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最後の最後で、わたあめ機のラッピングを任されたメルトスとレティシアの壮絶な笑顔は忘れられない。
いや、うん、デザイン任せて本当に良かったよ。公爵家に献上するとなれば見た目も重要だ。
全員に特別手当も出すべきだろう。
リェスラの尻尾を枕にして、思考の海に沈んでいると優しく背中を叩かれた。
「もう、明日にしましょう?寝ますよリリア」
「はい」
やるべき事は事後でも山のようにある。考えなくてはいけないことも、調べなくてはいけないことも。
それでも、頑張ったよね。
すごく頑張ったから、今日はもう寝てもいいよね。
暗くなった部屋で、リェスラを枕にして
イェスラとカールの気配を感じつつエルク様にくっついて目を閉じた。
ここ数日イェスラ襲撃事件から始まり色々とありすぎたせいで疲れた。
朝、目覚めたあともぼーっとどこか眠気が抜けない。
『リリ眠そうね。もう少し寝れば?』
「んや、起きるの」
『エルクにくっついて二度寝すればいいのに、休みだろ?』
寝ない?と尻尾を振ってこちらを見るカールの頭を撫でてから、欠伸をして無理やり体を起こすと顔面に水球が当てられた。
驚くけど、水は口や鼻や目から中に入ることも無くただサッパリ感だけを与えて消えた。
確実にリェスラの仕業だ。起きるならばとしっかり目覚めるようにしてくれたのだろう。
「ありがとうリェスラ」
『リリが起きるならあたしも行くわ』
『ん、エルク起きたら行くなー』
器用に羽をパタパタさせるイェスラの頭を撫でてベッドから降りる。そしてさっさと服を着替えて廊下に出た。陽は一応既に昇っているけれど使用人はまだ来ていないようだった。後でレティシアかルチルに髪を結ってもらおうと思いつつ、昨日の会場に向かうとそこでは数人の使用人達が飾り付けの片付けを行っていた。
「あ、おはようございますお嬢様」
「おはよう。朝から苦労をかけるわね」
「これも私たちの仕事のうちですから」
「無理はしないでね」
「一番無理をされる方が何を言ってるんですか」
痛烈なツッコミが来たと思うと、私の後に続くようにメルトスがホールに入ってきた。その目の下には隈が出来ている。多分メルトスは昨日は寝てないなあ。
止めるべきか悩むも、テキパキ片付け指示を出しているから落ち着くまではやらせるべきだろう。そんなことを考えていると母の侍従やメイド長なども片付けの応援に来てくれたのであとは任せてメルトスを連れてホールを出る。
「メルトス、引き継ぎ次第寝なさい」
「そうですね…さすがに仮眠を取らせてもらいますか」
「いや、普通に寝なさい」
「長時間寝たら目が覚めた時何が起きてるかと怖いんですけど」
「悪かったと思ってるから、寝てください」
移動中、メルトスが夜に行った仕事の引き継ぎをしながら執務室に行く。中にはレティシアとマイクとシャルマがソファや机で死んでいた。こんな労働環境でとても申し訳ない。
「ではここに書いてあるものは私が目覚めるまでお願いしますね」
「はいはい、早く寝なさい」
「失礼します」
渡された書類は多岐に渡る。とりあえず朝食の時間まで少しでも片付けるべく気合いを入れて書類と向き直った。
労働環境を変えるべきか、仮眠室を設置するべきか。数人の死体を見ながら思う。
今回は特別忙しくしてしまったけれど、通常時だって普通に忙しいから。とりあえず隣の部屋を書類置き場兼仮眠室に改築をしようと密かに決意をする。
再びアイザック様からの要望により二回目のサロンは一月後に行われることになった。魔国に行く前に主催する予定だ。
招待する客は前回と同じで、さらに招待客からの紹介で数名の新たな客を呼び入れることになった。
今度は前回よりも少しマシになったので落ち着いて準備を進めつつアイエル商会でのわたあめ機などの製造やルートの確定を急ぐ。
枠組みなどは魔道具ギルドに、輸送や護衛などの細かな人員の確保は冒険者ギルドに、商会ギルドには爆発モロコの販売を委任する形で進める。
あっという間に私の休みも終わり、学校に職場復帰をして今後私の代わりになる教師に様々なことを引き継いでいく。
毎日を慌ただしくこなしているある日。
すっかり忘れていたけれど、いつぞや私に光アクセサリーを売れと言ってきたお嬢さんのことで面会の取次希望が届いた。
実はゴタゴタしたり休んだりで会うことは無かったけれどあれから何度かレティーズ嬢は訪ねてきていたらしい。
一切相手にしないと宣言をしたから、ノーアポでの面会は実現をさせなかったけれど。しかし今回はアポイントしっかりととってきた。しかも、ジュゼ様を通して家に直々に。
面倒なことこの上無いけれど、レティーズ家はジュゼ様のお家の分家らしい。レティーズ家当主とシュミット家当主…ジュゼ様のお父上がわたあめ機のお礼も兼ねて来たいと言われれば、断ることはさすがにできなかった。
なので渋々と試作品を置いてない離れを接見の場として準備する。
エルク様とソファに座り、後ろにメルトスとルチルを控えさせた場に
シャルマが御当主のお二人とジュゼ様を引き連れてやってきた。
「この度は急な取次を聞いて下さり感謝する。シュミット当主、カイザー・シュミットだ。リリア嬢にはジュゼが世話になっています」
「レティーズ家当主のブライアンです…この度は我が家の娘が大変なご無礼を働き申し訳ありませんでした」
おや?初手から謝罪を受けて少々面を食らう。
貴族だからわかりにくい遠回しな謝罪か、うちも悪いけどそっちも悪いくらい言われると思っていたのだが。
内心は置いといて、にっこりと笑みを浮かべてドレスを持ち頭を下げる。
「リリア・キャロルと申します。ジュゼ様のお父様のお願いであれば聞かないわけには行きませんわ。大事な弟子みたいな存在ですもの」
「そう言ってくれると助かる。君のおかげでジュゼは新しい扉を開けたようなものだ。親としても、当主としても深く感謝をしている」
「まあ、愛弟子を褒めていただけると嬉しいですわね」
ニコニコと笑い合い、その横ではレティーズ子爵がわかりやすく顔を青ざめさせていた。
そちらはわかりやすい。が、さすがに公爵閣下。彼の方の思惑はさっぱり分からない。でもジュゼ様はお二人の後ろで嬉しそうに笑っていた。腹の中は読めないが、嬉しそうなことは間違いないだろう。
「お久しぶりですシュミット閣下」
「エルク様もお久しぶりですな。随分と良い顔になられましたな」
「妻のおかげです」
「そうですか。良い伴侶を見つけられましたな」
そして続くエルク様と閣下の会話で今度は私が嬉しくなった。照れて少し熱くなった頬を誤魔化すようににっこりと笑う。
しかし、私が言うのもなんだけど。
私も、シュミット閣下も、エルク様もレティーズ子爵の謝罪は完全に流してますね。と言うか、存在すらスルーしている。
てっきりうちのバカがごめんなさい
展開かと思ったけれど
うちのバカを好きにしてください
と首根っこを引っ捕まえて突き出して来たようなものなのだろうか?
「立ち話もなんですので、どうぞお座りください」
「ご丁寧にありがとうございます」