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三人は余裕で掛けられる椅子を二組、テーブル挟んで対面に置いてある。
私とエルク様は座りメルトスとルチルは後ろに立っている。
そして向かいではシュミット閣下とレティーズ子爵が座り、ジュゼ様はシュミット閣下の横に立たれた。
どことなくレティーズ子爵とシュミット親子に距離があるように見えるのは、おそらく錯覚では無いのだろう。
「そうそう、先日頂いた新しい魔道具。あれはとても面白いものですね。うちの家内や両親まで喜んでわたあめを作っていますよ」
「本当ですか?食通でいらっしゃるシュミット家の方々に喜んで頂けて良かったです」
「かく言う私も楽しんで作らせて頂いていますが、大きい塊を作るのがなかなか難しいですな。今のところ最高サイズを作っているのは母でして、毎日皆で競い合ってますよ」
「まあ!とても楽しそうですね。私も妹と勝負しないといけませんね」
シュミット公爵領はどちらかと言うと農業自給率が高い。温暖な気候の土地が多いので農業が発達していた筈だ。
そう、砂糖の質と出荷量は国でもトップクラスに入っている。
ダッテバルダ家ともショールディン家とも違う路線で、わたあめで心を掴みにかかっているのだ。そこにもう一押ししておこうか。
「ルチル、例のアレをお出しして」
「はい、お嬢様」
そして差し出されたのは…先日のぶどう飴の改良品。
色々な果実を試し、飴に色をつけることを試し、飴の硬さ、薄さも色々と試し。
料理長の情熱の現段階の最高傑作である。特に指示して作らせたものでは無いが、ポップコーンもわたあめもぶどう飴も楽しかったのか厨房では予算の範囲内で嬉々として改良が進められている。ので、予算を出してあげたのは先日のこと。
改良が進んだ果実飴はまるで宝石のような輝きを放っている。
……そんなに改良したいなら金太郎飴とか……いや、やめよう。これ以上過労死患者を増やしては行けない。死者は出たことないけど。
「ジュゼ様には先日試作品をお出ししたのですがこれはソレの改良品です。シュミット領の果物がとても合うので使わせて頂きましたわ」
ジュゼ様も閣下も、ついでにレティーズ子爵も興味津々だ。
ぶどう飴は棒に刺したものだったがこれには棒はついてない。
ベタつかなく、継ぎ目のない綺麗な玉になるよう苦心したそうだ。
そして迷わず閣下はカリッといい音を立てて果実飴を齧った。
そして目を閉じて味わう。
まるで判決を待つように内心でとてもドキドキする。
そしてシュミット閣下はふっと笑われた。
「素材の味が活かされてて美味しいですね」
「お気に召されたのならお土産を用意しますわ」
「是非とも。ジュゼからキャロル嬢は魔法が凄いと聞いていますが魔法以外でもまるで魔法のような手法を見せられるのですね」
言葉通り、受けとっていいものか悩むがとりあえず笑顔で礼を言う。未だ、閣下の思惑が読めないが……不意に閣下の笑みが重苦しい威圧感を放った。
高位貴族らしい威圧感だ。ショールディン閣下やダッテバルダ閣下等で少し慣れたとはいえ一瞬鳥肌が立つ。だがしかし表情には微塵も怯えを出さない。
「こんな素晴らしいもてなしをしてくれるキャロル嬢と、レティーズ家。私がどちらを選ぶかはわかっているな?」
「も、申し訳ありません閣下!私の指導不足で…」
「謝罪を入れる相手が違うだろう」
「キャロル嬢!すまなかった!」
ああ、首根っこを掴んで突き出す、が正解だったか。
冷たく切り捨てる笑顔のシュミット閣下。
汗をかいて必死に謝罪をするレティーズ子爵。
笑みを浮かべたまま考える。
……レティーズ家はうちと関わりはない。
産出される宝石は綺麗だけど、特に興味もないし今回謝罪を受けて特にメリットもない。
むしろ事実確認もしないまま噂話に踊らされて高位貴族に突撃するような令嬢の家とは、正直付き合いたくない。
陛下に睨まれている今、中途半端に繋がりを持つのは危険だ。
……まだ若い少女にやり直すチャンスを与えないと言うのは心苦しいが、私にもそこまでの余裕が無い。何しろ相手が国王だ。
結論、謝罪は受けない一択だ。
最も、謝罪を拒んだとしても陛下は難癖をつけてくる可能性はある。受け入れるよりは被害が少なくすみそうだけども。
だがここでシュミット公爵家が絡んでくると話は変わる。
シュミット家が謝罪を受け入れて欲しいと望めば一考はしないといけないが………どう見ても閣下は突き放している。
となると………キャロルに害をなす敵を断罪するために連れてきた、つまりほかの家にキャロル家を害せばシュミット家は身内をも処罰すると方々に警告と見せしめをしてくださって居る、のかなあ。たぶん。
レティーズ家には悪いが、キャロル家の味方をするとアピールする良い大義名分だったのだろう。
害なせば身内でも処分する。
そんなことを公にするための。
……本当に、色々と考えさせられて貴族はめんどくさい。
しかもそれが正解かも分からないのだから、また厄介だ。
シュミット公爵家が間に入ってくださってる分、私が謝罪を拒否しても陛下は文句は言えないだろう。
私を見て絶望した顔をするレティーズ子爵の顔を何も言わず笑顔で見る。見るだけだ。一切の反応を見せない。
「きゃ、キャロル嬢…?」
「リリア、どうしたんだい?」
おそらくエルク様は私の判断をわかってくれていたのだろう。わかっていた上で話を次の流れに変えるために声をかけてくれた。
「どうもしませんわ、エルク様。わたくし今後レティーズの者は一切相手をしませんと決めてありますもの」
そして促されるまま謝罪を拒否した。
この一言で、レティーズ家はシュミット家から何らかの制裁が課されるのだろう。
キャロル家からはなんの報復措置も取らない。それだけが私からかの家に出来る唯一の救済だ。
「と、言うわけだ。レティーズ、お前は屋敷に戻って沙汰を待つように」
「……かしこまりました」
最後にレティーズ子爵が私を睨んで出ていった。
涼しい顔でそれを受け流していたけれど。内心では一つの貴族を見捨てた事は深く心にのしかかった。
けれど、仕方がない。
アイザック様が、必死に作ってくれている私の守りを私自ら崩す訳には行かない。
私はなんでも出来て、なんでも救えるわけじゃない。
清濁を飲んで、戦わねばいけないのだ。
レティーズ子爵がメルトスに促されて部屋から退出すると、エルク様が閣下に見えないようにそっと手を繋いでくれた。
その優しさを握り返して、またしっかりを笑顔を浮かべてシュミット閣下と向き合う。
「そうだキャロル嬢、ジュゼがシャルディン殿下と話したいそうなのだが今少し行かせても良いだろうか?」
「今聞いてみますね」
ルチルに目線をやるとルチルは頷いて部屋から出ていった。
そしてしばし雑談を交わしていると、トーマの許可をルチルが伝えてきてジュゼ様はルチルに連れられて部屋から出ていった。
そして部屋にはシュミット閣下と私とエルク様だけが残される。
ーーーー………そしてふっと閣下の威圧感が無くなった。
「うん、キャロル嬢。僕も君と友達になりたいな」
そしてにこにこと笑いながらそんなことをのたまった。またか。公爵位のお家芸なのか。