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「靴の中に入れる衝撃吸収に清潔…ですか…」
仕事を増やす前にまず知識を入れなさいと怒られたけれど、メルトスはそれでも中敷の相談を聞いてくれた。
表向きは使用人たちの疲労軽減だが、その実情は足元に風を通した時その魔道具でうちの人間かどうかを見極めるためだ。
クッション性のある素材に、魔糸で魔法陣の刺繍をすれば簡単に出来るだろう。
使用人達の分程度なら、差程苦にはならない。
そんなふうに考えていたんだけれど……。
「お嬢様、清潔に小回復の効果をつけることは可能でしょうか」
「え…ええ、大丈夫だと思うけど」
だよね?と言う意図を込めてトーマを見れば魔法陣担当トーマも、刺繍担当レティシアも力強く頷いた。
「だとすればその『中敷』と言う魔道具は軍人病に効果が期待できないでしょうか?」
軍人病?聞き覚えのない病名に首を傾げそうになったその時だった。
『軍人病はー、長時間靴を履いてる人がなりやすい足の痒みや皮膚が剥けたりする厄介な病気だよだよ。ぐじゅぐじゅだったり小さな穴がいっぱい空いたりするんだんだ』
一号の声が聞こえたのは。
おそらく精霊で届けた言葉なのだろう。
何、この便利さ…!
知っている振りをして考え込む振りをする。というかそれって水虫じゃ……
私は今も昔もなったことないけどね!ないったらないよ!
「軍人病は一定期間、長時間靴を脱いで乾燥させて治療を施さないとなかなか治らない厄介で、軍属の過半数がなっている病気です。清潔と効果が低くても回復を、靴を履きながら出来ればとても有用かと」
「軍人病の治療に効果が出ればとても素晴らしいですね」
メルトスとエルク様は盛り上がり、そこにトーマとレティシアも混ざりあっという間に試作品が出来る流れとなった。
うん、うちの使用人だけで済ませようと思ってたんだけどな。
想像以上の規模になりそうで、私に負けないくらいみんな仕事が好きなんだなあと実感する。
と、そこまで思ってふと考える。
軍人病。国で一番軍人が居るのは当然、王城だ。
たくさんの軍人が患っている病であれば……その治療法を陛下は受け取らざる得ないのでは無いだろうか。
たとえ、その提供者が私でも。
となると、今更ではあるが媚びを売るアイテムとしては有用か。うちでは糸を卸して、中敷の生産権利に関しては王家…と言うか陛下に完全に譲るのもありかもしれない。
大々的にアピールして渡せば、受け取れば陛下に媚びを売ることが出来
受け取らなければ軍人から陛下への不信感を与えることになるだろう。
軍隊で攻め込まれても困るしね。
うちは糸で儲けさせてもらえばいいし、その案で行こう。
「軍人病対策の中敷は、生産権と輸出権を陛下に譲渡しようと思います。もちろん生産権はうちと半々で、我が領で売買する程度は許してもらいますが」
そう言えば、室内は一瞬で沈黙に包まれた。みなの視線も集まるが一人一人をしっかりと見返す。
嫌がる者、納得が行かないと言った表情をする者が多かったけれど、エルク様は私の意図をわかってくれたのかにっこりと笑って頷いた。
「リリア、正直な話『中敷』は長期的なヒット商品になると思うよ。軍人病に関わらず衝撃吸収などでも人気も出ると思うし。本当に、いいんだね?」
「ええ。開発案を魔術塔の方に回して賢者様方に開発を委任し、それを陛下に献上する流れとして公として権利も発案もお渡ししようかと思います。まあうちで使う分はうちで研究して作る予定ですが」
うちで使う糸と、よそに売る糸をはっきりと区別すれば侵入者対策の方も問題は無いだろう。
肝心なのは家人の足に目印となる魔力を感じられればいいのだ。
頭の中で魔国に行く前に魔塔に行くスケジュールと、賢者様方にアポを取って…と考えているとトーマがさりげなく手を上げた。
「なあ、うちの国でも作りたいんだけど駄目か?」
「……ならば共同発案ということにしようか?結局のところ糸の輸出はアイザック様の采配次第になると思うし」
「じゃあ良い魔法陣をいくつか改良して交渉するか。自国で消費する程度は作りたいからなあ。リリア、賢者達に繋ぎをとってもらいたいんだが」
「それもアイザック様で。私が紹介なんてしたら、魔国と通じて賢者を利用して国を揺らがそうとしてるって言われるよ」
「そういやそうだな。りょーかい、俺は俺で頑張るわ」
と、なれば魔塔に提出する書類と。
あと魔糸製造魔道具について煮詰めれば良いかなあ。
ふんふんと御機嫌で紙にサラサラ書いていくと、ごほんとわざとらしい咳払いが聞こえた。
視線を向けると、そこにはメルトスが笑ってない目で笑っていた。
「というわけでお嬢様?さっさと覚えてくださいね」
「うっ」
その後私は一号先生によるナイスカンニングにて、お勉強を片付けた。
そして翌日の夕方には、メルトス先生がすごい顔でスケジュール調整をして魔塔訪問をぶっ込んできた。
やや余裕があるとはいえサロンの準備や旅路の準備でゴタゴタしてると言うのに、本当にうちの使用人は優秀だ。
というか、仕事中毒じゃないかと最近疑っている。
この資料もノリノリでまとめあげたからねえ。
『中敷について』と題された資料。
共同研究にはトーマの名前があり、中身は効果予定と、効果結果の見込み。さらに糸と中敷本体の材料代予測や販売層などが事細かに乗っている。
あとは実体験を進めるだけという見事な資料だ。残りはプレゼンテーションを上手くやるだけだ。
学園から王城へ直行する馬車の中で届けられた資料をパラ見すると、隣のエルク様に渡し、エルク様はそれをトーマにも回した。
「相変わらず仕事が早いな、お前のとこの使用人は」
「リリアの周りの人物はリリアの発明を商品化することが大好きですからね」
「まー気持ちはわかるけど」
トーマはアイザック様にこれについての自国研究の許可を交渉しに、私はおじいちゃんたちに丸投げしに行く。無事城について…少し考えてから、リェスラとイェスラを両手で抱いて馬車から降りる。
前と違い、二人とも警戒をしているからほかの高位精霊に襲われても遅れをとるとは思えないけれど……感情は理屈じゃないんだ。
少しでも気を抜けば大切な人が失われてしまう気がする。
それが私にとっての今の王城だ。
『リリはあたしが守ってあげるからね!』
『こら、リェスラ。殺意を振りまいたらまた面倒になるから威嚇するな、威嚇』
「二人ともありがとう」
二人とイチャイチャしていると、不意にカールがトーマの影の匂いをふんふんと嗅ぎ出した。するとひょこっと小さなカーバンクルが影から出てきた。
それを見て思い出した。そう言えば、トーマもカーバンクルと契約していたんだ。と言ってもカールよりもかなり小さく、毛並みにつやもない。同じなのは額の宝石だけだ。
カールとカーバンクルは鼻を付き合わせてふんふんとしばらく何かをする。
それをじっと見るその場の人達(プラス精霊)
しばらくするとカーバンクルの毛並みが急激に艶々のふさふさになった。
そのサイズも相まって小さな子供みたいでめっちゃ可愛いなあ。
『繋いだよエルクー。これで僕とこいつは何時でも場所がわかるし言葉も交わせるよ』
「ありがとうカール。これでトーマも安心だ」
「サンキューエルク。俺にはこいつもいるけど保険は多い方が良いからな」
こいつと言って風の妖精の頭を撫でる。そんなトーマを見た一瞬で小さなカーバンクルの姿は消えていた。
『あいつ、俺たちが怖いんだってよ』
『あのこ弱っちいからしょうがないわね』
ああ、一度も見たことないのはそういう…
兎も角、それで一安心をしてトーマはアイザック様の居る居室の方へ行った。
そして私とエルク様は共に魔術塔へと足を進めた。