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ぶどう飴もどきを持って帰ると、相変わらず実演わたあめ機は大人気であった。
持ち帰り用の氷魔法を施した使い捨ての袋も多めに準備してよかった。そんなことを思いながら優雅に待機をしているアイザック様とトーマの元へ行きそっとぶどう飴が乗ったトレイを差し出す。
アイザック様はぶどう飴を見て今まで浮かべていた笑顔のまま、目を細めた。
『今度はなんだ』
という副音声が聞こえてくる。
「酸っぱめの果実をシロップで 固めたものでコーティングしたものです。ちょうどいい味とカリッとした食感が楽しめて見た目も綺麗でキラキラしてますよ」
「とはいえこのフォルムの実は急遽用意したものなのでそのものでも甘さは充分ですけど」
味は、まあ微妙でも良い。祭りのりんご飴ってそこまで美味しいかと言われると首を傾げるけどキラキラして綺麗だから何となく買ってしまうものだと思っているし。
試食を済ませたエルク様と共に宣伝をするとトーマがぶどう飴のついた棒をひとつ、手に取る。そして指で軽くぶどう飴をつついて飴部分の硬さを確認した。
少し遅れてアイザック様も手を取り匂いを嗅ぐ。
たったそれだけのことだけれど、王太子二人が興味を持ったことで場の空気の流れがこちらをむくのを感じた。
「この中身の果実はなんでもいいのか?」
「丸かじり出来て甘く味付けするのが向いていれば構わないかと。シロップの部分に色味を足すことも出来ますよ」
「フォルムの実の皮は剥かないで食べられるのか?」
「普通に食べる分には剥きますけど、中身だけだと少々見た目が…ね。皮ごと食べても問題ないですよ」
ふーん、と言いながら初めにかじったのはトーマだった。
カリッと気持ちいい音が静まったホールに響く。そしてシャリシャリと言う咀嚼音に釣られるようにアイザック様もカリッとぶどう飴をかじった。
「……舐める飴ではなく噛む飴細工なんだな」
「フォルムの酸味と飴の甘みがちょうどいいね。手ごろに作れるのか?」
「棒に刺したフォルムを溶かした飴の液体にくぐらせるだけです」
「うん、良いな。光沢もあってまるで宝石のような輝きがあるし中身の果実を変えれば各地の名産品にも出来るな。エルク、ぱっとこれの中身に使えそうな果実はどんなものが思い浮かぶ」
「そうですね……」
そこからは王族同士による対談で。
聞かれていることを前提とした、宣伝、販売ルートを求める話などが話し合わされた。
とりあえず問題が無さそうなので胸を撫で下ろす。
即興でネタを思いつかせるのはもう、限界だ。
タイムリミットのあるミッションは懲り懲りだ。
はあ、と息をついて料理長の所へ行き冷えた果実水をもらって喉を潤す。
「リリア先生は本当、どんどん追いつけない先に行きますよね」
すると、楽しそうな声でジュゼ様が声をかけてきた。隣にはカースティン様もいらっしゃる。
「全くだ。アイエル商会から次は何が来るのかと毎度戦々恐々だよ」
ああ、カースティン様はアイザック様の側近ですからね。私から発したアレコレのとばっちりが完全に行っているのだろう。
「私も先生に負けないよう、魔法陣の分野で勉強を進めているのですが……悔しいですがシャルディン殿下にはまだ基礎の面で勝てませんし」
「トーマは魔法に関する先進国の王太子ですからしょうがないですよ」
「いつかきっと。彼や先生をあっと言わせる物を作り上げて見せます」
熱意に燃えるジュゼ様には悪いけれど、恐らくジュゼ様は魔法陣の分野では既に私より上だろう。
むしろ私が面倒で無駄にややこしく作った魔法陣の改良を進めて欲しいくらいだ。先程トーマとジュゼ様が作り上げた魔法陣は見事なものであった。
そう、それこそ。
私がずっと頭を悩ませていた光布の発展に欠かせないとても素晴らしい魔法陣であった。サロンが終わったら速攻で試作品を作りたいところである。
始点と終点は面倒だけど、それを結ぶ中間はとても簡素で素晴らしい魔法陣だったんだ。
文字で表現すると
始ーーーーーーーー終
みたいな。正確には直線じゃないけど、ほぼ直線。改良すれば直線に出来るだろう。
直線を刻めば良いのなら、魔糸の生産機に型をはめ込むだけでいい。それなら……
「先生?先生、リリア先生?」
「あ、すみません。どうかしましたか」
「相変わらず集中すると聞こえないんですね。今度、キャロル邸にお邪魔をしてもいいでしょうか。こちらにシャルディン殿下がいらっしゃるんでしょ?」
どうやらジュゼ様はトーマと研究をしたいようだ。技術の相互教授をしたいのだろう。それはいい。それは良いのだが…
現在のキャロル邸は遠慮容赦ない私の試作品で溢れている。それを見られるのは些か問題が…
「トーマと話し合ってみますね。御都合が合いそうでしたら場を設けさせていただきますわ」
その場はうちとは限らないけどな!
そんなことを話していると「リリア!」と大きな声でアイザック様に呼ばれた。
二人に会釈をしてグラス片手にアイザック様の元へ戻る。
「今日はとても有意義なサロンをありがとう。リリアの技術はこれからもキャロル、いや我が国の発展の要となっていくだろう。王太子として君の献身に感謝する」
「勿体ないお言葉です」
「それでこのとても魅力的なわたあめなんだが、これもうちの商会で販売するという事で良いのかな?」
「わたあめ機の提供、モロコのレシピ、果実の飴細工のレシピを私たちの商会でのラインナップとして提供致しましょう」
いつも通り、私は提供するだけだ。それを販売するかどうかを見定めるのはアイザック様の仕事だ。
わざわざ大きな声で呼んで聞いてきたことから恐らく全部問題無いだろうと人前で公言をしたが、うんうんとアイザック様が頷かれた。セーフである。
「ならば本日来てくれた友好の証としてショールディン公爵家、ダッテバルダ公爵家、シュミット公爵家にこのわたあめ機はプレゼントしよう。わたあめ機を提供するのはこの三家とキャロル家のみとする」
マジか。堂々と賄賂を送った。
「友好の証、確かに受け取ろう」
初めにショールディン閣下が胸に手を当てアイザック様に頭を下げた。
「私も親友であるキャロル嬢と殿下を支持しましょう」
それに続いてダッテバルダ閣下も。というか親友また増えたよ…?
「父の名代として受け取ります。シュミット家も友好の証を頂けた栄誉に感謝致しましょう」
当主二人に対してジュゼ様は後継者であったはずなのに。彼もまた立派に皆さんの前で宣言をした。
「つまりサロンに来た時点で、私の味方をすると表明したようなものだったと…」
「うん。でもさすがだねリリア。布織物の名産品を持つショールディン家とダッテバルダ家にとってはわたあめは最高のアピールだったと思うよ。今後はわたあめ自慢をしつつ、あの三家が派閥を増やして行って下さるはずだよ」
それ、私覚えきれるのだろうか。また年上の親友が出来る気がして仕方がない。
行き当たりばったりなサロンは概ね無事完了した。
細かな問題は実は色々とあったのだけれど発表作品と、温情によって見逃された。
公爵三家はほくほくした顔でデザインされた試作機を持って帰り、カースティン様はアイザック様と腹黒い笑顔を浮かべあって帰った。
ギルドマスター3人組はアイエル商会での取り扱いを急かして去っていって、後に残された者は人間も精霊もぐったりしていた。