3
トントン拍子で魔道具が、魔法陣が、使用方法が、活用方法が
魔糸に関する事柄が進んでいく。
私一人で考えるよりも良い感じで。専門家に近しい人達が知恵を寄せあって。それは当たり前のことなのだけれど、今までは全て私が頑張るのが一番だと思い込んでいたみたいだ。
ふっと体の力が抜けて、笑いがこぼれる。
椅子の背もたれに寄りかかり後ろのエルク様を見やるとーーー彼はそこにはいなかった。
あれ、どこいったんだろう?
周りを見回すがエルク様は居ない。
「…………」
気になって、魔力を空気に変えて廊下や窓から飛ばす。するとイェスラがすりすりと頬と頬を寄せてきた。
『リリ、屋敷内で風を飛ばす時は床スレスレが良いぞ。密室で不自然に風の流れを感じたら怪しいだろ?』
もっともな注意に軽く頷いて床スレスレに空気を飛ばし直す。
一人、二人……
屋敷内には55人の人が居た。
現在来ている客人に、使用人、家族含め46人の筈だけど……そう思って気づく。
9人はおそらくエルク様の影だろう。
なるほどと一人納得し、今度は魔力探知を空気に重ねて飛ばすと魔力の反応が無い人と……メルトス並の魔力の人が向かい合っているようだった。
「リリア、例のあれを取ってきてくれるかしら?」
「……わかりました」
魔力がない方がエルク様かな、と思った瞬間それまでにこやかにあっちこっちのグループに交ざったりしていた母様に話しかけられた。
笑顔だけど、目が笑っていない。
お客様の相手をするホストの身でありながら、エルク様に気を飛ばしたのを見られたのだろう。
集中できないのなら例のアレを捕獲してこい。という意志を受けて、次は何を公開するんだとウキウキする人の目から逃れるようにダンスルームを出た。
参ったなあ。これでエルク様を連れて何も持たないで戻ったらなんやかんや言われそうだ。
母様も母様で、ちょっと意地悪だと思うけれどそもそも客放ったらかしにしてエルク様に集中した私が悪い。
写真、魔光灯、光布、魔糸、ポップコーン、わたあめときて……
うーん。ラインナップが映画館とかお祭りみたいだ。
瓶もラムネ瓶のようなものだしね。
となると祭り方向で考えるか。
りんご飴、水風船、金魚すくい、焼きそば、お好み焼き、くじびき、射的………。
記憶を呼び起こせば、あの祭りが懐かしくなってきた。
この世界の祭りは基本は昼間に行われるものだ。
夜間の祭り。いいかもしれない。
夜だからこそ楽しめるなにか……夜桜のように、見頃を迎える花をライトアップ。
そこにさらに提灯飾り、屋台。
金魚すくいは行ける。くじ引きも行ける。ただし当たりは絶対に入ったものにしよう。
射的も鉄線細工のついでに出来たバネがあれば行けるだろう。
うちの領で行うならばわたあめも行ける。
ベビーカステラのように焼き菓子も売ってもいい。
金魚すくいに使えそうな魚のリストアップ。
それから水風船を作る素材を見積もって……ああ、どうしよう。
塔のような常時集客を出来るものじゃないけれど、思い出せば思い出すほど祭りを行いたくなってきた。
紙が欲しい。今すぐ考えをまとめたい。
とりあえず今できること………ダッテバルダ閣下とショールディン閣下のつかみは良かったがシュミット家の掴みは今少し弱いな。……確かシュミット家は砂糖の名産地。甘いもの繋がりで……りんご飴でも作ってみるか。
そして、目の前の曲がり角を曲がって少し歩けばエルク様に到達するーーーーそんな場所で足を止めた。
向こうには二人居る。
お相手が影の方だとして、報告か何かにしろ私はその場に割って入らない方がいいだろうとの判断だ。
エルク様の影と私は直接対峙したことは無い。
だから………
「こんばんは」
曲がり角からひょこっと影の人に声をかけられたことにすごく驚いた。
「リリア?探させてしまったのかな」
「お話は聞いてませんから」
「大丈夫ですよ、聞かれて困ることは話してないですです」
ですです……?
謎の口調で驚いていると、印象の薄い町民がよく着ているような服を着た男性はニコニコと笑って私の手を取った。
「初めまして、主の嫁さん。俺、主の下僕一号ですです!」
「……一号」
「……初めまして」
一号ってなんだろうと思うも、エルク様が実際そう呼んで驚くとすぐに手が離された。そしてエルク様が私の横に来る。
「とって食いませんよ主!ただちょっとばっかり嫁さんがどんだけのもんか気になってるだけですってばてば」
今度はてばてば。
不思議な人だなあと思っていると、感知している空気が揺らいだ。少し近くに居た人達がこちらに来るのを感じる。
耳をすませば話が聞こえそうな位置に三人ほど、すぐに集まってきていた。姿は見えないけれど。
よく分からないけれどどうやら私はエルク様の影に値踏みをされているようだ。
「ねえ嫁さん。俺らこの屋敷に侵入してる奴を探してるんですけど、嫁さんなら魔法でババっと何とか出来ないですかねかね」
「……一号。それは君たちと護衛達の仕事だろ」
「だって相手も精鋭だから隠れられると探す方はきついんですものもの」
「…今うちに客人と家人を除いたら9人ほど私の関与していない人が入っていますけど?」
誰が侵入者かまでは分からないけれど。エルク様の影の人数も把握してないし。
けれどそれらも合わせた人数で良ければ先程感知したのは9人。今感知しなおしても場所は変わったけれど不審者は9人だった。
そう伝えれば、一号さんの纏う空気はガラッと変わった。
「お嬢、その9人の場所は」
少し怖い張り詰めた空気。エルク様の顔を窺うと、言うように促されたので素直に言うと……
「行け」
そう一号さんが言って周りの3人の気配が移動した。
「嫁さん、助かりました!じゃあちょっと俺らは悪い子捕まえてきますねっねっ!」
そして一号さんもじゃあねー!と元気よく手を振って……消えた。
え、消えた!?
辺りを見回しても彼はもう居ない。
驚いていると、エルク様に背を押されてホールに戻るように促される。
「サロンの様子を見るためにどこかの密偵が入り込んでいると、報告があったんです。急に離れて心配かけましたね」
「そうだったんですね。お役に立てたなら光栄です」
「大助かりだと思いますよ」
優しく頭を撫でられて、ほくほくしながら戻ろう……として、慌てて厨房に向かう。
季節的にりんごのような果物は無かったけれど。ぶどうの様な果物はあったので、副料理長に無理を言ってぶどう飴のようなものを作ってから私たちはホールに戻った。
ちなみに余った部分で大きなべっこう飴も作ったのでそちらは砕いて使用人たちで分けるようにと言って置いといた。
ここ数日こき使ってしまったからね。