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「唐突ですわね。シュミット閣下」
「そうかな。少なくとも君は私がこう言うのは察していたんじゃないかな?」
「……」
ニコニコと微笑んで言葉を濁す。しかしそれだけで閣下は汲んでくれたのかうんうんと頷いてお茶を飲んだ。
「うちはダッテバルダともショールディンともほぼ無関係だけどね。一緒に綿飴を使って交流を深めようと二家に言われてしまったよ。退けるのは容易いけれどねえ……悩んだけれどアイザック様が君の後ろ盾になると言うのならば、うちもそちらにつこう」
味方になってくれるのならば頼もしい限りだ。
少なくとも兵糧攻めをくらった場合味方でこれ以上頼もしい存在は居ない。
「というわけで、私も君と親友ということで。見返り分はきっちり働くから面白いものどんどん譲ってくれても良いよ?」
「……魔道具ギルドとアイエル商会の店舗をそちらにお作り致しましょう。そこで流せる商品は相談次第になりますが」
「いいね。まずはアイツらと同じ立ち位置にまで行かないとだからね」
先程までとは違い若干気を緩めながらうんうんとにこやかに対話をする。
作りましょうと言ってもきっとアイザック様もソルトももう着手している気がする。私は基本的にアイディア担当だから本当はそこら辺の指示をする権限はないんだ。でも頼めばやってくれるのは知ってるけど。
「いやでも…リリア嬢、本当に君は何をしたんだい?あの温厚な陛下があそこまでするほど怒らせるなんて」
不意に呆れたように聞かれた問に目を丸くさせて、エルク様と見つめ合う。考えたこともなかった。
何をしたのか。
陛下に敵意を持たれているのはわかっていたが、何故そうなったのか。
過去が走馬灯のように流れる。
……えっと確か魔塔爆発時には既に嫌われていたんだっけ。
となるとその前……。
だらりと冷や汗が流れる。
学園に入る前、九歳までの間のことだ。
エルク様と婚約
ザック様たちへの家庭教師
魔道具ギルド設立
孤児院との提携
トーマとの出会い
城が魔力パニック
賢者になる
その間発明したものの種類なんて最早思い出せない。
色々とありすぎるくらいありすぎるんだが。
どれが理由と言われるとさっぱりどれなのか分からない。
エルク様も渋い顔で考え込んでいる。
エルク様は年長者としての立ち位置で支えてくれていたから、他にも色々と理由が見えるのだろう。
「……全然理由がわからないわけだね。それじゃあ陛下に聞かないと原因を解決することも出来ないわけか」
「……そうなるかもしれません」
「困ったねえ。最良なのは君と陛下が仲直りして、親子喧嘩も収まることなんだけどねえ」
仲直り?
イェスラにあんなことをされて私のはらわた煮えくり返ってるのに。
すっと顔が自然と笑みになる。顔だけだ。内心はふつふつとした怒りが湧き上がる。
「今の君は毒だ。利益は大きいが国を二分させている害虫でしかない。親子喧嘩は可愛いものだが、派閥を作り公爵を何家も味方につけるなど、アイザック殿下が居なければ立派な国家転覆を計ってると思われても仕方がないんだからね」
そんな私にシュミット閣下はグサグサと何かを刺してくる。
確かに陛下からしたら今の私は爆弾に等しいかもしれない。先に手を出してきたのはあちらだと思うけれど、私が何かしたかもしれないということは否定しきれない。
何せ色々とあった。本当に濃厚な少女時代だと思う。
「だから私はあの二人と違って利益のみで君につくよ。釣り合いが取れないと判断すれば、容赦なく切り捨てるからね」
穏やかな笑顔で発する威圧感。
先程、レティーズ子爵がいた時の威圧感なんて可愛らしいものだ。
油断すれば刈り取られるのがわかるが……恐らく、これは…。
「ご忠告ありがとうございます。シュミット閣下に見捨てられないよう精進しますね」
やりすぎるな、陛下を追い詰めるなという警告だ。
わざわざ言わず、信頼を集めたところで切り捨てることも出来たろうに。これはおそらく閣下の恩情だ。
私の味方をする、と言っているがそれは私が陛下に攻撃をしすぎないように牽制するためについてくれるのだろう。
その気配りに感謝する。
私には手加減なんて分からない。やりたいことをやりたいようにやるだけだから。ガッツリとしたストッパーはありがたい。陛下のことは嫌いだが、友人の父をそこまでやり込めたいわけじゃない。
ただ平穏な日々を送りたいだけだ。
頭を下げて、ふうと息を漏らしてお茶を飲む。
胃が痛くなるような圧迫面接。
その後も公爵らしい公爵なシュミット閣下に翻弄されて、私はまだ出すつもりのなかった魔道具のカードをいくつか切らされることとなった。
恐るべし、公爵。
「貴族って怖い…」
「奇遇ですね。僕もさすがに今回はしんどかったです」
にこやかな笑顔で閣下とジュゼ様が帰宅されたあと、精神的疲労が大きすぎて私室でエルク様にくっついて精神の癒しをいただく。
私も疲れたが、エルク様も疲れたのだろう。
いやもう本気で攻めてくる公爵、ヤバかった。
私よりも情報を集めてるエルク様に口を挟ませないようにしつつ、ガンガン切りつけてくるのだから。
そう考えるとダッテバルダ閣下ショールディン閣下はもっのすごく優しくしていただいて居たんだなとほろりと涙が零れそうになる。
本当、キツかった。
味方になってもらったはずなのにガッツリと首輪をつけられたようなものだ。
「少し今後の予定を変更しましょうか。閣下の言う通りガチガチに守りを固めすぎても、陛下はより不快になられるだけですし」
「ですが今更媚びを売っても胡散臭くないですか?」
「じゃあ弱みを作って攻撃させる隙を与えますか?」
「ああ、となるとレティーズ子爵の謝罪を受け入れるのも有効打だったんですね」
「正確にはどっちでも良かった、だと思いますけどね」
わっかんないよそんなもん。
リェスラのつやつやの鱗を撫でながらエルク様に寄りかかる。
もう、本当、貴族って何考えてるか読めなくて怖い。
母様もエルク様もすごい。
何も考えず魔道具とか領地開発だけ出来たら良いのになあ。
「リリアは頑張ってますよ」
優しく頭を撫でられて、うっとりと目を閉じる。
精神的に参っていた身体はエルク様に促されるようにすっと眠りに落ちていった。
「中々頭が痛いな…まあ、確かにやりすぎるのもあれか。俺もお前も完璧主義な所があるから譲歩の指針を示されているようなものと考えるか」
シュミット閣下との交流を元に切る事になった手札をアイザック殿下に話すと渋い顔ではあったが話はあっさりと進んだ。
閣下に切る事になった魔道具がミキサー、加温機、焔調理台と言った調理関係の物だったからよそからの反発は最小限に収められる、との事だ。
だがそれ、原理は出来てるが現在誠心誠意実物を構築中のものである。
「手持ちの魔道具の中では最善策を切ったんだから俺は文句はない。シュミットも人手や建設関係についても動いてくれるそうだから、まあ想定内だ。それからリリア、これが今回選ばれた招待客だから目を通しておけ」
そう言って渡された書類にある名前は前回の倍以上であった。
これでもダッテバルダ閣下とショールディン閣下の厳選、だそうだ。
さらにこれにシュミット閣下の厳選も加わるらしく、忙しいことこの上ない。
同時進行で魔国に行くための支度(仕事面)もあるし、とにかく時間と人が足りなかった。
前話の感想で予言のようなことを的中させてる方がいらっしゃってとても驚きました!
必死に張った伏線を見つけてもらえると嬉しいですねえ(*´∇`*)