりました。今回の実験にはアイザック様のお名前も使われるので?」
「ああ、連名で頼む」
「御意に」
一通り話終えると、アイザック様は持っていた書類を丸めて振りかぶり、
スパアアアアン!!と私の頭を打った。
痛くない。痛くはないが唐突の出来事に驚いた。
驚いて殿下の顔を見ると………
「お前は次から次に仕事を増やしてくれるな?リリー」
満面の笑顔で、お怒りであった。